第2話:庶子皇子、魔物に襲われていた裏ボス王女を助ける
光が収まると俺は広大な荒れ地に立っていた。
木々は枯れ果て地面はひび割れ、心なしか空さえ重苦しい。
見える範囲で魔物や動物の類いは確認できなかった。
地面の表面には黒い靄が漂っており、明らかに普通の土地ではないと実感する。
ゲームと同じ瘴気のエフェクトが辺り一面に広がっていた。
大魔境だとわかるや否や、全身を異変が襲う。
「……ごほっ、ごほっ」
息を吸うたびに、喉や肺がチクチクと細かく痛む。
瘴気による汚染の影響だろう。
空気とともに小さな針をたくさん吸い込んでいるような感覚だ。
なるほど、これが大魔境か。
ここまで劣悪な環境を行軍するなど愚の骨頂だ。
ただ立っているだけなのに軽い眩暈が起き始めた。
この状況を突破できる可能性を懸け、俺はスキルを発動する。
帝国の誰も解読できなかった謎の言語、それは……日本語だ!
「スキル発動……【和風暮らし】!」
目の前の地面に松葉色、要するに深緑色の巻物と毛筆が現れた。
急いで巻物を広げると墨の文字がじんわりと浮かび上がってくる。
――――――――――――
~【和風暮らし】スキルの心得~
★スキルの能力
・和風の暮らしを営むに要る種々の品々――“和様器物”を生みいづこと能ふ
(和風生活を送るために必要な様々な物――“和風アイテム”を生み出せる)
・人の心を和の雅にて揺るがすごとに、和様器物創具の力いよいよ蓄ふ
(他者を日本文化で感動させるたびに、和風アイテムの生成エネルギーが貯まる)
★スキルの使い方
・集めし材を費やすれば、巻物に記されし絵姿より和様器物生みいづ
(集めた素材を消費することで、巻物に描いた和風アイテムが出現する)
・材は絵を描きて巻物にたちまち吸ひ取られぬ。
(素材は絵を描くことで巻物に吸収される)
★和風アイテムの概要
・和の雅に縁ある、日々の営みに益あり器物なり
(日本文化に関係する、暮らしに役立つ物である)
・其方が望む力ひとつ授け得る。使ひ重ねるほどに、力はおのずと加はりゆく。
(あなたが望む能力を1つ付与できる。使い込むことで自然と能力が追加されていく)
・すべてSSSランクに属す
(全てSSSランクである)
――――――――――――
便利なクラフト系のスキルだ!
〔クロニクル〕では最高がSランクなのに、それを軽く上回っている。
しかも、前世の俺が好きだった大好きな和風文化に関連するアイテムが作れるらしい。
使い込みで能力が増えるというのは、付喪神の精神が生きていると考えられた。
能力全般の他、思い出したこのゲーム世界や前世について一度腰を落ち着かせて考えたいのだが、現時点で素材は何も集まっていない。
”創具の気”と称された電力タンクみたいな和風のアイコンも、0気と書かれていて空っぽだ。
瘴気の中を探し回るのはキツそうだと思ったとき、頭に声が響くのを感じた。
厳しいこの環境に似つかわしくない、なんというかこう……平安貴族が和歌を歌っているような感じののんびりした声だ。
〔初回特典にて~、ただ一度のみ~、条を顧みずして~、和風暮らし~、成すこと能ふ~〕
そんな特典があるのか。
古文も好きだった俺は〔条を顧みず〕とは条件を無視してという意味だと察し、即座に頭の中に念じる。
求めるのは瘴気や魔物など外敵に怯えなくて済む、安心して暮らせる家だ。
「【和風暮らし】!」
武家屋敷に似た立派な日本家屋が生み出された。
濃い灰色の屋根瓦が非常に美しい。
じっくり鑑賞したいところだが、瘴気が厳しいので急いで中に入る。
もちろん玄関は引き戸だった。
ガラリと開けると広い土間が現れ、温かみのある木造の空間が現れる。
息苦しさやふらつきは一瞬でなくなり、まったく違う世界に来たかのように楽になった。
「おおっ……これはすごい!」
和風の旅館や手入れの行き届いた古民家という雰囲気で、木の香りが心を落ち着かせた。
土間を上がったところは障子が閉まっており、少しばかり緊張しながら開け放った。
たちまち現れるのは畳を敷かれたセンスのよい部屋の数々だ。
行燈の形を模した照明が適度に室内を明るくする。
室内の装飾は和モダンといった感じで、新鮮な藺草の香りが芳しい。
この家を生成するにあたり、意識したのは数寄屋造りの構造だ。
俺の趣味で廊下続きの離れも作った。
自分で言うのもなんだが、かなりいい。
巻物に浮かび上がった絵の隣には、この家の能力が記載されていた。
――――――――――――
・名前:ハルト邸
・等級:SSS
・能力:①あらゆる外敵の攻撃を防ぎ止む(あらゆる外敵の攻撃を防ぐ)
――――――――――――
本当に、目の前の問題を解決できる能力が備わっているようだ。
居間で座った畳はどこか懐かしくて心が落ち着く。
なぜ【和風暮らし】という摩訶不思議なスキルを授かったのか、それには一つ心当たりがあった。
「俺は元々、日本文化が好きなアラサーの日本人だったんだよな。過労死しちゃったんだ……」
呟きが虚空に消え、前世の記憶が蘇る。
32歳の日本文化好きなブラック社畜、月村春人――それが俺だった。
子ども嫌いの両親にとって俺は邪魔な存在だったようで、常に放置された。
遊んでもらった記憶は一度もないし、誕生日を祝ってもらったこともない。
中学卒業後は働きに出され、結局一度も顔を合わせずに俺は過労死した。
いつかFIREして、田舎の日本家屋でのんびりと暮らすこと――要するに”和風スローライフすること”を人生の目標に必死に生きていたことも思い出す。
「そして、ここは……前世でハマった大人気RPGゲーム〔太陽と月のクロニクル〕の世界」
通称――〔クロニクル〕。
サンフィオーレ王国の平民である原作主人公は、15歳の誕生日に天から【勇者】のスキルを授かることで冒険が始まる。
様々な仲間と出会い、彼の敵であるムーングランツ帝国の皇族一家――要するに父上とミカエルたち兄上の面々を倒す冒険物語だった。
父上たちは断罪というか失脚するが、ハルトの名前は一度も出てこなかったと思う。
そういえば、戦争に反対していた皇族を保護した……というナレーションがクリア後に出てきた。
きっと、その皇族がハルトだ。
破滅の運命にある兄上たちに転生しなくてよかったと安心する。
【和風暮らし】なんてスキルは〔クロニクル〕には出てこなかった。
俺の好みが天に届いたのだろうか。
前世やこの世界について思い出したところで、次は結婚相手の知識が蘇った。
「シャルロッテ・サンフィローレ。〔クロニクル〕の裏ボス王女で……俺の一番の“推しキャラ”だ」
生まれ持っての白髪が周囲に気味悪がられて育った第三王女で、脳裏に浮かぶのは白髪が黒髪に変わる険しい表情の彼女だった。
エンドコンテンツにおいて、原作主人公はサンフィオーレ王国の王女と結婚するイベントがある。
シャルロッテには唯一彼女を味方してくれた二人の姉がいて、そのどちらかと結ばれるのだ。
幼少期から白髪が気持ち悪いと言われ婚約破棄され続けたシャルロッテは、ここでも選ばれなかったと強く落ち込んで完全に闇堕ちする。
魔力はあるがなんの魔法も発動できない【無】と判定されていたスキルが、世界で唯一闇魔法を扱える【堕天使】に覚醒。
白髪は漆黒に変わり、強大な闇の力でこの世界を恐怖と破壊、混沌に包み込むのだ。
成長した原作主人公と原作キャラでさえ、特別な魔導具を装備しないと相手にならないほどに強い。
間違いなく作中最強キャラだった。
そして、そのシャルロッテを倒すと彼女の父――サンフィオーレ王による不当な扱いが明らかになり、彼は失墜。
原作主人公が次の国王に成り上がるのだ。
一方で、心を通わせると世界で唯一聖魔法を扱える【大聖女】スキルに覚醒するという噂があった。
白髪は王族の誰よりも輝く美しい金髪に変わるようだ。
広いネットの海でもそんな報告は見られなかったから本当かはわからない。
俺も相当に挑戦したがいくらやり込んでも結ばれることはできず、都市伝説じゃないかと言われていた。
シャルロッテが闇堕ちした後、その人生の全てが明かされる。
彼女は人知れず孤児院を経営していた。
帝国との戦争で天涯孤独になった愛されない子たちを親の代わりに世話し、無償の愛を注いでいたのだ。
誰にも愛されない前世を送った俺は強く共感するとともに、彼女の気高さに心を打たれた。
――誰かに愛されたかったが愛されなかった。
彼女が闇墜ちした理由は至ってシンプルだ。
【堕天使】の力を振るう彼女の顔は寂しげで辛く、終ぞ留めを刺せなかったことは今でもよく覚えている。
そのシャルロッテと結婚するとは、驚きや緊張、そして嬉しさが入り交じる複雑な感情だった。
言わずもがな、〔クロニクル〕のシナリオにハルト・ムーングランツとの結婚エピソードも裏設定もない。
完全にゲームと同じ世界ではない、ということだろうか。
いずれせよやっぱり推しキャラとは仲良くなりたいと思う俺は、ある可能性を思いついた。
「【和風暮らし】スキルで和風アイテムを生み出して、日本文化を堪能してもらったら仲良くなれるかもしれない」
俺の田舎で和風スローライフするという目標とも合致する。
一石二鳥の良い作戦に思えたので、まずはシャルロッテを日本文化でおもてなししようと決める。
肝心の彼女はもう来ているのだろうか。
休憩もできたし、素材集めを兼ねて探しに行ってみよう。
外は瘴気が辛いので覚悟を決め玄関を開けた。
一歩踏み出した瞬間息苦しさを覚えるが、頑張って30mほど歩いてみる。
いざとなったら帰れる場所があることが安心感を与えてくれた。
荒れ地ではある一方で、枯れ木や石など素材らしき物はそれなりに転がっている。
魔物の死骸とかを見つければ、さらに採集が捗るかもしれない。
吸収させようと巻物をかざしたとき。
『ゴアアアアアッ!』
右後方から大きな咆哮が轟いた。
数十m先で白髪の女性が狼型の魔物に襲われている。
きっと、シャルロッテだ!
俺は走りながら大声で呼びかける。
「おーい、こっちだー!」
白髪の女性は俺に気づくとこちらに走ってきた。
やはりシャルロッテだ!
彼女の背後には狼魔物が迫り、これはC級のガルドウルフだとわかる。
強靱な爪と牙で鉄をも切り裂く中堅の強い魔物だった。
「俺の後ろにある建物に避難してください! あそこなら安全です!」
「わ、わかりました!」
シャルロッテが横を通り過ぎると同時、俺は先ほど拾った石をガルドウルフに思いっきり投げつける。
『ギィィッ!』
石は目に当たり、動きを遅らすことに成功した。
すぐにシャルロッテに追いつき、引き戸を開けて一緒に中に入る。
しばらくは激しく玄関が叩かれていたが、やがて諦めたのかガルドウルフは去って行った。 振り向く俺に、シャルロッテは丁寧に感謝してくれる。
「助けていただいてありがとうございました」
「いえ、お怪我はありませんか?」
「おかげさまで、かすり傷程度でおさまりました」
「それならよかったです。……申し遅れました。俺はあなたの結婚相手となる、ハルト・ムーングランツです」
胸に手を当て丁寧に礼をすると、彼女は一瞬だけ表情が硬くなった。
「あなたがハルト様でしたか。私はシャルロッテ・サンフィオーレです」
「急な話になってしまいましたが、よろしくお願いします」
世界を滅ぼす裏ボス王女で俺の結婚相手で一番の推しキャラを前に、俺の心臓は緊張で壊れるほどに拍動した。
赤い瞳は燃え盛る太陽を思わせる輝きと美しさを放ち、陽光に煌めく長い白髪は神々しささえ感じるほどだ。
見た者を引き込むオーラが感じられ、土で汚れた衣服さえ彼女の高潔さを隠すことはできない。
あまりの美しさと衝撃で、俺はしばし呆然としてしまう。
比喩じゃなく、彼女の周りだけ光芒が差しているようだ。
ここはゲームの世界だが現実世界で出会えて本当に嬉しかった。
同時に、推しキャラが苦しんでいるのを見るのは辛くて胸が痛んだ。
シャルロッテは不思議そうな顔で辺りを見渡す。
「ところで、この家は不思議な空間ですね。あれほど辛かった瘴気の苦しみがまったくありません」
「実は俺がスキルで生み出した家でして、瘴気のダメージを遮断してくれるんです」
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