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第2話:(ざまぁ回)悪役モブ皇子、虐めてくる長兄を軽くいなしてから大魔境に行く

 その名を聞いた瞬間、俺はこの日一番といっていい衝撃を受けた。

 だって、シャルロッテ・サンフィオーレとは“無の王女”と称された〔クロニクル〕の裏ボス王女だ!


 王族譲りの美しい赤い目を持つが、生まれたときからの白髪が周囲に不気味と言われてきた。

 作中ではハルトと同じようにモブ王女という設定で、いない存在として扱われた。

 セリフが出てくることすらない。

 原作主人公が宮殿を訪ねたとき、一瞬だけその姿を庭園で見かけるくらいだった。

 本編においては名前だけの存在だが、メインストーリー後のエンドコンテンツにて、とあるきっかけを経て闇堕ち。

 最強最悪の裏ボスとなってしまうのだ。


 未だ衝撃覚めやらぬ俺に、父上は結婚が決まった背景を説明する。


「サンフィオーレの狙いはわかっている。婚姻関係にかこつけてシャルロッテ嬢を宮殿深くまで送り込み、我が帝国の機密情報を得るつもりだ。その対策として、どの皇子と結婚するかはこちらで決めさせてもらった。このときばかりは貴様に存在意義があったな。なぜかわかるか? いや、愚かな貴様には何もわからんか」


 なるほど、そういうわけか。 

 経緯を聞き、なぜ俺が結婚することになったのか推測できた。


「シャルロッテ嬢を宮殿から遠ざけた場合、夫となる皇子も宮殿を離れることになるでしょう。戦力が減ってしまいますし、仮に彼女に暗殺された場合被害は甚大です。そこで俺……いえ、役立たずの私と結婚させることで、まずは我が国の戦力を保持します」

「……続けろ」

「自治国になった大魔境を皇子が統治するのは当然のこと。私と一緒にシャルロッテ嬢を住まわせることで宮殿から遠ざけ、尚且つサンフィオーレに対する人間の盾にするというわけですね? 無能の私も厄介払いできてちょうどいいと」

「……ほぅ、貴様にしては理解が早いな。その通りだ。貴様には我が帝国の盾になってもらう。シャルロッテ嬢とは大魔境で落ち合い、せいぜい仲良く暮らすことだ」


 父上はこの場で初めて僅かに微笑んだ。

 かといって褒める意味合いはなく、自分にとって有能かどうか見定めているといった雰囲気だ。

 それにしても、まさか俺の一番の“推しキャラ”と結婚することになるとは――


 脳裏に浮かぶのは、白髪が黒髪に変わる険しい表情の彼女だった。

 エンドコンテンツにおいて、原作主人公はサンフィオーレ王国の王女と結婚するイベントがある。

 シャルロッテには唯一彼女を味方してくれた二人の姉がいて、そのどちらかと結ばれるのだ。

 幼少期から婚約破棄され続けたシャルロッテはここでも選ばれなかったと強く落ち込み、完全に闇堕ち。


 魔力はあるがなんの魔法も発動できない【無】と判定されていたスキルが、世界で唯一闇魔法を扱える【堕天使】に覚醒。

 白髪は漆黒に変わり、強大な闇の力でこの世界を恐怖と破壊、混沌に包み込むのだ。

 成長した原作主人公と原作キャラでさえ、特別な魔導具を装備しないと相手にならないほどに強い。

 間違いなく作中最強キャラだった。

 そして、そのシャルロッテを倒すと彼女の父――サンフィオーレ王による不当な扱いが明らかになり、彼は失墜。

 原作主人公が次の国王に成り上がるのだ。


 一方で、心を通わせると世界で唯一聖魔法を扱える【大聖女】スキルに覚醒するという噂があった。

 白髪は王族の誰よりも輝く美しい金髪に変わるようだ。

 広いネットの海でもそんな報告は見られなかったから本当かはわからない。

 俺も相当に挑戦したがいくらやり込んでも結ばれることはできず、都市伝説じゃないかと言われていた。


 ゲーム知識を思い出す俺に、長兄と次兄は相変わらずの嘲笑を向ける。


「大魔境で敵国の王女と新婚生活なんて羨ましいぜ。妾の子にはもったいないくらいだ」

「兄さんの言う通りですよ。いやぁ、羨ましくてしょうがありません」


 まったく、本心でもないくせに。

 二人の侮蔑を聞き流す俺の脳裏には、さらなるゲームシナリオが蘇った。

 シャルロッテが闇堕ちした後、その人生の全てが明かされる。

 彼女は人知れず孤児院を経営していた。

 帝国との戦争で天涯孤独になった愛されない子たちを親の代わりに世話し、無償の愛を注いでいたのだ。

 誰にも愛されない前世を送った俺は強く共感するとともに、彼女の気高さに心を打たれた。


 ――誰かに愛されたかったが愛されなかった。


 彼女が闇墜ちした理由は至ってシンプルだ。

【堕天使】の力を振るう彼女の顔は寂しげで辛く、終ぞ留めを刺せなかったことは今でもよく覚えている。

 本当に一番の推しキャラだ。

 ハルトと結婚するエピソードは初めて知った。

 元々そのようなシナリオがあったのだろうか。

 もしかしたら、この世界特有の変化の可能性さえある。

 念のため、全てがシナリオ通りとは思わないように警戒しよう。


 父上から、「もしこの結婚を断れば反乱の意図があると判断し、シャルロッテ嬢ともども処刑する」と続けて言われた。

 元より了承するつもりだ。

 首を垂れる俺はそれほど追い詰められてはいなかった。

 なぜなら……。


 辺境ならば大好きな日本文化を築けるだろうし、さらには大好きな推しキャラと仲良くなれるかもしれないからだ。

 いや、何としても両方とも達成してみせる!


 状況に反して俺の心は明るい。

 とはいえ、シャルロッテとの関係は……正直なところどうなるかわからない。

 敵国の皇子との結婚となれば、それは実質人質だと意味する。

 もちろん俺もそうだ。

 何より、このゲームの裏ボス王女が相手ではやはり緊張する。

 下手したら機嫌を損ねてジ・エンドなんてことも……。

 大丈夫だと自分に言い聞かせた。

 まずは始めてみなければ何も始まらない。


 宮殿の地下室に、大魔境に飛べる一方通行の転送魔法陣がある。

 たくさんの楽しみと幾ばくかの不安を胸に、俺は地下室に下りていった。



 □□□


 地下室は縦横30mほどと広大で、中央には複雑な魔法陣が刻まれる。

 王族の魔力で起動する仕組みだ。

 壁際の照明魔導具によりぼんやりと照らされた雰囲気がどこか寒々しかった。

 父上はもちろんのこと、見送りは誰ももいない。

 ただ一人、長兄のミカエルだけが出入り口を塞ぐように立っていた。

 彼はいつも通り小馬鹿にした顔で俺を見る。


「よぉ、無能皇子。前から思っていたが、その湿気た面はどうにかなんねえのか? 見ているだけで萎えるんだよ」

「……何か用ですか、ミカエル兄さん」

「ああ? 用なんか何もねえし。妾の子に王族の魔力がちゃんとあるか心配でな。わざわざ見張りに来てやったってわけさ」


 そこで言葉を切ると、ミカエルは心底見下した顔を向ける。


「お前は逃げるかもしれないしよ。なんてったって、妾の子だからな」

「別に逃げたりしませんけど」

「どうだか」


 思い返せば、彼は昔からこうだ。

 ゲームの設定以上に選民思想が強いようで、やたらと出自の違いにこだわった。

 俺は妾の子というだけで魔法の練習台にされたり、裏で暴力を振るわれたりと、記憶を取り戻すまではずいぶんといじめられてしまった。

 ただ、そんな彼がこの場にいようといなかろうと関係ないので、俺は特に相手にせず魔法陣の中央に向かう。

 瞬間、炎の球が顔をかすめた。

 飛んできた方向を見ると、ミカエルの手の平にいくつもの火球が浮かんでいる。

 旅立つ前に一悶着ありそうだ。


「いったいどういうつもりですか?」

「なぁに、餞別祝いに少し遊んでやろうと思ってな。大魔境は魔物が多いだろ? 俺が直々に戦闘訓練してやる。ありがたく思えよ、妾の子……そぉら《火球》!」


 ミカエルは笑いながら何発もの《火球》を放ってくる。

 俺は回避に専念してそれを躱す。

 彼のスキルは【賢者】。

 聖と闇、そしてもう一種類以外の全ての魔法が使える大変強い能力だ。

 十発ほども躱したところで、ミカエルはわざとらしく首を鳴らした。


「安心しろ、殺しはしねぇよ。ちょっと痛めつけるだけだ。大魔境の魔物に簡単に食われちまう程度にな」


 床に刻まれた転送魔法陣を起動するには、魔力の浸透に多少の時間を要する。

 単純に立つだけでは隙を攻撃されてしまうだろう。

 少なくとも動きを止める……いや、いっそのことこんなヤツは倒してしまいたい。

 俺は魔力を消費して例の巻物を出現させた。

 途端にミカエルは笑う。


「おいおい、またその巻物か。何ができるってんだぁ?」


 現時点では素材は何も集まっていない。

 使えそうな物は壁際の照明くらいか?と視線を走らす俺は、頭に声が響くのを感じた。

 この場に似つかわしくない、なんというかこう……平安貴族が和歌を歌っているような感じののんびりした声だ。


〔初回特典にて~、ただ一度のみ~、材を費やさずして~、和風工匠~、成すこと能ふ~〕


 初回特典!

 ありがとう!

 さっそく、日本と言ったらこれだ!という武器を思い浮かべる。


「【和風工匠】!」


 巻物が光り輝き、消えると同時にある物が俺の手に握られていた。

 そう……刀だ!

 黒い鞘に納められたそれは反りが浅く、太刀に分類される武器だとわかる。 

 金色の鍔は日本を象徴する桜の形をしており、同じく桜模様が刻まれた鞘がとてもおしゃれでカッコイイ!

 胸が高鳴る中、この武器の情報が頭に流れ込んできた。


――――――

・名前:幻夢

・等級:神話級(SSSランク)

・能力:①汝が斬らむと欲するもの、その悉くを斬り払ふ(あなたの斬りたいものを全て斬る)

    ②汝の力をいと強く増さしむ(あなたの身体能力を著しく向上する)

――――――


 名前までカッコいい。

 ……というか、本当にSSSランクのアイテムができた!

〔クロニクル〕では最高がSだったはず。

 その二段階も上とは伝説の聖剣をも軽く超える等級だ。

 神話級という表記は、【和風工匠】の世界観に合わせてくれたと推測される。

 能力も確かに強く、丁寧に現代語訳まで……。

 どうもありがとう。

 引き抜いた刀身も漆黒で、表面に散りばめられた桜模様が僅かな明かりにも美しい桃色に輝いた。

 素晴らしい造形美を誇る〔幻夢〕を見て、ミカエルは笑う。

 

「ははは、なんだその剣は。簡単に折れそうだな。貧弱なお前と同じだ」

「この造形美がわからないなんて……お労しいことですよ、兄上」

「うるせえ、意味のわからないことを言うんじゃねえ。しかし、そろそろ飽きてきたな。俺のとっておきの魔法で消し炭にしてやるよ」


 そう言って、ミカエルは魔力を集中させる。

 最強の魔法を放つつもりだ。


「骨の髄まで苦しみな! ……《火龍》!」


 彼が伸ばした両手から、激しく燃え盛る炎の龍が放たれた。

 躊躇なくSランクの火魔法を使うとは、俺に対する殺意の強さが感じられる。

 防御魔法を展開したり、耐性のある魔導具を装備していなければ文字通り消し炭になるだろう。

 以前のハルなら怖じ気づいていただろうが、今の俺は違う。

〔幻夢〕を握り締めると、頭の中に多種多様な剣技が思い浮かんだ。

 斬りたいものを全て斬る……魔法も斬れるのだろうか。

 そんな剣やアイテムは原作ゲームにもなかったが……いずれにしても試してみるべきだ。

 記念すべき最初の一撃。

 どうせなら景気よくいこう。


「《閃滅斬》!」


〔幻夢〕はいとも簡単に《火龍》を両断し、その衝撃波で尾の先まで真っ二つにしてしまった。

《火龍》は煙がはけるように消滅し、地下室に冷たさと暗さが戻ってくる。

 周囲の光景は元通りになるが、俺の手に握られた〔幻夢〕とミカエルの驚愕した顔……その二つだけが最初と異なった。

 毎日、模造刀を振る趣味がこんなところで活かされるとは。

 ミカエルは目を見開いたまま虚ろに呟く。


「あ、ありえねえ……俺のSランク魔法が……なんで……どうして……。俺のスキルは【賢者】だぞ……今まで破れることはなかったんだ……なんであんな簡単に……」


 よほどショックだったのか、ただただぶつぶつと呟いている。

 こんなに元気のない彼を見るのは初めてだ。

 俺は警戒しつつも部屋の中央に歩く。


「お望み通り大魔境に行きますから、魔法陣に魔力を浸透させてくださいね」


 ミカエルはぼんやりしたまま何も言わない。

 攻撃の意思は感じないので、さっさと大魔境に向かうとする。

 転送魔法陣の中央に立って精神を集中する。

 呆然とした彼の顔を置き去りにして、俺は転送魔法の光に包まれた。


 このときの俺はまだ知らなかった。

 裏ボス王女――シャルロッテが誰にも開かなかった心を俺が開くこと。

 そして、二人でのんびりと和風スローライフを送っているだけなのに疲弊した逸材を集めてしまい、大魔境を世界一豊かで強い領地にすること。

 結果、俺は無能の庶子王子から世界最強の王に成り上がってしまうことを――

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