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弐弐 妖怪寺


 雨音と酒井は鞍馬(くらま)僧正ガ谷(そうじょうがたに)で、猛火の結界から抜け出せなくなった。


「出口がないなら、開くだけ。行くぞ、雨音!」

 酒井が雨音を連れて、寺の中を進んだ。



 どこもかも無人かと思われた時、一人の僧と出くわした。

 正座して、一心に読経を続ける若い僧。

 低い声が響く。


 すぐ近くで火が燃え広がって、壁は赤く染まっていく。

 雨音らが咳き込んでいるのに、僧は一心に読経を続ける。

 めらめら燃え上がる(ふすま)に、お経の文字が奇怪に浮かび上がった。


「何が言いたいんでしょう? 鬼からのメッセージ?」

 雨音が聞いた。

「何も見んでええ。何も考えるな…」

 酒井が言う。



 僧の手には、長い数珠。

 僧の顔には目玉が無くて、坊主頭の後ろに、二つの眼があった。

 後頭部の眼が、雨音と酒井をじっと見た。


「うへぇ…、何で頭に…」

 酒井は肝を冷やし、杖を落としそうになった。


「鬼か?」

 雨音が鬼切で斬ろうとしたら、僧は二つの影に分裂して刃を避けた。

 そして、幽霊みたいに消えてしまった。


 読経の声が止み、勝手に奥の襖が開いた。

 直線の薄暗い廊下が続いていた。


「…おびき寄せられてるみたいです」

 雨音が廊下の先を覗き込んだ。

「鬼の口の中に入ってく道なんやろ?」

 酒井が笑って、煙を吸い込んでしまい、ゴホゴホと咳をした。




 今度は廊下の先から、産まれて間もない赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。

 オンギャア…、オンギャア…。

 お乳を欲しがっているような鳴き声。


 仕方なく、彼等は廊下に入った。

 彼等は赤ん坊の泣き声がする部屋の前で、立ち止まった。


 部屋の入り口が、勝手にするするっと開いた。

 二人は部屋の中に踏み込まない。

 でも、部屋の方が動いて、彼等を内側に取り込んだ。



 貧しい女が赤ん坊をあやしていた。

 長い黒髪で、女の顔はよく見えない。

 女は壁の方を向き、着物で包んだ赤ん坊を抱いている。

 赤ん坊は一層泣きじゃくった。


「…鬼か?」

 雨音がまた尋ね、鬼切を構えた。


 女が雨音を振り返った。

 雨音はギョッとした。

 母親は若い女かと思っていたら、顔だけ、とんでもない老婆だった。

 深い皺だらけ、波のように皮膚が弛む。

 イボだらけ、染みだらけの肌、歯抜けの口元。


「置いてけぇ…!!」

 老婆が叫び、赤ん坊を雨音の方へ放り投げて来た。


 包んでいた着物が裏返り、赤ん坊が飛び出す。

 その赤ん坊の顔も、老婆そっくりの皺だらけの顔で、百歳以上にも見えた。

「オンギャア、オンギャア…」

 と、猫のような声で鳴く。


「うわわっ!! これ、幻覚でしょ!?」

 雨音は鬼の赤ん坊に斬りつけた。


 赤ん坊は刃を避けて、縦に分裂し、刃を擦り抜けてから合体して元に戻った。

 泣きながらハイハイして、雨音に寄ってくる。

「ホンギャッ、ホンギャッ…」


「なんか気持ち悪い…」

 雨音は赤ん坊を無視し、前に進んで、老婆の方を斬った。


「ギャッ!!」

 と叫んで、老婆が消えた。

 赤ん坊も同時に消えた。



「置いてけ、って何を?」

 雨音が母子の消えた場所を見詰め、呟いた。

「これかな?」

 酒井が懐から、鬼女の腕を見せた。


 キツネの毛が生えた鬼女の腕が、指を鉤状に曲げ、ピクピクと動いた。

 雨音は顔をしかめた。

「あーあ…、持ってきちゃったんですか…。ねぇ、酒井さん。旭さんと隆一さんは?」

「旭のことは知らん。隆一は不動堂に避難した」

 酒井はシャツの中へ、鬼の腕を戻した。




 二人はいつの間にか、薄暗い廊下に戻っていた。


 廊下の先に、平安時代の装束をまとい、若い娘が一人立っていた。

 顔を扇子で隠すが、キツネの長い耳が丸見えだ。

 その娘、どうやら片腕がない…。


「紅葉に化けてた鬼女か?」

 酒井がキツネ耳の娘に尋ねた。


「腕を返して下さい…」

 返事したのは、(つる)(うえ)だ。

 のっぺらぼうの鶴は、紅葉の顔と声を借りて喋った。


 鶴はいじらしく涙を浮かべ、 

「もう誰の顔も盗みません…。人を喰わない。約束します…。ですから、腕を返して下さい…」

 と、酒井に哀願した。


「いやぁ、助けてあげたいけどね。…鬼を信じるのは、ちょっと怖いよね」

 酒井は鬼の腕を出し渋った。


 すると、鶴は、

「憎らしい人ね…。こんなに頼んでるのに。永久に、火の中でのたうってるとるといいわ!」

 と、姿を消した。


 廊下は薄暗がりから真っ暗闇へ、濃くねっとりと変化した。

 最早、一寸先も見えない。

 




「ここは妖怪寺か?」

 酒井が愚痴った。


「千年前なんて、人が死んだら怨霊のせい。雷が落ちたら(たた)り、疫病が流行ったら祟り、日照りが続いたら祟り。祟り、祟りって、みんなで大騒ぎして…」

 酒井は咳き込みながら、暗闇を手探りでゆっくり進んだ。


 急に、足元がぐにゃっと沈んだ。

「おい…、何か踏んでしもた…」

 酒井が足元を見た。



 鬼火が一つ浮かんだ。

 目つきの悪い亀が、酒井を睨みながら二本脚で立ち上がった。

「だんなァ…、痛いじゃないか…。何すんだよ…」

 亀の小鬼が前脚で甲羅を撫で、暗闇に去った。


「亀が喋った…。これは夢?」

 酒井が暗闇を流れる、鬼火の列を見詰めた。



 目の前を無数の鬼火が流れて行く。

 鬼火に照らされる、鬼達の顔。

 口が裂け、牙が反り、角がある。

 大きい鬼もいれば、小さい鬼もいる。


「百鬼夜行…」

 雨音が呟いた。



 真っ暗闇を鬼の長い行列がゆく。

 嗤いざわめき、唄いながら、踊りながら。

 手に武器を持ち、その武器の先に人間の生首やら手足やらを串刺しにして。


 血が流れる生首を、棒付きキャンディーのようにしゃぶる鬼。

 人間の死体を嗤いながら眺め、貪り喰らう鬼。


 鬼の姿は様々だが、大体は筋張って痩せており、骨がゴツゴツと浮き出ている。



 上半身と下半身が捻じれ、二回転ぐらいずれている鬼がいた。

 時々、反対回りに勢いよく捻じれ、元の位置を通り越して、また捻じれていく。

 捻じれは直らないが、鬼は楽しそうに細い腰を自慢して歩く。


 手足が長過ぎ、顔が小さ過ぎる鬼がゆく。

 顔は掌より小さく、手足はひょろ長くて、動く姿もカマキリっぽい。

 大きな目玉をグルグル回し、袴が短すぎるのを嘆いている。



 半裸の男が四つん這いで、肩をいからせ、虎のように歩く。

 広い額に数本の角が並ぶ。

 眉がなくて、目玉はぎょろりと丸く、獅子鼻に尖り耳。

 隙間だらけのガタガタの歯並びをしている。

 太く長い舌は、それ自体が生き物のよう。


 舌長の鬼は酒井を見て、

「おぅ、人間臭いのぅ…」

 と、呟いた。

 長い舌をヘビの鎌首のように持ち上げ、この鬼こそ、一番凄まじい悪臭を放った。



 火ネズミ達がお寺の木魚や銅鑼(どら)を鳴らしながら通り、めちゃくちゃに叩いた。

 火ネズミの後ろに点々と、炎が散っていく。


 後頭部に二つ眼がある、さきほどの僧が来た。

 僧の隣りの老人は、耳たぶが長過ぎて、地面まで引き摺っている。

 でか耳の老人は、後ろ眼の僧にこう言った。

「よう聞こえませぬ。もっと大声でお話し下され…」



 天狗が黒い纓の冠を付け、平安時代のふっくらした束帯でやってきた。

 すました顔で、声を張り上げる。

「祝いじゃー、祝いじゃー。火の(おおとり)神王(しんのう)さまが復活されたぁー」


 小天狗達が花びらを撒くように、祝いの米粒を撒く。

 米粒に顔が出来て、めいめい歩き出す。


 大勢のてんでばらばらな鬼達が、黒と赤の平安装束で列をなす。

 鬼達は笛を吹き、太鼓を打ち、音楽とも言えない滅茶苦茶な演奏を繰り広げる。



 そんな鬼の列の最後尾、舟形の輿(こし)が引かれて来る。

 輿には、神王(しんのう)と鶴の上が並んで座っている。

 彼は暗闇にも鮮やかな、赤い孔雀の衣装を着ている。

 端麗な顔は、真紅やオレンジで塗り分けられ、頭から炎の王冠が立ち上がっている。




 雨音と酒井は唖然としていた。

 突然、背後の闇から鬼が現れ、彼等を羽交い絞めにした。


「うわっ…!!」

 雨音と酒井は鬼の体重で潰れそうになった。

 酒井の耳に、鬼の臭い息が吹きかかった。

 雨音の肩に、ボタボタと鬼のヨダレが落ちた。


 二人の醜女(しこめ)の女官が、体重を載せ、彼等の首を締めてきた。

 平安風のしもぶくれの顔で、三頭身。

 小袿を重ね着て、赤い袴で、長い髪を束ねている。

 身長・体格は普通だけれど、頭が異常にでかい。


 額に丸い眉を描き、眸は左右で位置が違う。

 正月の福笑いの絵で並べるのに失敗したような、目鼻がでたらめな配置だ。

 ふくよかなほっぺたを斜めに開く、厚ぼったい赤い唇。

 隙間だらけのお歯黒の歯が覗く。



「た、助けて…」

 雨音が膝を着いた。


「こんな攻撃ありか…。潰れるぅ…」

 酒井は醜女に乗られ、黒くてぐにゃぐにゃした床にめり込んだ。

 その後、何とか醜女のヘッドロックから滑り出し、酒井が相手のほっぺたを手で押し返した。

 醜女は腐っていて、納豆のように糸を引いた。



「いつぞや、お会いしましたな…。源次様…」

 醜女が死臭漂うほっぺたを押し付け、雨音に迫ってきた。


「あの時からお慕いしておりました。源次様、いと綺羅綺羅し男…」

 醜女が雨音の顔に見とれ、ヨダレを垂れた。

「酒井さーん!! 助けてぇー!!」

 雨音が悲鳴を上げた。



「知るか、ボケェー!! 自分で何とかせぇっ!!」

 酒井は醜女から逃れたが、今度は黒い弾力ある床に吸い込まれた。


「ここはどこやねんっ!? 何かの(はらわた)の中か!?」

 酒井は悪臭の粘液に包まれ、吐き気を催した。

 彼は正体不明の植物系妖怪に捕まり、粘液で滑って出られなくなった。



 雨音は醜女(しこめ)に肩を噛み付かれた。

 醜女とは、黄泉の腐った屍鬼。

 人間を喰らう。



 神王と鶴は寄り添って見物していた。

 鬼の行列がギャラリーと化し、殺されそうな雨音らを指差して爆笑した。



 雨音は寝ころんだまま、鬼切を立て、刃を自分の手前に向けて倒した。

 醜女の手が切断され、宙に跳んだ。


「おばさん。僕は面食いじゃありませんけど」

 雨音が素早く起き上がり、

「千歳超えてる女の人は無理です」

 と、言って首を切り落とした。


「雨音、こっちもー」

 酒井が叫ぶ。

 雨音はもう一匹の醜女の首を切り落とした。


 雨音が黒い床に鬼切を突き立てると、酒井を取り込んでいた植物系妖怪は枯れ果てた。

 酒井が汚物の匂いがする粘液を滴らせ、茶色い死骸から脱出した。


「酒井さん、臭いです…」

「黙れ、ガキ。連続で、迷いもなく女を斬りやがって。おまえは鬼のように冷淡やなぁー」

 酒井が雨音に言った。

 醜女の死骸はいったん人間に戻り、白骨化して細かく散った。



 ギャラリーの鬼達は殺気立った。

「源次、許さぬぞ。この地に没するがよい…」

 天狗が呪いの言葉を吐く。


 暗闇と鬼火の列が遠ざかる。

 雨音と酒井が残された空間は、ガラガラと音立てて崩れ始めた。





「危ない!」

 酒井が雨音を突き飛ばし、自分は屋根の下敷きになった。

 柱が燃え、屋根が崩れてきた。


「酒井さん!!」

 雨音がびっくりして、割れた瓦や、木材の破片を取り除いた。

 酒井の足の上に、燃えた木が乗っかっている。


「俺はええから、今のうちや。はよ結界を破れ。おまえなら出来る。不動堂まで逃げろ!」

「出来ませんよ、そんなこと。酒井さん!」

 雨音が酒井を引っ張った。



 寺が崩壊していく。

 一瞬、炎と煙の間に、寺の山門が見えた。

 彼等の周りは火に囲まれているけれど、一カ所だけ、まだかろうじて飛び越えられそうだ。

「行け!! 出口はあそこや!!」

 酒井が叫んだ。


「一つだけ方法があります」

 雨音が言った。


 その間に梁が燃え落ちて、まだ炎を飛び越えられそうだった場所が塞がれた。

「アホ!! 何してんねん!!」

 酒井が激高した。

「関西の人の言うアホって、バカとは意味が違うんですよね。愛情が込ってる。僕、好きです…」

 雨音は怒鳴られても、嬉しそうな顔をした。


「アホ!! アホ!! 何言うてるねん!! なんで行かへんの!?」

 酒井が怒鳴る。

 雨音は酒井の懐に手を入れ、鬼の腕を取り出した。

 ピクピクと指を動かし、鬼の腕は今も血色がよかった。


「それは…」

 酒井が何か言いかけ、雨音は微笑んで、

「もういいんです。山上さんに見てもらいたかったんだけど」

 と、言った。


 雨音は鬼の腕を、一番燃え盛っている炎の中へ投げた。

 鬼の腕が炎に落ちる。



 炎が…消えた。

 ぷっつりと糸が切れたみたいに、場面は異界から、土砂が崩れた僧正ガ谷へ戻った。

 燃え上がる寺はもうない。

 紫がかった夕空もない。

 ただ、酒井の足の上に土砂がかかっていた。



 異界の寺の山門が見えた方向に、今、あの壊れかけた古い鳥居があった。

 土砂が流れて鳥居が半分埋まり、傾いていた。

「酒井さん! あれです、今すぐあそこを通る!!」

 鬼の隙を突き、雨音が酒井に肩を貸して、二人必死に走って鳥居を抜けた。


 その時、最後の土砂崩れが起き、たくさんの木々を根こそぎ押し流した。

 岩が彼等のいた場所を潰し、谷底へ転がり落ちた。



 雨音は火が消えたのを見て、

「鬼の情けですね…。妻の腕を焼きたくないと言う…」

 と、話した。

 彼はわざと、鬼の腕を火にくべたのだ。


「助かった…」

 酒井は疲れて、座り込んだ。

 本当にきわどいタイミング、ギリギリだった。



「まだ何とも言えないんですけど。旭さんと隆一さんがどうなったか…。咲良ちゃんは無事なのか…」

 雨音が呟くと、酒井は疲れた体に鞭打って、よろよろと立ち上がった。

「そうやったな。はよ行こう」

 彼は片足を引き摺って、杖を頼って歩いた。


「その杖、役に立ってますね…」

 雨音が吹き出した。

「うるさいやっちゃな。その刀、早くしまえ。観光客がいるからな…」

 酒井が地面から刀のケースを拾い上げた。

 天狗が落としていったようだ。

 雨音が鬼切を鞘に納刀し、ケースに戻した。





 紅葉とコマチ、神谷先生と旭の四人は、鞍馬寺の奥の院・魔王殿に到着した。

 僧正ガ谷が崩れた為に、その先には進めない。


 魔王殿の前では、慌てて山を下りてきた人達が休憩していた。

 紅葉は雨音と咲良のことを案じ、ハラハラした。


 でも、不思議なことに、咲良が魔王殿の裏から出て来た。

「紅葉ちゃん!!」

「咲良ちゃーん!!」

 咲良と紅葉が抱き合った。


「紅葉ちゃん、コマチさん、先生も無事だったんだ!? 鬼に連れてかれて、心配したよ。紅葉ちゃんが鬼と入れ替わったこと、私、最初全然気付かなくて…。紅葉ちゃんが急にキツネっぽくなったなぁ…、とは思ってたんだけど」

 咲良は早口に、週末までのことを説明した。


「咲良ちゃんこそ、無事でよかった…。旭さんが、咲良ちゃんがまた行方不明になったとか言うから…」

「紅葉ちゃん…、髪を切っちゃったんだ…」

 咲良は紅葉の綺麗な髪が、ばっさり切られていることを残念がった。


 旭が、

「咲良ちゃん。雨音と酒井さんと隆一は!?」

 と、聞いた。


「わかんないです。私、天狗に攫われて…、この近くに降ろされたんで。雨音くんは鬼女を、憑りつかれてた女の人ごと斬っちゃって…。そうだ。雨音くん、三つ目になってましたよ!?」

 咲良が旭に答えた。


 旭は石段を駆け上がっていった。

 彼は仲間が心配で、夢中で走った。



 紅葉は咲良と向き合って、

「咲良ちゃん、大変やねん。鬼がどんどん復活していってるの。山上さんがしゅとーん部で言うてはった、安部晴明が封印した鬼の話。あれ、ほんまの話とちゃう!?」

 と、話した。


「そうだよ。十二の鬼。眷属(けんぞく)はもっといっぱいいるみたい!」

 咲良が山上から聞いた話を、紅葉に伝えた。

 それと、復活してしまった鬼・神王についても話した。


「咲良ちゃん、あいつら、許せへん。うちらに何が出来るかわからへんけど、何とかしなあかん」

 紅葉は真剣に怒っていた。

 咲良は言葉が思い浮かばなくて、紅葉を見詰めた。


 紅葉は、

「全部の鬼が復活してしまう前に、私、あの刀をうちの父親から借りて来る。…雷帝やったっけ? 呪いの刀…。あれを使おう」

 と、渋っていた古刀を持ち出す決心をした。


「紅葉ちゃんが鬼を斬るの? …でも、一応、鬼の言い分も聞いてみたら? 結構、可哀相なんだよ」

「マナブのことも、そんな風に思ってるの? 放っといたら、菊井くんや江津くん、三木先生みたいに、また誰かかが死ぬんやで!! それでもええの!?」

 紅葉は咲良の反対に、逆に驚いた。



「紅葉ー。早く雨音くんを助けに行こうよー」

 コマチが急かした。

「崖が崩れてるんやし、消防の人に任せよう。危ないって。君らで鬼退治!? そんな無茶な!!」

 神谷先生は不安を感じ、彼女達の行動を止めた。


「助けに行こう。もう、はぐれたらあかんで!」

 紅葉が咲良と手を繋いだ。

「うん…!」

 咲良は紅葉に従った。





 不動堂へ行く道は封鎖されている。

 紅葉達も、ここから先はしばらく立ち入り禁止だと説明された。

「友達が崖崩れに巻き込まれたかも知れないんです」

 彼女達は強引に、抑止を振り切って突き進んだ。


 崖崩れの現場で、彼女達は雨音と酒井を呼んだ。

 返事はなく、静まり返っていた。


 彼女達は不動堂を目指した。



 鞍馬の緑濃く茂った森、薄暗い木の根道。

 曲がりくねった細い道は見通しが悪い。

 牛若丸が天狗相手に、剣の稽古に明け暮れた場所。

 木の根がヘビのようにうねり、眼鏡をなくした紅葉は、何度も蹴躓(けつまず)いた。



 巨木の間から、不動堂の建物が見えてきた。

 不動堂の手前で、彼女達は異様な気配を感じ取った。


 妖気が渦巻いている。

 それから、ひどい悪臭がした。

 魚か、生ものが腐ったような匂い。


 そして、木の根が這う地面に、人間のバラバラの手足が落ちていることに気付いた。

 観光客の遺体。

 彼女達は妙な息遣いを聞いた。

 フーッ、フーッと息を吐く、獣。


 彼女達の視線が釣られ、自然と木の上に上がった。

 細道から逸れた巨木の幹に、黒い影がある。


 人間の体をくわえ、樹上に引き上げている虎のような鬼。

 咲良はその鬼を、二度見たことがある。

 一度目は、自宅のお寺で。

 二度目はしゅとーん部の横手の、東雲(しののめ)神社で。

 狛犬を装っていた鬼が動き出して、雨音に食いついたのが数日前。


 悪臭放つ舌長の鬼が、木の上でバリバリと人間を食い始めた。

 骨を噛み砕き、内臓をクチャクチャ噛みちぎる音が、静かな森に響いた。



「隠れて!! その鬼は実体がある!!」

 旭の声が茂みの向こうから聞こえた。

 茂みに向かって、点々と血が滴った跡が続いていた。





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