第6話:悪役モブ皇子、強力なSランク魔物を倒して裏ボス王女を守る
「……大丈夫ですか!?」
苦しむ鎧凱牛人を警戒しつつ、シャルロッテに声をかける。
全身は汚れているが大怪我はなさそうだ。
間に合ってよかったし、最初に〔幻夢〕を生成しておいて本当によかった。
前世の記憶を取り戻す前、ハルト(俺)は周囲に認められようと自分なりに訓練を積んでいたので、〔幻夢〕の能力を別にしてもこの身体の反応は意外にも軽い。
シャルロッテはしばしぼんやりしていたが、次の瞬間には険しい表情に変わった。
「わ、私は問題ありません。それより鎧凱牛人が……!」
『グゥオ……ッ!』
《閃滅斬》で切り飛ばした右腕の血が止まっている。
魔力で止血したらしい。
〔幻夢〕を構える俺の背にシャルロッテの声が刺さる。
「私など置いて今すぐ逃げなさい! あれが何の魔物かはあなたもわかるでしょう!」
「いえ、逃げません。あいつを倒してあなたを助けます」
「なにを言うのですか! 鎧凱牛人はS級魔物ですよ!」
たしかに鎧凱牛人はゲームでも相当の難敵だ。
攻撃力も防御力も非常に高く、生半可なレベルや装備では簡単に返り討ちされる。
俺自身、討伐には大変に苦労した記憶があった。
もちろんのこと現実世界で対峙するのは初めてだし、およそ5mの体躯は相当の迫力がを覚える。
それでも、不思議と恐怖や怯えは少しもなかった。
〔幻夢〕を握っているからか?
……いや、シャルロッテを守るために立っているからだ。
俺は一気に駆け出して鎧凱牛人を惹き付ける。
『グオオオオオッ!』
左腕の殴打を躱して懐に入り込む。
〔幻夢〕を柔らかに握り、身体が望むがままに腕を振るった。
「《七夕》」
七十七回、斬る。
鎧凱牛人は身体が爆発したように四散し、断末魔の叫び声を挙げることもなく死に絶えた。
「……え?」
振り向くと、シャルロッテは呆然と佇んでいた。
緊張が解けたのか力なく座り込んでしまい、俺は慌てて駆け寄る。
「大丈夫ですか、お怪我は……」
「私は……平気です」
彼女はボロボロだが、かすり傷が主でたしかに大怪我はないようだ。
安心するも、土や砂で汚れた全身からは疲労が重く滲む。
かなり長いこと大魔境を放浪していたのだろう。
どこか他人を拒絶するオーラが感じられ、あまり近くには行けなかった。
「あの、立てますか?」
「助けてくださってありがとうございます。お言葉ですが一人で立てます」
シャルロッテは淡々と答えると、疲労を感じさせない仕草で立ち上がった。
顔にも生気が戻り、赤い瞳には力強さと気高さが宿る。
本物の……シャルロッテ・サンフィオーレだ。
一番の推しキャラを前に、俺の心臓は緊張で壊れるほどに拍動を始めた。
赤い瞳は燃え盛る太陽の如き輝きと美しさを放ち、陽光に煌めく長い白髪は神々しささえ感じるほどだ。
見た者を引き込むオーラが感じられ、土で汚れた衣服さえ彼女の高潔さを隠すことはできない。
ここはゲームの世界だが現実世界で出会えて本当に嬉しい。
あまりの美しさと衝撃で、俺はしばし呆然としてしまう。
同時に、推しキャラが苦しんでいるのを見るのは辛く、胸が痛んだ。
「……私に何か?」
「いえ、何でもありません。すみません。……ところで、自己紹介が遅れてしまいました。俺はハルト・ムーングランツと言います」
敬意を表して頭を下げる俺に、シャルロッテはどこか納得したような安心したような不思議な表情を向けた。
「やっぱりハルト氏でしたのね。私はシャルロッテ・サンフィオーレ……あなたの結婚相手です」
俺は本当に彼女と政略結婚するんだな。
父上から言われたときはどこか半信半疑な心境で、大魔境に来てもそれは変わらなかった。
シャルロッテに出会って初めて実感した気持ちだ。
「なんと言いますか……突然決まったことで混乱しているのが俺の正直な気持ちです」
「私もそうです。お互い面倒事に巻き込まれてしまいましたね」
彼女は至極淡々とした様子だった。
態度や表情は硬く、見えない壁を感じる。
この婚約についてどう思っているのだろうか。
良い印象を抱いている可能性もあるが、そうでない可能性の方が高いと考えた。
ある日突然、顔も知らぬ男との政略結婚を命じられ、大魔境などという劣悪な環境に放り出されたのだ。
「……申し訳ありませんでした」
「な、なぜ、あなたが謝るのですか」
「大魔境はムーングランツの領地です。ご迷惑をおかけしてしまいました。せめて、もっと過ごしやすい環境であれば……」
彼女がボロボロになることもなかっただろう。
俺自身、大魔境を訪れたのは初めてだが、せめて謝罪の意を表したかった。
しばし無言が続いた後、シャルロッテの毅然とした声が降ってきた。
「頭を上げなさい。あなたは何も悪くないでしょう。大昔からこの土地が劣悪なことは私も知っています。悪くないのに謝るのは良くないことと考えますが?」
「……そうですね、シャルロッテ嬢の言う通りです」
温和、言い換えると気弱な性格だった俺は、前世では悪くなくても謝って穏便に済ますことが多く、謝る癖が染み付いてしまっていた。
形だけでも俺はシャルロッテの結婚相手なのだから、精神的にももっと強い人間にならなければダメだ。
彼女に申し訳ないだろう。
「それにしても、あなたはすごく強い人ですね。鎧凱牛人を一人で……しかも、一撃に近いような形で倒せる人間なんて他にいません」
「恐縮です」
そのシャルロッテに褒められた!
とても嬉しい!
彼女は〔幻夢〕に視線を向ける。
「あなたが持つ不思議な形の剣も美しいです。その模様は桜でしょうか。意匠に取り入れた武器を見たことはありませんが、芸術品のように感じられてしまいます」
美意識が通じ合った気分で喜びに胸が震えた。
嬉しさで自分を見失わないよう、俺は咳払いする。
「これは〔幻夢〕という名前の剣で、正式には刀と呼ばれます。俺には【和風工匠】というクラフト系のスキルがあって、集めた素材を消費して和風……いや、ここから遠い日本という異国の意匠をした特別なアイテムを生成できるんです。この巻物に素材が吸収される形ですね」
「そのようなスキルが存在するのですか、初めて聞きました。クラフト系なんて羨ましい……私の【無】スキルとは大違いですね」
シャルロッテは感嘆とするも、最後の方の彼女はうんざりした表情だった。
【無】スキルは文字通り、できることがないスキルだ。
何を言っても気休めにしかならないが、これだけは伝えたいことがある。
「でも、シャルロッテ嬢がご無事でよかったです」
ぽつりと呟くと、彼女はハッとした表情を浮かべた気がする。
すぐに顔を背けてしまったので詳しくはわからなかった。
再度こちらを向いた顔は初対面のときと同じ、他者の拒絶を感じる険しい表情だった。
「そろそろこの場を離れましょう。死臭に釣られて新たな魔物が来る頃合いです」
「そうですね。先に鎧凱牛人の素材を回収させてください。……《吸収》!」
巻物を翳したら鎧凱牛人の死体は全て吸収された。
一つも残さず消えた光景にシャルロッテが唖然とする。
「剣……いえ、刀もそうですが本当に便利なスキルですね」
「ありがとうございます。ここの開拓に役立てるつもりです。さあ、行きましょうか」
俺とシャルロッテは丘を下り出す。
今気づいたが彼女は鞄を持っていた。
「荷物持ちますか?」
「いえ、自分で持てます」
「はい」
疲れているだろうに毅然とした態度で断られた。
この気高さは俺も身につけたいところだ。
数分も無言で歩く中、シャルロッテがどこか警戒した雰囲気で切り出した。
「あなたは私の髪を気持ち悪いと言わないのですね?」
「え? 全然気持ち悪くないですよ。むしろ、真っ白ですごく綺麗です」
「……なぜ?」
横を歩くシャルロッテは厳しい瞳で俺を見る。
ずっと不気味だの何だの言われていた髪が綺麗と言われたら、怪訝に思うのも無理はない。
しかし、なぜ……か。
推しキャラ云々などとは話せるわけもないし……。
悩んだ俺は素直な感想を伝えた。
「清廉潔白で純真な印象があるからです。神々しさもを感じます。まぁ白自体、俺の好きな色でもありますしね」
「……そうですか」
相変わらず淡々と答え、彼女は何も話さなくなった。
平地に降りると、空はいつの間にか夕暮れだった。
空の大部分はオレンジ色に染まり、端からは紫色の夜がやってくる。
地上の劣悪な環境に反して、ずいぶんと美しい空だ。
シャルロッテもまた上を見上げながら話す。
「今日は野宿になりそうです。洞窟かでも見つけたかったけど仕方がありません。交代で見張りをしましょう」
周囲に広がるのは何もない荒れ地で、もちろんのこと小屋の類いもない。
彼女が枯れ枝を集め野宿の準備を進める中、俺は【和風工匠】スキルに意識を巡らす。
何か生成できないか?
なんでもいい。
ボロボロのシャルロッテを癒して守れるような建物か何か……。
思索すると、"ある建物"が閃いた。
鎧凱牛人の素材がかなり仕事をしてくれたらしく、すぐにでも生成することが可能だ。
「ご心配には及びません、シャルロッテ嬢。家なら俺が作ります」
高性能な家電がフルセットされた、日本式の大きな平屋を!
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