第27話:王国一の女騎士、内通者の濡れ衣を着せられ仲間に襲われる(三人称視点)
サンフィオーレ王国の西部。
徐々に夕暮れが近づく中、大魔境にほど近い草原を五人の騎士が西に向かって進んでいた。 午前中まで降っていた激しい雨によって地面はぬかるむ。
紫色の髪をシニヨンにまとめた女騎士――カサンドラ・ヴァルトマンがその小隊を先導していた。
歩行の姿勢や周囲を見る厳しい視線から、この中で一番の実力者だと容易にわかる。
彼女はわずかな地面の揺れを感じ取った瞬間、腰の剣を勢いよく引き抜いた。
「総員、戦闘態勢!」
「「はっ!」」
険しい声が響くと同時、騎士は二人一組で背中合わせの体勢に変わった。
彼らを取り囲むように地面から何体ものモグラ型魔物が出現する。
それぞれの全長はおよそ2mほどと大型だ。
鋭い爪を持つそれらを見て、カサンドラは剣を構える。
「Cランクのグランドモールか。大魔境が近いからか大きな個体が多いな。地面からの奇襲に注意して戦え」
彼女が言い終わるや否や、激しい戦闘が始まった。
長閑な草原に剣と爪のぶつかる重い金属音が響く。
グランドモールの地中を介した立ち回りは独特で、騎士たちは苦戦する。
一方、カサンドラは淡々と目の前の敵を斬り伏せていた。
「《フェザーエッジ》!」
『『ギャアアアアッ!』』
羽根を持つかのように軽々と剣を振るい、確実にグランドモールの急所を一撃で斬る。
易々と切り裂くカサンドラに部下たちは驚きを隠せない。
(な、なんであんな簡単に斬れるんだ! こいつらの爪も鱗も鋼鉄並みに硬いのに!)
グランドモールは食した鉱石を鱗として析出する特徴がある。
元々硬い鉱石はさらに硬さを増し、並大抵の剣技では弾き返された。
そのような魔物に対しても彼女の剣技は非常に効果的で、ケーキでも斬っているかのようだった。
一般的な物と比べても名剣であることはたしかだが、それ以上にカサンドラの実力によるものだ。
彼女は死骸を量産しながら部下たちに助言を送る。
「こいつらが地上に出るとき、わずかに土が盛り上がる。そこを狙って確実に仕留めろ! 横の視野が狭いのも弱点だ!」
「「りょ、了解!」」
指示された通りに立ち回ると格段に戦闘が楽になり、騎士たちは彼女の経験値の深みも知るのだった。
戦闘は十分もかからぬうちに終わり、騎士たちは安堵する。
「なんとか怪我もなく終わりましたね。カサンドラ隊長の的確な指示のおかげです」
「……いや、まだのようだ」
直後、地面が激しく揺れ動いた。
大地が割れるように持ち上がり、全身が岩で構成された巨大な人型の魔物が現れる。
全長は5mほどもありそうだ。
部下たちはみな額に汗が滲み、悲鳴に近い声を上げた。
「エ、Aランクのアースゴーレム!? 大変です!」
「問題ない。今日一番の大物になるな。お前たちは待機していろ」
カサンドラは一人、静かに歩き寄る。
(やはり、大魔境が近づくほど魔物は強力になる傾向があるな。近いとはいえ外界でこのレベルならば、大魔境はどれほど危険な土地か想像もつかない)
アースゴーレムは右腕を振りかぶり、その巨体からは想像もつかない速さで振り下ろした。 衝撃音とともにカサンドラのいた大地が沈み、土埃が舞い上がる。
「「カサンドラ隊長!」」
部下たちの悲鳴とともに土煙は風に流れていく。
現れたのは、重い一撃を剣で受け止めたカサンドラだった。
彼女の全身は直立に近い姿勢で余裕が感じられる。
「この程度の攻撃も受け止めぬようなら、私は私の目標を永遠に達成できないだろうよ」
『ガアアッ!?』
カサンドラは目にも留まらぬ速度で剣を振るう。
夕暮れの陽光に煌めいた瞬間、アースゴーレムの右腕は木っ端微塵に砕かれた。
続けて、その胸の中央部分で黄色にぼんやりと光る球体を確認する。
(弱点の核を一撃で破壊する)
そのまま、彼女は剣先を大きく後方に引く。
「《ルインフォール》」
『グオオオオッ!』
膨大な魔力を纏い巨大化した剣は、核ごとアースゴーレムを切り裂いた。
ガラガラと岩が崩れ落ちる光景を後ろに、カサンドラは剣を鞘に納める。
――どんな敵が相手でも彼女なら確実に倒してくれる。
そう思わせるのに十分すぎる画だった。
歓喜して駆け寄る部下たちに構わず、カサンドラは地面に手を当てる。
振動の有無を注意深く確認した。
「追撃はない。他の魔物もいないようだ」
立ち上がった彼女の言葉を受け、騎士たちは安心した様子でため息を吐いた。
空がオレンジ色の夕暮れに染まりつつあるのを確認したカサンドラは、部下たちに指示を出す。
「さて、場所を移動しよう。こう穴が大量に空いていてはテントも張れん」
近くの小さな丘を登り、向こう側に降りる。
丘は自然の防壁になってくれ、万が一にも帝国から焚き火が発見される可能性は低かった。
「今夜はこの辺りで野営とする。各自、準備を始めてくれ。火を焚きすぎないように注意しろ」
「「承知しました、カサンドラ隊長!」」
部下たちは規律正しく敬礼し、手際よく野営の準備を始めた。
一人は火を起こし、一人は近くの川に水を採りに行く。
残りの二人は武装の手入れを行う。
水が届き次第湯を沸かし、即席ながら美味いスープを用意する。
カサンドラも適宜手伝いつつ、明日以降の行軍予定について調整を重ねる。
調理も設営も迅速に進み、辺りに食欲をそそる香りが広がった。
乾燥野菜と先日討伐した猪型魔物――パワードボアの肉を煮込んだスープだ。
節約しながら塩を振りかけ味を調えた後、カサンドラたちは胸の前で手を組み天に祈りを捧げる。
そうして始まった夕食は、品数が少なくともみなの心を確実に癒すのだった。
肉の野性的な旨みと乾燥野菜のまろみが溶け込んだスープは疲れた身体に染み渡り、一口飲むだけで身体が温まる。
カサンドラは調理担当の部下たちに、戦闘時より穏やかな視線を向けた。
「また腕を上げたな。パワードボアの肉は硬いことが多いがずいぶんと柔らかい」
「カサンドラ隊長の仕留め方がうまかったからですよ。血抜き処理もお見事でした」
部下たちが言うことは尤もで、彼らの腕前もそうだがそれ以上にカサンドラの技能の高さによるものだった。
食事しながら、部下は彼女に尋ねる。
「以前から聞きたかったのですが、カサンドラ隊長はお若いのになんでそんなに強いんですか? たしか、まだ十五歳でしたよね。俺より五歳も若いや」
「日々の鍛錬の賜物、としか言い様がないな。毎日密度の高い鍛錬を続けていれば、必ず自分の力になる」
「鍛錬ですか。自分も頑張らなければいけませんね」
「あとは私のスキルの恩恵もあるだろうがな。おかげでこの任務を担当できるのだから、天に感謝せねばなるまい」
カサンドラは自身の手の甲を見る。
類い希な剣技の才はもちろんのこと、"ある特殊なスキル"により彼女は王国騎士団の中でも"当代一の剣士"という呼び声が高かった。
食事が終わったところで、カサンドラは真剣な瞳で今後の計画を話す。
「だいぶ帝国に近づいてきた。これまでは順調に進んでこられたが、ここからが大変な道程になる」
部下たちも食器を置き、彼女の話に耳を傾ける。
「休戦は長くは続かない、それが王国上層部の考えだ。私もそう考えている。この戦争は必ずいつかまた再開される。そのとき有利になれるよう、王国にとって有益な情報を必ずや手に入れてみせる」
カサンドラの言葉に部下たちも厳しい顔で頷く。
来るべき戦争に備えての偵察――それが彼女たちの任務だった。
「明日からは大魔境の辺縁に沿って西に進む形になる。大魔境から流れ出た魔物と会敵する機会も多くなるだろう。今日はゆっくりと休み行軍に備えるように」
「「はっ!」」
計画の共有も終わり、部下の二人が見張りに出る。
残った二人とともに草に横たわったカサンドラの目に、満天の星が飛び込んだ。
(美しいな。自然は人間の営みなど気にしていないかのようだ。少なくとも夜空に限っては)
――ヒュウッ、と。
微かな風切り音が鳴る。
咄嗟にカサンドラは剣を拾い上げ、暗がりからの矢を防いだ。
硬い金属音が響いた後、静寂が戻る。
焚き火の細かく爆ぜる音が不気味な静けさを増幅するようだった。
「野盗か? ……っ!」
両脇から剣が振り下ろされ、カサンドラは退避する。
彼女の引き抜いた剣が焚き火を受け銀色に輝いた。
カサンドラが見やる方向には、隣に寝ていた二人の部下が立っている。
ともに臨戦態勢にあった。
(まさか、先ほど矢を放ったのは……)
その考えを肯定するように、暗がりから偵察に行ったはずの部下二人が現れた。
「これはどういうつもりだ」
剣先を向けるカサンドラに構わず、部下たちは下卑た笑みを浮かべる。
「あんたがムーングランツ帝国と内通している、という報告が来たんだよ」
「……なに?」
部下の言葉に彼女は疑問を隠せない。
まさに青天の霹靂だった。
「待て。何かの間違いだ。私が祖国を裏切るはずがないだろう」
「間違いじゃねえっての。ご実家は三大公爵家の一角を担うというのに恥ずかしくないのかね」
「私は王国に忠誠を誓った。裏切るなどあり得るものか」
「内通者はみんなそう言うんだよ」
部下たちは剣を抜いて、足を擦るようにして少しずつカサンドラに迫る。
当のカサンドラはまだ目の前の光景が信じられないでいた。
(なぜ、彼らは私を内通者と思い込んでいるんだ)
内通はおろか、帝国側の人間と連絡を取ったことすらない。
ふと、部下たちの瞳に憎しみの感情が宿り、カサンドラは剣を硬く握った。
「ちょうどいい。以前からあんたにはムカついていてね。俺たちより若いくせにどんどん出世しやがって。……この機会に粛正してやるよ!」
怒声とともに、部下たちは斬りかかった。
カサンドラは様々な方向から襲い来る剣を弾き、防ぎ、凌ぐ。
四対一の状況でも、カサンドラならば難なく切り伏せることができただろう。
それができないのは彼らに対する温情があったからだ。
(くっ、どうする! 部下たちを斬るわけにはいかない……! だが、戦闘音を聞いて魔物が寄ってくる頃合いだ。乱戦になったら部下たちの身に危険が及ぶ)
カサンドラは撤退を始め、部下たちは後を追いかける。
「ははは、帝国に逃げるつもりかぁ!?」
数分も走るうちに大きな川に着いた。
先ほど、部下が水を汲んできた川だ。
激しい降雨によりずいぶんと水嵩が増しており、轟々と不気味な音が辺りに響いていた。
川を背に立つカサンドラに、部下は俗悪な笑みを浮かべて近寄る。
「どこに行っても逃げ道はないぜ。あんたはここで死ぬんだ。安心しろ、顔だけは傷つけないでやる。誰かわからんと困るからな」
「私は王国を裏切ってなどいない」
「口では何とでも……っ!」
倒れるようにして、カサンドラは川に飛び込んだ。
ドボンと水飛沫が上がった後、たちまち彼女の身体は流された。
「ちくしょうっ、逃げやがった! おい、下流に急ぐぞ! 絶対に死体を回収しろ……ぎゃああっ!」
暗がりから忍び寄った夜の魔物たちが全ての騎士を襲う。
静かな夜に肉を食べる音が響くが、川に流されるカサンドラが聞くことはなかった。
――なぜ……なぜ、このような濡れ衣を着せられたのだ。
濡れ衣もそうだが、もう一つ彼女の心を傷つける言動があった。
――私は部下たちにあんなことを思われていたのか……。
冷たい水に流されながら、カサンドラは一人思うばかりだった。
お忙しい中読んでいただきありがとうございます!
少しでも「面白い!」「早く続きが読みたい!」と思っていただけたら、ぜひ評価とブックマークをお願いします!
評価は広告下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にタップorクリックしていただけると本当に嬉しいです!
『ブックマーク』もポチッと押すだけで超簡単にできます。
皆さまの『評価』や『ブックマーク』は執筆の大変大きな原動力になります!
何卒よろしくお願いします!




