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第30話:庶子皇子、女騎士との勝負に勝ち仲間に迎え入れる

 ◆◆◆(三人称視点)


 領民が緊張して見守る中、ハルトとカサンドラは武器を構えたまま静かに対峙する。

 およそ15mほど離れているだろうか。

 両者睨み合ったまま、互いの動きをつぶさに観察する。

 余計な動きをした瞬間に隙を突かれるとわかり、ハルトは集中力を高める。


(まだ完全覚醒ではないのにこのプレッシャーか……さすがは作中最強クラスの原作キャラだ)


 カサンドラもまた、ハルトから放たれるオーラに強い圧を感じていた。


(あの刀と衣服、両方から今まで対峙したことがないほどの威圧感を覚える。何も装備だけではない。この圧の源はハルト殿だ)


 カサンドラの目に、まるでハルトは巨人のように強大に見えていた。

 彼女は淡々と、しかしどこか嬉しそうに問う。


「やはり、その特殊な形状をした剣は相当の業物のようだ。名前を教えてもらいたい」

「〔幻夢〕という名だ。発祥した国では刀と呼ばれる」

「ふむ、印象深くて良い名だ。美しさと強さを両立した造形美も見事なり」

「ありがとう。それを言うなら、カサンドラの剣も素晴らしい名剣だ。〔常世の閃光〕だろう?」

「さすがはよく知っている。その通りだ」


 ――〔常世の閃光〕


 羽のような赤い鍔が特徴的で、術者の魔力を消費して剣撃に様々な属性の効果をもたらす。  

 等級は最高のSランクを誇り、〔クロニクル〕の中でも相当に貴重な名剣だった。

 互いに見やった後、カサンドラが地面を砕くほどの勢いで駆け出した。


「いざ参る!」


 猛然と迫る一撃をハルトは〔幻夢〕で防ぐ。

 名剣同士がぶつかり、剣圧の波動とともに激しい火花が散った。


(重い……! この一撃で彼女がどれだけ剣術に人生を捧げてきたかわかる!)


〔幻夢〕はハルトの斬りたい物を全て斬ってしまう。

 よって、力を抑えて戦うことを決意した。


(カサンドラの思いを正面から受け止めたいし、今の俺の剣術はどの程度の強さなのか確認したい! 今の俺ならできる。〔幻夢〕に新しい能力――身体能力の向上が拡張されたから!)


 生成してから独学ながら毎日素振りをしたり、丁寧に磨いたり、毎晩添い寝をしたり大切に扱ったことで新しい能力が拡張されたのだ。

 弾くように〔幻夢〕を振り上げたハルトは一歩踏み込む。


「《七夕》!」

「ぐっ……!」


 一瞬で七十七回斬るという電光石火の斬撃がカサンドラを襲う。

 王国一の剣士である彼女も全てを防ぎきることはできず、腕や肩などに浅い傷を負った。

 どうにか攻撃を防いだカサンドラは一転して反撃に転じる。

 彼女は〔幻夢〕をよく観察することで、効果的な立ち回りの糸口を見つけていた。

 

(片刃かつ反りの深い形状を見るに、刀は斬撃を主目的とした武器だろう。まずは、刺突の多用で様子を見る!)


「《グルーイストライク》!」


 カサンドラは高速で何発もの突きを繰り出す。

〔常世の閃光〕の刀身には水属性の魔力で生み出された粘性の水が纏われており、突きをするたびにハルトに襲いかかった。

 ハルトは迅速に攻撃の意図を読み解き、防御せず回避に集中する。


(本命は突きによる打撃で、副次的に粘性の水で動きを鈍らせるという立ち回りか。二の矢、三の矢を同時に使ってくるあたり経験値の高さが窺える)


 カサンドラはあらゆる行動に無駄がなく、ただの足運びでさえ細部に至るまで質が高い。


(剣術だけじゃない。体術や身のこなし、身体の基礎的な密度の高さを感じる)


〔クロニクル〕では助けられた存在が、今は強大な敵のようだった。


(だが、俺も負けるつもりはない)


 和風好きのハルトは、前世で日本文化に関する様々な本を読んできた。

 その中に〔もし日本刀で西洋剣と戦うことになったら?〕という類いの書物があり、何度も架空の戦闘をイメージした経験がある。


(突き対策は正面に立たないこと、流すこと、そして外した硬直を狙うこと)


 ハルトは軸をずらして狙いを外し、受け流しを意識して猛攻を凌ぐ。

 凌ぐうちに体勢を崩させることに成功し、硬直の隙を大きくした。

 カサンドラは突きを外すたび、若干だがどうしてもバランスが崩れてしまう。

 少しずつ戦いにくさが増した彼女に、ハルトは横薙ぎの一閃を仕掛ける。

 すかさず、〔常世の閃光〕に魔力が込められた。


「《フロストスラッシュ》!」


 氷の斬撃が放たれ、ハルトの周囲が凍りつく。

 横幅が10mほどの広範囲の一撃だったが、氷塊の中に彼の姿は見えない。


(躱された……!? 出の早い剣技だというのに……!)


《フロストスラッシュ》は剣撃と同時に凍らせる技で、カサンドラの技量も相まって回避することが極めて困難だった。

 完全に躱したのはハルトが初めてであるほどに。

 当のハルトはすでにカサンドラの後方に回り込んでおり、強烈な袈裟斬りを仕掛ける。


「《斜絶一閃》!」

「……ぐあっ!」


 咄嗟に反応したカサンドラは受けるが、あまりの威力に弾き飛ばされてしまった。

 彼女が直撃して氷塊は砕け散る。

 それでも勢いは止まらず、20mほど後退した。

 ハルトは大地を駆けて追撃を仕掛ける。

 一方、踏み耐えたカサンドラは勝敗の行方がわかりつつあった。


(ハルト殿は……強い。このままではいずれ負ける。私の放てる最大威力の剣技で形勢逆転するしかない。)


 彼女は〔常世の閃光〕の刀身に魔力を集める。

 周囲の空間が歪むのをハルトは見た。

 刀身の質量さえ重くなっているようだ。


(相当に魔力が練り上げられている。かなり強力な一撃が来る)


 直後、カサンドラは重量が増した〔常世の閃光〕を振り上げ、洗練された真っ向斬りを繰り出す。


「《アークブレイカー》!」


 激しい雷を纏った巨大な斬撃が放たれた。

 100m上空まで届くほどの大きさで、呑み込まれた存在は電流に全身を焦がされ消滅する。


(【魔導騎士】スキルで使える最強の剣技か)


〔クロニクル〕の知識を懐かしく思ったハルトは、今一度〔幻夢〕を固く握る。

 その力を解放し、同じく真っ向斬りで迎え撃った。

 

「《天墜》!」


〔幻夢〕の剣先が触れただけで、《アークブレイカー》は鋏で切られた紙のように容易く切り裂かれていく。

 雷の斬撃は虚空に溶け込み消えていく。

 激しい戦闘が一時的に収まり、辺りに静寂が戻った。

 誰も何も話さない空間で、先に声を上げたのはカサンドラだった。


「魔法を……斬った? 貴殿はいったい何をしたんだ」

「〔幻夢〕には特別な力が二つある。俺の身体能力の向上と、俺の望むもの全てを斬ることだ」

「……なるほど、ハルト殿が望めば魔法さえ斬れるのか。私が思う以上の名剣なのだな」

 

 カサンドラは軽く笑った後、怒りの滲む表情で叫んだ。


「だったら、なぜ刀の力を解放して戦わなかった! 全てを斬れるのなら、私を〔常世の閃光〕ごと葬り去ることができたはずだ!」

「少なくとも俺は、殺し合いをしたくはなかったからだ」


 ハルトが淡々と告げた言葉に彼女は動きを止めた。

 そのまま、〔幻夢〕の力を抑えた理由をハルトは話す。


「力を抑えていたのは謝る。だが、有利に戦う以上に俺はカサンドラの思いを正面から受け止めたかった。俺に対してどんな風に思っているのか、全身で感じたかったんだ。君が言うように、実際に斬り結べばわかるかもしれなかったから。そして、俺が君との戦いで感じたのは……怒りと不安、そして誰も信じられないという苦しみだった」


 静かに聞くカサンドラは唇を噛み締める。

 全て正しかったからだ。

 ハルトや帝国に対する敵対心より、王国騎士団に裏切られた苦しみや不安が心の大部分を占めていた。

 続けて、カサンドラは戦闘中に気づいた"予期せぬ事実"を問わざるを得なかった。

 

「なぜ……なぜ、貴殿には悪意がないのだ」


 剣を握り締めたまま、彼女は信じられないといった顔で呟く。


「貴殿からは悪意や敵意がまったく感じられない。私は貴殿の母国が敵対する王国の人間だ。それも一般人ではなく直接的に戦う騎士だ。それなのに、どうして敵意も害意も感じられないのだ」


 絞り出すようなカサンドラの言葉が静かに響いた。

 剣術の鍛錬を積むうち、彼女は剣を通して相手の心の機敏を正確に察せられるようになった。

 今まで対峙してきた帝国の騎士や魔法使いは全てどす黒い悪意に満ちており、戦争とは何なのかをカサンドラに知らしめた。

 裏切った部下たちからも、心に直接浸透する悪意が伝わった。


 ――自分を殺そうとする意思。


 心が鋭利に刺激される感覚は、いくら剣術の鍛錬を積んでも不快だった。

 感じなくて済む日を早く訪れさせるためにも戦争終結に向けて力を注いでいるのだと、カサンドラは無自覚に思っていた。


(ハルト殿は私を傷つけようとはしていない?)


 ふと思い浮かんだ可能性を否定するように彼女は叫ぶ。


「ハルト殿は帝国の皇子だ! 王国の騎士である私を傷つけようとしたはずだ!」

「もうわかっているでしょう? 彼にあなたや王国を傷つける意思はないのよ」


 ハルトの代わりにシャルロッテが答える。

 

 ――傷つける意思がない。


 その言葉に実感する思いがカサンドラにはあったが、そんなはずはないとなおも頭を振った。


「しかし、彼は帝国の……敵国の皇子です。王国に対する敵対心があるはずです。心の奥底に悪意を隠している可能性があります」

「落ち着いて。あなたは斬り結ぶことで、その相手がどんな人間かわかると言ったわ。実際にその力があると思う。だから、あなた自身が感じたハルの印象と真っ直ぐに向き合って考えてほしいの。ハルは人の痛みがわかる人よ。帝国の皇帝や他の皇族とは違う」


 シャルロッテに言われ、彼女は自分の心と向き合う。

 この戦闘では、今までの人生で一番濃い悪意を感じるはずだった。

 実際はまったくなかった。

 むしろ……。


(彼からは優しさを感じた。殺そうとか害するという意思は……なかった)


 紛れもない事実を突きつけられたカサンドラに、ハルトは静かに歩み寄る。


「誰も信じられないという状況は、世界から孤立した気分で本当に辛いものだ。ずっと暗い海の底にいるみたいに苦しい」

「わかったような口は利かないでもらいたい。皇族の貴殿と一介の騎士でしかない私では立場が違いすぎるだろう」

「いや、わかるよ。俺も同じような境遇にあったから」

「……なに?」


 怪訝な表情を浮かべるカサンドラに、ハルトは帝国での日々を伝える。


「俺は帝国の第三皇子だったけど、利用価値のない存在として扱われていた。庶子という立場がそうさせていたんだ。大魔境の国王に命じられた理由も、実際は帝国を守るための捨て駒にするためだ。帝国内で俺が信じられる存在は俺だけだった」


 彼の話をカサンドラは硬い表情で考え込む。

 その様子を真剣に見守るハルトもまた、静かに自分の心と向き合っていた。


(彼女もまた皇帝一家を断罪する原作キャラの一人だ。シナリオでは俺は無関係であろうと、完全に断罪フラグを回避するのなら深く関わらない方が良いに決まっている)


 シナリオ通りではないこの世界で、原作キャラと関わりを持つ時間が長くなればなるほど、ハルトの断罪に繋がるリスクが大きくなる。

 完全に関係を断つことが一番の回避策だ。

 その考えは相変わらず強い。

 だが、カサンドラを突き放す選択は取れなかった。


(彼女たちはキャラじゃない。この世界で生きる一人の人間なんだ)


 みな一人一人身体を持ち、血が通い、意思を持っている。

 ゲームデータの存在ではなく人間なのだ。

 ここでカサンドラを突き放せば彼女は完全に居場所を失うだろう。

 もしかしたら、もう二度と大魔境には近寄らないかもしれない。

 そうなれば断罪フラグは遠ざかるので願ったり叶ったりだ。

 しかし、とハルトは気になる。


(それでいいのか? 信じていた仲間に裏切られた彼女を見捨てるのか?)


 自分の身に置き換えると、それは生きる気力さえなくなりそうな相当に辛い境遇だった。

 ここで突き放したら、ナタリーのときと同じように"人"として重要な何かを失ってしまう気がする。

 良心の呵責を感じるハルトは、"受け入れる覚悟"を持ってカサンドラを見る。


「なぜ王国騎士団がカサンドラに濡れ衣を着せたのかはわからないが、一つだけ確かな事実がある。……俺たちは味方だ。ここにいる全ての人が君を裏切ることはない」


 顔を上げたカサンドラは「そんなはずがない」と否定しようとした。

 彼女の目に飛び込んできたのはハルトやシャルロッテ、そして領民たちの真剣な瞳だった。 それが何を意味しているのかわからない彼女ではない。


(ここは誰にも裏切られない私の居場所……)


 カサンドラは力なく〔常世の閃光〕を下ろした。


「どうやら、戦う前から勝敗は決まっていたようだな。……私の完敗だ」


 空を見上げる彼女の頬に一滴の涙が零れる。



 ◆◆◆



 カサンドラとの勝負は俺の勝利で終わった。

 彼女は〔常世の閃光〕を鞘に収めた後、俺とシャルロッテの前で跪く。


「ハルト殿……いえ、ハルト様、今までのご無礼をお許しください。このカサンドラ、今後はシャルロッテ様ともども最大限の忠誠を誓わせていただきます」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! なにもそんなつもりで言ったわけじゃないって!」


 俺はいきなりの行動に驚き、領民は拍手喝采で喜ぶ。

〔クロニクル〕の原作主人公に対する忠誠より律儀なんですけど。

 領地に引き入れる覚悟はしたけど、あまり忠誠心が強すぎるのも少し怖い……。

 シャルロッテの説得も得て、俺に対してはもっとフレンドリーに接してもらうことになった。


「では、貴殿とは少しばかり緩く話させてもらおう……さて」


 カサンドラが手の甲を見つめるとおしゃれな八角形の紋章が浮かび上がり、それを見た彼女は明るい笑みを浮かべた。


「やはり、そうか! 貴殿と戦えば【剣聖】になれる日もそう遠くない!」


 紋章の輪郭は三辺の途中まで薄らと光っている。

【魔導騎士】スキルは魔物を倒したり強者と戦ったりして経験値を溜めることで、【剣聖】スキルに進化するのだ。

 カサンドラ曰く、俺とのバトルはかつてないほどの速度で経験値が溜まったらしい。

 突然、彼女は俺の手を強く握る。


「ハルト殿! これからはもっとたくさん模擬戦をしてくれ! 毎日しよう! 朝から晩までやってくれ!」

「あ、ああ、わかった。ほどほどにしよう」


 彼女が強くなればなるほど俺の巻き込まれ断罪の危険は増しそうなものの、断るとそれはそれで不満が溜まりそうなので了承した。

 というよりなんか握り締めの力が増しているような……と思ったところで、シャルロッテがやんわりと、しかし力強くカサンドラの手をどけた。


「慕ってくれてよかったわね、ハル。あなたたちがが強くなるのは私も嬉しいわ。かと言って、必要以上に修行はしないようにね? 特に夜は控えなさい。……わかった、ハル?」

「あ、はい」


 にこりとした笑顔がなんだか恐ろしく、肯定の返事をすることしかできなかった。

 何はともあれ、現時点で王国最強の騎士、未来の剣聖、そして俺を断罪する原作キャラのカサンドラが仲間になった!

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