第31話:庶子皇子、特別な剣術道場を作る
翌日。
カサンドラが仲間になり、領地はさらに活気が増した。
人数的には一人しか増えていないのだが、その溌剌とした声を聞くたびに領地の発展を実感する。
彼女はさっそく俺に仕事を頼んだ。
「ハルト殿、私はここで何をすればいいだろうか。ただ住むだけでは申し訳ない。仕事を所望する」
「それじゃあ、領民に剣術の指導をしてくれないか? 俺は我流だし、王国騎士団みたいな公的な組織の人に教わった方が怪我とかのリスクも少ないと思うんだ」
「承知した。貴殿の言うとおり、剣術の指導は慣れた者が行うのが良いだろう。その役目、ありがたく拝命する!」
カサンドラは誇らしげに胸を張る。
どこかに剣術専用の施設を作ろうという話になり、俺たちは居住区の一角に向かった。
まだ何も建てていない空間を前に、巻物を出現。
頭の中で完成図を想像すると和瓦の切妻屋根の平屋――剣術道場が浮かび出た。
みんなには好評であり、俺は意識を集中する。
「【和風暮らし】!」
巻物の絵の通り、巨大な剣道場みたいな建物が出現した。
たちまち、周囲から歓声が上がる。
――――――
・名前:大魔境剣心館
・等級:SSSランク
・能力:①瞑想するごとに、精神いよいよ澄みゆく(瞑想するたび精神が研ぎ澄まされる)
――――――
中に入ると木の豊かな香りが迎えてくれた。
広大な道場の壁は鏡張りで、常に自分の動きを確認できる。
木刀など剣術の鍛錬に必要な品々も全て揃っていた。
カサンドラは満足げな様子で深呼吸する。
「気持ちが落ち着く良い空間だ。雨が降っても訓練できるし、身体全体が映る貴重な鏡の存在も大きい。王国騎士団は慢性的な資金不足で、なかなかこのような設備は用意できなかった。それに、何というか凛とした場に気が引き締まる。無駄な装飾のない研ぎ澄まされた美が鍛錬の場にピッタリだ」
騎士らしい視点で道場を褒めてくれ、平安貴族のアナウンスで創気の力が貯まったことを知る。
有効活用してくれると良いな。
「気に入ってくれて俺もよかったよ」
「では、今からでも指導を始めよう! 王国の騎士にも負けないくらいまで私が育てる!」
「「はいっ!」」
領民も元気よく返事をし、その日から剣術指導が新しい日課になった。
□□□
一週間ほども経つと剣術指導はすっかり日常に溶け込んで、毎日領民たちは楽しく取り組んでいた。
朝の領地の仕事が終わった後、晴れた青空に活気の良い掛け声が響く。
カサンドラは教え方もうまく、領民たちはもう素人の域を脱しつつあった。
彼女にも特別防御の和装を提供しようとしたが丁重に断られた。
「配慮をありがとう。だが、無用だ。私は装備に頼りすぎないことを信条としている。〔常世の閃光〕があるだけで十分なのだ」
騎士としての矜恃が伝わる心意気で、俺ももっと頑張らなきゃなと改めて決意する。
昼食後は俺との模擬戦闘も日課になった。
作業のない領民が日替わりで観戦するのもお馴染みの光景で、リリスとズゥーイさんが応援してくれる。
「二人とも頑張ってくださいなのです!」
「怪我したらすぐワシらに言うんじゃぞ! 回復薬はたくさん用意してあるからの!」
カサンドラの紋章はかなり経験値が溜まっており、【剣聖】に進化するのは後一歩というところだ。
「では、行くぞ、ハルト殿。このカサンドラ、全力で戦うことをここに誓う」
「ああ、俺もそうだ。今日こそ【魔導騎士】スキルを進化させよう」
一瞬の沈黙の後、戦いが始まる。
カサンドラには毎回本気で戦うことを所望されており、俺も全力で戦った。
〔幻夢〕の全て斬る力を引き出して俺が勝つのがだいたいの決着となる。
勝負が終わった後、彼女の手の甲に浮かぶ紋章を確認すると……八角形の全ての辺が光り輝いていた。
そのまま、紋章はおしゃれな八芒星に変化した。
複雑な紋様で彩られ、中心には剣の絵が浮かぶ。
「……やった。……やった。とうとう【剣聖】スキルに進化した!」
カサンドラは両手を握り締めて歓喜した。
俺とシャルロッテ、領民たちは拍手で祝う。
「よかったな、カサンドラ」
「おめでとう」
「全てはハルト殿のおかげだ! 貴殿と出会わなければ、私はいつまでも【魔導騎士】のままだっただろう」
彼女はとにかく嬉しいようで感極まって俺の手を握る。
紫色の目からは涙が零れ、俺も嬉しい気持ちになった。
「また後で戦おう、ハルト殿! 昨日と同じように夜もずっと戦うぞ!」
「ああ、そうだな。でも、夜はほどほどにしておこう」
【剣聖】スキルに覚醒しても俺は生きていける……はずだが、自分の行いにはこれからも気をつけよう。
模擬戦闘が終わったところで、シャルロッテがにこりと俺に微笑んだ。
「ねぇ、ハル。久しぶりに将棋をしましょう」
「いいね!」
屋敷の縁側で将棋を始める。
速攻で詰められた。
「……負けました」
「いいえ。一手前の歩を2六に打てばまだ戦えるでしょう? 続けなさぁい?」
「わ、わかりました」
目に見えぬ重圧がのしかかり、駒から指が離れない。
な、なぜ、シャルロッテはこれほどのプレッシャーを放つのだ。
数手進んだ後。
「はい、王手よ」
次々と厳しい手が襲いかかっては追い詰められた。
今までの彼女とは比べものにならない強さだ。
「カサンドラさんとの模擬戦闘が楽しそうで私も嬉しいわ」
「そ、それはよかった」
「夜は控えてと言ったのに、昨日の日没後は3時間25分48秒続けていたわね。この屋敷は広いから、一人でいるととても開放感が感じられたわ」
「すみません」
先日、つい戦うのが楽しくなってしまい、シャルロッテの言伝を破ってしまったのだ。
しばらく王手の連続を堪能した後、彼女は許してくれた。
「まぁ、小言はこれくらいにしておきしましょう。カサンドラさんとは健全な模擬戦闘をしているだけだものね。不健全な模擬戦闘にはしないように」
「万全の注意を払わせていただきます」
「冗談よ。ところで、ハル。私に何か話したいことがあるんじゃないかしら?」
どうやら、全てお見通しらしい。
将棋盤を脇にどかし、俺は"とある疑問"を相談する。
「相談したいことは、ナタリーとカサンドラの境遇なんだ」
「なるほどね。たしかに、考えてみると二人とも大魔境に来た経緯が似ているわ。王国の重要な人物で、なおかつ極めて理不尽な扱いをされた。"ブルーサン商会"の取り潰しも実際は濡れ衣だわ」
「そうなんだ」
さすがシャルロッテ。
すでに察していたらしい。
"彷徨の薬師"は別として、ナタリーとカサンドラはなぜ濡れ衣を着せられ、追放に近い扱いをされたのか。
当たり前だが、〔クロニクル〕にこのようなシナリオはなかった。
今一度、彼女たちに関するゲーム知識を思い出す。
王国内を旅する原作主人公と出会い、仲間になり、ともに悪役であるムーングランツ帝国皇帝一家を倒す。
これが基本的なシナリオだ。
あまりにも異なる事象が頻発している。
やはり、この世界のシナリオは〔クロニクル〕とはまったく違う道筋を進んでいる。
「シャルも知らないところで何が起きているんだ……」
「私は国の政治にそれほど関われなかったけれど、"ブルーサン商会"は王国で一番大きな商会だし、カサンドラさんは"神滅"の二つ名を拝命するほど有名な騎士。禁制品の取り扱いや帝国との内通の疑いが出たら、私の耳にも届いたとは思うのよね。どちらも本当に突発的な出来事だったわ」
「突発的か……思い返すとシャルとの結婚も突然命じられたな」
父上に話を聞いたときの驚きは今でもよく覚えている。
〔クロニクル〕にそのような隠しシナリオがあったのかと、何度もゲーム知識を思い返したほどだ。
互いに黙る縁側で、ふとシャルロッテが思い出したように呟いた。
「そういえば、休戦の証としての私たちの婚姻――それを進言したのは私の一番上の姉だったわね」
「……アデラード王女が?」
「ええ、孤児たちの支援についてお父様に頼みに行ったとき、提案していたのを聞いたわ」
俺の心臓が不気味に鼓動した。
アデラード王女が俺とシャルロッテの結婚に関わっているとは……これは極めて重要な情報だ。
この世界の彼女は、〔クロニクル〕の設定より積極的に国政に関わるタイプらしい。
帝国と王国の関係改善を考えた上での進言、ということだろうか?
考え込む俺に、シャルロッテは続けて衝撃的な話をした。
「今となっては、あの人が進言してくれてよかったわ。おかげで私たちは仲良くなれたし、もう姉たちに蔑まされることもなくなったのだから」
……なに?
「シャルのお姉さんたちは優しい人じゃないのか?」
「悲しいことにね。物心ついた頃には白い髪が気持ち悪いとかよく言われてきた。アデラード姉さまはもちろん、カイラ姉さまもそれに追従する形だったわ」
まさか……。
〔クロニクル〕では二人ともシャルロッテの味方だった。
長女のアデラードも次姉のカイラも幼少期から良い子で、死ぬまで善の心を持ち続けた人物というのが公式の設定だ。
つまり、この世界のシナリオに異変があるとしたら、十年くらい前にはすでに発生していたことになる。
「お姉さんたちから"ブルーサン商会"とカサンドラの内通について聞いたことはある?」
「いいえ、ないわ。あの二人なら気に入らないだけで不当な扱いをしそうではあるけど……確固たる証拠はないわね」
「そうだな。いずれにせよ、何かを考えるには情報が少なすぎる。ナタリーたちに情報をさらに探るよう頼んでみよう」
現在、大魔境は"トライシャイン商会"を通して外の世界と関わっている。
今もナタリーたちにそれとなく情報を探ってもらっていた。
王国内の取引先はみな協力的だが、有力な手がかりはまだない状況だ。
引き続き調査を続けようと話したところで、カサンドラがこちらに来た。
「ハルト殿、少しよろしいか? 領地の象徴について話をしたいのだ。各国には象徴となる城や宮殿がある。だから、ここにも城か何か建ててはどうだろうか」
「なるほど、城か」
「名案だわ、カサンドラさん。一段と領地らしさが増すわね」
すごく良いアイデアに俺もシャルロッテも賛成する。
だいぶ領民も諸々の建物も増えたし、居住区の範囲も広くなってきた。
象徴があるとさらに領地っぽさが出るに違いないと思い、俺は巻物を出現させる。
和風の城と言えば……ということで、大阪城や姫路城辺りの大きな日本城郭を思い浮かべながら筆を走らす。
巻物に描かれた絵を見て、シャルロッテとカサンドラは歓声を上げる。
「あら、綺麗なお城!」
「素晴らしい! 美と強さが共存された美しい城だ!」
天守は五重で黒漆の下見板。
金色が入ると豪奢になりすぎるので、破風などは白色を基調とした。
適度な明るさと抜け感が感じられて黒っぽくありながらとても爽やかだ。
全体的な方向性としてはよかったものの、必要素材は多岐に渡り量も今まで一番多かった。
必要な創気の力はなんと〔500力〕!
「〔陽炎狐の爪〕×281個、〔岩蝙蝠〕の翼×314個、〔白銀樹の枝×407枚〕……すごい種類だし量だ。創気の力はこれだけの素材を集めるのは大変そうだな。商会の売買でも全て確保するのは時間がかかるかも」
「大きなお城だものね。気長に集めていきましょう」
シャルロッテと話す俺に、カサンドラは爽やかな笑顔で言った。
「問題ない。万事、私に任せておけ」
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