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第3話:裏ボス王女、敵国の皇子との婚約を命じられる(Side:シャルロッテ①)

 サンフィオーレ王国宮殿、国王の間。

 この空間に呼ばれるのはいつぶりだろうか。

 決して良い話ではないという想像通り、玉座に座るお父様の顔は険しかった。


「聞け、シャルロッテ。休戦の証として、お前はムーングランツ帝国の皇子と結婚してもらう。先に言っておくが拒否権はない」

「はい、承知いたしました」


 お父様の言葉に頭を下げる。

 ムーングランツと休戦協定を結んだと聞いたとき、私は何かしらの形で使われると推測はしていた。

 結婚、と聞いても何も感じない。

 そこにあるのはただ諦めの感情だけ……ああ、そうなんだという感想しかなかった。

 生まれもっての白い髪が不気味と称され、婚約の話が浮かぶたび先方に拒絶された。

 極めつきは三ヶ月ほど前に発現した【無】スキル。

 文字通り、何もできない。

 政略結婚の駒にさえ使えないと判断された私は利用価値がなく、この王国で居場所がない。

 休戦の証とは聞こえがいいが、捨てるに捨てられない私の厄介払いは明白だった。

 いっそのこと死んでしまえば楽になるのでは……何度そう思ったかはもうわからない。


「お前の結婚相手はハルトという第三皇子だ」

「左様でございますか」

「お前と同い年だからスキルが発現して間もないだろう。使い慣れていないと考えられる。隙を見て殺せ。【無】スキルのお前でも殺せる可能性が高い」


 暗殺に対しては返答せず、首を垂れるのみで収める。

 彼の国には皇子が三人いるようだ。

 上二人の名前はこの国でもよく耳にするが、末の皇子の名は聞いたことがない。

 隠し玉か、はたまた私と似たような境遇の男か……。

 不意に、お父様は怒りに肩を震わせた。


「……おのれ、ムーングランツめ。朕の目論見を看破しおった。お前を宮殿に送り込む計画が狂ったわ」


 彼の国が国境沿いに所持する、大魔境と呼ばれる広大な荒れ地。

 そこを自治国として建国し、ハルト氏を王として派遣すると聞かされた。

 私が宮殿内部の情報を得るという計画は始まる前から終わったのだ。

 お父様が怒り、その場に私がいる場合、決まって私が責められる。


「これも全て……シャルロッテ、お前のせいだ! お前が負の気を呼び込んでいるのだ!」

「はい、申し訳ありません」


 いつものように粛々と謝罪してやり過ごす。

 反論や抵抗は時間の無駄で、よりお父様の怒りを増幅させるだけ。

 この宮殿で学んだことの一つだ。

 暗い日々が蘇る私は、くすくすという笑い声を耳にする。

 壁際で二人の姉が笑い合っていた。 


「大魔境で新婚生活なんて素敵ですこと。苦労しすぎて白い髪がもっと白くなってしまうかもねぇ」

「聞こえますわよ、お姉様。一応、妹なのだから優しくしていただかないと。逆恨みでもされたら面倒ですわ」


 彼女たちはあまり良い姉ではない、というのが妹としての印象だった。

 戦争で忙しいお父様とお母様より長く接してきた。

 外面は良いが外見が全てと考える長姉と、それに迎合する次姉。

 白髪が気味悪がれてきた私に対する態度は説明に難くない。

 彼女たちから少しでも離れられると思ったら、この婚約にも意味があるのかもしれない。


 唯一心残りがあるとすれば、影ながら運営していた孤児院の行く末だ。

 ムーングランツ帝国との戦争は数多くの孤児を生んだ。

 お父様に彼らを支援する政策を打診するも断られたので、私一人で開くことになった。

 若い頃は宮殿の使用人だった老婆にシスターを頼み、細々とながら孤児を世話した。

 時間を見ては私も訪問し、子どもたちに愛を注いだ。


 終ぞ、私には注がれなかった愛を――


 この後すぐに手紙を出し、個人的に持つ少なからずの全財産を託そう。

 シスターと子どもたちの幸せな生活が続くことを願うばかりだ。


 お父様はしばし私を罵倒していたが、やがて疲れたのか雑な様子で私に命じた。


「お前には軍事用の転送魔法陣の使用を許可する。大魔境の近くまで飛ばしてやる。さあ、さっさと大魔境に行け。彼の国の第三皇子も現地に行く頃合いだ。我が王国がお前に配慮して攻撃の手を緩めるなんて甘い期待は抱くなよ」

「はい、承知しております」


 誰がそんな期待など抱くだろうか。

 私は守るに値しない王女だと、私が一番よく知っている。


 □□□


 転送魔法陣があるのは宮殿の離れだ。

 諸々の準備を進める中、茶髪を一つにまとめた質素なメイドがこちらに来た。

 私の専属侍女で、名はアンナと言った。

 

「お荷物でございます」


 彼女は鞄を差し出す。

 荷造りを頼んでいたものだ。

 着替えなど最低限の物しか入っていないので、私の心に反して軽かった。


「ありがとう。私なんかの世話をさせて悪かったわね」

「いえ、シャルロッテ様とご縁ができて幸せでございました」


 アンナは淡々とした声音で言い、丁寧に頭を下げ、静かに退室した。

 彼女は初対面のときから変わらぬ静かな印象を持つ。

 宮殿では肩身が狭かっただろうに、淡々と業務をこなしてくれた。

 私の世話係を解放された暁には、何か良いことが起きてほしいと神に祈る。

 転送魔法陣の中央に立つ私は、窓の外にある宮殿を見た。


「私にとって、この場所は幸福の場所にはなり得なかった」


 向かう先は婚約者が待つという大魔境。


 ――どうせ、私を愛する者などどこにもいない。


 今の心境を反映するかのように、空はずいぶんと重い曇天だった。



 ◆◆◆(三人称視点)



 シャルロッテが転送されたのを確認すると、長姉――アデラードの赤い瞳は大きく孤を描いた。


「……よかった。邪魔者が消えて清々したわ。大魔境に行くんじゃ、宮殿に帰ってくることはないでしょう」

「画策のほどありがとうございます、お義姉様。あの不気味な白い髪を二度と見なくてすむと思ったら安心いたしましたわ」

 

 次姉――カイラも口元を抑えつつ不愉快な笑い声を上げた。

 休戦の証として、シャルロッテをムーングランツ帝国の皇子と結婚させる。

 これを提案した人物こそアデラードだった。

 彼女は自室に戻りながら、人知れず拳を握る。

 胸に広がるのは安心感だ。


(これでもう大丈夫……)


 一ヶ月ほど前、誰が描き誰が置いたのかわからないが、金髪になったシャルロッテの肖像画がアデラードの部屋に置かれていた。

 まさしく、聖女や天使という表現がふさわしいほどの美しさと神々しさだった。

 髪の色が金になるだけで、これほど見た目が変わるのかと思った。

 そこに描かれたのが"無の王女"であることさえ忘れ、アデラードはしばし目を奪われてしまった。

 もし、シャルロッテが髪を染めたら……、今までのようにアデラードが国中の羨望を集めることは難しくなるだろう。


(私以上に美しい存在は必要ないの)


 彼女の瞳には嫉妬の炎が燃え上がる。

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