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伍参 識神 対 鬼


 静先生が崩れ落ち、天狗党のレイの剣が振り下ろされる。

 雨音はルイと、一瞬も気が抜けない接近戦の最中。

「静先生!!」

 駆け寄ろうとした雨音は、ルイに腕を斬られた。


 紅葉と咲良は裏門の外側で、思わず目を閉じた。

 その時、突風が二人の側を吹き抜けた。


「あれは貪狼(とんろう)じゃ…」

 識神(しきがみ)巨門(こもん)が呟く。


 半透明の獣が跳躍し、レイの剣が飛ばされた。

 レイの体は地面でバウンドした。

 彼は風に裂かれるように傷だらけになった。一瞬で、体のあちこちに獣の噛み傷が付いた。

 草きれが散った。


貧狼(とんろう)…?」

 紅葉と咲良が目を開いた。


 獣が尻尾を一振りし、女の姿に化けた。

 スリットが入った艶めかしい着物を着て、結い上げた髪に輝く石をちりばめた冠を付けている。

 女は肢体をちらつかせ、レイの頭に片足をかけた。


「コマチとかいう娘に託された鬼神じゃ。心は欲望のままに生きる獣。外見は、小悪魔的な美貌を持つ」

 巨門が貪狼を紹介した。

 紅葉と咲良がコマチを振り返った。

 コマチは道端で煌星(あかり)を抱き抱え、呪符を開いて、こっちを見ている。


「レイ!!」

 ルイが雨音の前から消えた。

 ルイは瞬間的に移動し、レイを貪狼から奪い取った。

 その次には、杉の木のてっぺんにレイを担いで移動していた。

 ルイは雨音に向かって、

「鬼月校長はもう逃げました。あのゲスな男を逃がしただけで、今日は充分です。識神を使うという情報も得たことですし。続きはまた今度と言うことで」

 と、告げた。

 天狗の気配は、ぷつんと途絶えてしまった。



 雨音は静先生に駆け寄った。

 彼女は微かに息をしていた。彼は胸を撫で下ろした。


 巨門が裏門を擦り抜け、

「源次、いかがか。我等も多少の役には立ったじゃろう」

 と、喋りかけた。

 貪狼は雨音に流し目をして、肢体をアピールした。

「識神…ですか。山上さんにもらったお札の…」

 雨音は斬られた腕を押さえ、巨門と貪狼を見た。



 紅葉は雨音が死ぬかと思って、心臓が潰れそうなぐらい緊張した。

 彼女は自分の制服の胸元を掴んで、裏門に凭れかかった。

「校長先生、許せないよね…。紅葉ちゃん、神谷先生の仇を討とうよ」

 咲良が言った。





 コマチが煌星を送って行った。

 ひとまず、静先生は雨音に背負われ、咲良の自宅のお寺へ運び込まれた。

「お邪魔しまーす」

 紅葉もお寺の庫裏(くり)に上がり込んだ。


 静先生は咲良のベッドに寝かされた。

 紅葉は雨音の怪我の手当をしながら、つい、

「何がどうなってんのか、サッパリわからへんけど」

 と、腹を立てたような言い方になった。

「ごめん」

 雨音は一言だけ呟き、何も弁解しなかった。

 紅葉は包帯を巻き終わり、雨音の腕をパチンと叩いた。

「なんで教えてくれへんの? 神谷先生、死んじゃったよ!」

 雨音のせいではないとわかっているのに、当たるような口調になってしまった。


「ごめんなさい…。助けてあげられなかった…」

 静先生が起きた。

 静先生は喉を押さえ、咳をした。

 彼女は雨音の包帯を見て、眉間を寄せた。

「私のことは放っといてくれたらいいのに。私は渡邊くんの味方でもないんですよ…」

「僕の先生じゃないですか」

 雨音は口を尖らせて言い返した。


 静先生はベッドに座り直した。

「説明お願いします」

 咲良が頼み、静先生は窓の外に視線を逸らした。

 墓地が街灯に照らし出されていた。


「何が元凶なのか、よくわからなかったけど、鬼が関係しているのは知ってました。恐らく数十人が猫に噛まれ、寄生虫に侵されて死んだ。多くの死体は病院へ搬送される途中で消滅して、一連の事件は京都府警でも、上層部から圧力がかかるほどのタブーになっています…」

 静先生が話し始めた。


「私はゾンビ状態になった人から証言を得る為に、五条へ通っていました。清水寺の辺りは平安の頃から埋葬地で、空に昇る霊道があるんです。私は鬼プラズマの被害者から、黒猫に噛まれたことを聞き取りました…。君達を巻き込みたくなかった。本当です…」


「うちの校長先生、鬼なんですか?」

 紅葉が尋ねた。

「鬼月校長と天狗党が繋がっていたので、少し心当たりがあります。私と弟の武蔵で何とかします」

「僕らも手伝います」

 雨音が言った。


 静先生は首を振った。

「渡邊くん。君は勉強しなさい。勉強することが学生の本分なんですから」

「静先生は鬼に勝てるんですか?」

 咲良が聞くと、静先生は冷たい無表情を崩した。

「君達は…勝てるとでも思ってるの?」

「最初から諦めてる大人より、うちらの方がマシです。やってみないと、わかりません」

 紅葉が答え、巨門(こもん)を召喚する為、呪符を開いた。



 咲良の祖母と母親が心配して、様子を見に、部屋にお茶を運んできた。

 祖母のトキは半透明の巨門を見て、

「珍しいお客さんやなぁー。ごゆっくりー」

 と、言った。

 咲良の母親は巨門が見えないらしく、話がわからなくてキョトンとした。


 祖母と母親が下がってから、咲良は文曲(もんごく)を召喚した。

 琵琶を持った天女が現れた。

「文曲は人見知りで面倒臭がり」

 巨門の説明に、紅葉が吹き出した。文曲と咲良は性格が同じだ。


「貪狼はワガママで気性が激しい」

 巨門がコマチの預かる識神について話した。

 紅葉達は先刻見た、スリットが入った赤い着物の、吊り目の女を思い浮かべた。

 貧狼とコマチは雰囲気からして似ている。


 その場の空気に促され、雨音も仕方なく、呪符を取り出した。

 青い(ほう)を着て弓矢を持つ、凛々しい若武者が現れた。

 顔立ちは雨音とそっくりだった。

「かの者の名は、破軍(はぐん)。とんでもない暴れん坊でな、誰の言うことも聞かぬ」

 巨門が困ったように打ち明けた。

 破軍は雨音と巨門すら無視し、すぐに消えてしまった。


「旭さんと雲林院も、お札をもらってますよね…」

 雨音は指折り数えた。

武曲(むごく)簾貞(れんてい)じゃ。武士の魂を持つ識神」

 巨門が答えた。

「なんで私の識神だけ、こんなお爺ちゃんなの?」

 紅葉は心の中で思った。

 巨門は紅葉の心を読み、

(わし)を任されたということは、それだけ、おぬしが山上に信頼されておるという証しじゃ」

 と、笑った。



 咲良が紅葉と雨音を玄関まで見送っている間に、静先生はベッドからいなくなっていた。

 部屋の窓が開き、ベージュのカーテンが揺れていた。





 秋空が高く、雲一つない。

 風が爽やかになった。


 蘇芳は風を頬に受け、公園の木立を見詰めていた。

「俺はあの時、夢を見てたんや」

 蘇芳は武蔵と戦った際、睡魔に襲われた。

 呪いの刀・雷帝を握り締めたまま、寝てしまった。

「どんな夢を見たんですか?」

 雨音がベンチから聞いた。


 今思い出しても、目が覚めた時の蘇芳の様子は、明らかにおかしかった。

 あの時、蘇芳はいきなり、雨音に妹の紅葉とつき合ってやってくれと頼んできた。

 以前は、妹に関わるなと脅していたのに。


「…地獄を俯瞰(ふかん)した…」

 蘇芳が苦々しく答えた。

 思い出すだけで冷や汗が出た。あんな恐ろしい夢はもうたくさんだ。

「雨音、紅葉を頼む…。咲良ちゃんのことも…」

 蘇芳が雨音に頭を下げた。


 雨音は面食らった。

「蘇芳さん。死ぬみたいな言い方、やめて下さいよ」

「俺、次こそ死ぬかも知れへん…」

 蘇芳は本気で呟いた。





 翌日も翌々日も、咲良は学校に行きたくなくて、欠席した。

 神谷先生の死の衝撃が大きくて、受け入れ難かった。


 彼女は識神・文曲(もんごく)を召喚した。

 相談相手が出来て、何となく落ち着いた。

 文曲は無口な女で、ずっと琵琶の弦を撥で弾いていた。

 彼女の奏でる曲は咲良に聞こえなかったけれど、人を癒すような光を感じ取った。

 コマチの呪符の、敵愾心(てきがいしん)に燃える貧狼とは、性質がまるで違った。


「文曲さん。校長先生はこれからどうするのかな?」

「…たぶん…また人を殺す…」

 文曲は短く答えた。

「文曲さん。天狗って、京都だと愛宕(あたご)鞍馬(くらま)にいるんでしょ?」

「…行かぬ方がよい…」

 文曲は嫌がって、呪符に戻ろうとした。


 咲良は呪符の出入り口を手で押さえ、

「待って。助けてほしいの。どうしたらいいか、わからない。校長先生をやっつけたいの」

 と、頼んだ。

 そこに、紅葉から電話がかかってきた。


 紅葉は学校に行ったが、先生達が一度に何人も行方不明になり、学校は大騒ぎだった。

 授業は当然、自習ばかり。

 静先生も来ない。コマチも休んでいると言う。

「コマチ、電話に出ぇへんねん。よっぽど落ち込んでると思う。私もやけど…」

 紅葉は元気のない声で話した。


「今から、校長先生のところに行ってみる…」

 紅葉は学校の廊下を歩きながら話していた。

「紅葉ちゃん一人で!?」

 咲良が聞き直した。



 咲良は急いで制服に着替え、庫裏玄関を出た。

 祖母のトキが竹箒(たけぼうき)で庭を掃いていた。

「咲良。これ、持っていき」

 祖母が小さな紙袋を手渡した。


 中身は洗濯用のゴム手袋だった。

「これがなんで必要なの?」

 咲良は笑ってしまった。


 咲良がお寺の門を出て、電話の向こうの紅葉に、

「今から行くから、無茶しないで。紅葉ちゃん」

 と、お願いした。

「今、校長室の前に着いた…」

 紅葉が呟いた。





 紅葉は校長室のドアをノックした。

 返事はない。


 校長先生は先生達の失踪に関して、何も知らないふりをしているらしい。

「警察に言っても信じてもらえへんやろし、校長先生の正体暴いて、仇を討ちたいな。巨門、いい方法はありませんか?」

 紅葉は巨門に相談した。


「先生が死のうが、生徒が死のうがお構いなしの、とんでもない校長じゃの。奴は人殺しが楽しいのじゃ。他人の命を支配することで、優越感を味わっておる…」

 巨門は長い髭を擦った。

「山上には伝えておく…。山上が今回、己れの識神として選んだのは、禄存(ろくぞん)。かの者は伝令じゃ…」

 巨門は息を吹き、手で飛ばした。

 巨門の息は半透明の白鳩になって、飛んで行った。


「先日の天狗らは、鞍馬(くらま)の者じゃ」

 巨門が言った。

「鞍馬…」

 紅葉は鞍馬寺で起きた、僧正ガ谷(そうじょうがたに)の戦いを思い出した。



 あの時、咲良はのっぺらぼう・鶴の策に嵌り、千年の封印から火の鬼・神王(しんのう)を復活させてしまった。

 神王の眷属(けんぞく)の天狗達は、千年、神王の墓を守っていた。

 復活を遂げた神王は火の里に移動し、引き籠った。



「紅葉よ、知っておるか? 愛宕(あたご)の天狗は太郎坊。鞍馬の天狗は僧正坊。天狗党は僧正坊の配下に(あら)ず。となれば…」

 巨門が言葉を濁した。


 紅葉は、

「えいっ。入っちゃいます…」

 校長室のドアを開いた。

 校舎の一階に職員室、校長室はその隣り。

 正面に大きな窓と書斎机、背凭れの高い書斎椅子があり、手前に革張りのソファーとテーブルがあった。

 テーブルとソファーの位置がずれ、ペルシャ絨毯の一角が捲れていた。

 校長先生はいない。

 ペルシャ絨毯の捲れた床に隠し戸があり、地下室への降り口がぽっかり開いていた。


「嘘でしょ…」

 紅葉は隠し戸の存在を初めて知った。

 新校舎になって、まだ二年ほど。その地下室は旧校舎の遺物であるらしかった。

 ひびの入った古いコンクリートの壁が、湿気でカビていた。


「校長先生はこの中に?」

 紅葉は緊張しながら、地下室を覗いた。

 木製の梯子(はしご)は垂直に降りている。地下室は真っ暗だ。

「無人のようじゃな」

 巨門が地下室を見透かした。


 紅葉は電話で咲良に伝えた。

「今から、校長室の地下室に入ってみる…」

「待ってよ! もうすぐバス停だから!」

 歩きながら答える、咲良の声が焦っていた。



 紅葉はテーブルに置かれていた懐中電灯を持って、梯子をゆっくり降りた。

 梯子は古く、ギシギシ鳴った。

 地下室の深さは、約3メートル。広さは六畳分ぐらい。

 降りるにしたがって、空気がひんやりとしてきた。


 コンクリートの壁で囲まれていたが、床は張られてなくて、土が露出していた。

 足元が柔らかく、酸っぱい土の匂いがした。

 紅葉は懐中電灯で辺りを見回した。


 何の為の地下室だろう?

 紅葉の神経がぴりぴり尖った。

 彼女は何気なく、懐中電灯の光を地面に下げた。

 瞬間、白いものが光を反射した。

 紅葉が通り過ぎた場所へ光を戻し、白いものを見た。


 人間の頭蓋骨が落ちていた。

 下顎の骨がずれ、歯がしっかり残っていたので、笑っているように見えた。

「きゃあっ!!」

 紅葉が驚いて、背中を壁にぶつけた。


 巨門は溜息をついた。

「生贄じゃな。大方、鬼を召喚する為に、ここで人を(あや)め、供えたのじゃろう…」

「殺された人なんですか…!?」

 紅葉は光をずらして、その頭蓋骨の横に女子生徒の制服を見つけた。生贄はこの学校の少女であったらしい。

「ひどい…」

 紅葉は奥歯を噛み締めた。


 遺骨と制服は数体分あった。

 紅葉は怖くなった。

「警察に通報しなきゃ…。これはもう、殺人事件ですよね。早く110番を…」


「その必要は無い!」

 鬼月校長の声がした。

 隠し戸が半分閉められた。


 紅葉が梯子の上を見上げた。

 クローゼットに隠れていた鬼月校長が、床に跪いて、紅葉を隙間から覗いていた。

「ククク…。来ると思ってたぞ。まんまと地下に降りたな…。そこで餓死したらいい。次の鬼を天狗から借りる為に、君を生贄にするとしよう」

 鬼月校長が隠し戸を、ピシャッと閉めた。


 校長室から地下に漏れていた光が、急に遮断された。

「いやぁ、閉めんといてー!!」

 紅葉は梯子を駆け上った。

 戸を地下室側から開けようとしたが、上に鬼月校長が乗っているので、びくともしない。

「ひひひ…。楽しいな。君はそこから、一生出られない。完全に白骨になっても…出られない」

 鬼月校長は鍵をかけた。


「開けてぇー!!」

 紅葉が叫び、戸を下から叩いた。

 地下室は暗い墓穴のように、紅葉を飲み込んでいる。



 紅葉のポケットには、スマホが通話状態で入ったまま。

 咲良は声と物音だけ聞いて、とても慌てた。

「大変だ。紅葉ちゃんが危ない。文曲(もんごく)さん、紅葉ちゃんを助けて!!」

 咲良が呟いた。


 紅葉のスマホから、ポンッと、光の(たま)が走り出た。

 光の中から半透明の天女が現れ、羽衣を靡かせ、琵琶に(ばち)を当てた。

 鋭く弾かれた、一本の弦。

「文曲!?」

 紅葉は間近に文曲の、毅然とした顔を見た。

 咲良に似た横顔だった。


 小躍りしていた鬼月校長は、突然、隠し戸が腐ったように抜けて、地下室に転落した。

 舞台の奈落に落ちるように、

「ひいっ」

 彼は無様に落ちた。



 紅葉も衝撃で、梯子から落ちた。

 鬼月校長の上に乗っかるように、尻餅を着いた。

「咲良ちゃん、ありがとうー。校長先生、お先ー」

 紅葉は校長先生を踏み付け、梯子を上った。割れた隠し戸から手を出し、鍵を外す。

 紅葉は地上に這い上がった。


「待て…」

 校長は地面を掻き、起き上がろうとした。

 彼の手に何か当たった。


 暗闇にぼうっと光る、白いもの。

 骸骨の歯が校長の指に食い込み、齧るように引っかかった。

「ひいっ…」

 校長は慌てて指を抜き、髑髏(どくろ)を投げ付けた。

 指には歯形が残った。


 校長は地下室で立ち(すく)んだ。

 白い頭蓋骨が輪になり、校長を囲んでいる。歯がカタカタ鳴った。


 地下室の片隅で、半透明の古代装束の女が、全身から白い光を発している。

 光が炎のように揺らぎ、立ち昇っている。

 女は琵琶を搔き鳴らすが、校長にその調べは一切聞こえない。

 しかし、骸骨達は拍手喝采を送るように、歯をカタカタ鳴らすのだ。

「ひいいーっ…」

 校長は口から泡を噴いた。



 紅葉は隠し戸の穴の上にペルシャ絨毯を被せ、テーブルの位置を整えた。

 地下室はすっかり隠された。

 校長は出て来られるはずだが、梯子を昇って来ない。

 それもそのはず、彼は地下室で失神していた。


「何をやってるんですか!?」

 女の先生が入って来た。

 英語の先生だ。ガマガエルに憑かれて死んだ三木先生の後任だ。

「校長先生を捜してて…」

 紅葉が口籠った。

「校長様を?」

 英語の先生は、何故だか、鬼月校長を様付けで呼んだ。


 この先生は貝で出来たペンダントをしていた。乳白色と灰色の巴が、陰陽の形に向かい合う。

「そのペンダント…、他にも付けてる先生がいたような…」

 紅葉は首を捻った。

 先生は嬉しそうに、

「ああ。これは校長様から頂いたんです。最近、校内で不吉なことが多いので、校長様が魔除けに下さったんですよ」

 と、自慢した。


「そうか。黒猫ブラッディはそのペンダントを付けてる先生を噛まなかった。付けてない先生を噛んだ…。そういう仕組み…」

 紅葉は納得した。

「あなたは成績優秀な生徒だから、見なかったことにしてあげます。早く校長様のお部屋から出なさい」

 紅葉は女の先生に押し出された。



 その後、紅葉は警察に通報した。

 鬼月校長は地下室で、数体の白骨と一緒に発見された。

 京都府警の巡査が尋ねても、校長はふにゃふにゃした動きで、

「天女がぁ…、琵琶を弾いてぇ…、髑髏達がぁ…笑ってぇ……、ひひひ……」

 と、意味不明の話をするだけだったと言う。





 咲良は紅葉の無事な顔を見て、とても安心した。

「よかったぁ、紅葉ちゃん…」

「校長先生、警察に連れてかれたよ。これでええねん。神谷先生はもう戻って来うへんけど…」

 紅葉は青い空を見上げた。


「天気いいなぁ。せっかくやから、どっか行こうか。こんな晴れた日に、鬼も出ぇへんやろ?」

「そうだ。あの九尾の狐の殺生石で作ったお地蔵様、見に行きたい」

 咲良が言い出し、

「ああ、殺生石の入った御守りが買えるらしいよ。魔除けになるかな?」

 紅葉も賛成した。



 紅葉達は京都大学のキャンパスに挟まれた東大路通りを歩き、地蔵のある真正極楽寺に向かう。

「こっちが医学部か。頭よさそうな人ばっかり歩いたはるな…」

 紅葉達は大学生のグループや、自転車に乗った大学生と擦れ違った。

 桜並木、古いレンガの講堂と、新しい建物が並んでいる。


 紅葉達は道を曲がり、左手に吉田神社のある丘を見上げた。

 森がこんもりと茂って、小さな山のように盛り上がっている。

 古くは神楽岡と言い、今は吉田山と言う。

「平安京を囲む三つの丘、船岡山、双ヶ岡(ならびがおか)、そしてここ、神楽岡。後で吉田神社も参拝して、パワスポマップ用の写真を撮ろうよ」

 紅葉が言う。


徒然草(つれづれぐさ)の吉田兼好は、吉田神社の神職の子やったんやで。他に、吉田神社の神主の、吉田兼見の書いた兼見卿記(かねみきょうき)も有名や。織田信長や明智光秀や豊臣秀吉と繋がりがあった人で、日記が価値の高い資料らしいよ。今も本能寺の変について書かれた本には、兼見の名前が登場するの」

「ふーん。そうなんだ。それで、紅葉ちゃん、殺生石ってどんな石だろうね?」

 咲良は少しワクワクしてきた。


「九尾の狐と言われるようになる前、元は普通の妖狐伝説みたい。よくあるキツネ憑きの話とか、キツネに化かされる話とか、昔の人は信じてたんやね。ほんまは呪いとか祟りって言うより、火山ガスが原因で、近付く生物が倒れたりしたみたいやけど…」

 紅葉はスマホで資料を見つつ話した。


「今は殺生石もお地蔵様だから、お参りしても死なないね。祟りは終わったんだねぇー」

「おいおい、咲良ちゃん。聞いてた? 妖狐なんて物語(フィクション)やってー」

 紅葉はスマホのカメラを起動し、真正極楽寺の正門と、参道の先の三重塔に合わせてシャッターを押した。

 目指す地蔵は、脇のお堂に安置されている。





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