弐弐 妖怪寺
1
雨音と酒井は鞍馬の僧正ガ谷で、猛火の結界から抜け出せなくなった。
「出口がないなら、開くだけ。行くぞ、雨音!」
酒井が雨音を連れて、寺の中を進んだ。
どこもかも無人かと思われた時、一人の僧と出くわした。
正座して、一心に読経を続ける若い僧。
低い声が響く。
すぐ近くで火が燃え広がって、壁は赤く染まっていく。
雨音らが咳き込んでいるのに、僧は一心に読経を続ける。
めらめら燃え上がる襖に、お経の文字が奇怪に浮かび上がった。
「何が言いたいんでしょう? 鬼からのメッセージ?」
雨音が聞いた。
「何も見んでええ。何も考えるな…」
酒井が言う。
僧の手には、長い数珠。
僧の顔には目玉が無くて、坊主頭の後ろに、二つの眼があった。
後頭部の眼が、雨音と酒井をじっと見た。
「うへぇ…、何で頭に…」
酒井は肝を冷やし、杖を落としそうになった。
「鬼か?」
雨音が鬼切で斬ろうとしたら、僧は二つの影に分裂して刃を避けた。
そして、幽霊みたいに消えてしまった。
読経の声が止み、勝手に奥の襖が開いた。
直線の薄暗い廊下が続いていた。
「…おびき寄せられてるみたいです」
雨音が廊下の先を覗き込んだ。
「鬼の口の中に入ってく道なんやろ?」
酒井が笑って、煙を吸い込んでしまい、ゴホゴホと咳をした。
今度は廊下の先から、産まれて間もない赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
オンギャア…、オンギャア…。
お乳を欲しがっているような鳴き声。
仕方なく、彼等は廊下に入った。
彼等は赤ん坊の泣き声がする部屋の前で、立ち止まった。
部屋の入り口が、勝手にするするっと開いた。
二人は部屋の中に踏み込まない。
でも、部屋の方が動いて、彼等を内側に取り込んだ。
貧しい女が赤ん坊をあやしていた。
長い黒髪で、女の顔はよく見えない。
女は壁の方を向き、着物で包んだ赤ん坊を抱いている。
赤ん坊は一層泣きじゃくった。
「…鬼か?」
雨音がまた尋ね、鬼切を構えた。
女が雨音を振り返った。
雨音はギョッとした。
母親は若い女かと思っていたら、顔だけ、とんでもない老婆だった。
深い皺だらけ、波のように皮膚が弛む。
イボだらけ、染みだらけの肌、歯抜けの口元。
「置いてけぇ…!!」
老婆が叫び、赤ん坊を雨音の方へ放り投げて来た。
包んでいた着物が裏返り、赤ん坊が飛び出す。
その赤ん坊の顔も、老婆そっくりの皺だらけの顔で、百歳以上にも見えた。
「オンギャア、オンギャア…」
と、猫のような声で鳴く。
「うわわっ!! これ、幻覚でしょ!?」
雨音は鬼の赤ん坊に斬りつけた。
赤ん坊は刃を避けて、縦に分裂し、刃を擦り抜けてから合体して元に戻った。
泣きながらハイハイして、雨音に寄ってくる。
「ホンギャッ、ホンギャッ…」
「なんか気持ち悪い…」
雨音は赤ん坊を無視し、前に進んで、老婆の方を斬った。
「ギャッ!!」
と叫んで、老婆が消えた。
赤ん坊も同時に消えた。
「置いてけ、って何を?」
雨音が母子の消えた場所を見詰め、呟いた。
「これかな?」
酒井が懐から、鬼女の腕を見せた。
キツネの毛が生えた鬼女の腕が、指を鉤状に曲げ、ピクピクと動いた。
雨音は顔をしかめた。
「あーあ…、持ってきちゃったんですか…。ねぇ、酒井さん。旭さんと隆一さんは?」
「旭のことは知らん。隆一は不動堂に避難した」
酒井はシャツの中へ、鬼の腕を戻した。
二人はいつの間にか、薄暗い廊下に戻っていた。
廊下の先に、平安時代の装束をまとい、若い娘が一人立っていた。
顔を扇子で隠すが、キツネの長い耳が丸見えだ。
その娘、どうやら片腕がない…。
「紅葉に化けてた鬼女か?」
酒井がキツネ耳の娘に尋ねた。
「腕を返して下さい…」
返事したのは、鶴の上だ。
のっぺらぼうの鶴は、紅葉の顔と声を借りて喋った。
鶴はいじらしく涙を浮かべ、
「もう誰の顔も盗みません…。人を喰わない。約束します…。ですから、腕を返して下さい…」
と、酒井に哀願した。
「いやぁ、助けてあげたいけどね。…鬼を信じるのは、ちょっと怖いよね」
酒井は鬼の腕を出し渋った。
すると、鶴は、
「憎らしい人ね…。こんなに頼んでるのに。永久に、火の中でのたうってるとるといいわ!」
と、姿を消した。
廊下は薄暗がりから真っ暗闇へ、濃くねっとりと変化した。
最早、一寸先も見えない。
2
「ここは妖怪寺か?」
酒井が愚痴った。
「千年前なんて、人が死んだら怨霊のせい。雷が落ちたら祟り、疫病が流行ったら祟り、日照りが続いたら祟り。祟り、祟りって、みんなで大騒ぎして…」
酒井は咳き込みながら、暗闇を手探りでゆっくり進んだ。
急に、足元がぐにゃっと沈んだ。
「おい…、何か踏んでしもた…」
酒井が足元を見た。
鬼火が一つ浮かんだ。
目つきの悪い亀が、酒井を睨みながら二本脚で立ち上がった。
「だんなァ…、痛いじゃないか…。何すんだよ…」
亀の小鬼が前脚で甲羅を撫で、暗闇に去った。
「亀が喋った…。これは夢?」
酒井が暗闇を流れる、鬼火の列を見詰めた。
目の前を無数の鬼火が流れて行く。
鬼火に照らされる、鬼達の顔。
口が裂け、牙が反り、角がある。
大きい鬼もいれば、小さい鬼もいる。
「百鬼夜行…」
雨音が呟いた。
真っ暗闇を鬼の長い行列がゆく。
嗤いざわめき、唄いながら、踊りながら。
手に武器を持ち、その武器の先に人間の生首やら手足やらを串刺しにして。
血が流れる生首を、棒付きキャンディーのようにしゃぶる鬼。
人間の死体を嗤いながら眺め、貪り喰らう鬼。
鬼の姿は様々だが、大体は筋張って痩せており、骨がゴツゴツと浮き出ている。
上半身と下半身が捻じれ、二回転ぐらいずれている鬼がいた。
時々、反対回りに勢いよく捻じれ、元の位置を通り越して、また捻じれていく。
捻じれは直らないが、鬼は楽しそうに細い腰を自慢して歩く。
手足が長過ぎ、顔が小さ過ぎる鬼がゆく。
顔は掌より小さく、手足はひょろ長くて、動く姿もカマキリっぽい。
大きな目玉をグルグル回し、袴が短すぎるのを嘆いている。
半裸の男が四つん這いで、肩をいからせ、虎のように歩く。
広い額に数本の角が並ぶ。
眉がなくて、目玉はぎょろりと丸く、獅子鼻に尖り耳。
隙間だらけのガタガタの歯並びをしている。
太く長い舌は、それ自体が生き物のよう。
舌長の鬼は酒井を見て、
「おぅ、人間臭いのぅ…」
と、呟いた。
長い舌をヘビの鎌首のように持ち上げ、この鬼こそ、一番凄まじい悪臭を放った。
火ネズミ達がお寺の木魚や銅鑼を鳴らしながら通り、めちゃくちゃに叩いた。
火ネズミの後ろに点々と、炎が散っていく。
後頭部に二つ眼がある、さきほどの僧が来た。
僧の隣りの老人は、耳たぶが長過ぎて、地面まで引き摺っている。
でか耳の老人は、後ろ眼の僧にこう言った。
「よう聞こえませぬ。もっと大声でお話し下され…」
天狗が黒い纓の冠を付け、平安時代のふっくらした束帯でやってきた。
すました顔で、声を張り上げる。
「祝いじゃー、祝いじゃー。火の鳳、神王さまが復活されたぁー」
小天狗達が花びらを撒くように、祝いの米粒を撒く。
米粒に顔が出来て、めいめい歩き出す。
大勢のてんでばらばらな鬼達が、黒と赤の平安装束で列をなす。
鬼達は笛を吹き、太鼓を打ち、音楽とも言えない滅茶苦茶な演奏を繰り広げる。
そんな鬼の列の最後尾、舟形の輿が引かれて来る。
輿には、神王と鶴の上が並んで座っている。
彼は暗闇にも鮮やかな、赤い孔雀の衣装を着ている。
端麗な顔は、真紅やオレンジで塗り分けられ、頭から炎の王冠が立ち上がっている。
雨音と酒井は唖然としていた。
突然、背後の闇から鬼が現れ、彼等を羽交い絞めにした。
「うわっ…!!」
雨音と酒井は鬼の体重で潰れそうになった。
酒井の耳に、鬼の臭い息が吹きかかった。
雨音の肩に、ボタボタと鬼のヨダレが落ちた。
二人の醜女の女官が、体重を載せ、彼等の首を締めてきた。
平安風のしもぶくれの顔で、三頭身。
小袿を重ね着て、赤い袴で、長い髪を束ねている。
身長・体格は普通だけれど、頭が異常にでかい。
額に丸い眉を描き、眸は左右で位置が違う。
正月の福笑いの絵で並べるのに失敗したような、目鼻がでたらめな配置だ。
ふくよかなほっぺたを斜めに開く、厚ぼったい赤い唇。
隙間だらけのお歯黒の歯が覗く。
「た、助けて…」
雨音が膝を着いた。
「こんな攻撃ありか…。潰れるぅ…」
酒井は醜女に乗られ、黒くてぐにゃぐにゃした床にめり込んだ。
その後、何とか醜女のヘッドロックから滑り出し、酒井が相手のほっぺたを手で押し返した。
醜女は腐っていて、納豆のように糸を引いた。
「いつぞや、お会いしましたな…。源次様…」
醜女が死臭漂うほっぺたを押し付け、雨音に迫ってきた。
「あの時からお慕いしておりました。源次様、いと綺羅綺羅し男…」
醜女が雨音の顔に見とれ、ヨダレを垂れた。
「酒井さーん!! 助けてぇー!!」
雨音が悲鳴を上げた。
「知るか、ボケェー!! 自分で何とかせぇっ!!」
酒井は醜女から逃れたが、今度は黒い弾力ある床に吸い込まれた。
「ここはどこやねんっ!? 何かの腸の中か!?」
酒井は悪臭の粘液に包まれ、吐き気を催した。
彼は正体不明の植物系妖怪に捕まり、粘液で滑って出られなくなった。
雨音は醜女に肩を噛み付かれた。
醜女とは、黄泉の腐った屍鬼。
人間を喰らう。
神王と鶴は寄り添って見物していた。
鬼の行列がギャラリーと化し、殺されそうな雨音らを指差して爆笑した。
雨音は寝ころんだまま、鬼切を立て、刃を自分の手前に向けて倒した。
醜女の手が切断され、宙に跳んだ。
「おばさん。僕は面食いじゃありませんけど」
雨音が素早く起き上がり、
「千歳超えてる女の人は無理です」
と、言って首を切り落とした。
「雨音、こっちもー」
酒井が叫ぶ。
雨音はもう一匹の醜女の首を切り落とした。
雨音が黒い床に鬼切を突き立てると、酒井を取り込んでいた植物系妖怪は枯れ果てた。
酒井が汚物の匂いがする粘液を滴らせ、茶色い死骸から脱出した。
「酒井さん、臭いです…」
「黙れ、ガキ。連続で、迷いもなく女を斬りやがって。おまえは鬼のように冷淡やなぁー」
酒井が雨音に言った。
醜女の死骸はいったん人間に戻り、白骨化して細かく散った。
ギャラリーの鬼達は殺気立った。
「源次、許さぬぞ。この地に没するがよい…」
天狗が呪いの言葉を吐く。
暗闇と鬼火の列が遠ざかる。
雨音と酒井が残された空間は、ガラガラと音立てて崩れ始めた。
3
「危ない!」
酒井が雨音を突き飛ばし、自分は屋根の下敷きになった。
柱が燃え、屋根が崩れてきた。
「酒井さん!!」
雨音がびっくりして、割れた瓦や、木材の破片を取り除いた。
酒井の足の上に、燃えた木が乗っかっている。
「俺はええから、今のうちや。はよ結界を破れ。おまえなら出来る。不動堂まで逃げろ!」
「出来ませんよ、そんなこと。酒井さん!」
雨音が酒井を引っ張った。
寺が崩壊していく。
一瞬、炎と煙の間に、寺の山門が見えた。
彼等の周りは火に囲まれているけれど、一カ所だけ、まだかろうじて飛び越えられそうだ。
「行け!! 出口はあそこや!!」
酒井が叫んだ。
「一つだけ方法があります」
雨音が言った。
その間に梁が燃え落ちて、まだ炎を飛び越えられそうだった場所が塞がれた。
「アホ!! 何してんねん!!」
酒井が激高した。
「関西の人の言うアホって、バカとは意味が違うんですよね。愛情が込ってる。僕、好きです…」
雨音は怒鳴られても、嬉しそうな顔をした。
「アホ!! アホ!! 何言うてるねん!! なんで行かへんの!?」
酒井が怒鳴る。
雨音は酒井の懐に手を入れ、鬼の腕を取り出した。
ピクピクと指を動かし、鬼の腕は今も血色がよかった。
「それは…」
酒井が何か言いかけ、雨音は微笑んで、
「もういいんです。山上さんに見てもらいたかったんだけど」
と、言った。
雨音は鬼の腕を、一番燃え盛っている炎の中へ投げた。
鬼の腕が炎に落ちる。
炎が…消えた。
ぷっつりと糸が切れたみたいに、場面は異界から、土砂が崩れた僧正ガ谷へ戻った。
燃え上がる寺はもうない。
紫がかった夕空もない。
ただ、酒井の足の上に土砂がかかっていた。
異界の寺の山門が見えた方向に、今、あの壊れかけた古い鳥居があった。
土砂が流れて鳥居が半分埋まり、傾いていた。
「酒井さん! あれです、今すぐあそこを通る!!」
鬼の隙を突き、雨音が酒井に肩を貸して、二人必死に走って鳥居を抜けた。
その時、最後の土砂崩れが起き、たくさんの木々を根こそぎ押し流した。
岩が彼等のいた場所を潰し、谷底へ転がり落ちた。
雨音は火が消えたのを見て、
「鬼の情けですね…。妻の腕を焼きたくないと言う…」
と、話した。
彼はわざと、鬼の腕を火にくべたのだ。
「助かった…」
酒井は疲れて、座り込んだ。
本当にきわどいタイミング、ギリギリだった。
「まだ何とも言えないんですけど。旭さんと隆一さんがどうなったか…。咲良ちゃんは無事なのか…」
雨音が呟くと、酒井は疲れた体に鞭打って、よろよろと立ち上がった。
「そうやったな。はよ行こう」
彼は片足を引き摺って、杖を頼って歩いた。
「その杖、役に立ってますね…」
雨音が吹き出した。
「うるさいやっちゃな。その刀、早くしまえ。観光客がいるからな…」
酒井が地面から刀のケースを拾い上げた。
天狗が落としていったようだ。
雨音が鬼切を鞘に納刀し、ケースに戻した。
4
紅葉とコマチ、神谷先生と旭の四人は、鞍馬寺の奥の院・魔王殿に到着した。
僧正ガ谷が崩れた為に、その先には進めない。
魔王殿の前では、慌てて山を下りてきた人達が休憩していた。
紅葉は雨音と咲良のことを案じ、ハラハラした。
でも、不思議なことに、咲良が魔王殿の裏から出て来た。
「紅葉ちゃん!!」
「咲良ちゃーん!!」
咲良と紅葉が抱き合った。
「紅葉ちゃん、コマチさん、先生も無事だったんだ!? 鬼に連れてかれて、心配したよ。紅葉ちゃんが鬼と入れ替わったこと、私、最初全然気付かなくて…。紅葉ちゃんが急にキツネっぽくなったなぁ…、とは思ってたんだけど」
咲良は早口に、週末までのことを説明した。
「咲良ちゃんこそ、無事でよかった…。旭さんが、咲良ちゃんがまた行方不明になったとか言うから…」
「紅葉ちゃん…、髪を切っちゃったんだ…」
咲良は紅葉の綺麗な髪が、ばっさり切られていることを残念がった。
旭が、
「咲良ちゃん。雨音と酒井さんと隆一は!?」
と、聞いた。
「わかんないです。私、天狗に攫われて…、この近くに降ろされたんで。雨音くんは鬼女を、憑りつかれてた女の人ごと斬っちゃって…。そうだ。雨音くん、三つ目になってましたよ!?」
咲良が旭に答えた。
旭は石段を駆け上がっていった。
彼は仲間が心配で、夢中で走った。
紅葉は咲良と向き合って、
「咲良ちゃん、大変やねん。鬼がどんどん復活していってるの。山上さんがしゅとーん部で言うてはった、安部晴明が封印した鬼の話。あれ、ほんまの話とちゃう!?」
と、話した。
「そうだよ。十二の鬼。眷属はもっといっぱいいるみたい!」
咲良が山上から聞いた話を、紅葉に伝えた。
それと、復活してしまった鬼・神王についても話した。
「咲良ちゃん、あいつら、許せへん。うちらに何が出来るかわからへんけど、何とかしなあかん」
紅葉は真剣に怒っていた。
咲良は言葉が思い浮かばなくて、紅葉を見詰めた。
紅葉は、
「全部の鬼が復活してしまう前に、私、あの刀をうちの父親から借りて来る。…雷帝やったっけ? 呪いの刀…。あれを使おう」
と、渋っていた古刀を持ち出す決心をした。
「紅葉ちゃんが鬼を斬るの? …でも、一応、鬼の言い分も聞いてみたら? 結構、可哀相なんだよ」
「マナブのことも、そんな風に思ってるの? 放っといたら、菊井くんや江津くん、三木先生みたいに、また誰かかが死ぬんやで!! それでもええの!?」
紅葉は咲良の反対に、逆に驚いた。
「紅葉ー。早く雨音くんを助けに行こうよー」
コマチが急かした。
「崖が崩れてるんやし、消防の人に任せよう。危ないって。君らで鬼退治!? そんな無茶な!!」
神谷先生は不安を感じ、彼女達の行動を止めた。
「助けに行こう。もう、はぐれたらあかんで!」
紅葉が咲良と手を繋いだ。
「うん…!」
咲良は紅葉に従った。
5
不動堂へ行く道は封鎖されている。
紅葉達も、ここから先はしばらく立ち入り禁止だと説明された。
「友達が崖崩れに巻き込まれたかも知れないんです」
彼女達は強引に、抑止を振り切って突き進んだ。
崖崩れの現場で、彼女達は雨音と酒井を呼んだ。
返事はなく、静まり返っていた。
彼女達は不動堂を目指した。
鞍馬の緑濃く茂った森、薄暗い木の根道。
曲がりくねった細い道は見通しが悪い。
牛若丸が天狗相手に、剣の稽古に明け暮れた場所。
木の根がヘビのようにうねり、眼鏡をなくした紅葉は、何度も蹴躓いた。
巨木の間から、不動堂の建物が見えてきた。
不動堂の手前で、彼女達は異様な気配を感じ取った。
妖気が渦巻いている。
それから、ひどい悪臭がした。
魚か、生ものが腐ったような匂い。
そして、木の根が這う地面に、人間のバラバラの手足が落ちていることに気付いた。
観光客の遺体。
彼女達は妙な息遣いを聞いた。
フーッ、フーッと息を吐く、獣。
彼女達の視線が釣られ、自然と木の上に上がった。
細道から逸れた巨木の幹に、黒い影がある。
人間の体をくわえ、樹上に引き上げている虎のような鬼。
咲良はその鬼を、二度見たことがある。
一度目は、自宅のお寺で。
二度目はしゅとーん部の横手の、東雲神社で。
狛犬を装っていた鬼が動き出して、雨音に食いついたのが数日前。
悪臭放つ舌長の鬼が、木の上でバリバリと人間を食い始めた。
骨を噛み砕き、内臓をクチャクチャ噛みちぎる音が、静かな森に響いた。
「隠れて!! その鬼は実体がある!!」
旭の声が茂みの向こうから聞こえた。
茂みに向かって、点々と血が滴った跡が続いていた。




