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第29話:庶子皇子、原作キャラの女騎士から勝負を挑まれる

 まさか、あのカサンドラだったなんて……。 

 俺は衝撃が醒めない。

〔クロニクル〕にはスキルの中でも極めて貴重な”進化するスキル”が存在し、【魔導騎士】もその一つだった。

 デフォルトでは魔法と合わさった特殊な剣術が扱え、"ある条件"を満たすと騎士系最強のスキル【剣聖】に進化する。

 原作主人公の【勇者】にも匹敵する強さで、あらゆる敵を強大な剣技で葬り去るのだ。

 長髪のときは全然気づかなかった。

 だって、女の人は髪型が違うと別人に見えちゃうから!


 当のカサンドラはチラチラと俺に視線を向ける。

 サンフィオーレ王国の敵国の皇子だからだろう。

 作中でも最強クラスに強いキャラだから、対峙しているだけで緊張感がすごい。

 そういえば、ベッド脇に置かれた剣は皇帝一家を斬る例の剣じゃないか。

 彼女についてもハルトの断罪エピソードはないが、シナリオの異変の可能性を考えたらやはり緊張はする。

 カサンドラの敵対的な視線と雰囲気に気づいたらしく、シャルロッテが間に入ってくれた。


「ハルはムーングランツ帝国の皇子だけど善人よ。私が保証する。彼が王国との戦争を主導した事実はないし、賛成していることもないわ。だから、皇帝や他の皇族一家とは違う人だと考えてちょうだい」

「……そうですか。シャルロッテ様がそのように仰るのならそうなのでしょう。ところで、私の身体は傷が完全に消えているようですが、どなたかが回復薬を使ってくれたのでしょうか?」

「いいえ、私が聖魔法で癒したのよ」


 シャルロッテがウィンク(可愛い)すると、カサンドラは目を見開いた。


「聖魔法!? つまり、伝説の【大聖女】スキルを覚醒されたということですか!?」

「まぁ、そういうことになるわね。ハルが私を愛してくれたから【無】スキルが覚醒したのよ」

「そんなことが……」


 赤らめた頬を抑えてくねるシャルロッテは、〔クロニクル〕で闇墜ちした姿からは想像もできないほど非常に尊い。

 こんな姿が見られるだけでもこの世界に転生した意味があるというものだ。

 状況の共有が終わったところで、真面目な表情に戻った彼女がカサンドラに問うた。


「王国騎士団のあなたに聞きたいことがあるのだけど、"ブルーサン商会"が取り潰しされた件について何か知っている?」

「……? いいえ、取り潰しの話自体初耳です。あの商会に何かあったのですか?」


 俺たちは例の事情を話す。

 話を聞いたカサンドラは終始表情が硬かった。


「……なるほど、しかし驚きました。"ブルーサン商会"が取り潰しになるほどのトラブルを起こした記録はなかったはずです。王国騎士団はかなり世話になりました。それなのになぜ……いったい何が目的なのか不明です。申し訳ありません。私は遠征任務に出ておりましたから、国内での出来事をあまり知らないのです」

「いいえ、気にしないで。それだけわかれば十分だわ」


 王国騎士団に現役で属する騎士の話は重く感じられた。

 現在は"トライシャイン商会"という名で立て直し中という経緯も合わせて説明する。

 カサンドラは終始驚嘆しきりだった。


「大魔境は私が思うよりずっと発展しつつあるのですね。この家はずいぶんと立派で見事です。戦争中の帝国と王国が手を取り合う日が訪れるなんて……ハルト殿は私が思う以上にご立派な方なのですね。ところで、シャルロッテ様、実は私の任務は……いえ、なんでもありません。もしよろしければ領地を案内いただけませんか?」

「ええ、もちろんよ。でも、身体は大丈夫なの?」

「もう完全に復活いたしました」


 とのことなので、領地を案内することになった。

 剣がないと落ち着かないそうで、カサンドラは腰に剣を下げる。

 外に出た瞬間、彼女は目を見開いた。

 ずっと気絶していたので、領地の様子を見るのは初めてなのだ。


「これが大魔境……! 話に聞いていた場所とはずいぶんと違うようですね。すごい……まるで楽園だ!」


 畑は種々の作物が豊かに実り、瀟洒でありつつも落ち着いた日本建築が並ぶ。

 以前はひび割れた大地も、今は小さな花が可愛く咲く草原になっていた。


「ハルが特別な魔導具を生み出して浄化してくれたのよ。大魔境の大部分がすでに浄化済みなの。おしゃれな家もこの服も全部ハルがスキルで作ってくれたわ」

「あの瘴気を浄化したとは……俄には信じられません。王国騎士団でも不可能でしょう。ハルト殿は類い希な方なのですね」

「ありがとう。でも、大魔境がここまで発展したは俺だけじゃなくて、シャルや領民のみんなが手伝ってくれたからなんだ」


 外に出た俺たちを見て、多数の領民が集まってくる。

 みな、カサンドラの回復を喜んでおり、わいわいと歓声が上がった。

 ナタリーも歓声を上げるが、次の瞬間には複雑な表情に変わる。


「やっぱり、あの"神滅"のカサンドラだ! 川から運ばれてきたときなんとなくわかったよ」


 顔が硬い理由は、王国騎士団による取り潰しの件だ。

 カサンドラはその全てを知らなく関わってもいないことを伝えると安心したようだった。

 領地のからくり人形や薬の製造所、"トライシャイン商会"の本部など諸々の設備を案内する。

 見学してハルト邸の前に戻ってくるが、終始カサンドラはどこか難しい表情だった。

 その様子が気になり、俺はシャルロッテと顔を見合わせる。


「どうしたんだ、カサンドラ?」

「身体が痛むの?」


 俺たちの問いに彼女は首を横に振ると、淡々と、しかし衝撃的な話をした。


「私は……王国騎士団に裏切りの濡れ衣を着せられたんです」


 カサンドラの言葉が静かに領地に消えゆく。

 誰も何も話さぬ中、彼女は力なく話を続けた。


「元々、私はムーングランツ帝国の偵察任務を命じられていました。大魔境近くの草原まで来たところ、あの国との内通の証拠があると……部下に襲われました。彼らを斬ることなどできず私は川に飛び込み大魔境に辿り着きました。ですが、全ては濡れ衣なのです。私は帝国と内通などしておりません」

「どうしてそんなことが……っ」


 俯きながら硬く拳を握るカサンドラに、シャルロッテが心配した表情で駆け寄る。

 この場にいる全員が言葉を失っており、俺は心臓がひやりと冷たくなるような嫌な感覚を覚えた。

 同じく原作キャラであるナタリーも同じような目に遭っている。

 これは単なる偶然だろうか?

 しばし俯いていたカサンドラは、勢いよく剣を引き抜いた。


「私はもう何も信じられない! こうなったのも全て……ムーングランツが戦争を仕掛けてきたからだ! お前たちが攻撃してこなければ戦争も起きなかったし、私が内通者だと部下に剣を向けられることもなかった!」

「落ち着いて、カサンドラ! ハルは関係ないわ!」

「いや、やはり関係はあるよ、シャル」


 周囲がざわつき、俺は一歩前に踏み出す。

 カサンドラの今の心境が俺にはわかるような気がした。

 何も信じられず、世界から孤立したと思う感覚。

 俺の庶子皇子という立場に基づく父上やミカエルたちからの理不尽な扱いは、状況は違えども彼女の境遇に似ているところがあると感じた。

 カサンドラはシャルロッテが止めるのも構わず剣先を俺に向ける。


「ハルト殿、貴殿に決闘を申し込みたい。その腰に下げているのは業物の剣と見た。私は長く剣を振るう生活を送るうち、斬り結ぶことで相手の人となりがわかるようになった。貴殿がどんな人間なのか、今一度自分自身で確かめたい」

「わかった、戦おう。シャル、どうか止めないでくれ。カサンドラの考えを受け止めたいんだ」


 シャルロッテはしばし硬い顔で黙った後、小さく頷いた。


「危なくなったら止めるからね」

「……ありがとう」


 まだ何もない場所に移動する。

 領民が見守る中、俺は〔幻夢〕を抜刀した。

 この戦いは断罪フラグの回避もそうだが、カサンドラにとっても重要な一戦になるのは間違いない。

 空気が張り詰め、一騎打ちが始まる――

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