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伍弐 黒猫と静御前


 静先生が紅葉達の中学の先生を薙刀で斬り伏せ、血飛沫が飛んだ。

 だが、紅葉の場所からはよく状況が掴めなかった。

「なんで!?」

 と、紅葉達は思った。


 雨音は腹を立て、静先生と口論になった。

「僕、そーゆーのが気に入らないって言ってるんですけど。その人、まだ元に戻れるんじゃないですか!?」

「渡邊くん、甘いですね。彼はもう人間じゃありません。ヒトモドキってとこかな。そんなこと言って、あなたは誰を守りたいんですか!? 私は私のやり方で、生徒を守ります」

 静先生が次のゾンビ先生に薙刀を向けた。



 二人が話す間、校長先生はさっさと逃げ出した。

 校長先生は黒猫を地面に下ろした。

「私は何も知らない。君達は寄生虫にやられて、溶けて消えるんだ…。さぁ、ブラッディ…」

 黒猫の金色の眸が光った。


「ナーゴォ…」

 黒猫が低い声で鳴く。

 体育館の裏に、雄猫の鳴き声がしみ渡っていく。

 顔の割に大きな口と長い牙が目立つ。

 闇夜を切り抜いたような、漆黒の体。


「行け、ブラッディ。あいつらを噛んでやれ!!」

 校長が黒猫をけしかけた。 

「源次…、アイツハ鬼ダ。寄生虫デハ死ナナイ…」

 黒猫が奇妙にも、人間の言葉を喋った。



 紅葉達はガードレールに掴まり、一生懸命目を凝らして、フェンスの向こう側を見守った。

 ゾンビ先生の中に、何人かの知った顔があった。

 体育の先生と理科の先生は、別人みたいに雰囲気が違う。

 彼等は黒ずんだ皮膚に落ち窪んだ眼で、ヨダレを垂らし、ぎこちなく歩いた。


「なんで校長先生が…?」

 紅葉は不思議に思った。

 そう言えば、中学のホームページに、校長先生が黒猫を抱いている写真があった。

 そのことをやっと思い出した。


 黒猫ブラッディが放たれ、妖気を撒き散らすと、煌星(あかり)は苦しそうに悶えた。

「コマチ…、何かしんどい…。頭が痛い…」

 煌星が咳き込んで膝を着き、道に吐いた。

「大丈夫?」

 コマチは煌星の背中を擦った。


 煌星の頬に糸で縫ったような引きつれが起こり、ピクピク動いた。

 コマチはぎょっとした。

「紅葉、これって鬼プラズマ…? 違うよね…?」

「私に聞かれても、わからへん。咲良ちゃんを見れば、たぶんわかる…」

 紅葉とコマチが咲良を振り返った。


 咲良は顔を強張らせ、煌星から3メートル離れていた。

 更に遠ざかろうとしている。


「えっ、そんな…。咲良ちゃん…」

 コマチは煌星が神谷先生みたいに死んでしまうと思って、慌てた。

「煌星、しっかりして…」

 コマチが覗き込むと、煌星は荒い息をして地面に手を着いた。

 煌星のこめかみから、黒っぽい汁が滲み出した。

 そして、薄いピンクのミミズのようなものが出てきた。

 先1センチぐらい出て、クネクネと先端を触手のようにうねらせた。


「コマチ…、とりあえず鬼をやっつけるまで、煌星ちゃんに触ったらあかん…」

 紅葉がコマチを煌星から引き剥がした。

「嫌や、そんなん。煌星は小学校の時からの友達やねん! お願い、煌星を助けて!」

 コマチが紅葉に頼んだ。


「そうや…。山上さんにもらったお札を使おう…」

 紅葉はポケットを探り、二つ折りしていた封筒を取り出した。

 咲良と交換した呪符が入っている。

 紅葉は急いで、呪符を広げた。




 ジャージ姿のゾンビ先生が、静先生に迫った。

 白目を剥き、ヨダレを垂らしてグヒヒと嗤う。

 彼等は寄生虫の幻覚の影響で、恐怖に対する感覚が麻痺している。

 薙刀を突き付けられても、引き下がるどころか、脳味噌を求めて近付いて来る。


「汚らわしい生ゴミ。あなたに相応しい虫でも食べたらどうかしら!?」

 静先生が容赦なく薙刀を打ち込んだ。

 ゾンビ先生の頭が割れた。

 10センチぐらいのミミズみたいな虫が数十匹、頭から躍り出た。タコの足のように動いた。


 静先生は殺虫剤を噴射した。

 寄生虫は地面でしぶとくのたうち、人間の匂いと温もりを求めて、静先生の方へ寄った。

「悪臭漂う汚物!! 触りたくもない!!」

 静先生は早足で逃げた。


 今度は理科の先生が襲いかかってきた。

 彼は既に、強烈に酸っぱい匂いを漂わせて腐っていた。

 彼はズボンの両側のポケットからゴキブリを出し、静先生に投げた。

「グヒヒ。綺麗な先生。俺達、生ゴミの気持ちがあんたにわかるか…? 俺達は見た目だけで嫌われて、あんたに惨殺される。殺虫剤をかけられて死ぬ…。ガスバーナーで焼かれ、オーブンで焼かれ、焼却炉で焼かれ…、俺達に痛覚が無いとでも思ってんのか? 俺達は燃えて、もがき苦しんで死ぬ…。生きたまま焼かれて…」

 彼は寄生虫の気持ちを訴えた。


「うっ」

 静先生は飛んできたゴキブリに注意を取られた。

 その隙に、黒猫ブラッディが静先生を狙って、用心深く近付く。

 黒猫が静先生の懐へ飛んだ。

 静先生は薙刀の石突きで打ち払った。


 黒猫ブラッディは宙返りして着地した。

「シャーッ」

 毛を逆立て、威嚇する黒猫。


「その猫、僕に譲って下さい」

 雨音が静先生の横に並んだ。

「渡邊くん、そこ、邪魔なんですけど。あなたは早く、女の子達を安全な場所に避難させるべきです。それに言っときますけど、この猫を刀で斬ったら、ウジャウジャと寄生虫が溢れ出しますよ…」

 静先生が忠告し、彼を庇うように数歩前へ出た。


「オマエモ、汚ラワシイ生ゴミニナル。静…」

 黒猫ブラッディが聞き取りにくい猫声で喋った。


 静先生の薙刀が風車のように回転し、理科の先生を倒し、喋る猫の首を刎ねた。

 猫の血が飛び散り、ミミズに似た寄生虫が乱れ飛ぶ。

 静先生は寄生虫に殺虫剤を撒いた。


 死んだ先生達から、黒猫の首の断面から、寄生虫が這い出した。

 ウジャウジャと地面を埋め、蠢く。

 雨音はフェンスによじ登った。

 静先生は神谷先生が隠れていたゴミの大型ボックスに飛び乗り、寄生虫の波から逃げた。


 予測しない事態が起きた。

 源頼光に首を落とされた酒呑童子のように、黒猫が首だけでも動いた。

 そして、長い牙で静先生の左手に噛み付いた。


「この猫…!!」

 静先生が薙刀の柄で黒猫の首を叩いた。

 黒猫はがっぷり食いついて、なかなか離れない。

 ようやく黒猫が力尽きて落ちた時には、静先生の革手袋が裂け、白い手首に二つの穴が開いていた。

 真紅の血が滴った。

「あっ…」

 静先生は思わず薙刀を落とし、噛まれた手を庇った。


 それまで無表情だった彼女も、さすがに恐怖と絶望の色を浮かべた。

 静先生は手の傷をぼんやり眺めた。

 それほど痛くなかった。

 しかし、異物が侵入していくのはわかる。


「私も…ヒトモドキになってしまうのね…」

 静先生が自嘲した。

 彼女の長い旅が終わる…。

「ゾンビなんかになりたくない。あんな死に方は御免です」

 彼女はナイフを抜き、自分の頸動脈を潔く切ろうとした。


「死なせませんよ」

 雨音が飛び移り、静先生の手を止めた。

 静先生は生意気な生徒を、正面から睨んだ。

「私のことはいいから、早く逃げなさい。渡邊くん!」

 

「冗談でしょ、静先生」

 雨音が額の絆創膏をむしり取った。

 額に開いた、第三の眸。一つの目玉に二つの黒眸が巴に向き合う、不気味な鬼眼。

 彼は黒猫の生首を三つの目で見据え、

「静先生、あいつは数百年生きた猫です…。人間を狂わせる寄生虫は…、人間への復讐かな?」

 鬼切の太刀に力を(みなぎ)らせた。


 黒猫ブラッディの生首が牙を剥き、地面を這った。

 雨音は低く構え、黒猫に立ち向かっていった。





 紅葉は山上に教わった通り、呪符をかざし、心で念じた。

急々如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」

 呪符が光を発し、ボンと音立てて、光の(たま)を飛ばした。


 閑静な住宅街。

 表通りと違って、中学の裏門側は車がやっと擦れ違える程度の道幅。

 近くに店もなく、人通りも多くない。

 周囲は既に薄暗く、物の形も曖昧にぼやけている。

 紅葉達にも数人のゾンビが迫り、包囲するように近付いてきた。

 紅葉は焦った。


 白い光の球の中に、半透明の女の姿が見えた。

 天女のように羽衣をまとい、髪を上げて髷を結い、髪飾りと(かんざし)を挿していた。

 女は幽霊のようにぼんやりしている。

 手には弦楽器を持っている。


識神(しきがみ)…」

 紅葉は驚き、光の中の女を見詰めた。

 女は美しく(はかな)げで、じっと項垂(うなだ)れている。


「また!? なんで動いてくれへんの!?」

 紅葉は苛立った。

 コマチは咳き込む煌星の面倒を見ている。このままではコマチに寄生虫がうつってしまう。

 それに、ゾンビ達は彼女のすぐ側まで来て、土色の顔で白目を剥き、ウガウガ呻き、口から泡を噴いた。

 紅葉は追い込まれた気分だった。


 ゾンビの一人が咲良の背後から抱きついた。

 腐った臭いが、咲良の鼻をツーンと刺激した。

 ヨダレがボトボト落ちた。

 ゾンビは咲良の頭に歯を立て、齧ろうとした。

「うわーっ!!」

 咲良は無意識に後ろを蹴飛ばし、躓いて転んだ。


 咲良は大急ぎで、封筒から呪符を取り出した。

 しかし、それは先日、紅葉が発動出来なかった呪符だ。


「私達を守って…!! 急々如律令!!」

 咲良が念じた。

 ボンと音立てて、呪符から光の球が走り出た。

 落ち着いた老人が光に坐していた。


「本当だ、動かない」

 咲良も紅葉の言っていたことを再確認する結果になった。

 識神は無気力そうな顔。

 ただし、咲良に対してはものを喋った。

「…おぬしのように術師でもない者に使われることになろうとはなぁ…。小娘よ」

 声なき声で、嫌味たらしく言う。

 彼の呟きは、咲良と紅葉達の脳に直接届いた。


「そこを何とか!!」

 咲良と紅葉が叫んだ。


(わし)巨門(こもん)。あれは文曲(もんごく)。山上の(せがれ)に頼まれて、来てはやったがなぁ。まだ助けるとは言うとらん…」

 老人の識神が呟いた。


「識神って、命令したら助けてくれるんとちゃうの?」

 コマチが紅葉に聞いた。


 紅葉は本来、自分の守護者になってくれるはずだった巨門(こもん)に向き合った。

「勝手に交換してごめんなさい。今すぐ助けてほしいんですけど。どうしたら助けてくれはるの!?」

「そうじゃのう…」

 巨門は長い顎髭を擦った。

「儂は敵の戦力を分析したり、作戦を考えるのが仕事じゃと知っておけ。紅葉、それがおぬしの役目なのじゃよ。文曲(もんごく)を使いたければ、そっちの咲良とやらに仕事をさせよ」

 紅葉は呪符の意味を理解した。


 咲良も頷いた。

「文曲さん。ちょっとお願いします…」

 咲良が話しかけたら、女の識神が心得て、微笑みを返した。

 彼女は琵琶に(ばち)を当て、常人には聞こえない音楽を奏で始めた。


 その時、咲良に再びゾンビが襲いかかった。

「キャー!!」

 彼女は必死に抗った。


「咲良ちゃん!!」

 紅葉がゾンビに掴みかかり、咲良を助けようとして、ゾンビの腕力で払い飛ばされた。

 咲良は目を瞑った。頭からバリバリ喰われる…。

 そう思ったのに、歯が食い込まずにゾンビの動きが停止していた。


 咲良はそっと眸を開け、ゾンビを見た。

 今や、哀しき半鬼達は、識神・文曲の奏でる音楽に聞き入っている。

 ゾンビが目を閉じて、穏やかで幸せそうな表情へ変わっていく。




 雨音が鮮やかに、鬼切を一閃させた。

 黒猫の額が裂け、片耳が飛んだ。


 雨音は黒猫の執念を感じた。

 黒猫は流れる血の為に、片目を閉じた。

「人間ヘノ復讐…、ソンナモノデハナイ…」

 黒猫が喋るように鳴いた。


「人間ヲ嫌イジャナイ…。タダ、ウットオシイ…。オマエ達ハ猫ヲ可愛ガルフリヲシテ、都合ヨク玩具二シテイル。ソレハ虐待デハナイカ…? 私達ヲ閉ジ込メ、自由ヲ与エズ、安価ナ餌ダケ与エテ、繁殖モ制限シテ、飼イ殺シダ。ソンナモノガ愛情カ? 違ウダロウ?」

 黒猫が言い分を述べた。


「人間だって、不自由に生きてるから。僕らだって、お金という化け物の奴隷にされてるさ」

 雨音が言った。

 黒猫は吹き出した。

「愚カナ人間達。自ラ縛リ、不自由二暮ラシテイル。ソノ犠牲二ナルツモリハナイ。支配者ノ交替ダ。私ハ人間ノ我儘二殺サレタ。次ハ人間ヲ殺シ、鬼ガコノ世ヲ支配スル…」


「猫は可愛いから好きだよ。人間を恨まないでくれ。猫を放したら、戻って来ないだろ。閉じ込めたいんじゃない。一緒に暮らしたいんだ」

 雨音は中学の時に出会った、捨て猫のことを思い出した。


 雑種の子猫。

 彼は公園で、こっそり餌をあげていた。

 数日後、子猫はカラスに食い殺されてしまった。

 飼ってあげられずに死なせたことを、とても後悔した。


 黒猫ブラッディは執念をたぎらせて、最後の力を振り絞った。

「静ヲ見ロ。何ノ恨ミモナイ相手ヲ、タメライナク殺ス。アレガ人間。自分勝手ナ生キ物…」

「やめろ。静先生は死なせた息子に(つぐな)う為に、命がけで鬼と戦ってる…」


 鬼切が黒猫の喉の奥まで突き刺さり、白刃から火を噴いた。

 黒猫の生首が燃え上がった。

 寄生虫も燃え上がった。

 黒猫は(すす)を吐き、地面に転がった。

 黒猫の頭部が消滅すると、胴体も、地面に散らばっていた寄生虫も全部、泡立って溶けた。


 静先生は手の痺れが引くのを感じた。

 彼女の中に侵入した寄生虫が消えていく。


 煌星は突然呼吸が楽になって、びっくりして上体を起こした。

 耳とこめかみからドロドロと、気持ち悪い粘液が流れ出た。

 それまでの頭痛と吐き気が、嘘のように引いた。


 ゾンビ達は道に倒れ込んだ。

 ゾンビ達の耳からも、ドロドロと汁が流れ出した。

 呪いが解けていく。


 文曲は役目を終え、呪符へ吸い込まれて消えた。

「なんか、すごいやん。山上さん、やるやん…」

 紅葉が興奮して感想を言った。

 脱力感が来た。


 コマチは嬉しくて、煌星をぎゅっと抱きしめた。

「煌星、よかった…。また一緒に遊んだり、勉強したり、喧嘩したり、これからも出来るで…」

「うん…」

 煌星はぐったりしていたが、笑顔で返事出来た。


 咲良はフェンスの向こうを覗いた。

「雨音くん、大丈夫ー!?」

 フェンスの向こうは静かになっていた。

 誰もいない。


「私、ちょっと見てくる!」

「咲良ちゃん、待って! 私も行く」

 咲良と紅葉は暗い道を走って、中学の裏門の方へ回った。


 半透明の識神・巨門が、宙をするすると滑るように動く。

 紅葉について行った。

 




 体育館の表で、雨音が校長の肩を叩いた。

「校長先生、どこに行かれるんですか?」

「ひいぃっ」

 校長は跳び上がり、震った。


「ルイ、レイ!! そこにいるのか!? 助けてくれ!!」

 校長が空に向かって叫んだ。

 杉の木のてっぺんで羽音がして、二羽のカラスが舞い降りた。

 カラスは地上で、人の形に転じた。



 紅葉と咲良が裏門に着き、格子を握って、中を覗いた。

 金曜日に見た黒いスーツの天狗が、校長と雨音の間に割って入るところだった。


鬼月(おにづき)さん、苦戦してますね」

 天狗党の双子が、くすくす笑った。

「自分達こそ、五条でヘマをしたじゃないか。東田議員を殺り損ねたくせに…」

 鬼月校長が天狗党の双子を(なじ)った。

 金曜日、救急車に乗っていた老人をゾンビに襲わせたのは、鬼月校長だった。

 だが、武蔵が老人を助け出した。


 天狗党の双子は怪我も癒え、元気そうだった。

「ふふふ。失敗したのは、あなたの飼い猫が生んだゾンビなわけで。私達はただの目付(めつけ)ですから」

 天狗党のルイは黒いネクタイの歪みを直し、腰に手を当てた。



 静先生が雨音に追いついた。

「渡邊くん、気を付けて。あの校長は本当にろくでなしのクソ野郎なんです。鬼月明博…」

 静先生が顔をしかめ、思わず汚い言葉を使った。

「静先生、ややこしいのが出て来たんですけど…。あの天狗は武蔵さんの仲間じゃないんですか?」

「かつては…仲間でした…」

 静先生は口惜しそうに呟いた。



 校長は空気を読まず、怒鳴り散らした。

「私を誰だと思ってる!? おまえ達は私の言うことを聞くんだ。私を助けろ。この二人を殺せ!!」

 天狗党の双子は顔を見合わせた。

「そんな義理はないですね。私達、あなたの部下じゃありませんし」

 双子の弟の方、レイが素っ気なく断った。


「はぁー!? 誰が天狗党に資金を出してると思ってる!? ルイ、レイ、早く殺れよ!!」

 校長が大声で怒鳴った。

 スノッブな男。

 自分の野望と都合の為に、誰でも殺す。

 恥をかかされたと感じたら、相手を許さない。器量の小さい男。

 鬼月校長が逃げた。



 天狗党の双子は渋々、雨音達の方を向いた。

「…まぁ、残念なんですけど、こういう事情ですから。殺りますかね…」

「大人の事情ですね」

 雨音は双子に同情しつつ、すぐにルイの剣を受けた。


 ルイは至近距離(インサイド)から突きを狙い、次々と針穴に糸を通すように、隙のない雨音の僅かな隙を狙ってきた。

 レイは鬼切の波動を拳で捉え、不思議な反発を生み出して、短く拳を打ち込んできた。


「渡邊くん、伏せて!!」

 静先生の薙刀が双子の胸の高さを払う。


 雨音はレイに吹っ飛ばされ、ルイの剣を転んだ状態で受け止めた。

 ルイは膝蹴りを入れようとする。

 静先生の薙刀を、レイが速すぎる動きで、薙刀の峰を摘んで止めた。


「誰があの校長のバックにいるんですか?」

 雨音が地面を蹴って、立つ瞬間に相手の喉元を狙う。

 ルイは雨音の太刀を、鍔元からもの打ちまでジャリッと擦らして止め、

「あなたもよく知ってる相手です、源次さん。そこの静御前に聞いてみたら?」

 と、皮肉った。


 彼等の顔と顔の間は30センチ。

 間近に互いの顔を見詰め合う。

 雨音は、

「天狗のリーダーなら、一人しか聞いたことがない。それにこんな接近する柔術的な居合、剣術は…」

 と、思い当たった。


 突然、彼の後ろで、

「あっ…」

 静先生が呻き声を漏らした。

 素手で戦っていたレイが薙刀に手をかけ、薙刀を使って背後から静先生を絞め上げていた。



 紅葉が巨門を仰ぎ見た。

「どうしたらいいの? 巨門さん」

(わし)に、さん付けはいらんよ。紅葉。所詮、人間は天狗に勝てぬ。静では無理じゃ。あの暴れ小僧を撤退させろ。そしてな、鬼の武蔵を連れて来るのじゃ。同族で戦わせるがよい」

 巨門が答えた。


「間に合わないよ!!」

 咲良が叫ぶ。


 レイに喉を絞められ、崩れ落ちる静先生。

 レイは薄ら笑いを浮かべ、軍刀を吊るベルトから剣を抜いた。

 彼は静先生の頭上で、霊光を発する刀を振り上げた。





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