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第19話:失敗と焦り(Side:アデラード②)

 心喰らいと腐毒鬼が死ぬと同時、二匹と共有していた視界が真っ暗になった。

 少しずつ隅の方から光が戻り、私の心臓は壊れそうなほど脈打ち出す。

 恐れていた懸念が現実になってしまった。


 シャルロッテの髪が金に染まった。

 

 非常に悔しいけれど……狂おしいほどに美しかった。

 一目見た瞬間、世の男たちは女神や天使と表するだろう。

 唯一無二の黄金の花だ。

 自分の立場を脅かす妹であることさえ忘れ、神々しさに祈りたい気持ちさえ生まれた。

 私の脳裏にはシャルロッテの美しい姿が刻み込まれた。


 ……あり得ない。

 あり得ない、あり得ない、あり得ない!


「あり得ない!!」


 怒号を発した私は息を荒くして佇む。

 しばし荒く呼吸した後、ソファにかけ直した。

 まずは冷静にならなきゃ……。

 目を閉じて深呼吸するうちに上昇した体温が戻ってきた。

 

 シャルロッテの変化は金髪になっただけではない。

 壁際の書棚から歴史書や学術書を何冊か取り出した。

 ページを捲りながら大魔境での戦いを思い返す。

 あの女が使った魔法は《光の結界》と《セラフィムレイ》の二種類だったわね。

 隈なく調べると二冊目の学術書に記述があった。

 

「……やっぱり聖魔法だ」


 今読んでいるのは非常に信頼性の高い本であるため、間違いはないと考えた方がいい。

 つまり、理由は不明だけど、シャルロッテは伝説の【大聖女】スキルを発現したのだ。

 力の抜けた私は崩れ落ちるようにソファに座り込んだ。

 様々な可能性が頭を駆け巡る。


【無】スキルは元々のポテンシャルが高かったってこと?


 大魔境という常に生死の危険がある環境が作用した?


 それとも、何か別の理由がある?


 思案を重ねるも結論は出なかった。

 そもそも、聖魔法と【大聖女】スキルに関する情報は少ない。

 何より、諸々の衝撃で頭が動かなかった。

 投げ捨てた学術書はクッションで数度跳ね、どさりと重い音を立てて床に落ちる。

 雑に転がった私の視界には、無味乾燥な天井しか映らない。


「この世界で唯一、聖魔法が使える【大聖女】スキル……」


 極めて貴重な回復魔法の他、防御も攻撃も強化もできてしまう。

 いずれの魔法も他のスキルより何段階も優れる。

 お父様が聞いたら喉から手が出るほど欲しがるに決まっていた。

 たとえ、【無の王女】と蔑まされたシャルロッテだったとしても。


 あの女が王宮に舞い戻ったらどうなるだろうか。

 お父様や有力貴族の令息に歓待され、王位継承権の第一位を手にする……。

 可能性は十分にあり、悪寒を感じて身体が震えた。

 さらに悪いことに、私のスキルの価値が薄まる恐れもある。


「落ち着いて……落ち着きなさい、アデラード」


 シャルロッテの変化を知っているのは、サンフィオーレ王国では私だけ。

 大魔境は物理的にも相当に離れているので、情報がすぐに国内に広まるとは考えにくかった。

 まずは冷静に目の前の問題を解決しなきゃ。


 最初に取りかかるべきは心喰らいと腐毒鬼が屠られた件だ。

 二匹が倒されることは想定していなかった。

 今、お父様とお母様は運良く外遊中なので、まだ知られてはいない。

 許可なく大魔境に派遣させた挙げ句失ったと知ったら、私は叱責されるだけではすまないでしょうね。


 早急に対策を講じるため、一人双牙封塔に向かう。

 警備の騎士たちは私を見ると敬礼した。

 彼らを人払いし中に入る。

 がらんどうの冷えた空間が出迎えた。

 出入り口が完全に閉じていることを確認し、私は意識を集中する。


「【時の復元】」


 直後、何もいなかった空間に心喰らいと腐毒鬼が現れた。

 二匹とも大魔境に送り込む前とまったく同じ姿形だ。

 自分の力を確認すると、乱れた気持ちが幾ばくか落ち着いた。


 私のスキルは【時の導き手】――【賢者】でも使えない時魔法を使える唯一の存在だ。

 どんな人間も魔物も、痕跡としてその場に存在していた時間を残す。

 それを"時間の残り香"と私は呼んでいた。

 この塔に残存していた心喰らいと腐毒鬼の時間の残り香を操作し、大魔境に送る前の状態を復元した。


 発動条件は二つ。

 対象に私の魔力を直接込めること、そして私と対象は互いの名前を知っていることだ。

 消費魔力も多く頻発は難しい。 


【時の復元】は二度と同じ対象には使えない。

 本来なら心喰らいたちがムーングランツに討ち取られたとき、再び蘇らせて脅威を与える予定だった。

 厄災魔物という隠し玉の存在は、お父様たち王宮の上層部にとってもある種の安心として機能する。

 それを先取りしてしまったのだから余計に叱責されるかもしれないが、今はこの方法で誤魔化す他ない。


 外に意識を集中する。

 再び出現した二匹に混乱している様子はなかった。

 双牙封塔は魔力を完全に遮断する。

 私が二匹の厄災魔物を大魔境に送り込んだことや、復元したことが外の人間に気づかれることはない。

 念のため、先日警備の騎士たちと交わした会話を思い出す。


(アデラード様……魔物たちを使う日が来たのですか?)

(まぁ、そんなところね)


 厄災魔物を戦争のために使うとは一言も言っていないし、使う日が来たとも答えていない。 たとえお父様に詰められても、警備の騎士たちの勝手な勘違いで話はまとまる。

 遠いシャルロッテに聞こえるよう願いなら、私は虚空に呟いた。


「回りくどい方法は止め。直接抹殺してあげるわ」


 それには準備と根回しがいる。

 焦らずじっくりと進めていきましょう。 

 私は外に出る。

 普段は爽やかに感じる青い空。

 同じ空の下にシャルロッテがいるかと思うと苛立ちを感じた。

お忙しい中読んでいただきありがとうございます!


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