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弐伍 百目 対 三つ目


 紅葉達は鬼の封印を捜して、船岡山を回り、八坂神社まで来た。

 紅葉が父親から聞いた話をして、魔除けの言葉か、祝いの言葉か、

「イヤサカ…」

 と呟いて、楼門を通った。


 その瞬間、風船がぶるぶるっと震えるように、空気が震動した。

 異界の門が開いた…。



 眩しい光に、咲良は立ち(くら)みを感じた。


 ギィ、ギィ、ギィ…。

 細めた眸は眩さの向こう、木製門扉が軋みながら開いていくのを見た。

 咲良は千年前の幻を垣間見る。


 雷が鳴り、夜空に稲妻が走る。

 大粒の雨が降り出し、楼門を濡らしてゆく…。


 楼門の外から、鬼がぬっと顔を出す。

 眼だらけの、百目入道(ひゃくめにゅうどう)…。


 紙袋を被ったような、四角い頭。

 首のくびれなく肩に繋がり、顔の前も後ろも目が二列に並んでいる。

 僧衣は破れ、袂がちぎれている。

 腕にも指にも、墨で下手くそな目が描かれている。


 (へそ)の位置に大きく裂けた口があった。

「おことは何者じゃ…? (わし)を見たかぁ…!?」

 百目入道が問う。

 雲のように膨らんで、見上げるような巨人になる。


 咲良はガチガチ震え、

「見たぞ、しっかと見たぞ!!」

 と、叫び返した。

 彼女はいつの間にか、平安時代の貴族の姫のような格好をしていた。


 百目入道は、

「見たかー!? 見るなァー!!」

 と、矛盾したことを喚いた。

 彼は破れた僧衣で、上半身の百目を隠そうとした。


 彼は咲良の視線が耐え難いとばかりに、急に萎んで、楼門の外へ走り去った…。




「すごい人やねぇ…」

 紅葉の声が、咲良を現実に引き戻した。

 八坂神社は外国からの観光客がいっぱいで、伏見稲荷大社と同じぐらい混雑している。

 雑音で音楽が聞こえないみたいに、人の気配が多くて鬼の気を読み取れない。


「当たり前だけど、八坂神社に鬼は居そうにないですね。鬼を祓ったり、祀って鎮める側ですもんね」

 旭が言う。

「だからこそ、鬼を封印してるってことはないですか?」

 紅葉は周囲をキョロキョロした。


 彼女達と反対方向から、若い女の子のグループが走って来た。

「四条通りの鬼、来たぁー!! 見に行こー!!」

 女の子達がスマホの画面を見ながら、笑顔で駆け抜けていく。


「鬼!?」

 紅葉が思わず振り返った。


「コマチちゃんが言ってたやつだ! ちょっと見て来る!!」

 咲良が女の子達の後を追って、四条通りへ駆け出した。

「えっ、咲良ちゃん、待って…。君って、ほんま、自由人やな…」

 紅葉達が慌てて、咲良を追いかけた。





 四条大橋の方から、咲良に何かが迫ってきた。

「何だろう?」

 前方で人々が左右に分かれていく。


 幼児の泣き声がした。

 どよめきが起きて、有名人を歓迎するみたいに、

「鬼だ!! 出たぁー!!」

 誰かの嬉しそうな声が耳に入る。

 カメラやスマホのシャッター音が鳴った。


 目の前が左右に開けた時、四条大橋の歩道に黒いマントが見えた。

 鬼は三匹。

 手には金棒。

 先頭の男は目深にフードを被っているが、鬼の赤い面を付けているようだ。


 紅葉は唾を飲み込んだ。

「鬼や…。めっちゃ、わかりやすい格好してる…」


 四条大橋のたもとで、旭が雨音に聞いた。

「何だよ、あれ!? 映画の撮影? 特殊メイク?」

 雨音は落ち着いて、

「いや、あれがあいつの素顔だと思いますけど…」

 と答え、肩からそっと刀ケースを下ろし、抜刀に備えた。



 紅葉達は人の流れに押され、鬼に道を譲った。

 彼女達の背後でも、人混みが二つに分かれていった。


 二番目の鬼は、黒いマントのフードの中身、首から上が無い。


「首がない…って、雨音、あれはどういうトリックなんだよ!?」

 旭が喚き散らす。

「死体だ…。マナブさんが…老ノ坂に供えてた…生贄…」

 雨音は誰にも聞こえないぐらいの小声で呟いた。



 三番目の鬼は、紙袋を被ったような四角い頭で、首のくびれなく肩に繋がる。

 破れたマントの穴から、裸の上半身が見える。

 頭から腰まで、左右の目が前二十段、背面にも同じ数が描かれている。

 腕と指先にも、墨で描かれた切れ長の目。


 目は全部で百個。

 描かれた眼が瞬いたり、黒目がバラバラに動いたりしている。 


「気持ち悪い…。あれはどうなってんの!?」

 旭が雨音に聞く。

 百目の男が首をよくわからない位置で捻り、旭を睨んだ。

「着ぐるみだよ…。わかんねーのか?」

 百目の声は、臍の辺りから聞こえた。


「これ、マジ本物の鬼だろ?」

「旭さん、すぐ酒井さんに連絡…」

 雨音が言いかけた時、先頭の鬼が振り返った。


「源次…。こんなところで、おぬしに会うとは…。千年を経てよみがえったのに、またこの世でおぬしに会えるとは思わなかった…」

 鬼の面と思われていた男の顔が、話す度にリアルに動いた。

 それに伴い、頬骨の下に笑い皺が寄った。

 彼から妖気が溢れ出し、辺りを支配的に包む。



「鬼…、封印が解けた鬼だ……」

 紅葉は膝から力が抜けて、歯がカチカチ鳴った。

「大丈夫だよ、紅葉ちゃん。私達、山上さんにもらった御守りを持ってる…」

 咲良が紅葉を支えた。


 雨音は大勢の人が注目しているので、鬼切を抜かなかった。

「人違いだと思いますよ。僕はそういう名前じゃない」

 と、すっとぼけた。


 先頭の赤い顔の鬼は、フードを脱ぎ、素顔を晒して嗤った。

「ふふははは…。その返事、それもよかろう…」

 鬼は泣き出した子供の頭を撫でた。

 子供は余計に泣きじゃくった。



 鬼が通ったところに、青い(しずく)が落ちていた。

 咲良はその滴に目を凝らした。


 滴が動き出し、小さな鬼となって、ふくよかな腹を揺すって歩いた。

 小鬼は青い全身に、奇妙な赤いプツプツがあった。

 この小鬼は次々と、周囲の子供達の口の中へ飛び込んでいった。


「あっ!! 小鬼が…!!」

「何やろ?」

 紅葉も小鬼を注視した。


 鬼が人混みを割り、進んでいく。

 そして青い滴が垂れていく。

 青い滴は小鬼になって、子供達に憑りついていく。



 咲良は興味半分で小鬼を摘み上げ、デコピンした。

「咲良ちゃん、その小鬼に触らないで! 穢れが感染(うつ)るよ!!」

 雨音が咲良の手を叩き、落ちた小鬼を、刀ケースの底で押し潰した。

 小鬼は簡単に塵になった。


 咲良は走って行く小鬼を、靴で踏み潰そうとした。

 小鬼はぺちゃんこになったが、塵にならず、また膨らみ、滑稽な仕草で駆け出した。


「キリがないよ、咲良ちゃん。それに、(はた)から見たら変やで。普通の人からは、小鬼が見えてへんから」

 紅葉が咲良に教えた。

「そうなの?」

 咲良はびっくりした。

「何の話ですか? 僕にも見えませんけど」

 彼女達にハッキリと見える小鬼が、旭には見えないらしい。



 そのうち、青い小鬼が咲良の口に飛び込み、紅葉の口にも飛び込んできた。

「オエッ」

 二人は吐き出そうとした。

 でも、何故かゴクンと飲み込んでしまった。


「うわぁ、小鬼を飲んじゃったー!!」

 二人は舌を出して、互いに口の中を覗き合った。

 鬼は体内に入り込み、もう見つからない。


 小鬼は四条通りのあちこちを跋扈(ばっこ)していた。

 それらは子供や妊婦の口に飛び込み、あるいは高齢者の髪や皺に潜り込んでいった。





 しゅとーん部の道場で、紅葉達は山上を上座にして囲み、これからどうするか話し合った。


「船岡山の封印は、かなり前に解けてしまったんじゃないでしょうか? 四条で見たあの鬼は、千年前がどうとか言ってた。十二の鬼と関係あるでしょ? 今は人間に憑りついてて実体ありますから、すぐに三匹とも斬りましょう!」

 雨音が主張した。


「あかんな。また人間だけ殺して、中身の鬼に逃げられるぞ。雨音、学習しろよ。おまえが正当防衛でも、俺はそれを証明してやれへん。こと、鬼についてはな…」

 酒井が反対した。


「あの小鬼を飲んだ子供達、どうなるの? 私と咲良ちゃんも飲み込んでしもた…」

 紅葉はとても心配した。


「僕、さっき思ったんですけど。橋も異界の入り口なわけで。橋って、結構ヤバいですよね」

 雨音が考えながら言う。

「どうして?」

 咲良は意味がわからなかった。

「毎日、たくさんの人が通るよね。人の念も通ってるでしょ。ネガティブな念も含まれる」


 山上がタバコの煙を吐き、

「京都の正面玄関は、京都駅やな。平安京の入り口・羅城門はもう無いけど、今は最大のエネルギーの流入口・京都駅が、羅城門跡のすぐ近くにある。何か、不思議な因縁感じるなぁ…」

 と、呟いた。


 紅葉はゾッとした。

「もし、羅城門に封印されてた鬼がいたら、京都駅のせいで早うに封印が解けてるかも、ってことですか?」


「一年前、京都駅に雷落ちましたよねぇー。避雷針無視して、変なとこに…。それで停電になって、新幹線が停まって…、最悪で」

 旭が何か思い出した。

「あれか…。あかんな。あれは…」

 山上は苦虫を噛んだような表情になった。



 すると、突然、雨音が、

「僕、今日は用事があるんで…、お先に失礼します」

 と立ち上がり、鬼切を持って出て行った。


「おい、雨音!!」

 山上が呼んだが、彼は止まらなかった。

 山上は小さく舌打ちした。



 咲良は何となく、わかっている。

 雨音は我慢出来なくて、三匹の鬼を斬りに行った。

「雨音くん、大丈夫かな?」

「彼、何を考えてるんかな。大体、鬼切盗んだことにしたって、一人で先走り過ぎやん…」

 紅葉は戸惑っていた。





 翌週。

 学校からの帰り道。


 雨が上がり、咲良が傘で素振りをしながら歩いている。

 紅葉は苦笑い。

 咲良は教えてもらった組太刀の型を覚える為に、傘でイメージを繰り返す。



 コマチが二人を追いかけてきた。

「ね、聞いた? 京都で麻疹(はしか)が流行の兆し。幼児を中心に、久しぶりの流行かもって!」

「見たよ。テレビで…」

 紅葉は昨夜のニュースを思い出す。

 乳幼児の肌にびっしり浮かんだ、赤いプツプツ。


 咲良は四条通りの鬼が撒き散らした、青い小鬼を思い出した。

 赤いプツプツがあったのだ。


「もしかして、あの鬼の正体は…疫神だったのかな!?」

 咲良は焦った。

 紅葉も同じことを考えていた。

「ひょっとして…、うちらもヤバい!?」


「ふふん、やっぱり、鬼が関係してるんでしょ!? そう思った!」

 コマチが二人の顔色を見比べた。


「ちっちゃい時にワクチン打ったやん? ほな、たぶん大丈夫。平安時代ならたくさん死んだかも知れへんけど、今はそんなに怖い伝染病とちゃう!」

 コマチが咳払いして言った。


「そやな。たかが麻疹。蝦蟇麿(がままろ)の毒気より、怖ないわ」

 紅葉は自分に言い聞かせながら、胸の内では不安が広がっていた。





 夜も更け、十二時頃。

 先斗町(ぽんとちょう)の石畳を睨み、雨音が歩いていく。


 独特の雰囲気がある京の花街、粋な料理屋や小さなバーが密集している。

 和紙から漏れる、温かみのある灯り。

 古びた木の色を再現した、格子戸や看板。


 雨音は下ばっかり向いていて、細い道で人とぶつかりそうになる。

「こら! 高校生が制服で、こんな時間にうろつくな…。はよ帰って勉強せぇ!」

 酔っ払いに怒鳴られる。



 雨音は青い小鬼を追いかけている。

 一軒の小料理屋から小鬼が出て来た。

 小鬼は酔っぱらったような千鳥足だ。


「ここか」

 雨音が格子戸を引き、中を覗いた。

 黒の長いエプロンをした大学生のアルバイトが、一人きりの雨音を見て、

「未成年の方はちょっと…」

 と、断ろうとした。


 雨音は、

「…鬼を捜してるんですが」

 と、言った。


 女の子は雨音の眸を見詰め、急にクラクラと眩暈(めまい)を覚えた。

 無意識のうちに、彼女は答えていた。

「二階の個室に居ます…」

「…ありがとう。ちょっとお邪魔します」

 雨音が強引に、中へ入った。


「テーブル席は予約でいっぱいなんで…、カウンターでもいいですか…?」

「僕、二階がいいです…」

 階段の踊り場の棚に飾られた竹の一輪挿し、青紫の桔梗が咲いている。

 小鬼が二、三匹、また階段を降りてきた。


 雨音の横を通り、若い夫婦が階段を昇っていく。

 女性はお腹が大きい。妊娠八カ月ぐらいか。

 小鬼が女性の足に食らいつく。


「二階の個室は…もういっぱいで…」

 アルバイトの女の子は眩暈で、ふらふら体が揺れた。

「鬼といっしょの個室でいいんですけど」


 雨音が額の絆創膏を剥がした。

 彼の額の中央に現れた鬼眼、一つの白目に二つの眸が向き合う。


 鬼眼が金色に光って、妊婦に食いついた小鬼を睨んだ。

 いきなり、小鬼の全身がボッと発火した。

 めらめら燃えて、小鬼が消えた。


 女の子はその場に崩れ落ち、失神した。

 雨音は女の子を跨ぎ、刀ケースの鬼切を掴む。


 彼は足音を忍ばせて、階段を昇って行った。





 二階の突き当りの個室。

 凝った床の間がある座敷で、格子窓から先斗町通りが見下ろせる。


 祇園囃子(ぎおんばやし)がどこからともなく聞こえ、赤い鬼が合わせて、箸で皿を叩いた。

「コンチキチン…」

 ほろ酔いの鬼の傍ら、日本酒の空き瓶がごろごろ転がっている。

 肉や肴の代わりに、料理人のバラバラ死体が盛られた皿がある。


 狭いはずの空間が奇妙に伸びて、数十の鬼が居た。

 鬼の宴だ。


 まず、赤い顔に白髪、黒いマントの鬼。

 隣には、首無しの鬼。

 首無しは腹部に目と鼻と口があり、腹の口で酒を飲んでいた。

 百目の鬼も、臍の辺りにある口で酒を飲み、料理人の足を掴んで、太腿の肉を食いちぎっていた。


 彼等の脇に、顔に目がなくて後頭部に目がある、後ろ眼の法師。

 その隣に、地面まで引き擦る耳たぶの持ち主、長耳。

 更に、拳ほどの小さな頭に異様に長い手足の鬼、長股。

 長股は、今日もウェストが何周か捻じれている。


 バクみたいな、アリクイみたいな謎の毛皮の鬼がいる。

 今夜は百鬼夜行どころじゃない。

 みんな、酒を飲んで酔っ払い、唄い踊る。


 地底の鬼屋敷から来た魚の鬼と、鞍馬から来た火ネズミが杯を交わす。

 顔が福笑いのようにデタラメな、醜女(しこめ)の女官が給仕する。

 ムジナに亀、(いぬ)の霊。

 部屋のあちこちに鬼火が揺れる。


 頭が長く伸びた、着物姿の猫化け。

 子供の二本脚が伸びた、唐傘。

 老婆の妖怪が皺だらけの赤ん坊を抱き、透明の鬼が他の鬼の下駄を盗む。

 寺のツクモガミが読経したり、舞楽の面が顎をカタカタ鳴らしたりしている。



百足(むかで)大臣(おとど)…。…それで、そのマナブと言う若い男が、獅子王・学瀛(がくえい)を宿していると…?」

 百目入道が腹の口で、料理人の肉を骨ごと噛み砕いた。


「さよう、百目入道。変わり者の学瀛は、学者のマンションに転がり込んでいる…。神王(しんのう)と鶴の上は鞍馬を出て、火の里へ向かわれた。虎の鬼・舌長は、地底の鬼屋敷に戻った…。亀岩(かめいわ)は未だ封印が十分には解けず、池に縛られている」


 百足の大臣と呼ばれた赤い鬼は皿を叩き、上機嫌で祇園囃子を口ずさんだ。

 疫病(えやみ)の鬼なのに、祇園囃子を唄うとは。



「百足の大臣、学瀛の兄の…愛宕の天狗はどうなった?」

「まだ不十分だ…。九角龍王も不在。残るは、(ぬえ)土蜘蛛(つちぐも)…」


 百足の返事を聞き、百目入道は指を十回折り、獅子王、神王、虎の鬼、亀岩、百足、首無し、愛宕の天狗、九角龍王、鵺、土蜘蛛まで数えた。

 自分を入れると、十一になる。


「それから…最後に…」

 百目入道が言いかけたところで、百足が人差し指を立て、

「しぃっ…」

 と、制した。


 一斉に鬼が黙り込んだ。

 座敷の外は賑やかで、他の個室の客の話し声が聞こえた。



 百目入道が(ふすま)に手を掛けた。

「源次ぃ…。入って来いよ。こっちはみーんな、揃ってるぞぉ…」

 勢いよく、ぱっと襖を開けた。





 雨音が鬼の宴を見渡した。


 百足が雨音の額の鬼眼を見て、げらげら嗤った。

「これは異なものを。一つ目の鬼の目を奪ったか、最後の力で憑りつかれたか…。それとも、我等、鬼の仲間入りか? 源綱(みなもとのつな)、源次…」


 雨音は思い切って、座敷に乗り込んだ。

百足むかで大臣(おとど)。怨みに怨んで、平安京を祟り潰したくて仕方なかった鬼…」

 と、呟く。



 首無しの鬼が雨音を出迎えた。

「酒でも飲まぬか、源次。私の失くした頭部を知らぬか? 斧で首を斬られてな…。私の頭部はヤマシロ川を越え、北へ飛んで行ったのだ」


「あなたの首は、老ノ坂まで飛びました。酒呑童子の首を埋めたという、伝説の首塚の辺りですよ」

 雨音が首無しに答えた。


「あなたはマナブさんが備えた生贄で目を覚ました…。その体は、死体の食い残しで作ったから、頭が無いんだ…」

 彼が指摘すると、首無しは腹の口で嗤った。

「その通り。既に腐ってきておる。臭くてかなわぬ…」

 手を腹に差し込み、糸引く腐肉を摘んだ。


「百足の大臣。私は首を捜しに、ちょいと老ノ坂まで行って来る」

 首無しは格子窓の、間隔が僅か2センチの格子を通り抜け、夜空へ飛翔した。



「首無しの(きみ)!!」

 百足が叫んだ。

 彼は慌てて雨音を振り返った。

「源次、我を斬りたくば、斬れ。我が血から町中に、疫病(えやみ)の小鬼、(わざわい)の小鬼が溢れるだろう…」

 百足が脅した。

 疫病も、恐らく麻疹だけでは済まない。


 雨音はがっかりした。

「僕らはあなた方を祀ってきた…。あなた方は怨みから鬼となった。でも、遥か昔のことだ。少しでも悲しみが癒えるように祀ってきたのに、何故、また祟るんですか?」


「生意気なんだよ、てめぇ…」

 百目入道が数珠を握り締め、前に出た。



 雨音と百目の周囲に、暗闇が広がった。

 彼等は周囲から切り離された。


 百足は宴会に戻り、鬼達も再び酒を飲み出した。


 百目の破れた黒マントは暗闇の中で、血だらけの袈裟に変わっていた。

 百目の顔にも血が飛び散り、墨で描かれた百の目が雨音を追っていた。


「儂を見たかぁ…? 源次ぃ…」

 百目入道が問いかけた。


「しっかり見ました」

 雨音が受け答え、瞬時に鬼切を抜刀した。


「おのれ、許すまい…。儂を見たからには…殺す」

 百目入道が低い声で唸り、数珠をぶるぶる握り締めた。





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