第17話:悪役モブ皇子、裏ボス王女と幸福な眠りに就く
心喰らいと腐毒鬼を倒した後、俺とシャルロッテは屋敷の本邸に戻ってきた。
魔物の死骸は巻物に吸収したのでいつか有益に使いたい。
腐毒鬼の死骸からは毒の汚染が発生したが、即座にシャルロッテが聖魔法で浄化してくれた。
畑で採れたお茶を飲むと気持ちが安らぎ、お互いに小さなため息を吐く。
自然と先ほどの一件を振り返ることになった。
心喰らいと腐毒鬼はともに王国の保有する貴重な戦力、と改めて聞いた俺は気持ちが引き締まる。
「理由は不明だが、送り込まれた目的はシャルの抹殺だろう」
「ええ、その考えで間違いないと思うわ。ただ、解せないのはその理由。私は家族から嫌われていたけど、なぜここまでしたのかわからない。あの魔物たちは王国が持つ裏の戦力よ。お父様とお母様がわざわざ貴重な戦力を私に使うはずがないし……」
シャルロッテと一緒に考えを巡らす。
二匹とも王族のみ操ることができるため、首謀者は必然的に国王、王妃、長姉のアデラード、次姉のカイラに絞られた。
やはり気になるのはアデラードの言葉――シャルロッテの金髪を妬むような侮辱だ。
「俺はアデラード王女の発言が気にかかる。まるで、金髪になったシャルが美しいことを前もって知っていたような言い分だった」
「……確かにそうね。昔からあの人は外見至上主義というか、見た目の美しさが全てという思想が強いの。帝位継承権にも美しさが一番影響すると考えているくらいだから。だとしても、なぜ私が金髪になると思ったのかしら。偶然知ったとか……?」
シャルロッテは顎に手を当てて考え込む。
アデラードにそのような思想があったと初めて知った。
原作ゲームでは性格のよい善人で、外見より内面で他人を判断する女性のはずだ。
なぜ変わってしまったかは不明だが、改めてこの世界では敵だと考えざるを得ない。
金髪について知ったのは偶然、か。
そう結論づけてしまう前に、この一件についてはもっと深く考えるべきだと思った。
なにせ首謀者が生きていた場合、また似たような襲撃を受けるリスクがある。
「もしかしたら、アデラード王女の裏に黒幕がいるのかも……」
「姉に魔物の襲撃を唆した誰かがいるってことね?」
シャルロッテの返答に俺は頷く。
何者かが金髪の件を知っていて、性格の変わったアデラードを焚き付けた。
外見至上主義と帝位継承権の話を聞いたら、やりすぎだとは思うが魔物の派遣を考えるかもしれない。
なぜなら、金髪になったシャルロッテは以前より何段階も美しさを増すのだから。
ただ、現時点では情報が少なすぎるためいくら考えても答えは出ない。
警戒は怠らないよう毎日を過ごそうということで話はまとまった。
「それにしても、シャルはお姉さんたちからも辛い境遇を受けていたんだな。心が痛くなるよ」
「気遣ってくれてありがとう。ハルは優しいわね。王宮での生活は毎日暗かったわ。味方がいなくて一人で家族や理不尽と戦っている気分だった。ハルこそ不遇な扱いをされていたのね」
「まぁ、俺の方は別に大したことないさ。大魔境に追い出されたおかげでシャルと結婚できたわけだし」
人生とは不思議なもので、いつ何が起きてどうなるかはまったくわからない。
シャルロッテはどこか納得したように頷いた。
「そう考えたら、私の今までの境遇はハルと結婚するためだったかもしれないわ。前向きでいい考えね」
「君は必ず守るよ」
「ふふっ、頼りにしてるわ、私の旦那様」
笑うシャルロッテは可愛くて尊い一方で、原作シナリオと設定が所々異なっていることに静かな緊張感を覚える。
本物の人間が生きているのだから、何かしらの影響が発生している?
俺たちが大魔境にいることがそもそものイレギュラーだ。
何が起きても対処できるよう今は力を溜めて技を磨き、生活の基盤を整えておくべきだと考える。
俺の中身は転生者で、この世界の人間ではないことはまだ伝えないでおこうと思う。
驚くだろうし、何よりその話をしたらここがゲームの世界であるとも明かす必要がある。
自分の生きている世界が架空の存在だと言われたら強いショックを受けるかもしれない。
だから、いつか伝えるときが来たら伝えることにする。
今まで食事の席は対角線上だったが、今日は向かい合って座った。
これからは互いの顔を見ながら食事するのだろう。
夕食は楽しく終わり、就寝の時間となった。
「じゃあ、俺は離れで寝るよ。お休み」
「待って」
いつものように離れに行こうとしたら、シャルロッテに手を掴まれた。
「名実ともに夫婦になったのだから私も一緒に寝るわ。あなたの離れでね」
一緒に……寝る!
くっ、なんだこの胸の高鳴りは。
緊張やら嬉しさで心臓が壊れてしまうぞ。
「でも、結構狭いよ? なんならこっちで一緒に……」
「いいえ、離れがいいわ。まだ入ったこともないしね」
ということで彼女を離れに案内する。
俺が先に躙り口をくぐった。
「低いから頭に気をつけて」
「ありがとう。面白い入り口ね……あら、いいお部屋じゃない」
シャルロッテは室内を見渡して喜ぶ。
本邸よりさらに一段と渋く落ち着いた空間の中、彼女の華やかさが一段と強まるようだった。
「すっかり藺草の香りが馴染み深くなってしまったわ。もう畳のない家で暮らせないかも」
「そう言ってくれて嬉しいよ。今布団を敷くから……あっ、ベッドの方がシャルは寝やすいか」
「布団ってなにかしら?」
試しに敷くと、シャルロッテはぽふぽふと撫でる。
「へぇ~、こんな寝具があるのね。今日は私もこれで寝るわ。ふかふかしてるし気持ちよさそうじゃない」
「わかった。ちょっと離れてて、【和風工匠】スキルで……」
「作らなくていいわ。私もあなたの布団で一緒に寝るから」
「ああ、そうか。了解……えっ!?」
一緒に寝る!?
誰と誰が!?
俺とシャルロッテだと認識した瞬間、顔が熱くなってしまった。
前世でも今世でも女の子と一緒に寝る機会なんてなかった。
「ほら早く来て、旦那様」
「は、はい。失礼します」
緊張と嬉しさが混ざった不思議な気持ちを胸に布団に入り込むと、すでに温かくてそれもまた俺を恥ずかしがらせる。。
わずかに肩や腕が触れ合い緊張してしまう。
壊れそうなくらい拍動する心臓を抑える俺に対し、シャルロッテはどこか気の抜けた声で呟いた。
「狭い部屋もいいものね。落ち着くし、自分の境界がはっきりしている気がする」
「すごくよくわかるよ」
「広い王宮は煌びやかで豪勢ではあったけど、立派な絵や黄金の装飾をいくら見ても癒されることはなかったの。狭くて物が少ないこの部屋の方がずっとずっと癒されるわ。緊張しなくていい、肩の力を抜いていいと言われているみたい。まぁ、一番はあなたがいるからでしょうけど」
「ありがとう」
話は途切れ、俺とシャルロッテは互いに天井を見上げる。
茶室や離れでは定番の竿縁天井だ。
素朴で静かな美しいリズムが感じられた。
「狭い部屋が好きな理由はもう一つあるわ」
言葉を切ると、彼女は俺の方を向いた。
赤色の瞳はどこまでも澄んでいて美しく、どこまでも落ちてしまいそうだった。
「好きな人をより強く感じられるから」
「……そうだな」
俺もそっと手を握り返す。
体温と一緒に彼女の気持ちが身体に流れ込むようで、俺の心はかつてないくらいに満たされた。
瞳を閉じてもそれは変わらない。
俺は人生で一番幸福な眠りに就くのだった。
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