第24話:庶子皇子、商会の立て直しを始める
その日のうちにナタリーが商会のメンバーに連絡を取り、各支部と通じ合う転送魔導具を使って次々と呼び寄せた。
Sランクの貴重な転送魔導具を大量に所持していることに、改めて彼女と"ブルーサン商会"の規模の大きさを感じる。
翌日には全てのメンバー、述べ315名が集まった。
みんなハルト邸の前に並び、俺とシャルロッテに感謝の意を示す。
「「我らを引き受けてくださりありがとうございます、ハルト様、シャルロッテ様。大魔境の発展のため、精一杯頑張らせていただきます!」」
「こちらこそよろしく。一緒に頑張ろう」
「私たちにできることがあったら何でも言ってね」
商会メンバーは涙を滲ませながら頷く。
彼らが訪れた当初は大魔境という立地や領地となった背景などに警戒心を持っていたようだが、外聞とまったく異なる発展具合を目の当たりにするとすぐに安心したらしい。
彼らの家はすでに【和風暮らし】スキルで生成し、簡単な案内も完了した。
木や藺草の香り、靴を脱いで歩ける仕組み、日本家屋の意匠や雰囲気に心が落ち着くと話しており、減少した創気の力がさらに貯まった。
俺とシャルロッテについても好意的な反応ばかりで、周囲からは商会メンバーの気合いに満ちた声が聞こえてくる。
「ハルト夫妻が良い人たちで本当によかったです。受け入れてくれたご恩に応えなければ……!」
「絶対に王国……いや、世界一の商会にしてみせるぞ!」
夫婦と呼ばれると未だに恥ずかしいものの、素直に嬉しい。
メンバーが勢揃いしたから、“ブルーサン商会”改め“トライシャイン商会”の本部を作ろう。
意匠や構造についてはナタリーと相談しており、王国にあった頃と同じように五階建てと決まっていた。
みんなが固唾を呑んで見守る中、俺は意識を集中する。
「【和風暮らし】!」
目の前に大きな建物が現れ、周囲には大歓声が響いた。
――――――――――――
・名前:“トライシャイン商会”本部
・等級:SSS
・能力:内方、果てなく広がりぬ(内部は無限に広がる)
――――――――――――
領地の防衛はからくり人形もいるし、俺もシャルロッテもいる。
日々大事に使っていけば防御面の能力も拡張されるので、最初に付与する能力は商会の運営に役立つ無限の収納スペースにした。
和風の切妻屋根に濃い灰色の瓦が渋くて美しく、大きな旅館みたいな印象もあった。
能力を説明すると、商会メンバーと同じくナタリーが瞳を輝かせて感慨深げに見上げる。
「無限の収納スペースなんて素晴らしいよ、ハルト君! ボクのスキルがなくても収納できるなんて効率が良いしすごくありがたい! ここからボクたちの新しい商会が始まるんだね。今日はブルーサン商会の歴史でも記念すべき日だよ!」
本部を眺めながら、今一度俺の目標を整理する。
俺はここでシャルロッテや領民のみんなと一緒に、いつまでも平和に和風スローライフを送りたい。
そのためには帝国と王国の両方に挟まれたという立地上、少しでも領地を強くしておくべきだ。
ナタリーの商会を再起させることは大魔境の発展にも繋がるので、お互いにWINWINの結果になる。
さっそく今後について相談することになり、俺たちは中に入った。
まず現れたロビーは想像以上の内装で周囲から歓声が上がる。
「「うわぁ……!」」
焦げ茶色の床や天井は磨き上げられ、低いソファや木製のテーブルが和モダンを演出する。
照明のシャンデリアは四角い行灯が連なった形で、明るいけど眩しくない絶妙な塩梅がとてもいい。
靴を脱いで上がった後、商会メンバーは子どものようにはしゃいで建物を確認する。
「なんかすごくおしゃれです! いるだけでのんびりした気持ちになります!」
「廊下がどこまでも続いていますよ! これなら倉庫の圧迫を気にしなくていいですね!」
シャルロッテや見学に来たリリスたち領民も感動した様子だ。
「ハルの作る建物は本当に素敵ね。柔らかい光に包まれて時間がゆっくり進む感じがするわ」
「用がなくてものんびりしに来たいのです!」
総勢300人を超える人が日本文化に感動しているためか平安貴族のアナウンスが鳴りやまず、創気の力がどんどん貯まる。
しばしみんなの感想を聞いたところで、俺とシャルロッテ、ナタリーは最上階の会議室に移動した。
中央には漆塗りの黒い丸いテーブルと椅子が並ぶ。
床には深みのある赤い絨毯が敷かれ、天井からは上品はシャンデリアが温かい灯りで照らす。
執務室もまた和洋折衷の様相で、大正時代の会議室をイメージした。
ナタリーもシャンデリアも嬉しそうで何より。
みなが座したところで、ナタリーが真剣な面持ちで切り出した。
「まず取り組むこととして、"ブルーサン商会"という名前を変えようと思っているんだ」
「なるほど、名前か」
「王国では取り潰しの扱いになってしまったし、同じ名前のままでは何かと不都合があるだろう。拠点の場所も変わったし、ボクたちとしても気持ちを新たに取り組んでいきたい」
「そういう事情ならば致し方ないわね」
「名前は重要だし変えるにはボクたちも勇気がいる。でも、それ以上に大切なのは中身さ。部下のみんなにも了承は取ってあるよ。新しい名前については……君たち二人に考えてもらいたい」
思ってもみない頼みに、俺とシャルロッテは顔を見合わせる。
「本当にいいのか? 名前なんて商会の看板だろう」
「大役で緊張しちゃうわ」
「ボクと商会の恩人である二人だから頼みたいんだ。君たちのおかげで再起できるのだから、ハルト君とシャルロッテ君にお願いしたい。そして、もう一つ、新しい商会のトップも君たちに頼みたい。ボクはお尋ね者の身だし、重ねて言うけどまた商売ができるのは二人のおかげさ」
ナタリーの申し出を、俺とシャルロッテは真摯に了承する。
彼女の思いを大切にしたいし、改めて気持ちが引き締まるお願いだ。
俺たちは真剣に相談し、自信のある名前を考え出した。
「では、"トライシャイン商会"というのはどうだろうか?」
「三つの耀きという意味よ。一つはハルで、もう一つは私」
俺はただ本部の場所を提供したり領地に受け入れただけなのだが、シャルロッテの希望もあって輝きの一つにさせてもらった。
それに、大魔境を治める者としては象徴的な扱いをされるのにも慣れた方がいいだろう。
「明るい響きがあっていいね! それで、輝きの最後の一つは?」
喜ぶ彼女に、俺とシャルロッテは笑顔で伝える。
「「ナタリーのこと!」」
「……ありがとう、二人とも!」
新しい名前が決まったところで本題に入った。
ナタリーは亜空間から分厚い帳簿を取り出す。
「ボクたちの資産や商品は大部分が王国騎士団に奪われてしまったけど、全てではない。転送魔導具や通信魔導具の類いもそうだ。商会としての最低限の土台は守ることができた。一番の問題は……」
「信頼の再構築ね」
シャルロッテが続けると、ナタリーはこくりと頷いた。
「商売をする上で一番重要なのが信頼を得ること。そして、これが一番難しい。ましてや、商会を取り潰されせいで今まで築いた信頼はゼロになったと考えた方がいい。あの調子だと、王国騎士団が自らの行いを否定することはなさそうだ」
「道程は険しいな」
商売において信頼を得るとは、相手と約束したことを守り続けることだ。
販路の開拓など問題は他にもあり、完全な立て直しには時間がかかると推測された。
俺とナタリーが考え込んでいると、シャルロッテの凜とした声が涼風のように吹き抜けた。
「ねえ、まずは今まで取引のあった人たちに連絡してみたら? 商会仲間とか貴族の人たちとか。事情を話したら協力してくれるかもしれないわ。みんな、ナタリーさんは悪くないとわかっていると思うわよ」
「ありがたい言葉ではあるのだけどね、シャルロッテ君。ボクの信頼は取り潰しされた時点で完全に失墜してしまったんだ。もう誰も昔のように相手をしてくれないよ」
「ナタリーさんはそう思っていても、周りの人は違うかもしれないでしょう?」
彼女が言うと、ナタリーはハッとした後顎に手を当てた。
「たしかにまだ仲良くしてくれる可能性はあるけど……本当に取り潰しは商会の信頼を失墜させるに十分すぎるんだ。ボクが連絡するだけでも迷惑かも……」
「大丈夫。私が断言するわ。絶対、ナタリーさんの力になってくれる」
シャルロッテは自信に満ちた力強い瞳で見る。
ナタリーは逡巡していたようだが、やがて快活に宣言した。
「うん、まずはシャルロッテ君の言う通り連絡してみよう。ダメで元々だ」
「よし、連絡手段は俺が用意するよ。【和風暮らし】!」
素と創気の力を消費して、小型のからくり人形〔小鴉〕を大量に生成する。
ナタリーが事の経緯を記した手紙を持ち、王国の各地に飛ばす。
良い方向に転がってくれるよう、晴れた空に祈る。
結果として、シャルロッテの進言は大変に的を得ていたのだった。
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