肆伍 帰還、清滝トンネル
1
陥没した墓室。
爆心地のような状態である。
朝日が射し込み、全てを晒し出す。
マナブは座り、自分の体温で温めるように咲良を抱き締めていた。
彼女の顔は血の気が無い。
マナブの着ている細身のスーツも、胸元が破れ、青い血が垂れていた。
「マナブさん、咲良ちゃんを…」
雨音の声が掠れた。
「僕じゃない。彼女が自分で首を切ったんだ。こっちに来るな…、源次」
マナブは不機嫌になった。
「咲良ちゃん!!」
雨音が冷静さを失い、マナブに斬りかかった。
マナブが消え、鬼切は空を切った。
マナブは離れた場所に出現した。
その瞬間、雨音の視界を黒々とした影が横切った。
黒い影は着地すると、悠々と四つ足で歩行した。
「源次ぃ。呪い部の神社以来じゃのぅ…」
舌長の鬼がひどい臭気を垂れ流し、虎のように肩を揺らせて歩いた。
雨音は鼻を押さえ、
「舌長の鬼…」
鬼が吐く酸を警戒し、少し距離を置いた。
「我等は先を急ぐ。邪魔するな…。次なる大鬼を復活させねばならぬでなぁ…」
舌長の鬼が空間をばりばりと裂く。
空間は紙のように破れていく。
「そんなことはさせない」
雨音はチャンスだと思った。
マナブがダメージを受けている。
殺るなら今だと。
マナブは察した。
「ナカツの攻撃を弱らせる為に、わざと朝を選んだのに。源次が来るとはね…。稚桜は鬼を封印出来る稀有な能力の持ち主だ。本来、生かしておけないけど、僕の血で助けた…。源次、諦めろ。この娘は鬼になる…」
咲良の首筋に、既に塞がった傷跡があった。
彼女の出血は止まっていた。
マナブは舌長の鬼の開いた異界へ入っていく。
「待て!!」
雨音は慌てて、咲良を抱き起した。
彼女は微かに息をしていた。
雨音は咲良を担ぎ、口を閉じつつある異界のトンネルに飛び込んだ。
緑濃い景色が矢のように流れた。
あっと思った時には、雨音と咲良だけが異界から放り出された。
二人は石畳に倒れ込み、マナブを見失った。
どこかで見たような場所だった。
雨音はそこが、しゅとーん部の隣の東雲神社参道だと気付いた。
地味な鳥居、石畳みの細い参道と杉の木、こじんまりとした手水舎と祠があった。
2
紅葉達にも朝が来た。
彼等は現地のお寺に助けを求め、本堂に泊めてもらった。
しかし、そのお寺とは、目覚めて見れば廃墟だった。
紅葉は何度も目を擦って、本堂の内部を見直した。
「何、ここー!? 廃墟やん!!」
先にコマチが声に出して叫んだ。
旭と山上、雲林院、ツアー客の生き残りも起き出して、騒然となった。
「キツネに化かされたってわけか…」
山上が言った。
本堂の屋根には穴が開き、仏像があるはずの内陣は空っぽ。
蜘蛛の巣が張り、埃が積もって、本堂で寝ていた者達は手も顔も灰色に汚れている。
板間はあちこち抜け落ち、ネズミの足跡がある。
壁の漆喰も剥がれ、下地の竹と土が露出している。
前庭はもっと酷い。
草ぼうぼうで荒れ果て、割れた瓦が散乱している。
「どういうこと!? 昨夜応対してくれはったお坊さんは? 村の人達は?」
紅葉達は荒れた境内を歩き回った。
山門は傷んでボロボロ、鐘堂に鐘は無く、別棟の建物は土砂崩れに埋まったままだ。
かなり前から誰も住んでいないと思われる。
紅葉達は境内の裏手で、鬼を見つけた。
細く小さな滝の前に、キツネ耳の鬼女、亀右衛門と鯉太郎がいた。
「おめでとう、紅葉…。ここはある意味、ゴールかもね。大鬼の宿。かつての名は鬼ヶ城…」
キツネ耳の鬼女が言った。
途端に、顔がぐにゃぐにゃ動いて、真っ白のつるつるになった。
鼻すら無い、のっぺらぼう。
それからまたぐにゃぐにゃ動いて、紅葉にそっくりの顔になった。
「鶴!!」
紅葉は自分の偽物を思い出した。
「うふふ…。わからんかった? 紅葉、私よ。鶴…」
鶴は紅葉の声と喋り方を真似た。
「しゅとーん部の酒井があんた達を案内した。特別に、ここまで生き残った全員を、元の世界に戻してあげる。そうそう、マナブと咲良と仲麿は、最終地点の大江山へ行ったよ。たぶん、酒井と源次もそこにいると思う…」
「咲良ちゃん、無事なん!?」
「誰が無事で誰が死んだかなんて、私は知らん」
鶴は高笑いした。
彼等は酒井の死を知らない。
「酒井のお蔭で助かった…。鬼のままでもいい。生きててくれれば、それで…」
山上は空を仰ぎ、酒井に感謝した。
「山上さんてば、酒井さんに斬られたのに…」
旭は人の好い山上を冷やかしたが、同感だった。
「そうですね。きっと、私達を見守ってくれてる…。いつも…どこでも…」
紅葉は滝の周囲を見回した。
心和む、せせらぎの音が聞こえた。
「ほな、そういうことで。現代まで送るし、その小舟に乗って。逆らう人は、ここに置いてくよ」
鶴が滝の向うを指差した。
紅葉達が滝の裏側へ行くと、鯉の小鬼が落ち葉を小川に浮かべていた。
それが小舟なのだと言う。
「咲良ちゃんのことは雨音に任せるしかない。山上さんを早く病院へ連れてこう」
雲林院が紅葉の背中を押した。
紅葉は落ち葉で出来た小舟に、そっと足を載せた。見る間に縮んで、小鬼と同じサイズになった。まるで一寸法師だ。
落ち葉の小舟はゆらゆら揺れるので、紅葉達は不安だった。
彼等は一人ずつ、落ち葉の小舟に乗った。鬼ツアーの生き残りも、夫々小舟に乗った。
紅葉達を乗せた小舟は、川面を勢いよく流された。
世界が巨大化したようで、木も岩も山ほど大きく見えて、恐ろしく思う。
少しの速度が倍の速度に感じられ、ゴムボートの急流下りなみにスリリングだった。
落ち葉の小舟は流れに弄ばれ、紅葉とコマチは悲鳴を上げっぱなしだった。
途中で、小舟が次々に転覆した。
「鶴に騙された!!」
と、紅葉は思った。
彼女はガボッと水を飲んだ。水の中は暗く、何も見えなかった。
苦しくてもがくうち、やっと輝く水面が見えてきた。
彼等は必死に泳いで、水面から顔を出した。
そして、浅い沼に浮き上がった。
「ここはどこ…!?」
紅葉は呆然とした。
沼がいくつかある。
そして、沼の向こうに自動車道の高架と、丹波鉄道の線路が見えた。
「現代やん…」
誰もが言葉を失って、走る車をじっと見続けた。
紅葉のポケットでスマホが鳴った。
「もしもし…、おにぃ!?」
「紅葉、今、どこ!? 三日も圏外やったやん! GPSも出てなかったで!?」
兄の蘇芳の声がした。
「え? 三日も経ってんの?」
「何言うてるん。今日は八月十六日、大文字の送り火や。今から父さんと迎えに行くし。あんた、どこにおるの? もう百回は電話したわ!」
蘇芳がかっかと怒っていた。
「十六日ってことは…、俺達、明日から仕事か…。もうクタクタや…」
「盆休み、終わりですね…」
山上と旭が座り込んだ。
「うちら、河童みたい」
びしょ濡れのコマチが笑った。
3
夏休みが終わった。
紅葉と咲良はまた中学に通い始めた。
担任の神谷先生が二人のことをとても心配していた。
「咲良は傷が増えてるし。君ら、自由研究のテーマを変えた方がいいんちゃう…?」
咲良と紅葉は顔を見合わせた。
「そんなこと言われても…。今月、中間発表じゃないですかー」
紅葉が口を尖らせた。
「咲良、怖くないの? 大丈夫?」
神谷先生が尋ねた。
「鬼の気持ちがわかるのは、私だけだから…」
咲良は頭を傾げた。
「君、そんなこと考えてたら、鬼になってしまうよ」
先生が本気で言った。
紅葉は咲良がマナブから逃げた時の状況を、詳しく知らない。
咲良は簡潔に説明し、
「雨音くんが助けてくれた。気を失って、鬼の三つ子が最後どうなったか知らない。あの後、山上さんに神泉を返しに行ったんだ。自傷したことと血で汚したことで、神泉が怒ってしまった」
と、神泉を擬人化して喋った。
紅葉は、落ち葉の小舟で戻る時に、他のツアー客とはぐれたことを話した。
中学の帰り道、紅葉と咲良をコマチのグループが追いかけて来た。
「紅葉、うちのクラスの男子がヤバげな話してる」
コマチが切り出し、煌星とスミレ、茉莉が続きを言った。
「心霊スポット行くってー」
「はぁー!? どこに!?」
「どっかのトンネル行くって言ってたよ…」
煌星がぶるっと震えた。
「清滝トンネルか、花山トンネル? 京都の有名な心霊スポットや」
紅葉が咲良に説明した。
「ふーん…」
咲良は興味無さそうに欠伸した。
「清滝トンネルは車に女の霊が落ちてきたとか、窓に手形がびっしり付いたとか、白い服の女の人が車の前を横切った、あの世と繋がってる、そーゆー気持ち悪い話がたくさんあるの。…私は信じてへんけどね」
紅葉は肩を竦めた。
「あんな話は怖いから見てしまうものなんやと思う。でも、そういうヤバい心理になるよーなとこは、行かへん方がええよ。コマチ」
「私も新見くんに誘われてる。どうしようかな? 今週の土曜、サッカー部の仲間と行くって」
コマチは以前、サッカー部のマネージャーをやっていたが、すぐ辞めた。
「コマチ。君ら、前からつきあってる噂あったよね…」
「紅葉、やめてー。私は今、しゅとーん部のマネージャーやもん」
コマチはすまして言った。
「コマチちゃん、新見くんが幽霊に憑りつかれたらどうするー?」
スミレが言う。
「そうや。やめといた方がええよ、コマチ」
紅葉は忠告だけして、咲良と帰った。
咲良が分かれ道のところで、立ち止まった。
「どういうトンネルなの?」
「嵐山より高雄に近いかな。この間行った大覚寺よりもっと愛宕山寄りで、夜は車がないと無理。昔、愛宕鉄道が廃線になって、車で通れるようになったの。高雄はバスも出てるし、神護寺とかパワスポあるよ!」
紅葉が張り切って答えた。
「行ってあげた方がよくない?」
「えー、うちらに関係ないやん…。高雄は紅葉の名所やし、やっぱりその季節に行きたい…」
紅葉は渋ったけれど、本当は気になっていて、
「ほな、うちの父親に頼んでみようか。亀岡に行きたいパワスポあるし、そこ行って帰りに寄ろう。前からうちの父親が、咲良ちゃんと二人でパワスポ行くの危ないから、送迎したげるって言ってた」
と、提案した。
咲良の眸が期待に輝いた。
「亀岡のどこに行くの?」
亀岡は京都市の隣、嵐山からもう少し先。
「出雲大神宮と元愛宕。古い神社なんやでー。前から行ってみたかったのー」
紅葉がバス停のベンチに座り、タブレットを取り出した。
資料を見て、二人は楽しそうに計画を練り始めた。
4
一方、コマチは新見と、映画館の入っているショッピングビルの噴水前で待ち合わせた。
「新見くん。トンネル行くの、やめた方がいいと思うんやけど…」
「なんで? コマチも行こー」
新見が無邪気に誘った。
コマチは新見の腕を振り払った。
「私、最近、大人の男の人がいいなーと思って。それも、真面目な人がいいなーって…」
「コマチは素っ気ない相手が好きなだけや。それで、振り向かせたら冷めちゃうし。今、好きな男いるの? どうせ、またすぐ嫌になるよ。コマチのは病気。運命の人を捜し過ぎ…」
新見はけらけら笑った。
「俺の兄貴が車出してくれるの。車二台で清滝トンネルに行くよ。車でトンネル通って、折り返しでまた通るだけ。車から降りないから、危なくないし。行く? まさか、怖いんと違うやんな?」
新見に何度も誘われ、コマチは断りきれなくなった。
「わかった。土曜日ね…」
コマチは新見と約束してしまった。
「服でも見る?」
二人はぶらぶらしにショッピングビルへ入った。
たまたま、占いカフェ・魔女の館という店が目に入った。
客層は若い女の子ばかり。
店内は明るく、可愛い雑貨で飾られている。いくつかボックス席があって、占い師を選べる。
ドリンクかケーキ類を注文しなくてはならない。
パンケーキが美味しそうだった。
「ちょっと寄ってく? 相談一つなら、千円らしい」
新見が看板を読んだ。
コマチは女占い師と目が合った。
四柱推命、手相、タロット、数人の占い師がいる。
新見は飲み物を注文し、コマチは黒いボックス席に呼ばれた。
「いってらっしゃい」
新見がストローをくわえて、手を振った。
女占い師はコマチにタロットカードを触らせ、何回か切るように言った。
戻ったカードを手際よく重ね、テーブルに表向けて並べていく。
「恋愛について占うんですね。今日、一緒に来てる男の子は…相手じゃないみたいね?」
「そうです」
占い師は溜息をつき、
「あなた…、気が多いのねぇ。何人も好きな人がいるんじゃない?」
と、カードの絵を見ながら話した。
「あなたは運命の人を捜してる…。最近出会った人…、前世からの縁がある人かも知れない…。だけど…」
占い師はカードを捲って、テーブルに置いた。
世界というカードが、逆位置で出た。
「最終的に…結ばれないことが運命かもねぇ…」
コマチは身を乗り出した。
「そんなぁ…」
「あなたは長いこと、この相手と再会することを願ってたはずよ。とても真面目でぶっきらぼうで、愛情表現の下手くそな男の人。あなたは前世で、彼を待ち続けて死んでしまったの…」
占い師が囁く。
「会いたくて、会いたくて…、でも彼は来なかった。事情があったみたいだけど。あなたは裏切られたと思って自棄になって…、かなり悲しい死に方をしたわ」
占い師は恋人同士を射るキューピッドのカードを指差して語った。
「あなたは鬼に憑りつかれたみたいになって、ガリガリに痩せて、何度もあちこちの神社に詣ったり、いろんなツテを使って、彼を捜したの。ある時は自分の体と引き換えに情報を求め…、ある時は高額の代金を払って人を雇い…、でも彼は見つからなかった。約束したのに、あなたのところへ帰って来なかった。…あなたは泣いて衰弱して、彼を恨み、世を恨んで死んでいった…」
占い師はいくつかのカードを示した。
「問題を解決するには…」
占い師はもう一枚、カードの山から抜いた。
「…あなたの周りには、鬼がいっぱい。あなたは自分自身の弱さと、ライバルに打ち勝たなくちゃならない。失敗したら、きっと死ぬ…。死ぬほど悲しい結果になる…」
骸骨が鎌を持つ、死神のカードをひらひら振って、コマチに見せた。
5
土曜日が来た。
しゅとーん部の稽古を休み、亀岡のパワスポへ行く。
紅葉の兄・蘇芳が同行することになった。
「当たり前やん。絶対行くわ。三日も行方不明になったばっかりやん。あんた、何言うてるの!?」
蘇芳はかなり、腹を立てていた。
紅葉は帰りに心霊スポットに寄りたいと、言いそびれた。
紅葉の父が運転し、助手席に蘇芳、後部席に紅葉と咲良が座った。
あいにく、今にも雨が降り出しそうな天気だけれど、車だから平気だ。
「初めまして、咲良ちゃん。今日は僕が、京都の中の出雲をご案内するよ」
紅葉の父が言った。
「京都の中の出雲!?」
咲良は目をパチクリ見開いた。
鬼ツアーで、紅葉と咲良は、鬼の物語の舞台である丹波へ行った。
亀岡は古き丹波国の入り口に当たる。
観光客は嵐山からトロッコ列車で亀岡まで行き、小舟で保津川下りをして、嵐山に戻って来る。
「その昔、亀岡には大きな湖があったんだ。丹の産地でね、古代の墓内部に散布されたり、顔料として使われたり。丹は魔除けの意味があった。この赤土が水に溶け込んで、湖は赤く濁ってたらしい。これが丹波の地名の由来みたい…」
紅葉の父が運転しながら話した。
「赤い湖…」
咲良は何だか不気味に思った。
「亀岡の名前は、元は神山と言った。神山が訛って、亀山。明智光秀の亀山城がありました。光秀は短期間ながら善政を敷いたらしく、地元じゃ今でも人気があるよ。…さて、この赤い湖は、飛鳥時代には干上がってた。洪水を防ぐために大堰川と繋いだから。当時としちゃ、かなりの治水工事だったと思う。この偉業を成し遂げたのは、出雲のオオクニヌシとミホツヒメ、またはスサノヲの孫のオオヤマクイノ神と言い伝えられてる…」
「神様が運河を造ったんですか?」
紅葉の父の話を初めて聞く咲良は、ワクワクした。
紅葉と蘇芳はニヤニヤして、何度か聞いた話を聞いていた。
「京都の出雲大神宮は、古来から出雲社と名乗ってる。島根県の出雲大社は、杵築大社と言うのが正解」
彼の話は続く。
「スサノヲの名前は、スサの男という意味かな。○○ノ男、○○ノ女とか、古代の名前としてよく在る。スサはスサノヲの魂が鎮座する須佐のこと。出雲の神のうち、サダノ大神は佐太、ミホツヒメは美保、出雲の国をあちこちから引き寄せたヤツカミズオミヅヌノ命は八束という風に、地名を冠してる。でも、出雲そのものの名を冠した神は聞かない。あれっ? 僕は不思議に思った…。咲良ちゃんはどう思う? 神話の時代、出雲はまだ出雲と呼ばれてなかった…?」
彼は遥かな古代に思いを馳せる。
「島根には、規模からして出雲王朝のものと見て間違いない墳墓群があるんだ。二世紀から三世紀、卑弥呼よりも古い時代の、山陰最大の弥生墳丘墓が四基含まれてる。この墓の年代に出雲国と呼ばれてたなら、神話になった王はスサノヲじゃなく、イヅモノヲだったはずでしょ? 出雲の字がイヅル・クモと書いてイヅモと読むのは、僕はすごく不思議な気がするんだ…。不思議でしょうがない。八雲立つ出雲…」
と、ぶつぶつ呟いた。
スサノヲはアマテラス大御神の弟とされるが、恐らく元は出雲固有の神と思われる。
何人かの実在した王のイメージが投影されているかも知れない。
出雲国風土記によると、オオクニヌシはスサノヲの娘婿である。
咲良も考えてみた。
「じゃ、元の国の名前は須佐とか、八束とか、杵築だった!?」
「どうかな? 連合王国って言うか、小国家の集まりみたいな感じで? …で、パパ。それは京都の出雲系のパワスポに関係あるの?」
紅葉が聞いた。
「オオクニヌシを祀る出雲の人達が亀岡に来て、出雲大神宮が出来たのかも知れないね。…でも、実はそれだけじゃなくて、京都には出雲氏という豪族も住んでた。上賀茂神社の近くに出雲路橋ってあるよね。あの辺に住んでた。下鴨神社の境内にある出雲井於神社が出雲氏の神社で、祭神はスサノヲ。賀茂氏の神社が上賀茂・下鴨神社で、古い祖神はタカミムスヒ・カミムスビに始まる。この神様は出雲の祝詞に名前が並んで出てくるよ」
紅葉の父が説明する。
「カミムスビノ神の子供は全て、出雲の神だ。オオクニヌシの国造りを手伝った神スクナヒコナと、出雲の松江のサダノ大神の母神と、生馬神社の祭神がそう。僕の推測になるけど、京都の賀茂氏もたぶん出雲出身なんだろう。補足すると、オオクニヌシの二人の子供(アジスキタカヒコネ、コトシロヌシ)を祀る神社に、高鴨と三島鴨があるんだ。やっぱり、賀茂・鴨と言えば、出雲系と言うことかな?」
「…下鴨神社って、うちのすぐ近くやん…」
蘇芳はちょっと驚いた。
「他にも、島根の出雲と京都の出雲を結ぶ共通点があるんじゃないかと思って、僕は弥生墳墓や古墳の研究をしてる。なかなか面白いよ」
「交流があったってことでしょ? パワスポはいつの時代も繰り返し、古い自然崇拝があった場所に出来たんでしょ?」
紅葉が父に質問した。
「うーん、地球の血管を流れる気が湧き出るところ、それがパワースポットと違うかな? どう思う?」
車が停まった。
「出雲大神宮、着いたよ…」
咲良は車から飛び出し、朱塗りの楼門を眺めた。
青い紅葉が雨に濡れている。
亀岡駅からバスが出ているが、本数は多くない。亀岡はのどかな田園風景の中にある。
ここは人気のパワースポットで、たくさんの参拝客が訪れていた。
「咲良ちゃん、パワスポマップに載せる写真を撮ろう。それから、お参りしよう。オオクニヌシノ命は縁結びの神様やで…」
紅葉が咲良に傘を差しかけた。
蘇芳が、
「写真撮ったげるわ。紅葉と咲良ちゃん、そこ、並んで」
と、紅葉のスマホを手に取った。




