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弐肆 疫神、船岡山の磐座


 紅葉と咲良が教室を出ていく。

 クラスの女子達の笑い声が聞こえてくる。

「気を付けて帰って下さい。寄り道しないでね」

 担任の神谷先生が、廊下で擦れ違いざまに言う。


 完全に行き過ぎてから、咲良が先生の後ろ姿を振り返った。

「先生、鬼の匂いがするね…」


 紅葉は同感だけど、わざと否定する。

「そうかな。段々薄れてきたと思うよ」

 大勢の生徒と廊下で擦れ違う。

 彼等は純真なキラキラした眸で、明日を夢見ている。

 紅葉と咲良は、カーテンの影や葉影に、鬼の気配を感じて怯えている。



 咲良は紅葉の家に寄ることになった。

 そろそろ勉強も頑張らないと、成績が落ちてしまう。


 紅葉の部屋は広くてオシャレで、可愛らしい小物に囲まれていて、咲良は羨ましく思う。

 咲良はお寺の庫裏(くり)に住んでいる。

 彼女の部屋は洋室でフローリングに改修されているが、窓からの眺めは墓地だ。

 紅葉の部屋の出窓には、白いレースのカーテンが舞台の幕のようにたっぷりと、ドレープを寄せている。


「紅葉ちゃんのお兄さん、元気出た?」

 咲良が聞いた。

「全然。おにぃ、隆一くんが死んで、めっちゃへこんでる」

 紅葉が溜息をついた。


「今度、お兄さんが剣道やってるとこ見たいなぁー」

「強いよ。強いと、めっちゃかっこよく見えるねん。でも、防具付けてると顔が見えへんやろ。気になるやん? で、防具取ったら、おにぃ、あの通りの爽やかイケメンなわけ。女の子がキャーキャー言う…」

 紅葉が兄の自慢をした。


 紅葉はノートをぼんやり見詰め、

「おにぃ、はよ元気になってほしい…。大会、近いのに…。高校最後の大会やのに」

 と、呟いた。



 咲良が勉強の合間にトイレに行った時、たまたま、廊下で蘇芳と擦れ違った。

 蘇芳は僅かに笑顔を作り、

「やぁ、咲良ちゃん。来てたん?」

 と、言った。


 彼はスリッパでスタスタ寄ってきて、

「こんなこと言って、驚かんといてな。…うちの妹、大丈夫かな? つまり…、鬼に憑りつかれてるんとちゃうか…」

 と、咲良に聞いた。


「え、まさか。あれは紅葉ちゃんです。この前までは、ちょっと変だったかも知れないけど。疲れてたみたいです…」

 咲良はおどおどして、両手をワイパーのように振った。


「…そう?」

 蘇芳はインコの首を噛み切った紅葉を思い浮かべた。

 彼は暗い顔で、声を一段低くした。

「咲良ちゃん、ほんまのこと教えて。俺、紅葉が隆一を殺したんちゃうかと思ってる…」

「そんなわけないですよ!!」

 咲良は慌てて否定した。


 蘇芳は背を向け、廊下を歩き始めた。

 咲良が蘇芳を追いかけた。

「紅葉ちゃんが…すごく心配してます」

「…うん、わかってる。咲良ちゃんも…鬼に気を付けてな」

 蘇芳は何か苦しげで、自室に引き籠った。





 深夜、紅葉は懐中電灯を持って、部屋を出た。


 家族が寝静まった広い家の中を歩き、父親の書斎に入る。

 隣りが両親の寝室だ。

 紅葉は足音を忍ばせ、裸足で歩く。


 彼女は呪いの刀・雷帝を捜す。

 桐の箱を棚から降ろし、懐中電灯の灯りで箱の封を確認した。



「何やってんの、紅葉!?」

 蘇芳の声がした。


 紅葉は心臓が止まりそうなほど仰天して、書斎の入り口を振り向く。

 兄がパジャマで、腕組みして立っている。


「れ…歴史のテスト勉強してたら…、急に骨董品が見たくなってきて…」

「こんな夜中に? 明日にしよし。それにあんたは歴史の勉強せんでも、テスト毎回満点やん」

 蘇芳は不審がっている。

 紅葉は慌てて、桐の箱を隠そうとした。

 それを蘇芳が取り上げた。


「これ、ヤバいやつやろ? 呪いの刀ちゃうん? こんなもん、夜中に見てるなんて…キモいわ。あんた、一体どうしたん?」

 蘇芳が刀を棚に戻す。


「待って、おにぃ。前に言ってたやん。これで鬼を倒すねん。ちゃんと説明するから…」

 紅葉は取り乱して、蘇芳にすがった。

「あかん。もう寝よし」

 蘇芳は紅葉を部屋に追い返し、廊下からドアを閉めた。





 土曜日になった。


 昼過ぎ、酒井が車に旭と雨音を乗せ、女の子達を迎えに来た。

 山上は建築事務所の仕事で来れなくて、御守りを酒井に託した。

 咲良と紅葉は、山上からの御守りを受け取った。


 咲良は木刀を、紅葉は竹刀を酒井の車に積んだ。

「ほな、行こか」

 酒井が車を出した。


「もうすぐ祇園祭やなぁー。咲良ちゃんは行ったことある?」

 ハンドルを握り、酒井が咲良に聞いた。

「ないです、行ってみたいです」

 咲良が早口に言った。


「人がぎょうさん過ぎるし。宵々山(よいよいやま)ぐらいにしといたら?」

 紅葉が言う。

「山鉾巡行が観たい」

 咲良が言い張った。


「咲良ちゃんはよそから引っ越して来たんだよねぇー。私もこっちに来た時は、一度だけ観に行きました。本当に貧血なりそうなぐらいの混雑だった。浴衣を着て行ったら、絞れるぐらい汗だくになる」

 旭が思い出して言った。



 車は北大路通りを走り、すぐに船岡山に着いた。

 山と言うほどじゃない。

 丘としても、低い方。


 紅葉が咲良に説明した。

「鬼が出たのは、都の南の羅城門(らじょうもん)やったよね。まっすぐ大路を進むと、内裏(だいり)の入り口の朱雀(すざく)門。内裏の一番奥が、偉鑒(いかん)門。平安京は意図的に、南北の中心線が霊山・船岡山を通るようになってる。朱雀大路の延長上が千本通り」

「ふーん…」

 咲良は車の窓から外を眺めた。


 船岡山は現在、千本通りと北大路通りからやや奥まっている。

 千本通りは広く整備され、イチョウ並木が青々として、暗い影は全くない。



 酒井が車を建勲(けんくん)神社の大鳥居の前に停めた。

「風葬地があったのは、船岡山の西側。船岡山自体は、平安貴族が和歌に詠んだりするような、自然の綺麗なとこやったらしい…」



 咲良の中で、空想がムクムク膨らんでくる。


 雲を足場に、空を翔ける雷神。

 ギョロッとした目玉で見下ろすと、洛中洛外図の屏風みたいに、雲越しに京の都が見える。

 鬼が額に手を当て、都を見回す。


 北に舟形の丘があり、磐座が見える。

 通りに卒塔婆が並ぶ。

 道に置いて行かれた死体。

 腐って虫がわき、そのうち白骨化する。

 カラスが飛び、カァカァと騒いでいる。


 鬼がピュウウーと息を吹きかけると、雲が流れ、朱雀大路や内裏がよく見えた…。




 そこで突然、雨音の声が咲良の空想の世界を壊した。

「ねぇ、酒井さん。この辺が紫野って言うんですよね? 賀茂の斎王が居たのが紫野ですよね?」

 雨音は妙なことを聞くものだ。


 酒井は口笛を吹いた。

「そう。船岡山の麓、南東側に斎院があったみたいやな。賀茂の斎王と采女(うねめ)達が住んでた。葵祭、見たか? 今の葵祭は斎王代やけど、源氏物語の頃はほんまの斎王が葵祭に出た…」



 紅葉は美しかった斎王代の女人列を思い出す。

「今年の斎王代、めっちゃ綺麗やったなぁー。なぁ、咲良ちゃん」

 咲良はドキッとした。


「采女って…」

「斎王とか、(みかど)の側で仕えた女の人のこと」

 紅葉が咲良に教えた。

 咲良は何となく、よく知っているような気がした。



 大鳥居前で、咲良と紅葉が車を降りた。

 酒井は車を他に停めると言って、走り去った。

 彼等は四人だけで、鳥居を潜った。



 船岡山の半分は建勲神社、もう半分が公園になっている。

 明治になってから出来た建勲神社は、織田信長を祀る。

 織田信長が桶狭間で今川義元を破った際、義元が()いていた左文字(さもんじ)の刀があるらしい。


 船岡山には元々、古代の渡来系豪族、秦氏の稲荷社があった。

 大鳥居からすぐ、稲荷社の小さな祠への石段がある。

 境内には誰もいない。

 紅葉とパワースポットめぐりを始めて以来、咲良がこんなに人がいないスポットに来たのは初めてだ。



 彼等は引き寄せられるように、稲荷社の石段を昇った。

 義照(よしてる)稲荷社と言い、祭神は伏見稲荷大社と同じウカノミタマノ大神。

 隣のとても小さな祠、命婦(みょうぶ)元宮は稲荷大神の眷属(けんぞく)を祀り、伏見稲荷大社の命婦社の元宮だと言う。


「命婦ってことは、雌のお狐さんか」

 紅葉は心の中で思った。



 石段の参道で、

「右に行くと、船岡山の頂上。左が信長公に参る。どっちから行きますか?」

 旭が女の子達に聞いた。


 咲良は本殿の方を見た。

 何故だか、妖気が立ち昇っている気がした。


「先に…、磐座(いわくら)見たいな…」

 咲良が思わず、口走った。

「え? 先に参拝せぇへんの? まぁ、どっちでもええけど」

 紅葉は不思議そうだったが、公園に向かう道へ歩き出した。



「歴史好きの紅葉ちゃん。戦国武将なら、誰が一番好きですか?」

 旭が聞いた。

「織田信長ー。天下統一して、戦乱を終わらせる為なら、鬼にでもなるって感じで…」

 紅葉は言いかけて、口を噤んだ。


「鬼…ですか」

 雨音が念を押した。

「鬼…だったの? 信長が?」

 咲良が驚いて尋ねた。

 紅葉は咲良の表情を見て、慌てた。

「まさか! 例えやでー!」



 彼等はなだらかな坂を上っていった。

 鞍馬(くらま)の木の根道の鬱蒼と生い茂った森と違い、ここは公園のアスファルトの坂。

 青葉が茂り、強い日差しを遮っているが、鞍馬ほど薄暗くない。


 しかし、どことなく妖気が漂っているように思うのは何故だろう。

 千本卒塔婆や風葬の話は、はるか昔のことだ。



「この公園って、何十年か前は時々自殺があったらしいですよね…」

 言いかけた旭を、

「旭さん!」

 雨音が肘で小突いて、黙らせた。


 紅葉は落ち着いて、

「そんなん、どこの山でも有る話やわ。お稲荷さんは、境内の大木によく五寸釘が見つかるって。誰かが夜中に呪いの藁人形を、釘で打ちに来る。生きてる人間の執念が、一番怖過ぎる…」

 と、話した。


 咲良も妙な先入観のせいなのか、周囲が薄気味悪く思えて仕方なかった。

 知らなければ、どうと言うことはなかったかも知れない。



 船岡山の頂上からは、木が茂り過ぎていて、京都の市街地は余り見えなかった。

 磐座と山上が言ったのも、土が流れて、岩肌が露出している部分があるだけ。

 古代人が神を祀る為に、巨石を立てたような感じではなかった。


 頂上付近も、他に誰も人影がなかった。

 四人は岩の上に立ち、崖を見下ろした。

 青い空を、雲が流れていった。


 岩が一カ所だけ、角のように尖って盛り上がっている部分があった。

 彼等はその角のような岩の部分を撫でて、夫々願い事を念じて山を降りた。





 もう一度建勲神社の境内に戻って、石段の参道へ入る。

 手水舎があり、石段があって、舞殿、拝殿が見えてくる。

 咲良は歩くのが段々遅くなり、遂に足を止めてしまった。

 彼女は最後の石段を上がったところで、一人だけ立ち止まってしまった。


「どうしたの? 咲良ちゃん?」

 雨音が気付き、振り返った。

 咲良は青い顔をしている。



 咲良は違和感を感じていた。

 紅葉は平気で拝殿へ向かって行くのに、咲良は異界との境界を感じて、前に進むことが出来ない。


「…怖い。ここで空気が変わる…」

 咲良は雨音に訴えた。

 雨音は真面目に頷き、

「わかるよ。僕も感じてるけど、大丈夫」

 と、言った。


「咲良ちゃんはここで待ってていいよ。僕らだけ、神様にお礼を言ってくる。今日、お山を見せてもったお礼を…」

 雨音が咲良をそこに待たせ、肩に担いでいた刀ケースを預けた。

 咲良は鬼切が入ったケースを受け取って、いくらか心が落ち着いた。



 紅葉達が参拝して戻って来た。

「咲良ちゃん、何を感じてるん?」

「誰かがこっちを見てる…」

「誰が? 信長様が?」

 紅葉が本殿を振り返った。


「何だか、私、拒絶されてるような…」

 咲良はおろおろして、急に石段を駆け下りた。

 降りた先で、ホッとしたようにみんなを待った。


 紅葉は境内の周囲を、注意深く見回した。

 朱色の塀で仕切られている。

 外は木々が濃く茂って、様子がわからない。



 咲良の側に、雨音と旭が降りてきた。

「織田信長は神になってないから。今もきっと、どこかにいます。生まれ変わったか、未練を残して彷徨っているか…。ここの神社の方には悪いけど、僕はそう思います。本能寺か、織田家の菩提寺にでも行けば、信長の信長らしい個性の気・魂の断片に出会えるかも…」

 雨音が咲良に言った。


「私も信長大好きです。ここで私だけ拒絶されてるみたいで、悲しい…」

「神社の神様は受け入れる時と、拒否する時があるから。相性は絶対あるよね。咲良ちゃん、気にしんとき」

 紅葉が石段を降りてきた。




 建勲神社の大鳥居を出る前に、旭が酒井に電話をして、また車を回してもらった。

「収穫あったか?」

 酒井が運転席の窓から、タバコを持った右腕を出した。


「鬼は見つからなかったと言うか…。少なくとも、鬼の封印らしき気配は感じませんでした」

 雨音が代表して答えた。


 咲良と紅葉が微妙な空気でいるのを見て、酒井は大きな声で笑った。

「頂上の岩は大丈夫やったやろ? あれが鬼の封印なら、もう誰かが気付いてるわ…」

 四人はがっかりして、車に乗り込んだ。


「まだ時間あるし、しゅとーん部の稽古の前に、もう一カ所ぐらい回ってみる?」

 酒井が誘った。



「咲良ちゃん。何故、平安京を作る時、風水を気にしたかわかる? 奈良から平城京、長岡京と遷都して、風水の力を借りて、今度こそ最強の都を作ろうとしたんよ。…結果、魔界都市になってしもた。パワー盛り過ぎて…。でも、まぁ、お蔭で千二百年持ったよね」


 酒井が北大路通りの赤い鳥居、今宮神社を指した。


「遷都後、何十年かして、疫病の大流行があったらしい。その当時の人達は、船岡山の向かいの今宮神社へ替えて、次は出雲系の神さんに祈った。それから、神泉苑の御霊会(ごりょうえ)。古い怨霊を祀り、疫病という祟りを鎮めようとした。八坂神社の祇園御霊会も、(けが)れを祓って、牛頭天王(ごずてんのう)に無病息災を祈った」


「疫病…か…」

 雨音が後部シートで、頭を抱え込んだ。



「八坂神社、行ってみませんか?」

 紅葉が提案した。


 咲良は驚いて、紅葉を見た。

 あの黒マントの男のイメージが、頭を過った。


「なんで八坂? 心当たりあるんですか?」

 旭が聞く。

「うちの父親から聞いた話、思い出したんです」

 紅葉は自分の資料ファイルを鞄から取り出し、ページを捲った。





 咲良は後部シートで、雨音の鬼切を見せてもらった。

「あれ? 鬼切の(こしらえ)えは、何万円かで模擬刀の拵えにしたんじゃなかったの? 3Dプリンターで樹脂製のレプリカを造って…」


 彼女は鬼切の本格的な太刀拵えに驚いた。

 鬼切の拵えは、随分高価そうな仕様になっている。

 雨音が持つ模擬刀の安っぽい拵えとは、全然違う。


 雨音はにっこり笑い、

「あれは、例えばの話って言ったでしょ。実際に使うなら、それなりの品質じゃないとすぐ壊れる…」

 と、小声で囁いた。

 警察官の酒井は、聞こえないふりをした。


 盗品にどうやって本格的な特注の拵えを?

 咲良が疑問を口にする前に、車が八坂神社の前に着いた。



 酒井はまた彼女達を先に車から降ろし、

「俺はカフェでお茶してるし。鬼が出たら呼んで」

 と、旭に言い残した。



 紅葉と咲良は朱色が目に鮮やかな、八坂神社の楼門を見上げた。


 紅葉は石段を一つ一つ踏みしめて昇りながら、

「昔は祇園社と言って、牛頭天王(ごずてんのう)を祀ってた。なんで牛頭天王とスサノオが習合したのかは、よう知らん。高句麗からの渡来人が牛頭天王を祀ったらしいけど、その時既に、ここは愛宕郡八坂という地名やった」

 と、話し始めた。


「京都は元々、めっちゃ古い出雲系神社が多いねん。出雲系の人達が京都、滋賀、葛城、河内にたくさん移住して来たと、うちの父親が言ってた。八坂の地名は、イヤサカから来てると思う。弥栄(いやさか)、ますます栄えること、と辞書には載ってる」

 紅葉はなんと、辞書の解釈に疑問を持っていた。


「すめらみこと弥栄(いやさか)と言う。天皇陛下にますますの栄えあれ、って意味で使われてる。新潟の弥彦神社はイヤ彦神社と発音するし、弥生も古くはイヤヨイやったらしい。古事記の黄泉比良坂(よもつひらさか)の別名はイフヤサカで、京都の八坂も、この出雲のイフヤサカなんちゃうかと思う…」

 紅葉が大胆なことを言った。

 彼女の父親は考古学の仕事をしている。


 イフヤサカ、現代仮名の発音なら、イウヤサカ。



「古事記の話はこう。イザナミノ命が火の神カグツチを産んで死んだ後、イザナギノ命はどうしても妻が恋しくなり、黄泉の国まで会いに行った。しかし、変わり果てた姿を見て逃げ出し、黄泉比良坂を駆け下りて、この世へ戻って来る。追ってきたイザナミノ命を遮る為、千引の岩で坂を塞いだ。…その場所が出雲のイフヤサカ。今も東出雲町にイゥヤ神社があって、イザナミノ命を祀ってる」

 紅葉の話を、咲良は黙って聞いていた。


「そして、イザナミノ神とカグツチノ神を祀っているのが、京都の亀岡市の阿多古神社。ここが火伏の神・愛宕(あたご)本宮。丹波国分寺が亀岡に出来る前に、阿多古神社があった。勿論、平安遷都より前やで」

 だから、紅葉は愛宕や八坂の地名がとても古く、出雲と関係があるのだと言う。



「もうひとつ、ヤサカという名前のものがあるねん」

 紅葉は真剣に咲良の顔を見詰め、言った。


「何?」

「三種の神器の一つ、八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)

 紅葉の答えに、咲良はあっと叫んだ。

()は赤い勾玉ってこと。この神器は箱一つに収まって、両手で持てるものらしいから、サイズとして八尺あるわけない」

 紅葉が得意げに話した。


「イヤサカはもしかして、元は魔除けの言葉やったんちゃうか?」

 紅葉は石段を昇り終え、深呼吸した。

 イザナギノ命が千引の岩でイザナミノ命を遮った時、魔除けと寿(ことほ)ぎの意味を込め、イヤサカと言ったんじゃないか、と彼女は想像した。


 八坂神社の楼門を通る時、彼女は、

「イヤサカ!」

 と、声に出して呟いた。


 目に見えない扉が一瞬開いたように、咲良は感じた。

 異界の門が開く…。





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