第8話:悪役モブ皇子、裏ボス王女と食事をし、離れで一人就寝する
「……おいしい!」
一口食べた瞬間、シャルロッテは目を見開いた。
彼女の美しい赤の瞳が零れそうだ。
原作ゲームに醤油はないので不安だったが、お口にあったようでよかった。
何より、俺の作った料理をおいしいと言ってくれた!
推しキャラに料理を振る舞うだけでも普通ならあり得ないことなのに、実際に食べておいしいという感想までいただくなんて……。
感動に胸がじんわりしていると、シャルロッテは頬を赤らめながらこほんと咳払いした。
「失礼。食事中に大きな声を出してしまいました。甘くてしょっぱい味わいがとても美味ですね。独特の香ばしさもあって、これほどお肉に合う調味料に出会ったのは初めてです」
「肉だけじゃなくて魚にも合いますよ。本当に色んな食材に使えるんです。それにしても、魔物の肉って美味しいですね。俺は初めて食べましたがびっくりしています」
「ええ、あなたの仰るとおりです。ここに来なければ、魔物のおいしさに気づくこともなかったのでしょう」
魔物は強ければ強いほど美味い。
鎧凱牛人はA5ランク相当の霜降り肉で、ほどよい赤身がまた素晴らしい。
上質な脂が醤油と溶け合って舌を喜ばせる。
言わずもがな尖嘴鳥は鳥肉だ。
引き締まった身は噛み応えがあって旨みにあふれる。
どちらも醤油との相性が最高でいくらでも食べられてしまいそうだ。
味わいや食感の違いにより、非常に印象的なただの肉炒めだった。
会話は特に広がらない。
静かに食べるシャルロッテは先ほどの感想以外で余計な会話をせず、粛々と食事は進んだ。
食後の祈りは日本のやり方を教えてほしいと頼まれ、一緒に手を合わせる。
「「ごちそうさまでした」」
洗い物は各々が使った分を片付けることになった。
広いキッチンは二人同時に作業しても余裕があり、日本の洗剤の効能にはシャルロッテも「こんなにすぐ汚れが落ちてしまうのですね。爽やかな香りも素晴らしいです」と賞賛していた。
全ての片付けが終わったところで、シャルロッテの顔が少なからず強張った。
なぜかは俺もよくわかっている。
「俺たちは夫婦ということですが、寝るときは別の家で過ごしましょう。その方があなたも安心できると思います。お互い、まだ初対面に近い関係ですからね」
そう伝えたら、彼女は一瞬だけ目を見開いた。
だが、次の瞬間には無表情に近くなって淡々と話す。
「別の家って……他に住む場所はないと思いますが……。たしかに初めて会う男性の方と同じ屋根の下で暮らすのに少なからず抵抗はあります。ただ、なにも外で寝ろとは一言も言っていませんよ」
「いえ、違うんです。実は、外に小さな離れを一つ作りまして。ほら、あれです」
窓の外にはこじんまりとした離れが見える。
この本邸を【和風生成】する際、一緒に生成したのだ。
「ということで、俺はもう離れに行きます。外には魔物がいますが、この家から出なければ問題ありません」
「……わかりました。では、私はここで寝かせてもらいます」
「一晩眠れば元気になるはずです。それでは、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
シャルロッテの声を背中に俺は外に出る。
本邸と離れの距離は10mほどか。
それほど遠くはないものの暗がりからは小型の魔物の気配を感じるので、やはりこの土地は危ないのだと実感する。
辿り着いた離れは茶室をイメージした。
茶色を主体とした質素で狭い空間が出迎える。
狭い分、藺草の香りが本邸より濃く感じられた。
大人の秘密基地みたいでとてもいい。
「わびさびが……たまらない」
広いより狭い方が好きな俺は、安心感やワクワク感で胸がいっぱいになった。
座敷に腰を下ろす。
肩の力が抜けるとはうまく言ったもので、幾ばくか身体が軽くなった感覚を覚える。
一歩廊下に出れば家電類の他に洗面所も完備されており、本邸同様ここでも快適な暮らしが送れるのだ。
俺は一人湯船に浸かって目を閉じる。
無論、思い出されるのは今日の出来事だ。
外れとされるスキルを授かり、前世の記憶を思い出し、一番の推しキャラと結婚することになった。
同時にたくさんの出来事が起きて、ようやくひと息吐けたような気がする。
「本当に……シャルロッテ・サンフィオーレだった」
悪役モブ皇子に転生したことが判明し、画面の中にしかいなかった推しキャラと形式上ながら結婚相手となり、実際に言葉を交わし、一緒に食事をした。
俄には信じがたいことばかりだが、同時に実感することがある。
「この世界は現実なんだ」
人々の身体には血が通い、プログラムではない個々の意思が宿り、それぞれの毎日を精一杯に生きている。
データの集合体なんかじゃない、本物の人間だ。
だから、シャルロッテの疲弊した様子には非常に心が痛んだ。
どうにか元気になってもらいたい。
今頃、本人は本邸で寝ていることだろう。
彼女が良い暮らしを送れるかはどうかは、全て俺の手に掛かっている。
責任の重さが感じられた。
風呂を出てからも考えるのは、シャルロッテと大魔境での生活だ。
周囲にはまだまだ瘴気に汚染された荒れ地が広がり、獰猛な魔物も数多く棲息する。
布団に横たわった俺は自然と拳を硬く握っていた。
「シャルロッテを笑顔にさせ、大魔境に送られたことを決して後悔させない……むしろ、嬉しく思うほどこの土地を発展させていく。そして……彼女とも仲良くなれるよう頑張る」
決意を胸に、俺は大魔境で過ごす初めての夜に寝る。
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