第7話:悪役モブ皇子、裏ボス王女のために大きな日本家屋を建てる
「家を作るですって……?」
「ええ、俺とあなたが住む家です。実は、鎧凱牛人以外に尖嘴鳥という魔物を三体ほど倒しましてね。拾った石や木の枝も合わせて必要な素材が集まったんです」
「……尖嘴鳥も倒したのですか。C級魔物の中では強くて有名ですのに。それも三体も……」
「この武器のおかげですよ」
〔幻夢〕を撫でる。
一段落したら汚れを拭いたり手入れをしてやりたい。
数歩前に出て俺は両手を翳した。
思い描くのは、日本が世界に誇る最先端の家電を備えた歴史ある平屋。
疲れ切ったシャルロッテが元気になれるような、思いやりに溢れた日本家屋だ!
「【和風工匠】!」
目の前の空間が光り輝き、十秒ほどで収まる。
出現したのは武家屋敷にも似た立派な平屋だった。
濃い灰色の瓦屋根が非常に美しい。
同時に、この家の情報が頭に流れ込んだ。
――――――
・名前:ハルト邸
・等級:神話級(SSSランク)
・能力:①あらゆる外敵の攻撃を防ぎとどむ(あらゆる外敵の攻撃を防ぐ)
②一夜を明かすによりて、諸々の穢れを悉く清まりけり(一晩眠ることで様々な状態異常を浄化する)
③消耗の具や動力の源は材を費ゆるごとに自ずと補われるなり(消耗品やインフラのエネルギーは素材を消費することで自動的に補給される)
――――――
ハルト邸!
かっこいい!
能力は三つもあって、どれも今最も求められる力だ。
これぞ日本家屋という平屋に満足する俺に対し、シャルロッテは唖然とした表情で見上げるばかりだった。
「すごい……あなたは基礎も何も作らずに建築できてしまうのですね。本当に有用なスキルです」
「ありがとうございます。能力は三つあるみたいで……」
彼女にハルト邸の能力を伝える。
感心して聞くシャルロッテにとある質問を緊張してぶつけた。
「それでデザインは……どうでしょうか?」
俺は和風が好きだしスキルの都合上、生み出すアイテムはこのような意匠になる。
問題はシャルロッテが気に入るかどうかだ。
実際のところ、この世界の人々に和風が受け入れられるのか少しばかりの不安はあった。
緊張しながら彼女の反応を窺う。
「初めて見る意匠ではありますが……とても立派で心の広さを感じるような家です。静けさと落ち着きの他、自然との調和のような印象を受けます。私の感覚が言語化できていたら良いのですが」
「めちゃくちゃ言語化できてますよ。そんなに褒めてもらえて嬉しいです」
「……それならよかったです」
先ほどから、シャルロッテはあまり笑わない。
余計な愛想は振りまかないという感じで、かといって不機嫌な感じもまたなかった。
やはり、まだ心が凍てついているのだろう、と思いながら彼女を中に案内する。
もちろん玄関は引き戸だった。
ガラリと開けると広い土間が現れ、温かみのある木造の空間が現れる。
和風の旅館や手入れの行き届いた古民家という雰囲気で、木の香りが心を落ち着かせた。
シャルロッテは興味深そうに周囲を見渡す。
「木を覆うことなくそのまま使っているのですね。内装も初めて見る意匠ですが、どこか親しみ深いのが不思議な感覚です」
「それはきっと、木は人の生活に欠かせないからかもしれませんね。お手数ですが、家に上がるときは靴を脱いでもらっていいですか?」
「? 別に構いませんけど」
お願いしたら、シャルロッテはきちんと靴を揃えてくれた。
育ちの良さが伝わる一面に感動する。
上がったところは障子が閉まっており、少しばかり緊張しながら開け放った。
たちまち現れるのは畳を敷かれたセンスのよい部屋の数々だ。
行燈の形を模した照明が適度に室内を明るくする。
たしか、電気は素材を消費することで補給されるんだよな。
出現された巻物を見ると電気の供給タンクらしき和風のアイコンが浮かび上がった。
なるほど、少しずつ減っている。
室内の装飾は和モダンといった感じで、新鮮な藺草の香りが芳しい。
この家を生成するにあたり、意識したのは数寄屋造りの構造だ。
自分で言うのもなんだが、かなりいい!
前世では不動産情報を眺めながらFIRE後の生活を想像するのが趣味で、様々な物件を見た経験が活かされているのだと推測された。
恐る恐る畳を踏み締めていたシャルロッテは、少しずつ表情が緩む。
「靴を履かずに家の中を歩くのは初めてです。なんだか新鮮で肩の力が抜けます。これは……草の香りですか? いったいどこから……」
「これですよ。日本では伝統的な床材で畳と呼ばれています」
「畳……」
シャルロッテはゆっくりと顔を近づけて、手で香りを運ぶ。
再度わずかに緩んだ表情は、俺でなければ見逃していただろう。
「良い香りですね。今まで触れ合ったどの植物とも違う瑞々しさと土の気配があります」
「藺草には爽やかな香りを放つ成分がありまして、畳に加工する過程でまろやかになったり甘みが増すんですよ」
「へぇ……」
好きな和風の説明に興奮しかけてしまったが、どうにか抑えることができた。
まだ初対面に近いのだし、余計な警戒をさせないように気をつけなければ。
一部屋一部屋、内装を確認しながら案内する。
どこも畳の座敷だ。
前世では家賃が高すぎてウサギ小屋みたいな狭い空間に住んでいたので、こんな広い家を歩けるだけでも嬉しくなってしまった。
シャルロッテの部屋は和洋折衷にした。
寝具もベッド。
彼女はずっと中世ヨーロッパ風の洋式で暮らしてきたわけだから、日本的な暮らし方は慣れないかもしれない。
「他の部屋でも床に直接座るのが嫌だったら椅子を使ってください。机も作れますからね」
「はい。この畳は柔らかいので過ごしやすそうです。もし、ご用があればお声がけします。ところで、あまり見かけぬ魔導具が多いですが、これらもあなたのスキルで生み出された物なのですか?」
シャルロッテは近くの魔導具――掃除機を指す。
諸々の家電は魔導具、と認識されるらしい。
【和風工匠】スキルは俺が願う通りのアイテムを生み出してくれるので、この家には最先端の家電も揃っている。
「はい、どれも新しい魔導具です。これは掃除機といってスイッチ……この出っ張りを押すだけで吸い込みを初めます」
静音タイプなので控えめな吸引音が鳴る。
すいすいと操作する俺をシャルロッテは興味深そうに眺めていた。
「便利そうですね」
「小型で軽いので女性でも扱いやすいと思います」
家電はいずれもせっかくの和風の雰囲気を壊さぬよう、壁に埋め込まれていたり、意匠が溶け込んでいるなど配慮されているのがお気に入りだ。
見かけるたびに使用方法を説明する。
「使い方がわからなくなったらいつでも聞いてください」
「ええ、ありがとうございます。すぐに慣れるよう努力させてもらいます」
お風呂の使い方など含め一通り室内を案内した後、俺はシャルロッテを連れて廊下に出る。
板張りは輝かしいほどに磨き上げられており、気をつけないと滑りそうなほどだ。
毎日掃除したくなる。
そして、辿り着いたのが……。
「おや、外に面したエリアがあるのですね」
「これは縁側です。日本ではここに座ってお茶を飲んだりお菓子を食べるのが流行っているんです」
「そうですか……とはいえ、あまり眺めが良いとは言えませんね」
ここは大魔境なので、目の前に広がるのは荒れ地だ。
シャルロッテが評するように美景とは言い難い。
だとしても、俺は決意が固かった。
「いつか必ず立派な庭園を作ってみせますよ。俺も……あなたも癒されるくらいの」
「……できるといいですね」
俺の決心に、シャルロッテはぽつりと呟いて答える。
彼女は植物が好き、という設定があった。
大規模な日本庭園とは言わずとも、植物が育つようになればシャルロッテは元気になるかもしれない。
婚約関係は別として、彼女には笑顔で過ごしてほしい。
そのためには何でもするつもりだ。
一通り屋敷の把握が終わり、夕食を作ろうとなった。
キッチンは和モダンな感じで、日本的な和を維持しつつ使いやすくて高性能だ。
〔クロニクル〕では魔物を調理するシステムもあり、毒などなければ基本的に魔物は食べれる扱いった。
鎧凱牛人も尖嘴鳥も食べられる。
ただ問題は……。
「大魔境の瘴気がどれほど食材に影響しているか……」
俺の呟きにシャルロッテも硬い表情で頷く。
瘴気はただ体表に纏わり付いているのではなく身体の中にまで浸透している、という設定だったはず。
食せるのか不安はあったが、まずは巻物から出してみる。
カウンターに現れたのは、鎧凱牛人と尖嘴鳥の肉。
いずれもすぐに調理できるくらいに精肉されていたことにも驚いたが、さらに驚愕すべき変化があった。
「「瘴気の汚染が消えている……!?」」
魔物たちの全身に纏わり付いていた、黒っぽい靄が消えている。
心なしか肉が輝いて見えるのは気のせいではないだろう。
俺もシャルロッテも何もしていないのでどうしてかと思案したら、巻物にじわ~っと文章が現れた。
〔素材を取り入るるたび、その身に纏はりし穢れを悉く清まりぬ(素材を吸収するたび、その状態異常を浄化する)〕
「そうか、この巻物が浄化してくれたんですよ!」
「まさか、そんなことが……。伝説に聞く【大聖女】スキルでないと浄化できないのに……」
神話級(SSSランク)のアイテムを生み出せるのだから、この巻物自体も神話級なのだと考えられた。
シャルロッテは口に手を当て驚きの表情でいる。
ゲームの設定において、大魔境の瘴気は誰にも浄化できない。
唯一、彼女が話すように【大聖女】スキルなら浄化できると言われていた。
だが、ユーザーの誰も救済されたシャルロッテを見たことがないので、あくまでも噂レベルの話ではある。
ゲームの設定を超越したという想像以上に強力なスキルに、改めて俺も驚くと同時に嬉しい。
「食材は問題ないことがわかったので、これを使いましょう。夕食は俺が用意するのでシャルロッテ嬢は休んでいてください」
「しかし……」
「どうかお気になさらず。料理は趣味みたいなもんですから」
薄給も良いところの前世では自炊が必須で、健康維持を兼ねて作るのはもっぱら和食が多かった。
調味料の類いがあるといいのだがどうだろうか……。
戸棚を開けると夢のような光景が飛び込んできた。
醤油の他、塩胡椒、みりんや昆布、鰹節まで揃っている!
包丁やまな板なども完備されているので、すぐにでも料理が始められる。
シャルロッテが腕捲りした。
「私もお手伝いさせていただきます。自分でできることは自分でやりたいのです」
「……ありがとうございます。それじゃあ、鎧凱牛人の肉を切ってもらえますか? 俺は尖嘴鳥の方を切りますので」
彼女の気持ちを汲んで、お言葉に甘えさせてもらう。
一口大に切った肉をごっちゃに混ぜて火を通す。
他の食材は何もないのでシンプルな肉炒めだ。
「味付けはこの調味料――醬油を使おうと思います。大豆や小麦といった穀物を発酵させて作った物で、香ばしいしょっぱさが特徴です」
「ショーユ、ですか。それも初めて聞きますね」
くるりとフライパン全体に回し入れると、懐かしい香ばしさが漂った。
傍らに立つシャルロッテの雰囲気が緩むのを感じ取る。
「たしかに……良い香りです」
調理は必要最低限の会話で進み、醤油味の肉炒めができた。
食事はキッチンに横付けとなっている茶の間で行う。
ここもシャルロッテが過ごしやすいよう和洋折衷にしたので、テーブルと椅子だ。
テーブルは六人用の大きさ。
彼女は左端に座り、俺はどこに座るか悩む。
逡巡した結果、対角線上の椅子に座した。
シャルロッテは胸の前で手を組み、俺は両手を合わせる。
「いただきます」
「……不思議な祈り方ですね?」
と、彼女は首を傾げていた。
さりげない仕草がとても可愛くて和んでしまう。
「この家や俺の刀の文化が栄えた国の祈り方なんです」
「そうなんですか……せっかくなので、私も真似させてもらいます。……いただきます」
シャルロッテは手を合わせた後、肉炒めをあ~んと口に運ぶ。
醤油による和風の味付けが受け入れられるかどうか、それが問題だ。
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