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壱捌 鬼女・鶴の上


 咲良は雨音から聞かされた、山上家に伝わる鬼の話に、衝撃を受けた。


 雨音は何かに憑りつかれているように、そのまま話し続けた。

「三つ子を産んだ母親は、産後が悪くて、すぐ死んでしまった。…それでも、山上神社の祝部(はふりべ)は三つ子の誕生を祝った」


 宗像大社のタギリヒメ・タギツヒメ・イチキシマヒメの神が、それぞれ沖津(おきつ)宮、中津(なかつ)宮、辺津(へつ)宮に祀られているように。

 黄泉から戻ったイザナギが川で(みそぎ)して生まれた、住吉大社の海神(わたつみ)が、底ツツノオ命、中ツツノオ命、表ツツノオ命と三柱であるように。


 アマテラス、ツクヨミ、スサノオの他にも、三という数字が何度も日本神話に出て来る。

 三は神聖な数字だ。



「三つ子の長男と父親は、都に出て藤原氏に仕えた。次男が遠い故郷で神官になって、三男も地元のお寺で僧になった。父親と長男は陰謀に巻き込まれ、反乱に加担した罪で殺されてしまったんだって……」

 雨音が吐息をつく。


「父親と長男の無実が死後に明らかになり、三男・学瀛(がくえい)が京に招かれ、大寺院で修行することになった。学瀛は父と兄の復讐を企んでると密告されて、実際はそんなことなかったのに、当時の権力者の都合で流罪になる…」



 咲良は何かを思い出しそうだった。

 何故だか、どうしてもマナブの顔が浮かんだ。

 マナブに似た赤毛の鬼が、

「ともに来てくれぬか…」

 と、泣きそうな顔をしている。


 彼の背景に、どこかのお寺の仏塔と楼門が見える。



「流罪はギリギリのところで(ゆる)される。学瀛は少しずつ、精神が壊れ始め…」

「…それで、学瀛は鬼になって、神官のお兄さんに殺されちゃったの?」

 咲良は泣きそうになった。


「美し過ぎる三兄弟だったらしいよ。…咲良ちゃん。マナブさんとイメージが被る?」

 雨音が聞いた。

「うん……」

 咲良は我慢出来なくなって、ぽろぽろ涙を零した。



「咲良ちゃん…」

 雨音の声の調子が変わった。

「…退()いてッ!!」


 雨音が左手で咲良を伏せさせた。

 彼は鬼に対し、彼女を盾にして死角を作っていた。

 その彼女を急に伏せて、太刀・鬼切を全身の動きに載せ、流れるように閃かせる。



 彼の太刀は(ほこら)の前にある獅子と狛犬の石像のうち、片方を斬り付けた。

 去年の台風で狛犬の石像が壊れたから、そこに二つ石像があるはずがない。


 鬼だ。



 フーッ、フーッ、獣じみた息遣いが祠の屋根から聞こえる。

 鬼が石像のように身を丸めていたが、全身を伸ばし、祠の屋根に跳び移っていた。


 咲良は転がった地面で、祠を振り返った。

 彼女は雨音が自分を斬ろうとしているのかと思って、緊張していた。

 雨音の抜刀は、最初から、石像のふりをした鬼が狙いだった。


 鬼は祠の千木(ちぎ)に三本指の足を掛けて、鬼火に顔を曝した。





 その鬼は眉のない特徴的な顔で、広い額に何本も角が並ぶ。

 尖った大耳、目玉はギョロッとでかいが、黒目が小さく、歯はガタガタで隙間だらけ。

 鼻は虎。

 全身毛むくじゃらで痩せて筋張り、着ている狩衣はぼろぼろ。

 口から長い舌を出し、四つん這いで歩く。


「あっ…! 舌長(したなが)の鬼…!」

 咲良が呟く。

 彼女が首塚神社で負傷した後、自宅に現れた鬼だ。



 舌長の鬼が毒のように臭い息を吐く。

 鬼切で切られた額の傷から、血が流れていた。

 長い舌で自分の血を舐め、鬼が雨音を見た。

「源次ぃ…。久しぶりじゃのぅ…。一つ目も蝦蟇も、おぬしが殺したか…?」


 雨音の体を借りた源次が返事した。

「舌長。おまえは相変わらず、口が臭い…」

 彼は鼻を摘んで、片手で扇いだ。


 咲良は這って離れ、様子を見守った。



 舌長の鬼は虎のように悠然と歩き、屋根から参道へ跳んだ。

 雨音とは一定の距離を置きながら、隙を窺う。

 渦巻いて浮かぶ鬼火が、薄闇で鬼と雨音を照らし出す。



 咲良は歌川国芳の絵を思い出す。

 まさしく、あの場面だ。


 鬼と対峙する渡辺綱。

 違うのは、彼が高校の制服を着ていること。

 この渡辺綱には、髭がないこと。



「あの長い舌で、人の魂を絡め取る…」

 雨音が太刀を構え、咲良に囁いた。


「気を付けて…、雨音くん…!」

 咲良は祈るような気持ちだった。



 舌長の鬼が長い舌をゆらゆら動かした。

 まるで、獣の尻尾が口から生えたみたいだった。

 舌は単独の生き物のように、先を持ち上げてゆらゆら揺れた。


「ふひひ、ははは…。かつて、おぬしに切られた舌が、千年でこんなに伸びておるわ…」

 舌長の鬼が言った。

 舌からヨダレが滴り、強烈な悪臭が周囲に広がった。


 舌長の鬼が虎の動きでジャンプした。



 鬼は雨音より大きかった。

 もし二本脚で立ち上がったら、身長は二メートルぐらい。

 雨音に跳びつき、ガツンと、尖った爪の前脚で伸し掛かってきた。


「この鬼、実体がある…」

 雨音はよろけた、そして足を踏み替えて、ポジションを変えた。

 相手のバランスを崩す位置へ、そして自分の体重を一瞬載せる。

 雨音は鬼切の下側に入り、瞬時に刃を返す。


 舌長の鬼は鋼のような体を武器にしてきた。

 鬼の腕が金棒、爪は刃物、膝は木槌(きづち)と同等の威力がある。

 雨音は鬼の膝蹴りをブロックしたが、パワーと体重が違い過ぎて、後ろに吹っ飛んだ。



「雨音くん!!」

 咲良が悲鳴を上げた。

 すぐ間近で、鬼が雨音の腕をくわえる。

 鬼は神社の(やぶ)の方へ、雨音を引き摺り込もうとしている。


「あなたも人間だったんでしょ!? 違うの!?」

 咲良が鬼に向かって叫んだ。

 鬼がくわえていた雨音を放し、咲良を見た。


「すごく悲しい思いをして、鬼になったんじゃないの!?」

 咲良が昂ぶって叫んだ。

 鬼は鼻で嗤い、

「おぬしに何がわかる? 引っ込んでろ…」

 と、言った。


 鬼が虎のような、猛獣の唸り声を響かせた。


「…わかんないよ! 私も鬼になりかけたけど、人を殺すことなんか思いつかないよ!」

 咲良がいきなり立ち上がって、雨音に腕を引っ張られた。

「咲良ちゃん、下がってて!」

 雨音のシャツが裂け、腕から血が出ている。



 鬼は片目だけ細め、咲良を嘲笑った。

「マナブの話をしておったな。…そうじゃ、その学瀛なる僧がマナブよ。時代の寵児、悲劇の天才が狂ってゆき、最後は鬼と化した。追い詰めて、かの者を人食いの鬼にしたのは、おぬしらじゃ…」


 咲良は悩んだ。

「…とても悲しいけど、それだけじゃ納得出来ない。どうして、鬼は怨む相手以外も殺しちゃうの?」


 舌長の鬼はぐっと詰まった。

「黙れ。学瀛はおぬしを好いていた。おぬしも哀れな男を死なせた…」

 鬼は雨音に向き直り、

「源次。一つ目と蝦蟇の仇、覚悟せい。こう見えても、鬼というのは人間より義理堅いものじゃ…」

 と、舌を繰り出した。


 目に染みるほどの悪臭が漂った。

 咲良は吐き気を感じ、気を失いかけた。



「みんな事情はある。可哀相という言葉では片付けられないね」

 雨音は鬼より冷たいことを言った。

 彼は両膝を着いたまま、舌長の鬼の1メートルはある舌を切り飛ばした。


「ふぐぁっ!!」

 鬼が声にならない叫びを上げた。


 鬼が思わず、雨音に掴みかかる。

 雨音は鬼の腕を鬼切で、こめかみの高さで()り上げ、刃で受けた。

 こめかみの高さを、カスミと言うらしい。

 擦り上げから鬼切の切先を、舌長の鬼の喉に突き込む。

 雨音は喉元から脳幹を狙って、下から斜めに突き上げた。


 だが、雨音は途中で手応えを失った。



 鬼は辛うじて、脳幹に達する直前にのけ反り、致命傷を避けた。

 普通の人間なら、とうに絶命している。

 しかし、鬼はそんなに簡単に、頭の芯を突かせてくれなかった。



 雨音は震撼する。

 ひゅっと風が鳴った。

 鬼の気配が彼の真後ろに出現した。

 雨音は背後から鬼の羽交い絞めに合い、刀の刃が己に向かう。


 雨音は手首を返そうとして、力を込めた。

 鬼が柄と刀の峰に手を添え、鬼切を雨音の喉元に引き寄せる。

 ギロチンのように、刃が雨音に迫る。

 鬼の力には勝てない。



「…くっ」

 雨音は身を沈め、太刀を鬼の勢いのまま、頭上で旋回させた。

 鬼は避けて、後方へ跳んだ。


「また会おう、源次…」

 舌長の鬼が舌のない口で、息を吐いて囁いた。



 鬼は神社で一番高い杉の大木に向かい、バリバリと音を立てて、空間を破った。

 舌長の鬼は咲良の部屋でも、壁に空間の穴を開いたことがあった。

 鬼はこの世の空間を紙のように引き裂いて、異界へ立ち去った。




「消えた…」

 雨音が汗だくで呟いた。

 腕から血が流れ、舌長の唾が飛んだ彼の皮膚に火傷が出来た。

 強い酸がかかったみたいに、水ぶくれになった。

 雨音はへとへとで、地面に手を着いた。


「ねぇ、雨音くん。どうしても、鬼を全部殺さなきゃダメ!?」

 咲良は鬼に同情し、マナブや舌長が可哀相だと思った。

「ねぇ、菊井くんの時もそうだったよ。なんで殺さなきゃいけないの? 他に方法はないの?」



 雨音の中から、源次が抜けていく。

 彼は元の優しい少年に戻っていく。

 火傷がヒリヒリ痛んだ。


「咲良ちゃん…、あいつは何十人も、人間の魂を喰ったんだよ…」

 雨音は敏感に咲良の感情を感じ取り、少し落ち込んだ。


 彼は咲良を助け、護ってあげたのに、彼女は鬼を(あわ)れんでいる。

 それは千年前、源次が学瀛を捕えた時も、学瀛が死んだ時も同じだった。





 ようやく、山上が駆けつけた。

「雨音、無事か!? 咲良ちゃんは?」

 山上はただならぬ空気を、境内から嗅ぎ取った。


「山上さん、また鬼が出たんです。…逃げられました。結構強かった。一つ目の鬼やカエルの鬼より…」

 雨音は腕の傷を押さえた。



 鳥居の前に、酒井の車が到着した。

 助手席から、会社帰りの(あさひ)が降りてきた。

 旭はグレーのスーツにネクタイの、普通のサラリーマンだ。

「咲良ちゃん。山上さんから聞いた。お寺まで送るよ」

 運転席の窓から、酒井が言う。


 旭は雨音の怪我を見て、

「鬼が出たって、マジ? 鬼なんて本当にいるのー!? おまえ、一人で鬼と戦ったの? バカかー?」

 と、騒いだ。

「鬼を旭さんに見せたかったですよ。呼びに行く暇もなかったけど」

 雨音は口を尖らせた。



 しゅとーん部に、蘇芳(すおう)と隆一が来た。

 蘇芳は珍しく取り乱していた。

 彼は雨音を見るなり、

「雨音!! 紅葉は!? 紅葉は!?」

 と、肩を掴んで聞いた。


「あの、…僕はその場にいなくて…。たぶん、鬼が…連れてったんじゃないかと…思うんですけど…」

 雨音はしどろもどろになった。

「咲良ちゃん!! マナブが連れてったんか!?」

 蘇芳が咲良に尋ねた。



「おにぃー」

 紅葉の声がした。

 一斉に振り向くと、紅葉が商店街から道を走ってきた。


「おにぃー!! 咲良ちゃーん!!」

 紅葉が呼んだ。

「紅葉ー!!」

 蘇芳が駆け出し、思いきり妹を抱きしめた。


 紅葉は咲良に言った。

「鬼の隙を見て、逃げて来たよ。咲良ちゃん、学校には連絡した? 安否取れなくて、みんな心配してはるよ。学校から家に連絡行って、お母さんが捜してはる。早く連絡してあげて」

「わかった」

 咲良は嬉しくて、すっかり紅葉の言葉を信じ、母に電話をした。


「紅葉ちゃんも無事か。それはよかった。ほな、一緒に送ってくよ」

 酒井が紅葉に言いながら、山上にこっそり目配せした。

 蘇芳が礼を言い、咲良と紅葉、隆一と車に乗り込み、酒井が発進させた。


 紅葉は心の中で呟いた。

「うまくいった…。紅葉の兄にはびっくりしたけど…、何とか全員騙せた…」

 言うまでもなく、紅葉の顔を盗んだ鬼女・鶴だった。




 鳥居の前に残った雨音が、

「鬼でしたね…、あの紅葉ちゃん」

 と、呟いた。


「あれが鬼ー? なんで? 俺は全然わからなかった。蘇芳くん、鬼を抱きしめて喜んでたんだ?」

 旭が驚いて車を見送る。

「変ですよね。山上さん、誰にでも見える鬼って、どういうことですか? それに、鬼にも実体があるのとないのがいる。何故…?」

 雨音が疑問をぶつけた。


 山上は考え込み、無意識に自分の顎髭を触った。

「あの鬼女、半端なく強いな。もしかして、十二の鬼の一匹とちゃうか!? 実体があるということは、どこかで人間の器を手に入れたか…。マナブに憑いた学瀛みたいに…。目を覚ました十二の鬼も、まだ完全には覚醒してへん。今のうちに手を打たんと…」



 山上は、旭が雨音の傷を消毒するのを待った。

 気休め程度の応急処置だった。


「雨音、充分寝たな?」

「はい、山上さん。充電完了しました」

 雨音が額の絆創膏を取った。

 彼の額に、金色の眸が瞼を開いた。


「うわっ!! おまえ、鬼からグロいものをもらったなー!」

 山上が顔をしかめた。

「割と便利ですよ?」

 雨音は余り気にしていないようで、金色の眸をくるくる動かした。





 地底の鬼屋敷、岩牢。


 コマチが目を覚ました。

 ちょうど、鬼の牢番が紅葉と神谷先生を連れて来た。

「鬼の仲間に入る気はないって言ったら、私達も岩牢に連れて来られちやった」

 紅葉がコマチに言った。


「紅葉ぃー。早く助けてよー。こんなとこやだ、うちに帰りたい。鬼ばっかりで怖い…」

 コマチは紅葉に依存していて、何も考えようとしなかった。

「そうやな。はよ脱出せんと、浦島太郎みたいに、異界にいる間に元の世界で百年経ってたら困る…」

 彼女達は逃げる方法を相談した。


「紅葉。こんなのなったことないから、どうやって出口を捜したらいいか、さっぱりわからん」

 神谷先生は何とか生徒を守りたいと思うが、焦ってパニックを起こしていた。



 紅葉は今までのケースを考えた。

 咲良は自宅から鬼の牛車に乗せられて、首塚神社の境内に着いたと言っていた。

 紅葉と咲良は宇治の朱い朝霧橋を渡り、異界の池のヌシと会った。

 菊井はコマチを連れて松林から異界に渡り、一度は消えてしまった。

 紅葉達は異界の池の水に流されて、宇治川へ戻ってきた。



「たぶん、あちこちに出口があって、異界と私達の世界は繋がってると思う。…大きな木とか、鳥居とか、お寺の門、橋…、四辻…。そういうところが鬼の出入り口なんよ…」

 紅葉の言葉に、神谷先生は感心した。

「紅葉ー。おまえのパワスポマップ、すごい自由研究やなー」


「ほな、早くここを出よう。暗くて、寒くて気持ち悪い。私、もうしんどい…」

 コマチは長い髪を手櫛で()き、苛々して文句を言った。


「鬼を騙して、地上の出口までゴンドラを出してもらわなあかん。鶴…あの鬼女はどこ行った?」

 紅葉が辺りを見回した。



 その頃、鶴は紅葉になりすまし、何も知らない咲良と家路に着いていた。

 本物の紅葉はそんなこと、夢にも思わない。

 三人は岩牢の外を窺った。

 鬼火が格子の外を照らしている。


 牢番は紅葉達より小さい鬼だ。

 青い魚顔で(ひれ)があり、槍を肩に担いでいる。


「ちょっと、何やってんの!! 私は鶴よ。なんで私を牢に入れてんの。早く出しなさい!」

 紅葉が小鬼に怒鳴った。

 今度は彼女が、鬼女・鶴になりすまそうとした。


 魚顔の小鬼が面食らった。

「あわわ!? 鶴の上、地上に行かれたのではありませぬか!?」

「あんた達、紅葉と間違ったんじゃないの? 私が鶴で、あっちが紅葉よ!」

 紅葉は横柄に反り返った。


 小鬼達は本物の紅葉を逃がしてしまったと思い込み、大慌てで牢を開けた。

「この人達、あんまり美味しくなさそうだから地上に返すことにする。舟を出して」

 紅葉が命じた。

 小鬼達がゴンドラを用意する為に、急いで走り出した。


 神谷先生とコマチは、にんまり笑いながら岩牢から出た。





 鶴は咲良を攫うつもりだった。

 咲良は疲れて、うたた寝していた。



 車の中、鶴は何となく蘇芳の顔が気になってきた。

「誰かに似てる…。そう、源頼光の若い頃に似てる…。千年前の敵の大将格の…。そんな馬鹿な…」

 鶴は小さい声で、独り言を言った。


 助手席から隆一が振り返った。

「誰に似てるって? 蘇芳が? 似てるよなぁ。あの俳優やろ? 目が切れ長で、キリッとしたイケメンの…」

 鶴はぶんぶん頭を左右に振った。

「ええって。どうでも。…そんなことより、咲良ちゃん…」

「咲良ちゃんは車降りたよ。お寺の方に先に寄ったから」

 酒井がルームミラーに視線を上げ、返事した。



「紅葉ちゃん。鬼の世界って、どんなとこやった?」

 隆一が質問した。

「そやなぁ…。暗くて、じめじめして…、木の根っこが空から生えてる…」

 鶴は慎重に地底について語った。


「鬼は紅葉ちゃん達を誘拐して、どうするつもりやったんかなぁー。喰われなくてよかったけど」

 酒井が車を走らせながら、話した。


「…紅葉…私と、咲良ちゃんを…鬼の仲間にしたいと言ってた…。私ら、鬼族なんやって。ほんまかな?」

 鶴が答え、兄の蘇芳が大笑いした。

「紅葉が鬼族やったら、俺も鬼族やん。そやろ?」

「うん…。そうや」

 鶴は嬉しそうに言った。



 紅葉の家に到着した。

 兄妹が降りる時、酒井が蘇芳を運転席側の窓まで呼び寄せた。

 酒井はウィンドーを下ろし、タバコの煙を窓の外に吐き出して言った。

「蘇芳くん…。信じる、信じないは君の勝手なんやけどな…」


「はい、何でしょう?」

 蘇芳は胡散臭く見える無精髭の男、酒井に返事した。


「君はこれで、鬼と深く関わってしもたわけ。今後、鬼に襲われへんとも限らん。もし鬼に襲われたら、それが誰に見えたとしても、とにかく竹刀でぶちのめせ。躊躇(ちゅうちょ)したらアカン。殺気感じたら、君のカンに従って動いてくれ…。君は剣道という武術に取り組んできた。立派な武士の末裔(まつえい)や」

 酒井はねっとりと話した。


「はぁ…」

 蘇芳は半信半疑で頷いた。


「君が今夜、鬼に襲われるということは…なさそうや。俺はそう見た。で、念の為、枕元に竹刀を置いて寝てくれ。紅葉ちゃんを守る為でもある」

 酒井が警告した。


「わかりました。酒井さんも気を付けて。山上さんによろしく。お世話になりました」

 蘇芳は淡々と答え、頭を下げた。

「おにぃー。早くー」

 玄関から鶴が呼んだ。


「マナブのことは警察が全力で捜してるから、心配せんでええよ」

 酒井が蘇芳に手を振った。

 警察とは、すなわち彼だ。





 しゅとーん部の道場の板間。

 山上が腕組みしてあぐらをかき、雨音がその正面で正座している。

 旭は山上の脇に正座している。


「酒井さんがついてるから、大丈夫かな? それにしても、鬼が女を装うって…、茨木童子の話のまんまですね…」

 旭が言う。

「いや、たぶん、女の鬼やな。茨木童子とちゃう。さて、どうしたもんかな。気を付けんと、蘇芳くんまで鬼の仲間に引き込まれてしまう…」

 山上は蘇芳の心配をした。


 人間とは弱きもの。

 簡単に、誰でも鬼になってしまう。

 精神が強そうに見える人でも、弱味がある限り(もろ)いのだ。


「蘇芳くんの弱点は、妹の紅葉ちゃんやからな…」

 山上がタバコの煙を吐き、吸殻を灰皿に捻じ込んだ。


「さぁ。雨音、そろそろマナブのこと、詳しく聞かせてもらおうか…」

 山上が雨音に話を促した。





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