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伍陸 鬼一法眼


 鬼化していく紅葉の腕を引っ張り、咲良が喚いた。

「紅葉ちゃん!! 誰に似てるか、思い出したよ!!」

 でも、今はそんな話をしている場合じゃないと気付いた。

 武蔵の目の特異点を通って、玉藻(たまも)の手が紅葉を捕えようとしていた。


 咲良は紅葉に言った。

「紅葉ちゃん、これは夢なんだよ。じゃ、3、2、1で目を覚ますよ!」

「咲良ちゃん…、私、鬼になってしまう…!!」

 紅葉の角は10センチぐらいまで伸び、髪が急激に伸びて、鬼女と呼ぶに相応しく変貌していった。


「3、2、1!! それっ!!」

 咲良が紅葉の肩を叩き、目を固く閉じて、見開いた。





 二人同時に目を覚ました。

 彼女達は不動堂にいた。


 紅葉は元の姿に戻っていた。

「怖かった…。夢やったんか…」

 彼女は恐ろしい夢のせいで、汗をかいていた。


 静かな不動堂に、格子から朝日が差し込んでいた。

 天狗党に拉致された後、既に一夜が経ったらしい。

 咲良が格子戸を開けた。

 雨上がりの、しっとりと濃い緑の森に囲まれている。

 民家も集落も、電柱も電線も外灯も無い。


 咲良は外に出て、不動堂を振り返ってびっくりした。

 お堂は子供二人が入りきれないほど小さい。

 内側から見た時はもっと広いと思ったのに、どんな時空のトリックなんだろう。

 咲良はぬかるみに立って、不動堂を見詰めていた。


「咲良ちゃん…、ここ、どこ…?」

 紅葉も出て来た。

「たぶん、鞍馬(くらま)…」

「奥鞍馬…、天狗党の居住地ってことか…」

 紅葉は山々を見渡した。


「その通りですよ…」

 小さな滝の方から、天狗党のルイが現れた。


 夢の中の小天狗・累加(るいか)は十歳ぐらいだった。数百年を経て、彼は大人になっている。

 黒いスーツに黒いシャツのルイは、

「武蔵は今、私達の首領と話をしています。武蔵が天狗党に戻ることを、私とレイは望んでいます…」

 腕組みして、考え込んだ。


「ずっと武蔵さんと旅をしてたんですね。あの鬼女はどうなったんですか? 私達、途中で目を覚ましたんですけど」

「ああ。私とレイは命からがら逃げました。そして、京都で武蔵の帰りを待ちました…。武蔵は三年も経ってから、やっと戻って来ました。彼には…その三年間の記憶がありません……」

 ルイは過去を振り返った。


「へっ!? 武蔵さんを残して逃げたんですか? ひどい!」

 紅葉は腹を立てた。

 ルイは肩を竦めた。

「ひどいですかね。殺生石から生まれた妖狐と戦うのは、武蔵の役目だったし。私達はただのお目付け役でしたから…」


「それで、武蔵さんは鬼女に勝ったんですか!?」

「わからないんです。武蔵は一体、どこでどう過ごしていたのやら。私達は武蔵と再び、殺生石の欠片を集め始めました。細かいものを含めると、全部で九百ほどの欠片を砕き、あの不動堂に封印しました…。九尾の狐は、力の殆どを失ったはずです」

 ルイが不動堂の前で手を合わせた。


 紅葉は質問を続けた。

「静先生と武蔵さんは、本当の姉弟(きょうだい)なんですか?」

 ルイは大笑いした。

「あっはっは…、姉弟のわけがないじゃないですか。武蔵は鬼です。静はただの人間です。…数年前、彼女が武蔵を天狗党から連れ去りました…。ま、いろいろありましたよ」

 紅葉と咲良は顔を見合わせ、心の中でいろいろ想像した。



 レイが突然、湧き出すように現れた。

「ルイ。武蔵の話が終わったよ。お嬢さん方も、うちの首領と話をしてみますか? せっかくだし。…それとも、怖いですか? 千年を生き、京都の裏世界を実質支配してきた方ですからね」

 彼は自慢げに言った。


「そっか。天狗党の首領は…、牛若丸に剣術を授けたと言う、鬼一法眼(きいちほうげん)なんですね?」

 紅葉が察した。

「正解です」

 ルイとレイが認めた。

「それって、鞍馬寺にあったお社の、剣術の神様じゃないの!? 雨音くん達とお参りしたとこだよね?」

 咲良がびっくりして聞き返した。





 紅葉と咲良は不動の滝を潜り、異界にある首領の館へ向かった。


 滝の向こうの異界は、山水画に描かれるような景色だった。

 霧が流れてくる中、そそり立つ岩や、枝が捻じれた木々の影が浮かんでいた。

 野鳥が人語で鳴き、人面のカラスが飛んでいた。


 霧の中から建物の影が現れた。

 建物の規模ははっきりとしない。

 誰もいないのに玄関の大扉が開き、紅葉達は中へ導かれた。

 奥へ、奥へ。

 静か過ぎて、彼女達の歩く微かな音が響いた。


 ギシギシ…。ミシミシ…。暗い廊下の床板が鳴る。

 襖に描かれた鳥や猿が、絵の中で動き回り、

「ひひひ、人間が来たぞ…。まだ子供じゃ…」

「人間臭いのぅ…」

 と、人語で囁いた。


 紅葉達は時代劇のセットのような、太い梁と(けやき)の丸太柱の板間に出た。

「来たか…」

 武蔵が黒猫を抱き、中央で胡坐をかいていた。

「武蔵さん!」

 紅葉と咲良は武蔵の顔を見て、少しほっとした。


 上座は無人だった。

 数秒後、紅葉達が何気なく前を向くと、いつの間にか、上座に男が座っていた。

「ようこそ。君達のことはルイとレイから聞いた」

 男がよく透る声で言った。

 その声は昨夜の夢で、不動堂の屋根から武蔵に話しかけていた大天狗だ。

 紅葉達の周りには大勢の天狗が詰めかけ、黒いシャツとネクタイと黒スーツで場を埋めた。


「鬼一法眼…」

 紅葉の抱くイメージは、筋肉が隆々と盛り上がった男で、いかつい顔にはいくつも刀傷がある。

 ところが、目の前の男は、そんな無骨な感じでもない。


 鬼一は黒い僧衣に金糸刺繍が美しい紅の袈裟で、ゆったりと佇む。

 丸腰で、数珠と扇子だけを手に持っていた。

 額には、雨音と同じような第三の眸があった。


「あの、て、天狗党は…、今はどんな活動をしてるんですか?」

 紅葉は緊張し過ぎて、言葉を噛んだ。

「今も昔もひっそりと、表に出ることなく、この世の理を見守り続けている。現状の世の理を維持すること、それが私達の方針である」

 鬼一法眼が答えた。


「校長先生に寄生虫の黒猫を与えたのは、鬼一法眼さんですか?」

 紅葉は勇気を出して聞いてみた。

 咲良は男性恐怖症と人見知りがあるので、こういう時は大体黙っている。


「君は気に入らなかったかも知れないが、一つの試みとして、私には重要な意味があった。亡くなられた方には気の毒だが…」

 鬼一は千年生きている凄みがあった。

 抜き身の日本刀のような、危険な空気が漂っていた。


 鬼一は閉じた扇子で膝を叩いた。

「そう。今、武蔵と話していたことは九尾の狐。かの狐の気配が近頃、急激に大きくなりつつある。そこで、武蔵に頼んでいた。今度こそ、あの狐を滅ぼして来てほしいと。…君ら、武蔵の新しい仲間かね?」


「私達はしゅとーん部です。…そうよね?」

 紅葉は咲良に同意を求めた。

「しゅとーん…!? 山上主税か?」

 鬼一の表情が変わった。

 手から扇子が滑り落ちた。


「山上さんを知ってるんですか?」

 紅葉達はきょとんとした。

「しゅとーん…」

 大勢の天狗達がざわめいた。


「知ってるも何も…、祝東雲流(いわいしののめりゅう)。神主家の山上こそ、まさに…諸悪の根源…」

 鬼一は嫌悪感を込めて、忌々しげに語った。

 紅葉はヒヤッとした。

「私達、安倍晴明に千年封印された十二の鬼の、復活を阻止する為に頑張ってるんです。鬼一さんは私達の味方ですか?」


 武蔵が笑い出した。

「まさかここで、山上の名を聞くとは思わなかったな。まぁ、それも有り得る話だった。渡辺源次と一緒にいたガキどもだもんな。…なぁ、おまえら。マズい場所(とこ)に来てるぞ。天狗党はな、祝東雲(しゅとーん)の昔っからの宿敵だぞ…」

 武蔵は口を斜めに歪めた。


 鬼一は扇子で口元を隠し、ルイを呼び寄せ、何かを告げた。

 武蔵が一歩離れ、大薙刀を手に取った。彼女達を拒絶する態度だった。

 紅葉と咲良はビクビクして、青褪めた。


 鬼一が立ち上がり、次の瞬間には上座から消えていた。

「やれやれ、首領がお怒りになりました。こんなことは珍しい」

 ルイが囁き、天狗も全て消えてしまった。


「武蔵さん、天狗党に戻るんですか!?」

 咲良が聞いた。

「戻りゃしない。でも、首領には義理がある。おまえらはしばらく、ここにいろ! 外に出たら、どうなっても知らんぞ!」

 武蔵が出て行った。

 紅葉と咲良は広い板間に取り残された。





 彼女達は天狗の館を歩き回った。

 ふわふわして、奇妙な世界だった。

 上も下もよくわからない、不思議な感覚だ。

 階段を昇れば、景色は下がって行く。

 まっすぐ進んだはずなのに、元の場所に何回も出て来る。堂々めぐりだ。


 襖に描かれた猿が、頭だけ絵から突き出して、

「やーい。そんなに簡単に出られるもんか。ここは首領の結界の中だぞ…」

 と、はやし立てた。

 建物の中に霧が立ち込めてゆく。


「何日経ってるんやろ? また、おにぃに叱られる…」

 紅葉は蘇芳の怒った顔を思い浮かべた。


 咲良は学校の鞄からカッターを取り出し、柱を少し切ってみた。

「何してんの? 咲良ちゃん」

 紅葉が聞く。

 柱の傷に、うっすら血のようなものが滲んできた。


「…ここは鬼一さんの体内だよ」

 咲良は不思議なことを呟いた。

 紅葉は咲良のすることをじっと見詰めた。


 咲良はカッターで、周りで一番太い柱をツンツン刺した。

 すると、景色がぐにゃぐにゃ曲がってゆき、建物の形が湾曲した。

 唐突に大きな衝撃と共に、紅葉と咲良は建物の外へ吐き出された。




 目の前に、不動堂の細い滝があった。

 彼女達は滝の水越しに、元の世界を眺めた。

 彼女達は流れ落ちる水に手を突っ込み、異界の出口を割ろうとした。

 しかし、氷のように冷たい水が撥ね返り、彼女達の顔を濡らしただけだ。


「山上さんに早く連絡しなきゃ。あの鬼女がよみがえる…」

 咲良は焦っていた。

「大丈夫ちゃう? 殺生石は殆ど封印されて、鬼女は力を失くしたんやろ?」

 紅葉は水を掻き分け、異界の出口を探している。


「たぶん、マナブが九尾の狐を目覚めさせようとしてる。あの鬼女は学瀛(マナブ)に似てる…」

 咲良は水を叩いた。

 水飛沫で彼女の制服はずぶ濡れだった。

「はぁ!? 似てる…かな? マナブがなんで…」

 紅葉は話す途中で、水の向こうに人影を見た。


 雨音と雲林院、静先生、山上が坂を昇ってきた。

 彼等は不動の滝を見て、その水の裏側の紅葉達には気付かなかった。





「そういうわけだったんですか…」

 山上は静先生の話を聞き終え、深く頷いた。

「実は俺達しゅとーん部も、天狗党とはいろいろありまして…」

 山上が頭をポリポリ掻いた。

 彼は美しい静先生に見惚れている。


 静先生は束ねていた髪を解き、シャツを第二ボタンまで開いている。

 授業の時と違って、とても色っぽい。

「…少しは知っています。しゅとーん部は鬼化したシャーマン達を暗殺してきました。一方、鬼化した者を受け入れてきた天狗党は、しゅとーん部を毛嫌いしています…」


 雨音と雲林院は、

「咲良ちゃんと紅葉ちゃん、無事かなぁー!?」

 と、滝の前で話した。


 紅葉と咲良は滝の裏側で、

「雨音くーん!! 山上さーん!! 雲林院くーん!!」

 と叫び、水をバチャバチャ叩いた。


 静先生は滝を見詰め、

「この向こうに、首領の館があるんです。私は入口を開く方法を知ってます。昔、首領に教わった…」

 と、指差した。

「首領は鬼一法眼ですよね。ルイとレイのあの剣術は…」

 雨音が言った。


 静先生は辺りを見回し、

「そうです。渡邊くん、名前を出さないように。首領は恐ろしい大天狗です…。穏やかに見えますが、とても厳しい方…。裏切り者を決して許さない…。私が見つかったら、とんでもないことになります…。異界に入る鍵には、首領の意に介さぬ場合、必ず一人死ぬと言う呪いがあるんです…」

 心底恐ろしそうに囁いた。


「呪いは俺達で何とかします」

 山上が請け合い、静先生は早九字を切った。

 異界の門が開く…。


 滝の水がパシャッと左右に分かれた。

 咲良と紅葉は前のめりに倒れ込んだ。

「いた!! 二人とも!!」

 雨音が喜んで出迎えた。


 その時、空からハスキーな声が降ってきた。

「静。宿敵のしゅとーん部を連れて来るたぁ、どーゆーことなんだよ…!?」

 武蔵の声だった。

 滝を見下ろす大木の幹に、武蔵が大薙刀を担いでしゃがんでいた。


 静先生は武蔵を見上げ、毅然と言い返した。

「私は子供を巻き込むことに反対です。武蔵、その女の子達だけ、先に保護させて!」

「このクソガキどもも、しゅとーん部なんだぞ!」

 武蔵が滝壺に玉石を一つ投げ込んだ。



 俄かに、滝下の小さな池は深さと広さを増した。

 紅葉と咲良は荒れ狂う波に襲われた。

 彼女達はとても泳げず、同時に溺れた。


「鍵の呪いは聞いたはずだな? どっちか一人しか助からねぇー。さぁ、源次、選べ!」

 武蔵が雨音に言った。

 雨音は迷わず、池に飛び込んだ。

 雲林院も飛び込み、山上は鍵の呪いを解く為の呪を唱えた。


 飛び込んでみると、どんな時空のトリックなのか、池は海のように広かった。

 雨音は紅葉と咲良を懸命に探した。

 風が彼等を弄ぶように、水面を荒々しく波立たせた。


 咲良はゴボゴボと水を飲んだ。

 これは幻覚だと思ったのに、本気で苦しかった。


 紅葉は溺れかけ、何度も水を飲んだが、かろうじて立ち泳ぎ出来た。

 彼女は雨音が咲良を助けに行くと思った。

 切なくて、心に黒い嫉妬が湧き起こった。


 嵐のように荒れ、黒い雲が渦巻き、竜巻が空と海を繋いだ。

「どうなってんの?」

 雨音は呟き、いくら泳いでも近付かない距離に苛立った。

「雲林院、咲良ちゃんを頼むよ!」

 雨音はとうとう紅葉の襟を掴み、自分の肩まで引き寄せた。


「咲良ちゃんは…」

 紅葉は雨音に掴まりながら、水にむせた。

 彼女は涙を零していた。

「何びっくりしてんの? 自分の彼女から先に助けるに決まってるでしょ…」

 雨音は紅葉を抱き抱え、咲良の方に目を向けた。


 その頃、雲林院は咲良を助けようとしていたが、彼も溺れかけた。

「咲良ちゃーん!」

 咲良は既に水面に浮いていなかった。

 山上は必死に呪を唱え続けた。


「裏切ったのは私なんだから、私が死ねばいいんです。首領、そうでしょう?」

 静先生が池に入って行った。

「静、やめろ!!」

 武蔵が木の上から叫んだ。



 竜巻の中から黒龍が現れ、岸に降り立った。

 荒れ狂う海が消え、黒龍は鬼一法眼となった。

 小さな池で紅葉と雨音が抱き合い、雲林院が膝を着いて呆然としていた。

 鬼一は咲良の襟を掴んでいた。


「そうだとも。静。今更、よくここに顔が出せたものだ。それも、山上をのこのこ連れて来るとは…」

 鬼一が罵り、咲良を静先生に投げて寄越した。

「ありがとうございます、首領」

 静先生は咲良を受け止め、山上に渡した。


「静!!」

 木の上で武蔵が叫んだ。

「武蔵。今日まで私を守ってくれてありがとう。あなたはあなたの生きたいように生きて。私の為に、自分を犠牲にしないで…」

 静先生は武蔵に微笑みかけ、頬を伝う涙を拭った。


 静先生は自分から鬼一法眼の前に進み出た。

 鬼一は静先生の顎に指をかけ、首を捩じ切ろうとする途中、武蔵の表情を確認した。

「武蔵…。この女は他に惚れた男がいるんだぞ。そんな女々しい顔をするな…」

 鬼一が武蔵に苛々と言う。


 武蔵は涙を堪えて、

「そんな女、何とも思ってません。首領、どうぞ、そいつの首を折ってやって下さい」

 と、言った。

 ルイとレイが鬼一の前に飛び出し、

「鬼の目に涙とはこのこと。武蔵のこれまでの忠義に免じて、どうか静を赦してやって下さい。首領、命だけは…」

 と、地面に額を擦り着けて平伏した。



 山上と紅葉と雨音、雲林院らは黙って、天狗達を見ていた。

「静先生を殺さないで…」

 咲良がゴホゴホ咳き込みながら、鬼一に言った。


「静先生は危険を冒して、私と紅葉ちゃんを助けに来てくれた。今度は私達が武蔵さんを手伝って、九尾の狐を何とかするから。約束するから…」

 鬼一は冷酷な眸を咲良に向け、

「いいだろう。この恩知らずな女の命と引き換えに、おまえが九尾の狐の首を斬り落とし、狐の肝を抜いて来い…」

 と、低い声で話した。

 彼の姿は一瞬で消えた。



 武蔵が咲良の側に飛び降り、彼女の頭を撫でた。

「ありがとな。…おまえはいいクソガキだ」

 ルイとレイも深呼吸し、

「あーあ。これで本当に九尾の狐を殺さなければ、我々全員の命がありませんね…」

 と、心細く言った。


「簡単なことではありませんし…」

 静先生は、鬼一の指跡が赤く残った喉を撫でた。

「何とかしますよ。するしかないですよね」

 山上が静先生の震える肩を叩いた。





 数日後の夕刻。

 東雲神社。

 祠の前に、阿吽の狛犬と獅子。

 神官の正装をした山上と、普段着の旭、雨音と雲林院。

 狭い参道には、紅葉と咲良とコマチが並び、静先生と武蔵と二人の天狗、ルイとレイが続く。


 山上はトレードマークの髭を剃って、身を清め、髪をぴっちり結い上げて、いつもより凛々しくかっこよく見える。

 彼の正装に、平安時代が重なって見える。


 山上が何やら神妙に、祓いの(ことば)を唱える。

 夜風に松明の火が散る。

 編んだ藁で作られた方陣。

 鉢に張られた水に、小さな白い紙切れが浮かんでいる。

 紙きれは水文に揺れ、鉢の中を行ったり来たりして、縁に当たる。


 山上は溜息をついた。

「あかん。祓いきれへん。誰かに邪魔されとる。…九尾の狐、京都にいる。まだ力はそんなでもないけど、なんでこんなに近いんや?」

「近いって、具体的にどこなんですか?」

 旭が聞いた。

「そうやな。たぶん…」

 山上が鉢を覗き込んだ、その瞬間。


 水面が眩しい光を発した。

 鉢が真っ二つに割れ、水が流れ出した。

「あっ…」

 山上の黒い冠が額の部分で割れ、血が流れ出た。


 紅葉と咲良は沸き立つ湯気のようなものを見た。

 特に紅葉は、

「ふふふ、ふふ…。無駄じゃ。(わらわ)の復活を何人も止められぬ…」

 と高笑いする、玉藻(たまも)の声を聞いた。




 

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