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弐参 抜刀隊、始動


 獣の息遣いが木の上から聞こえ、人間の内臓を噛みちぎる音がした。

 地面に落ちた血痕を見て、紅葉は焦った。

「旭さん、大丈夫!?」


 旭は茂みの影に伏せ、荒い息をしていた。

 彼は(えぐ)られた肩の傷を押さえ、呻いた。

「僕は大丈夫…。隆一が…。気を付けて…。そいつの唾液…酸みたいで…、火傷になる…」


 紅葉達は慌てて、道の左右の木影に隠れた。


 枝先がガサガサ鳴った。

 舌長の鬼は人間の柔らかい部位を食いちぎり、食欲を満たす。


「咲良ちゃん、こいつのこと、知ってるの?」

 紅葉が聞く。

「うん。この鬼は、舌で魂を絡め取るんだって。紅葉ちゃんが攫われた日、雨音くんが襲われて…」

 咲良は早口に説明した。



 舌長の鬼が獲物をわざと落とした。

 喰われた人間が蝙蝠返しのように、木の上から上体を回転させて、紅葉の真ん前にぶら下がった。


 薄暗い森の中、腹の赤と黒がマダラに混ざり合い、モザイクを作っている。

 喰われた被害者は驚いた時の、目を見開いた状態で死んでいて、苦悶さえ見えない。

 鼻血がポタポタ流れて、少年の細い顎から滴った。


 隆一。


「…うっ…」

 紅葉は心臓が止まるほど驚いて、悲鳴も飲み込んでしまった。

「嘘でしょ…!? 生きてるよね、死んでなんかないよね!?」

 紅葉は逆さにぶら下がった隆一の死体に尋ねた。


「…ふひひ、ふはは…」

 舌長の鬼が嗤い、敏捷な動きで木から飛び降りた。

 鬼が四つん這いで、コマチの方へ近付いた。


「嫌やぁー!! こっち来んといてぇー!!」

 コマチは悲鳴を上げ、走って不動堂を目指した。

 しかし、木の根に爪先を引っ掛けて、あっさりと転倒した。


「あっ、危ない!!」

 旭が茂みから飛び出し、自分の体を盾に、コマチを庇った。


「ふひひ…。呪い部ども、武器も持たずにどうする気じゃ?」

 鬼が旭に言った。

 鬼の顔は隆一の血で汚れていた。

 フーッ、フーッと、獣の息遣い。

 眼がぎらぎら光っている。



 神谷先生は木影で、ブルブル震えていた。

 生徒(コマチ)を助けに行きたいが、体が固まって動かない。

 彼はごく平凡な人間で、当たり前の恐怖と戦っている。

「俺は…、俺は……」

 幼い息子の顔が頭を掠め、彼は泣き出した。



「逃げろ!! 何やってんだ!!」

 旭がコマチの背中を突き飛ばし、紅葉達に怒鳴った。

「逃げなきゃ…」

 咲良の体はガチガチに固まって、速く進めない。


「神王が復活した。最早、おぬしらに用はない。さっさと禁域を出るがよい…」

 舌長の鬼がばりばりと空を食い破いて、異界へ入った。



 コマチはわぁわぁと大声で泣き出した。

 神谷先生はその場に座り込み、旭は長い息を吐いた。

 紅葉は隆一の前から動かず、涙が彼女の頬を伝った。


 そこに雨音と、血だらけの酒井が来た。

「隆一…、生きてたら、不動堂で会いましょう…、…って言うたやんか!!」

 酒井の声は掠れ、肩が小刻みに震えた。



「惨敗です」

 旭が酒井に言った。

「旭、おまえが警察呼んでくれ…。俺らは斎王代の誘拐事件以来、死体と関わり過ぎてる」

 酒井が旭に頼んだ。


 警察は、被害者が野生動物に襲われたと思うだろう。

 死体に付いた鬼の歯形は、鑑識を悩ませるだろう。





 酒井が西門の前まで車を回した。

 彼は気力で、神谷先生とコマチを家まで送り、紅葉を送った。

 紅葉は泣き腫らした赤い目で、前を睨んでいる。


 酒井はルームミラーを覗き、咲良に、

「びっくしたやろ? あんなの見てしまって…」

 と、気遣った。

「酒井さんこそ…」

 隆一が死んで、辛いに違いないのに。


「まぁな。隆一(あいつ)とは、一年ちょっとの付き合いやった。…思えば、短かったな…」

 酒井はわざと、のんびりした声を作った。


 やがて、お寺に到着し、咲良が降りた。

「咲良ちゃん」

 酒井が運転席の窓から、咲良を呼んだ。


「雨音のこと、わかってやってな。人を斬ったけど…、あいつは命がけで咲良ちゃんを助けに行ったんや。それは…わかってくれるよな?」

 酒井が囁いた。

 咲良はこくっと、頷いた。


 咲良が助手席を窺うと、雨音は疲れたように背を向けている。

「雨音くん、ありがとう…」


「咲良ちゃん、絆創膏持ってない? この眼、人に見られたくないんだ…」

 雨音が前髪を分け、第三の眼を見せた。

 額の鬼眼は今は傷跡のように、瞼をきつく閉じている。

 彼の顔は、土と埃で汚れている。


 咲良が絆創膏を一枚取り出し、雨音の額に貼ってやった。

 彼女は途端に表情を崩して、

「あんまり無茶しないで…」

 と、泣きそうに呟いた。


 雨音は、

「慣れてるし」

 と、言った。


「ほな、ゆっくり休んで。部屋の入り口にお札貼って、塩置いてな」

 酒井が車を出し、咲良はお寺の門を潜った。





 月曜日。

 紅葉は不機嫌で、殆ど無言で一日過ごした。


 コマチと神谷先生が戻ってきて、学校と保護者は大騒ぎだった。

 コマチは秘密を守り、行方不明だった件について、記憶がないということで押し通した。

 彼女達のクラスは十人ぐらい減ってしまったが、授業は平常に戻った。


 コマチが咲良に話しかけた。

「うちのクラスだけじゃなくて、あちこちで変なことが起きてるみたい。行方不明の人達や、死因不明の死体とか、殺人事件とか…、鬼のせいかもね」

「ふーん…」

「興味無さそうね。ね、変な動画出てるの見た? 白昼の四条大橋を歩く鬼」

 コマチがスマホで動画を再生して見せた。



 大勢の人の波。

 肩と肩が触れそうなほどの密度で擦れ違う、四条大橋。

 北に山並み。

 鴨川の流れと、野鳥。

 遊歩道を散歩する人達がいて、河原には語り合う若者達がいる。

 京都市内は公園が少ないので、みんな川のせせらぎを聞きながら休憩している。


 四条通りは常に渋滞し、市バスが並ぶ。

 祇園四条駅の地下降口の前に、露店を出す人、路上パフォーマンスをする人。

 いつもながらの光景。


 その日常を破る、異質な何かが画面の奥から現れる。

 人波が二つに割れていく。

 気味悪く思った人々が、その男を避けて端に寄るからだ。


 四条大橋を、黒いマントの男が歩いてくる。

 そして、祇園(ぎおん)の方へ向かう。


 黒いマントの男はフードを被り、鬼の面を付けている。

 真っ赤な鬼の面、それはリアルによく出来ている。

 艶もなく、色だけ鮮やかな赤。

 太く濃い眉毛、天狗のような高い鼻筋、黒く窪んだ光なき眼窩、への字に結ばれた口。

 唇から牙がはみ出ている。

 肩までの白髪、そして、顎から長い髭が垂れる。


 鬼の面の口元は今にも動いて、喋り出しそう。

 鬼の眼孔から、突き刺さるような視線がカメラを向く。


 子供が鬼を見て、びっくりして泣き出す。

 擦れ違う人が跳び上がって、慌てて道の端に退く。



「うわ…。何か、やだな…」

 咲良も気味悪く思った。


 黒いマントの男はブーツを履き、細い指先に黒のマニキュアを塗っている。

 両手の指全部にシルバーのリングを付け、長身の引き締まったモデル体型で、とても目立つ。


「気持ち悪いでしょ。…そやけど、何か気になる…。お面取ったら、めっちゃイケメンの予感…」

 コマチは楽しそうに言う。

「ええ…。コマチちゃん、趣味悪くない?」

 咲良は呆れた。


 黒マントの男は堂々と歩き、人波を二つに割りながら、四条通りを東に突き進んだ。

 動画は突然終わった。





 数日後。

 紅葉がやっと話し始め、地底の鬼屋敷の話を咲良に聞かせた。

 咲良も、紅葉がいなかった間の話や、鞍馬のことを話した。


 紅葉は、

「何か知らんけど、おにぃが私のこと、避けてるみたいやねん。鬼女、何かしたのかな?」

 と、不思議がっていた。

 彼女の兄の蘇芳は、親友の隆一が死んで、かなり落ち込んでいるそうだ。


 紅葉は咲良が神王を復活させてしまったことについて、

「咲良ちゃーん! あちゃーあ!! やってしもたぁー?」

 と、悔しがった。


「咲良ちゃん。うちの家族に、週末、外出禁止って言われたよ。当分、危ないって…。鬼が封印されてそうな場所、色々考えたのに…」

「どうやって晴明の封印を守るか、まず考えよう。あんなの、絶対勝てないよ」

 咲良は神王の妖気を思い出し、ぶるっと震えた。




 土曜日。

 咲良が居合の道場に行った。


 紅葉も来た。

 彼女は家族に、塾に行くと嘘を言って、道場の見学に来た。


 紅葉が見守る前で、老先生が木刀を構え、咲良に面を打たせた。

「当たる瞬間、しっかり手の内を締める。もっと体重を乗せて!」


 咲良が一歩ずつ踏み込みながら面を打ち、先生が受ける。

 カッ、カッ、木刀が鳴る。


 剣道は当てると同時に、竹刀を軽く跳ね上げる。

 連続攻撃のスピードは速いけれども、実戦ではもっと深く斬り下ろさなければならない。


「袈裟切りは斬る方向に刃筋を立て、左手は体の中心から離さずに斬り下ろす」

 刃筋を正すと、木刀の風を切る音が静かだ。

 鎖骨に斬り込んでいくので、袈裟切りは咲良が思ってたほど斜め斬りではなく、殆ど縦に近かった。


 先生は咲良が打つ面を、一歩下がって避けた。

 咲良は思い切り体重を乗せて打ち込んだので、勢い余って、大きく空振りした。

 その瞬間、先生の旋回した木刀の先が、咲良の頭にすっと触れた。

「殺られた!」

 もし真剣だったらヤバいと、咲良は思った。



「一歩下がって避けるのは、基本中の基本。他に、受け流し。巻き落とし。擦り上げ。横にも斜めにも動く。留め手で受けないで当てていくか、刃を擦らして受ける。この時、刀の側面をうまく使う」

 先生の手の動きが、咲良の手に感触で伝わってきた。

 テレビや動画で見てもわからない、繊細な動き。

 咲良の木刀は鋭くひっくり返される。


「相手が続けにくいように跳ね飛ばさないと、すぐに刃が戻ってきて斬られてしまう。相手の刀が返って来る前に、一歩出て斬る」

 小柄な先生は、咲良と体格に差がない。


「もし鬼が相手でも、私の力で受け流せますか?」

 咲良が聞くと、先生はぷっと吹き出した。

「もし鬼が来たら逃げなさい。受け流す前に、君の首が斬り飛ばされるでしょう」

 先生は真面目に返事した。


「咲良さん。型は大事だけど、相手がいなきゃ、型の意味も理解出来ない。旭くんと雨音くんによく教えてもらってね。あの二人は本当に素質がある」

「はい。ありがとうございました!」

 咲良が手を着いて礼をした。



 表の道場の稽古が終わり、咲良と紅葉はしゅとーん部へ回った。

 紅葉は剣道の道着を入れた鞄と、竹刀を持っていた。


「紅葉ちゃん、もしかして、しゅとーん部入るの!?」

「うん、入る。剣道、おにぃみたいに強くなれなくて、やめちゃったけど。…高校入ったら、また剣道やってみたくなった」

 紅葉が凛々しい表情で語った。

 彼女は髪を切って、コンタクトに変えて、かっこよくなった。


 紅葉が軽く飛び跳ね、竹刀を振った。

 ひゅんひゅん、いい音がした。



 雨音が鍵を持って、しゅとーん部に来た。

「へぇ、今日は紅葉ちゃんもやってくの? 相手しよっか?」

 彼は道場の竹刀を手に取った。


「紅葉ちゃん、思い切り来ていいよ」

 防具も無しに、雨音が余裕の発言をした。


 紅葉は白い道着と紺の袴で、防具をきりりと締めて、何年かぶりに蹲踞(そんきょ)の姿勢を取った。

 それから、

「イャァアア…!!」

 でかい声で叫びながら、雨音に突っ込んでいった。


 咲良はワクワクして見ていた。

 雨音は楽々と、紅葉の竹刀を外に弾き、左に回った。


「へぇー。盛り上がってるね…」

 山上が、ミイラ男のような包帯だらけの酒井を連れて、道場に入ってきた。





 山上がタバコの灰を灰皿に落とした。

「咲良ちゃん。無理したらあかん。君はまだ初心者なんやから。鬼と関わらへん方がええよ」


 咲良は山上の前に正座して、泣きかけた。

「ごめんなさい…。私が偽物の紅葉ちゃんと鞍馬に行ったから…、ついてきてくれた隆一さんが……」

「それは君のせいちゃうよ。なぁ、酒井」

 山上が慌てた。


「今更関わるなって言ったって、無理やろ。鬼は咲良ちゃんの家や、しゅとーん部の前まで来たんやし」

 酒井が言った。

 それで紅葉が、

「山上さんの知り合いの霊媒師さんって、どこにいはるんですか? 鬼の封印、晴明の代わりにもう一回やり直してもらえないんですか?」

 と、尋ねた。


「…あれは嘘。そんな知り合いはおらん。実家の山上神社の神主をしてる祖父さんが、もう九十歳で…。連絡してみるけどね。親父は田舎で、普通に農業してる」

 山上が苦笑した。


「昔はキツネ憑きとか犬神憑きとかあって、どこの田舎でもそういう事件があったんや…。キツネに憑かれた男の人が、コンコン鳴きながら、二階の高さまで飛び跳ねて歩いたんやて。大きな神社の神職は尊敬されてきたけど、一般に(ほう)り部…シャーマンは恐れられ、蛇蝎(だかつ)のごとく忌み嫌われてきた。特殊な能力の霊媒師って、やっぱり気持ち悪いね?」

 山上自身も、気持ち悪そうに話すのだった。



「なんで鬼は、千年も経ってるのに、未だに祟ろうとしてるんですか?」

 咲良が納得しかねて問う。


「鬼に聞かんとわからんけど、そこが怨霊なんやろう。鬼にとっての千年は、俺らの十年ぐらいの感覚かもな。十二の鬼の半分ぐらいは、もう目を覚ましたかも知れへん。マナブが頑張って、生贄を捧げてるからな…。俺としては、鬼の復活は阻止したいけど、これ以上の犠牲も出したくない」

 山上がキッパリ答えた。


 

 入り口が乱暴に開き、旭が入ってきた。

 旭は酒井や雨音と同じく、あちこち包帯をしていた。

「山上さん!! 報復しましょうよ。隆一の仇、取りましょう!!」

 旭が乱暴に言い、大股で来て正座した。


 酒井は、

「鬼はどこにでもいる。いろんな犯罪の裏にもいる。昔は、人里離れた山に鬼が棲んだ。今は人間がそこらじゅうにいるから、鬼とも遭遇しやすくなってる。鬼の数は増えてない…」

 紅葉と咲良に言い聞かせようとした。



 咲良はしばらく考え、

「私、マナブに頼んでみます。もうこれ以上、鬼をよみがえらせないでって。話し合ってみる…」

 と、言った。

「それ、この前、失敗したやん!!」

 紅葉が横から止めた。


「マナブから学瀛(がくえい)の怨霊をお祓い出来たらなぁ…」

 山上が頭をバリバリ掻いた。


「私の刀で鬼を斬れますか?」

 旭が山上に聞いた。

 旭は掘り出し物の刀を持っていて、切れ味は抜群。


「旭。無理や。犬や猫を斬るんとちゃう。雨音みたいに逮捕されるの覚悟で、平安時代か鎌倉時代の妖刀探しといで」

 酒井が冷やかした。


「その鞍馬でよみがえったとか言う、火の鬼・神王、どうする?」

 山上が酒井に言った。

「よみがえったもの、どうにも出来るわけないし。火の鬼? 火事が起きるか、雷か。それとも、自分を殺した相手の子孫を祟り殺すか?」


「神王は人をただ殺したいわけじゃないみたいですよ。僕と酒井さんは幻の中を歩き回らされただけ」

 雨音が言い返した。

「そう、焼き殺されそうになっただけやな」

 酒井が皮肉を込めて頷いた。

 彼の全身の包帯が痛々しかった。



 紅葉が山上に向かって、地図を広げた。

 彼女達が作っている、パワスポマップのコピー。


「山上さん。思ったんですけど、やっぱり晴明は鬼を封印する時に、京の都の中は避けたんじゃないですかね? 老ノ坂も鞍馬も宇治も、都のずっと外やったし、万一のことを考えて、あらかじめ鬼を都の外に封印したのかも」

「それは有り得るね」

 山上も同意見だった。


「私、この数日、本当に真剣に考えたんです。隆一くんの仇、クラスの友達の仇です。…晴明の時代に、鬼が封印されてそうな場所…」

 紅葉が話す間、みんながマップを覗き込んだ。

 咲良が描いた、可愛いイラストが今日の場に合わない。



「平安京を囲むように、三つのパワースポットの丘があるんですけど。東に吉田神社のある、神楽岡(かぐらおか)。北は建勲神社のある、船岡山(ふなおかやま)。西が仁和寺(にんなじ)の向かいの、双ヶ岡(ならびがおか)です」

 紅葉が地図を指差した。


「船岡山は古い磐座(いわくら)あるし、雰囲気はあるな。あそこは千本通り。千本の卒塔婆(そとば)があったと言う。平安の頃、風葬地があって、庶民の死体を埋めずに送ったんや。船岡山の西麓に蓮台野(れんだいの)、嵯峨嵐山の奥に化野(あだしの)、清水寺より南の、都から外れた辺りが鳥辺野(とりべの)…。鬼は出たやろなぁー」


 山上が言うと、女の子達はキャーっと叫んで、手を取り合った。

 家族の死体が野ざらしなんて、今では考えられない話だ。



「来週、船岡山に行ってみましょう。吉田神社は鬼が出そうなとこじゃないですよ。藤原氏の氏神さんですよね。今は京大のキャンパスに囲まれてる」

 旭が紅葉に言った。

 旭の目が吊り上っていた。 


祇園(ぎおん)は鬼が出そうなとこですか?」

 咲良はコマチが見せた動画の、鬼の面の男を思い出した。


「祇園と言えば、八坂神社やな。牛頭(ごず)天王と呼ばれた時代もあるけど、明治以降はスサノオ。スサノオは出雲の神様で、別に黄泉の国の魔王でも何でもない。あそこは心配ないんちゃうか?」

 山上が顎髭を撫で、微笑んだ。


 咲良はほっとした。

 あの動画の鬼の面が、気になっていたのだ。



「土曜日、車出すよ。色々回ってみようか?」

「酒井ー、大丈夫? 既にミイラみたいになってんのに、持ち堪えられそう?」

 山上が心配した。


「一応、刀持ってきます。車、お願いします」

 旭が酒井に頭を下げた。

「俺も観賞用の刀を持参するよ」

 酒井が宣言した。

 刀剣は観賞用以外は銃刀法違反になる。

 観賞用美術品の刀剣という名目だが、酒井の刀は勿論、斬る為のこだわりの逸品である。


「鬼切抜刀隊か。まるで頼光の鬼退治やな」

 山上が全員の顔を見渡した。

 酒井、旭、雨音、咲良と紅葉。


「四天王に一人足りひんで」

 酒井が淋しく笑った。

 隆一が死んでしまったから、数が足りない。


「蘇芳さん、隆一さんが死んで落ち込んでるでしょうね…」

 雨音は蘇芳のことを思った。

「蘇芳くんがいれば、確かに四天王になるなぁ」

 山上もしんみりと言った。






 八坂神社。

 四条通りの突き当りに、切妻屋根と朱色の柱の楼門がある。


 長い石段を昇って行く、黒いマントの男。

 フードを目深に被り、後ろから見て、少しだけ白髪がフードから零れ出ている。


 石段を降りてきた観光客の親子連れが、マントの男を見て凍りついた。

 鬼の真っ赤な面に、言葉を失う。


 男は堂々と人波を割り、楼門を潜った。

 楼門の敷居を跨いだところで振り返り、四条通りの遥か先を視線で射るように、面の奥の眼を向けた。


 石段の下から、もう一人の男が上がってくる。

 片目を閉じ、残る片目だけを鬼の面の男に向けている。

 牙が一本生えた口元に、微笑を湛えている。

 彼は額から角を生やしているが、アクセサリーのように自然だ。


 マナブが鬼の面の男と並んだ。

「待った?」


 デートの待ち合わせのように、声を弾ませて言う。

 黒いマントの男は、何も言わない。

 マナブは嬉しそうに、

「君が来るのを、すごく楽しみにしてたんだよ。だって、僕一人じゃつまんないんだもの。神王は鶴を連れて行っちゃったし、舌長もついて行ってしまった。蝦蟇麿(がままろ)や一つ目の小鬼は死んだし、後は…亀岩か。…あいつは年寄り過ぎて、話が合わないんだ」

 と、浮かれて話した。


「じゃ、用意はいい? 覚悟は出来てる? 祇園祭が近いんだ。昔は疫病を封じようとしたらしいよね。君を封じずして、疫病を封じられるわけがないのに。ああ、笑っちゃうね…」

 マナブはけらけら嗤い、上機嫌で黒マントの男の腕を取った。





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