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伍壱 寄生虫駆除


 雨音と雲林院は寄生虫について確かめるべく、静先生に会いに行った。

 職員室に向かう途中、雲林院が、

「雨音、ほんまに紅葉ちゃんとつきあうの!? 俺、おまえは咲良ちゃんの方が好きなのかと思ってた…」

 と、本音を漏らした。

「ハハ…」

 雨音は笑ってごまかした。


「失礼します」

 職員室に入ると、三人の先生がマスクをして、ゴホゴホ咳をしていた。

 鬼がもたらす寄生虫も、症状は風邪と似ている。

「静先生は…?」

「静は鬼を追いかけて、ある学校に潜入中」

 ハスキーな声がした。

 2メートル近い大男がマグカップを持って、給湯室から顔を出した。


「武蔵さん!! なんで職員室(ここ)にいるんですか!?」

 二人はびっくりして、武蔵を見上げた。

 武蔵はニット帽を被り、白いタンクトップにミリタリーシャツを重ね、カーゴパンツ、来客用スリッパを履いている。

「俺、今日から剣道部のコーチに雇われたんだよ。おまえら、剣道部?」

 武蔵がコーヒーを啜った。

「ええっ!!」

 剣道部の雲林院が露骨に嫌悪感を示した。


「静に用事か? 残念ながら、あいつは惚れた男がいるぞ」

 武蔵は戦いの続きも、頭に無さそうだった。

「おまえも来いよ、剣道部。死ぬほど、しごいてやるぜ」

「やめときます。体が壊れそうだから…」

 雨音は断った。


「気を付けろよ。鬼プラズマに寄生されたヤツがいる…」

 武蔵はマスクを付けた先生達を横目で見て、二人に目配せした。

「必要以上に怖がっても仕方ないんで」

 雨音と雲林院は軽く頭を下げ、武蔵に背を向けた。





 放課後、咲良と紅葉が帰ろうとした時、コマチのスマホに神谷先生から着信があった。

「コマチ…。僕です、神谷です…。体調が悪くて、授業に出れない…」

 神谷先生は鼻が詰まった声で、ボソボソと話した。

「先生!! 今、どこですか!?」

 コマチが思わず大声になり、紅葉もつい、聞き耳を立てた。


「僕は学校にいます…。病気を家族にうつしたくないんで、週末も帰らなかった…。コマチ、紅葉と咲良は一緒ですか?」

「先生、病院行きましょう!! 早く診てもらった方がいいですよ!!」

 コマチは病院を勧めた。

「替わって!」

 紅葉が横からスマホを奪った。

「神谷先生! 紅葉です。咲良ちゃんも一緒です。体調はどうですか!?」

「紅葉、助けてくれ…。死んでしまいそう…。吐き気が止まらない。もう胃に何も入ってないのに…。すごくしんどい…」

 神谷先生は辛そうだった。


 咲良は紅葉の横で、一歩引いていた。

 本能的に、頭の中で警告音がする。

 これは関わっちゃダメだ。危険だ。

 どうにか出来るレベルじゃない。


「インフルエンザとは、ちょっと違うな…。僕はもっとヤバいものに変わりつつあります…」

 神谷先生は自覚を持っていた。


「君らと会ったら、自分が何をするか予測出来ない…。でも、君らしか、僕を救えない気がする。これは…鬼に関係あるんでしょうか…?」

 神谷先生は時々咳き込んだ。

「紅葉…。僕は体育館の裏にいます。来て…」

 神谷先生の声が掠れ、電話が切れた。



「嫌だ…。私、行きたくない…」

 咲良が首を振った。

 金曜日の深夜、鬼プラズマに脳をやられた、ゾンビみたいな集団に追いかけられた。

 あれは怖かった。

 コマチも同じ光景を思い出し、ぶるっと震えた。


「でも、神谷先生が助けてって言うてはるし。私、ちょっと行ってくる。咲良ちゃんは教室で待ってて」

 紅葉は覚悟を決め、咲良に言った。

「雨音くん達に来てもらおう、紅葉」

 コマチが助けを求めるメッセージを送信した。

 紅葉はすぐに駆け出し、コマチが追いかけた。



 咲良は落ち込んだ。

 自分がズルく思えて、自己嫌悪した。

 そこに新見と煌星(あかり)達が来て、一緒に帰ろうと言ってきた。


 コマチの取り巻きグループのうち、煌星がマスクをして、軽く咳をしていた。

「最近、コマチ、冷たいよね。うちらをほっといて、紅葉にべったり。前はあんなに、紅葉をライバル意識してたのに」

 煌星が不満を言った。

「煌星、女同士でヤキモチか?」

 新見がへらへら笑った。


 新見と煌星は最近、親密な関係に近付いてきた。

 煌星の切ない片思いが報われる日も、近いかも知れない。


 咲良の表情が一瞬固まった。

「煌星…さん…」

 煌星のこめかみに静脈が薄青く浮いていて、数ミリぐらいの小さな筋がピクピク動いていた。

 煌星が咳をした。

 すぐ側に、友人の茉莉とスミレがいる。無防備な彼女達の前で、煌星が繰り返し咳き込んだ。

 咲良は少しずつ後ずさった。


 新見は爽やかな笑顔で、

「昼休み、校庭にでかい黒猫がいてん。持ってたパンやろうとしたら、いきなり噛まれそうになった。あれ、毛並み綺麗やし、誰か飼ってた猫が逃げたんかなぁー?」

 と、咲良に言った。

 咲良は頭を殴られたようなショックを感じた。

「そうだ、猫を捕獲しなきゃいけないんだよ。猫が媒介してるんだもん。猫を何とかしないと、どんどん被害が広がっちゃう…」

 彼女は口の中でブツブツ呟いた。





 体育館の裏、フェンスに沿って常緑の杉の木が植えられている。

 体育館からは、バレーボール部やバスケ部の声が賑やかに聴こえてくる。


 紅葉は小学生の頃、クラスで飼っていたウサギや熱帯魚を埋葬したことを思い出した。

 クラスで飼っていた生き物が死ぬと、飼育係が体育館の裏に埋めた。

 体育館の裏と言えば、ペットのお墓のイメージが残っている。



「もし何かあったら、山上さんからもらったお札を使おう」

 コマチが提案した。

「それ、この間使ったけど。私のお札、何も発動せぇへんかった」

 紅葉は残念そうに言った。


 あの日、何も発動しなかったお札について、後で咲良に話した時に、

「じゃ、私のお札と交換したげるよ! 紅葉ちゃん!」

 と、咲良が自分の封筒を出し、紅葉の呪符と交換した。

 それで、紅葉の手元には、現在、咲良の呪符がある。


「こっちのお札も一度、試してみるか…」

 紅葉は咲良の呪符が入った封筒を見詰めた。



 紅葉とコマチは体育館の裏を見回した。

 体育館の裏口に、ゴミを保管する大型ボックスと、古い焼却炉があった。

 そこは日陰で、とてもジメジメと暗かった。


 ギィ…、と金属の軋む音がして、ゴミの大型ボックスの蓋が中から開いた。

「紅葉…、コマチ…」

 痩せ衰えた神谷先生が、ゴミのボックスの中から出てきた。

 ボックスの中は、燃やすゴミと燃やさないゴミの分別の、金属製のカゴがある。


「先生!!」

 紅葉とコマチはびっくりした。

 神谷先生の眸は落ち窪み、顔は土気色で、服からはゴミの匂いがした。

 その姿は五条で見た鬼プラズマの半鬼とよく似通っていた。

 神谷先生はゾンビのような、筋肉が硬直し始めた動きでゴミ箱を跨いで、地面に降りた。


「ひゃっ!! 眩しい…!!」

 神谷先生は光に(ひる)み、日陰へ戻った。


「誰に言っても信じないと思う…。けど、僕なりに考えて、こんな不思議なことは鬼のせいだと思うんです。きっと、鬼のウィルスみたいなのに感染してしまって、僕は鬼に近付いてる…。もしかしたら、鬼にならずに死ぬだけかも知れないけど…。死が目の前に迫ってる気がして、僕はものすごく焦ってます…」

 神谷先生は冷静に分析していた。

 最初、彼が話すことはまともに聞こえた。


「僕は…蜘蛛が喋ったり、犬が喋ったりするのを聴いた…。何かおかしなことが起きてる。僕は職員室で生徒の生首を見た…。先生達はもう信用できない。みんな狂ってしまった…。先生達は生徒を虐殺してる。生徒の死体をシュレッダーにかけてる。紅葉、コマチ、学校から逃げてくれ…!」

 神谷先生が咳をした。


 紅葉は固唾を飲み、先生の側に近寄ることを躊躇していた。

 しかし、先生が咳をした時に思わず駆け寄って、ゴミを払い、先生の背中を撫で擦った。

「先生、しっかりして!!」

 神谷先生はニヤッと笑い、嬉しそうに二人の生徒を見た。


「よかった。君らは妖怪や鬼と違って、ほんまの紅葉とコマチなんやな。優しい僕の生徒達…。聞いてくれ。鬼が人間の体を乗っ取って、この世界を支配しつつある。抵抗すると、僕みたいなことになるんだと思う…。この世界は徐々に、全てが偽物に変わろうとしてる…」

 神谷先生は幻覚や妄想を話した。


「紅葉、コマチ。原因を調べてくれ。今ならギリギリ間に合うかも知れへん。それで、その悪い鬼をやっつけてくれ。頼む…」

 神谷先生が激しく咳き込んで、背を丸めて、ヨダレを吐いた。

「先生!!」

 紅葉達は逃げ出したい気持ちと、先生を心配する気持ちで葛藤した。

 神谷先生のヨダレは糸を引き、紅葉の靴にかかった。


 神谷先生が、紅葉達の手首を掴んだ。

「二人とも、気を付けろ。他の先生はたぶん、みんな鬼…。鬼がなりすましてる…。僕の言うことだけ信じてくれ…。そう、クラス全員…、ここに連れて来て…。本当のことを説明しなきゃ…、グボッ!」

 神谷先生がまた吐いた。

 今度は緑色の悪臭漂う消化液を吐き、さすがに紅葉とコマチも飛び退いた。


 神谷先生は二人の手を放し、ゴミのボックスへゆるゆると戻った。

「僕はここに隠れてます…。ここが安全だから。クラスのみんなを連れて来て…。僕は待ってる…」

「先生! お腹空かないんですか!? 咳止めのお薬持ってきましょうか!?」

 コマチが泣きながら言った。


 神谷先生はゴミのボックスの蓋を開け、中に入った。

「…お腹は空いてるけど、今は何も食べたくない…。昨夜、適当にこのボックスの中の虫を食べました…。臭くてマズかった…。本当は肉か刺身が食べたいんだけどなぁ……」

 パタンと蓋が閉まった。





「かなり被害が拡大してますね、この学校。思った以上…」

 静先生の声がして、紅葉とコマチが振り向いた。


 静先生は両手にゴミ箱を持っていた。

 彼女はローヒールのパンプスをカツカツ鳴らしながら、近くまで歩いてきた。

「あっ、そのゴミ箱…」

 紅葉は静先生を止めようとした。

「全部見てましたよ」

 静先生はゴミのボックスの前を通り過ぎ、古い焼却炉の方の蓋を開けた。

 今は使用されてない旧式の焼却炉、内側は空っぽだ。


「見ない方がいいですよ。国語の成績に関係ありませんから。早く帰って、今日の復習をして下さい」

 静先生は紅葉達に見えない角度にして、ゴミ箱の中身を焼却炉に捨てた。

 ゴミ箱の端から赤黒い液体が滴った。


「あなた達、その靴下と靴を脱いで。汚れてるから、念の為、燃やしましょう。それと、今すぐ洗面所行って、顔と手を石鹸で洗った方がいいかも…」

 静先生はゴム手袋を付けた手を出し、紅葉の靴と靴下を待った。


 紅葉達はガクガク膝が震えた。

「静先生、何を燃やすんですか!?」

「汚染されたゴミを処分するだけですよ。職員室のね」

 静先生は紅葉の靴と靴下を諦め、呆然としている彼女達の前で、ペットボトルの燃料を焼却炉の中に撒いた。

 そして、マッチの火を投げ込んだ。


 火が燃え上がる音がした。

 静先生はごく平然と、蓋を閉めた。

「早く行きなさい」

 静先生が命じた。


「何を…するんですか? もしかして、神谷先生を…処分するんですか?」

 紅葉は神谷先生が潜む、ゴミのボックスの前に立ち塞がった。

「そこを退きなさい。…燃えるゴミをついでに燃やすだけです」

 静先生が命令した。

「嫌です。鬼でも、ゾンビでも、うちらの担任の先生です…!!」

 紅葉は腕を広げ、通る邪魔をした。


 静先生は美貌の口元をやや歪め、

「ええ、そう。もう人間じゃないんです。寄生虫に乗っ取られた、哀れなヒトモドキです。手の施しようがない。寄生虫を撒き散らす分、厄介な存在…。彼を早く楽にしてあげた方がいい。痛みはそんなに無いはずです」

 と、囁いた。

「苦しんでるんですよ!! 痛いに決まってる!!」

 コマチが言い返した。


「被害を最小限で食い止めないと。先生から生徒、生徒からから家族へ、社会全体へ…、寄生虫が蔓延していくでしょう…。私は急ぎます」

 静先生が紅葉の手を掴もうとした。

 紅葉は手を払った。

「神谷先生は誰にも寄生虫をうつしません。ここに隠れてますから…!! 神谷先生のことはうちらが何とかします!!」


「心強いこと」

 静先生は皮肉を込めて笑った。

「その先生が誰を呼ぶように頼んで来ても、誰も近付けちゃダメですよ。そろそろ、先生の脳内の寄生虫は、次の宿主に子孫を引き継ごうとしてますから…」

 静先生は両手にゴミ箱を持って、体育館の表へ回っていった。



 焼却炉の煙突から黒い煙が上がった。

「熱い…!! 熱いーッ!!」

 焼却炉から声がした。

 どこかで聞いたような男女の声。

 紅葉とコマチは耳を塞ぎ、体育館の裏から走り出た。





 夕方。

 紅葉達と雨音が学校の裏門で待ち合わせた。

 門は既に閉まっている。

 日が暮れ、道に街灯が点る。


 歩道と水路を隔て、1メートルほどの高さのブロック塀の向こう、緑色の網のフェンスがグラウンド側から体育館の裏まで続く。

 杉の木と、体育館の裏口と焼却炉、ゴミの大型ボックスが、歩道からも見える。

 体育館で部活していた生徒も帰宅し、その場には静寂があった。



「ふーん。静先生、こっちに来てたのか…」

 雨音は顎に指をかけ、考え込んだ。

「うん。そう。雲林院くんは?」

 紅葉は雨音を意識してしまい、何を話すのも照れ臭くて、固くなる。

「あいつは剣道部で、武蔵さんにしごかれてる…」

 雨音は思い出し笑いをした。


「神谷先生を噛んだ黒猫を捜したけど、見つからなかったの。ねぇ、新見くん」

「そうそう。あれかも知れん。凶暴な猫やったし」

 咲良が新見と顔を見合わせた。

 新見の横で、煌星が咲良に嫉妬の視線を注いでいた。


「武蔵さんが飼ってる黒猫の他に、もう一匹、黒猫がいるのかも…」

 雨音も咲良の考えに賛成した。 

「神谷先生ー、大丈夫ですかー?」

 集まった生徒達が、口々に歩道から神谷先生を呼んだ。


 ゴミのボックスの蓋がギシギシ錆びた音を響かせながら、10センチぐらい浮き上がった。

「みんな、来たか…?」

 ギョロリ、神谷先生の眸が隙間から見えた。

 血走って濁り、異様な目つきだった。


「先生ー!! なんでそんなとこにいるんですかー!?」

 茉莉とスミレが心配して叫んだ。

「あんたら、何を見ても驚いたらアカンよ…。神谷先生は…もう…」

 コマチが言った。


 ゴミのボックスの蓋が開く。

 昆虫のような硬い動きで、神谷先生がボックスから上半身を出し、跨いで出て来た。

 騒いでいたスミレ達は黙り込み、新見は素直な感想を漏らした。

「先生!! ガラスを破って、校舎の三階から飛び降りた時より、大分悪化してんのとちゃう!?」


「みんな、待ってましたよ…。みんなに伝えたいことがあります…」

 先生はよろよろと歩き、奇怪な動きでフェンスに寄ってきた。


「下がれ!!」

 雨音が叫んだ。

 彼はブロック塀に飛び乗り、フェンスを駆け上った。

 紅葉とコマチが女の子達を引っ張り、咲良が新見を引っ張って、歩道のガードレールを越え、車道まで下がった。


 そうさせる迫力が神谷先生にあった。

 神谷先生は網に指を掛け、白目を剥いた。

「ぶしゃあああ……!!」

 神谷先生が叫ぶと同時に、頭の上半分が破裂した。

 赤い液体とともに、異質な何かが飛び出した。


「きゃああ!!」

 女の子達が金切声を上げた。


「その飛び散った血に触るな!!」

 フェンスを飛び越え、学校の敷地に降り立った雨音が叫んだ。

 神谷先生の頭半分から下が、ずるずるフェンスを擦って沈んでいった。

 余りリアルではない死体は、最早スポンジみたいになっていた。


 女の子達は先生の死体から離れ、恐怖で蹲った。

「ほな、お先ー!!」

 新見は一人、全力疾走で逃げ帰った。


 飛び散った血に紛れ、ミミズみたいなものが蠢いて、彼等に迫った。

 しかし、水路に落ちた。

 水路があったせいで、歩道まで寄生虫が届くことはなかった。

 寄生虫は水路を流れていった。



「君ら、何をしている!?」

 校長先生が現れ、侵入者の雨音と紅葉達に怒鳴った。

 雨音だけ違う制服で、R高の紋章が入っている。


「これは…何ですか!?」

 校長先生は何か黒いものを抱いている。

 そして、校長先生を囲むように数人の先生が出て来て、一緒に神谷先生の死体を見下ろした。

 神谷先生の死体は、薄暗がりで不気味に青く燐光を発していた。

 やがて、死体はブクブクと泡を噴き出し、溶けて消えてしまった。


「何もありませんよ」

 雨音が先生達に言った。

「僕らは神谷先生を助けたかった。すごくいい先生だった。…誰かが先生を殺したんだ」


 わっと、コマチが泣き出した。

 咲良も煌星、スミレも茉莉も肩を震わせ、泣き出した。涙がどんどん溢れてきた。

 紅葉だけが握り拳を震わせ、怒っていた。

「許さへん。神谷先生を殺した鬼…」


 校長先生は笑い出した。

「君らは何を言ってるんですか? 早く帰りたまえ。私達も何も見なかった。そういうことにしましょう」

 数人の先生も笑い、その後、ゴホゴホ咳き込んだ。



「校長先生。こちらにいらっしゃいましたか。赴任の手続きで、ちょっと残っていることがありまして」

 静先生が体育館の周りを回って、校長の前に現れた。

 手に抜き身の薙刀を持っていた。

 武蔵が持っていたような大薙刀じゃない、もっと華奢で優美なラインの薙刀だ。


「は? 森静先生?」

 校長が眼鏡の奥の目を丸くした。美人の国語教師に戸惑う。

 彼は白髪の混じった黒髪をぴっちり撫で付け、グレーのスーツを着た、初老の男だ。

 黒いものを抱いていたのが、くるっと首を曲げた。

 大きな黒猫で、青い首輪をしていた。


「あの猫…!!」

 紅葉と咲良が心の中で呟いた。

 黒猫は禍々しい妖気を発している。



 雨音は校長を間に挟み、静先生に抗議した。

「静先生ー。僕、そのやり方、納得いかないんです。保健室の再現は見たくないんですけどー」

「渡邊くん。君は宿題をやりなさい。でないと、今学期、追試にしますよ…」

 静先生が薙刀を構えた。


「ふはは、君ら。君らは一体…!?」

 校長が動揺を笑って隠そうとした。

 校長はゾンビのような先生達の輪の中へ、慌てて逃げ込んだ。


 雨音は肩に掛けたケースから鬼切を出し、静先生に予告した。

「期末テストで満点取りますよ、僕」

「ちゃんと勉強してますか? 渡邊くん」

 静先生は襲いかかってきたゾンビの一人目を斬り伏せ、そいつの顔面をパンプスで踏み付けた。





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