第23話:悪役モブ皇子、蛇魔物の腹からまた別の少女を救い出す。少女は有名な商会のトップだとわかる
翌日。
"彷徨の薬師"たちを領民に迎え入れ、さっそく彼らとの領地開拓が始まった。
まずは基本方針を説明するためハルト邸の前に集まってもらった。
「ゆくゆくは浄化範囲をもっと広げたいと俺は考えています。一方で、全域を快適にすると瘴気による自然の防壁がなくなってしまいます。ですので、帝国と王国に近い領域は敢えて瘴気を残そうと思います」
昨日のうちに、シャルロッテが【和風工匠】で作った和紙に大魔境の簡易的な地図を記してくれた。
戦争という国際情勢もあり、俺も彼女もこの辺りの地理は母国で教わっていたから、それを元に作ったのだ。
両国の国境から、それぞれ1kmくらいの幅は浄化しないことを共有した。
続けて、俺はさらなる計画を話す。
「浄化範囲には薬師のみなさんが調合してくれた魔物避けの薬を撒き、瘴気の範囲には魔物を引き寄せる薬を撒きましょう。そうすれば、大魔境の強力な魔物が勝手に領地を守ってくれます」
「それぞれの薬の必要量や撒くタイミングを計算したわ。ゆくゆくは天気によって微調整しましょう」
シャルロッテは小さな和紙を領民に配る。
ズゥーイさんたち"彷徨の薬師"は、魔物避けと引き寄せの二種類をうまく使って襲撃を凌いでいたらしい。
忌避効果は軽く振り撒いただけで威力を発揮し、蒸発して上空にまで効力は届くとのこと。
効き目としては、薬の等級以下の魔物が近寄らなくなる。
彼らが作るのはSランクだから、理論上大魔境の魔物は居住区から弾き出される。
これまで、魔物は寝ているときにたまに襲撃してきたから非常に助かった。
その都度からくり人形が撃退してくれるが、戦闘音や魔物の雄叫びで起きてしまう経験が数回あったのだ。
他にも回復薬はもちろんのこと、攻撃力上昇や防御力上昇、例の翼を生やす薬など多種多様な種類が揃う。
リリスたちの【薬師】スキルで作る薬はどれも大変強力で、領地開拓を助けてくれることは間違いなかった。
様々な薬の効果範囲や効果時間については彼らが元々記録を取っていて、シャルロッテがそれらを元に計算した。
領民は資料を見てはそのわかりやすさや正確さ、完成度の高さに唸る。
中でも特筆すべきは薬の材料に関する内容で、シャルロッテは資料に釘付けのズゥーイさんに尋ねた。
「植物学の知識を思い出して、薬の代替材料も書いておいたわ。どれも現時点で領地で手に入る物よ。念のため、正しいか確認してもらえるかしら?」
「す……全て正しいぞよ。一つの間違いもない。シャルロッテ殿の知識の広さと深さには驚かされるばかりじゃ」
「だったらよかったわ」
「ワシらの手持ちもだいぶ少なくなってきたからありがたい限りじゃ。これだけ丁寧にまとめてくれたら、すぐにでも薬の製作に取りかかれる。それにしも貴重な素材ばかりじゃな。どれもこれも外界じゃ手に入らんよ。むしろ代替材料の方が豪華な始末じゃ……」
ズゥーイさんは衝撃でフラフラと立ち去る。
「シャルは仕事が早いね。もうちょっとゆっくりでもよかったけど」
「領地とハルのためを思ったら自然と仕事は早くなるものよ」
「なんだか照れるな」
以前と比べて、シャルロッテはずいぶんと笑顔になる機会が増えた。
これからも彼女が笑顔でいられるよう、俺は頑張らなければならない。
区切りの良いところまで作業を進め、昼食の時間が来た。
今日のメニューはアッシュイングの唐揚げに、ルシェトマトやエルドリーフなど領地で採れた作物の新鮮サラダ。
昨夜と同じように醤油や出汁など和風の調味料をふんだんに使う。
慣れ親しんだ香りが漂い食欲がそそられる。
「「いただきまーす!」」
唐揚げの衣は新しく育ったAランクの小麦――霜穂麦で作った。
サクサクで噛む度にアッシュウィングの野性的な風味が口いっぱいに溢れる。
神聖米との相性も最高でいくらでも食べられてしまいそうだ。
シャルロッテはもちろんのこと、領民たちも喜んでくれている。
昼食後はみんなで軽く遊ぼうとなった。
蹴鞠を教えて雅びを楽しむ中、すでにうまいリリスが俺に話す。
「ところで、ハルトさん。お二人の服はなんだか不思議なデザインですね? 家にも合っていて素敵です」
「ああ、これは和装さ。日本の服だよ。防御力がすごく高いからみんなにも作らなきゃ。ただ、薬師の服装とはだいぶ違っちゃいそうなのが心配だ。今までの伝統もあるだろうし」
「お気になさらず! みんなハルトさんたちみたいな格好がしたいのです!」
和装を着たいと言われ俺の胸は明るくなる。
趣味が共有できるのってやっぱりいいものだ。
蹴鞠は一時中断して、領民のみんなに集まってもらう。
「それではいきますよ……【和風工匠!】」
光が収まると彼らの服装が変わっていた。
男性は白の着流しに青縞の袴、女性は同じく白の着物に青色の袴と"彷徨の薬師"としての服装と同じような色合いにした。
性能は俺とシャルロッテと同じでありつつ、デザインだけ変更した形だ。
害悪を遮断する効果があるから、瘴気の上を歩いても問題ない旨も伝える。
リリスは目を輝かせてくるくると回った。
「ということは、大魔境のどこにも行けちゃうってことなのですね!? すごいです! これを待ってました! おしゃれだし動きやすくていいのです!」
領民はみんなとても喜んでおり、俺もまたとても嬉しい。
彼らの防御面をフォローできて安心できた。
リリスたちと別れ、俺とシャルロッテは屋敷を離れる。
人が増えたので、魔物討伐による食料確保と大魔境全体の確認を兼ねた偵察だった。
すでに浄化が完了した地面は快適で、歩くたびに楽しい気分になる。
「畑仕事を代わってもらえてよかったわ。こうしてハルと一緒に過ごす時間が増えたのだもの」
「……そうだな」
歩きながらシャルロッテに答える。
領民が増えても俺たちの毎日は変わらない。
これからも二人で仲良く暮らしていきたいと思ったとき。
「誰か……ボクを……助けてくれないかい!?」
風に乗って悲鳴らしき声が聞こえてきた。
俺とシャルロッテは立ち止まって耳をすませる。
「悲鳴みたいな声が聞こえるな。……西の方角か?」
「そうね。急ぎましょう」
西に少し走ると、数十m先で巨大な蛇型魔物が誰かを襲っているのが見えた。
「あれは……螺旋蛇か!」
「外の個体よりずいぶんと大きいわ!」
螺旋の波動攻撃を放つB+ランクの魔物だ。
フードを被った旅人らしき格好の人が尾の先に捕まっており、今にも食われそうだった。
俺は即座に〔幻夢〕を引き抜く。
「《影撃ち》!」
《閃滅斬》よりずっと出の早い突き技を放つ。
剣撃の衝撃波が螺旋蛇の頭を打ち抜いた。
『ギャアアアッ!』
螺旋蛇は断末魔の叫び声を上げ息絶える。
俺とシャルロッテは勢いそのままに駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
「怪我はない!?」
「ああ! 助けてくれてありがとう、諸君! おかげで命が救われた!」
顔は隠れていて見えないが元気そうな声で返答があり、俺たちは安心する。
声の調子から女性らしいとわかった。
「怪我があったら教えてちょうだい。私の魔法で治すわ」
「かたじけない。でも、あいにくと問題ないさ。かすり傷程度だよ。しかし、ずいぶんと美しい女性だね。天使が来たのかと思ったよ」
背中が痒くなるような言葉の数々を言い、旅人はフードを外す。
声の高い男だったら嫌だなと思っていたら、ウルフカットにした緑の髪と同じく緑の瞳が現れた。
犬とか狼っぽい雰囲気が印象的で親しみやすいのだが、俺は衝撃を受けて固まってしまった。
……い、いや、まだだ。
もしかしたら、他人の空似かもしれないじゃないか。
「おっといけない、自己紹介がまだだったね。ボクはこういう者さ」
女性は名刺を二枚差し出す。
そこに刻まれた名前を見てわずかな希望が打ち砕かれると同時に、俺は昇天しそうになった。
衝撃が強すぎて絞り出すように呟くことしかできない。
「ナタリー・シャンパーニュ……」
いくら頑張っても手が震えてしまい、額や背中には嫌な汗が滲む。
そんな俺に構わず、シャルロッテはのほほんとお喋りする。
「あら、驚いた。あなたは"蒼陽商会"の商会長さんだったのね。まさか同い年くらいの人とは思わなかった。若いのに立派だわ。私も見習わないと」
「ははは、褒め言葉としてありがたく受け取っておくよ。ボクはまだまだ若輩者だけれど、商会を大きくする気概は誰にも負けないんだ」
ナタリー・シャンパーニュ。
ムーングランツ帝国で最も大きな商会――"蒼陽商会"のトップで……俺たち皇帝一家を断罪する原作キャラの一人じゃないか!
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