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第16話:悪役モブ皇子、厄災魔物を倒して裏ボス王女と結ばれる

「シャルロッテ嬢、お怪我はありませんか?」


 彼女はしばしぼんやりと俺を見ていたが、すぐにいつもの凜とした顔つきに戻った。


「はい、私は大丈夫です。助けに来てくださってありがとうございます、ハルト氏。よくこの場所がわかりましたね」

「突然膨大な魔力を感じたので何事かと思い駆けつけました。しかし、この魔物たちはいったいどこから現れたのですか」

「なぜかは不明ですが、突然空から降ってきました。気をつけてください、ハルト氏。この二匹は厄災魔物と呼ばれ、我が王国を破滅しかけた強力な魔物です。向かって右が精神攻撃する心喰らい、左が猛毒を放つ腐毒鬼です」


 シャルロッテに怪我はなくて安心したが、厄災魔物の出現には驚いた。

 シナリオ通りなら【堕天使】スキルを覚醒したシャルロッテの手足となり、世界を恐怖のどん底に叩き落とす。

 魔物の中の裏ボスに等しい。

 サンフィオーレ王国で厳重に封印されているはずなのに、どうして大魔境にいるのだろうか。

 思案したかったが〔幻夢〕の衝撃波から虚像が立ち直ったので、まずは目の前の敵に集中する。

 虚像は心喰らいによる精神攻撃と思われるが、その様相もどこかおかしかった。


「アデラード王女にカイラ王女……?」


 俺は思わず疑問を呟く。

 大量の若い男はシャルロッテを婚約破棄した者たちで、先頭に立つ大柄の男は彼女を虐げてきたサンフィオーレ王で間違いない。

 だが、唯一の味方だった二人の姉がいるのはなぜだ?

 見間違いかという考えは、彼女たちの虚像が放つ侮辱で消え去った。


「あんたが安心して暮らせる場所はどこにもない。あんたは誰にも愛されずに一人寂しく死ぬのよ」

「お姉様の言う通り。大魔境みたいな荒れ地はピッタリね」


 理由は不明だが、ゲームシナリオではシャルロッテの味方だった姉がこの世界では敵だというのは確実だ。

 俺との結婚もそうだし、いろんなことが少しずつ変わっている。

 冷たい緊張感を覚える俺にシャルロッテは俯いて話す。


「お恥ずかしい光景を見せてしまい申し訳ありません。幼少期から私はお父様にも姉にも嫌われておりまして……この白髪のせいで婚約破棄も重ねました。その記憶が表出していると考えられます」

「シャルロッテ嬢……」


 婚約破棄など彼女が虐げられてきた背景は知っているが、直に目の当たりにするとやはり辛いものがあった。

 シャルロッテを守るように立つと、アデラードの表情が歪む。


「私より美しい金の髪を持つ女は必要ないの。もしそんな女がいたら殺してやるわ」


 ……なに?

 シャルロッテが金髪になると美しいことをなぜ知っている?

 ゲームシナリオなら原作主人公と結ばれてから初めて周知される事実だ。

 偶然知ったのだろうか。

 いずれにせよ、厄災魔物を派遣する一因にもなったと推測された。

 ゲームでは味方でもこの世界ではシャルロッテの敵。

 つまり、俺の敵だ。

 今一度〔幻夢〕を握り直す。

 まずはこの目障りな虚像たちを消し去ってやる。


「俺がいる限り、シャルロッテ嬢は誰にも傷つけさせない! 《霞斬り》!」

「「ぐあああっ!」」


〔幻夢〕を振るった瞬間、全ての虚像は一撃で消え去った。


「す、すごい、精神攻撃を倒してしまうなんて……」

「標的にならないように俺の後ろに隠れてください」


 心喰らいは苛立ちの感情を浮かべた後、俺に視線を向ける。

 五つ目が光った後、今度は見慣れた虚像が現れた。

 父上、ミカエル兄さん、そして次兄の面々だ。


「庶子の貴様は本当に役立たずだ。正当な血を持つ兄たちに申し訳ないと思え」

「高潔な血筋でなんでお前みたいな弟が生まれたんだろうな。大魔境で野垂れ死ぬのが楽しみだ」

「間違っても僕たちに泣きながら助けを求めないでくれたまえよ」


 ハルト・ムーングランツとして生きてきた不遇の十六年間が再現される。

 いつも同じようなことしか言ってこないので俺は笑ってしまった。


「それがどうした? というか、あんたらはまだ人の過去に執着しているのか?」

「「なっ……!」」


 前世と今世。

 二つの世界で生きた俺は学んだことがある。


「人の生まれや見た目を攻撃して強くなった気分でいる奴は、現実と向き合えない心の弱い人間だ。そんな奴らの言葉など何も響かない。《朧月》!」

「「があああっ!」」

『ギャアアアアッ!』


 父上たちの虚像ごと心喰らいを真っ二つにする。


「あの心喰らいを……王国の歴史上、最も脅威だった魔物のうち片方を一撃で……」


 背中からシャルロッテの感嘆とした声が聞こえる。


「このまま腐毒鬼も倒します」


〔幻夢〕を構えると、その腐毒鬼が全身に魔力を集めた。

 間髪入れず、凄まじい勢いで毒の塊を何発も放ってくる。

 攻撃範囲の広さ、威力ともに最高クラスの《ヴェノムクラスト》だ。

 一撃食らっただけで致命傷になり得る技で、原作ゲームでも大いに苦しめられた。

 俺はシャルロッテ嬢を背に〔幻夢〕を振るい片っ端から斬る。

 斬りたいものを全て斬るのだから、毒も斬って無毒化するのだ。

 攻撃を捌く中、彼女が俺の後ろから呼びかけた。


「待って……待ってください! あなたなら大丈夫でしょうが、私などのために命を危険に晒す必要はありません! なぜ……なぜ、そこまで私のために命を張ろうとしてくださるのですか!」


 彼女の問いの答えは至ってシンプルだ。

 毒の嵐を斬り払いながら、伝えるべきか逡巡する。

 俺たちの関係はそれなりに良好だと思う。

 本心を伝えたら今の距離感が壊れてしまうのではと不安になった。

 でも、きっと今話さなかったら伝えず終いになる。


 好きな人には好きだと伝えたい。


 そう思った俺は


「なぜなら、俺はシャルロッテ嬢が好きだからです」

「……え? わ、私のことが!? なんで……!」

「あなたは孤児院を経営されていますよね」

「! どうして、それを……!」

「俺はあなたの子どもたちを保護して愛する優しさ、不遇な目に遭っても他者に当たらない気高さ……そういった心の強さに憧れていたんです。も、もちろん、美しい見た目も大好きですよ」


 シャルロッテは何も言わない。

 言葉を続けるか迷ったが、いっそのこと全てを正直に伝えようと思った。


「出会ってまだ数週間ですが、実際にあなたと会って話して、さらにそういった気持ちが強くなりました。俺は……あなたが好きなんです」


《ヴェノムクラスト》は一度止み、腐毒鬼は上空に大量の毒液を放つ。

 より広範囲の攻撃トキシックレインか。

 この辺りに作物はないが明らかに本来の大魔境とは異なる土壌だ。

 俺たちにとって重要な場所だと理解しているらしい。

 もちろん、守り切るつもりで〔幻夢〕を振るおうとしたとき。


「《光の結界》!」


 周囲に巨大な光の壁が出現した。

 毒の雨は触れた瞬間から浄化され消え去ってしまう。

 まさか、この魔法は……!

 急いで振り返ると女神のように美しい女性が……眩いばかりの金髪をしたシャルロッテがいた。

 シャルロッテが……【大聖女】スキルに覚醒したのだ!

 ゲームでは一度も見られなかった光景が目の前にある!


 彼女の変化に腐毒鬼は動揺を示した後、続けて両手から鋭い爪を出した。

 猛毒を示す紫色の液体を滴り落としながら、凄まじい膂力で俺たちに飛びかかる。

 すかさず〔幻夢〕を構え直すとシャルロッテが一歩前に歩み出た。


「今度は私が戦う番です。《セラフィムレイ》!」

『ギィィィヤッ……!』


 無数の光線が放たれ、全身を貫かれた腐毒鬼は力なく崩れ落ちた。

 たった一撃で葬り去るとは、さすがの【聖魔法】は凄まじい威力だ。

 風に髪が揺れるシャルロッテは、女神が顕現したような美しさで言葉を失ってしまう。

 俺は少しばかり緊張しつつ彼女に礼を言った。


「シャルロッテ嬢、ありがとうございました。すごく強い魔法ですね。それに、髪も金色になられてすごくお美しいです」

「ええ、胸の奥から力が湧き出てきます。こんな……こんな経験は生まれて初めてです。私が伝説の【大聖女】スキルを使えるようになったなんて……とうてい信じられません」


 彼女は自分の身体を確かめながら話す。

 ゲームの設定通り、鑑定球を使わずとも本人の頭に諸々の情報が流れているのだろう。

【大聖女】スキルに覚醒する条件を思い返す。

 それは"誰かから愛されること"。

 俺からの愛を感じたのだと自覚した瞬間、一気に恥ずかしくなってきた。


「あっ、やっ、そのっ……突然のことでびっくりさせてしまったかと思いますが、俺の本心なので受け取ってもらえたらありがたいです」

「あなたに好きだと言われてすごく嬉しかったです。本当に……泣いてしまうくらいに。嬉しい、私は嬉しいです。好きな人に好きと言われる喜びをあなたから教わりました」


 シャルロッテは一粒の涙を零す。

 一度零れると止めどなく流れ始めた。

 笑い泣く姿に俺の胸も強く高揚する。

 彼女も俺のことを好きなんだ!

 好きな人に好きと言われて嬉しい……本当に嬉しい!

 瞳を拭ったシャルロッテは、涙の残る笑顔で頼む。


「一つ、お願いをしてもよろしいでしょうか?」

「はい、何でも!」

「そろそろ……敬語で話すのは止めにしない? 私とあなたの仲なんですもの」


 シャルロッテはにこりと優しく微笑む。

 可愛い、非常に可愛い。

 ゲームでは見られなかった光景に胸が高鳴った。


「そうだね、普通に話そう。じゃあ、俺からもお願いを一つ。……シャルって呼んでもいいかな?」


 俺の夢を提案してみたら、シャルロッテは楽しそうに頷いた。


「もちろん。だったら、私はハルと呼ばせてもらうわ。それにしても、ハルとシャルってなんだか似ているわね」

「そうだね。不思議な縁だ」

「ふふっ、これからもよろしく。……大好きよ、ハル!」

「俺も大好きだ、シャル!」


 飛びついてきたシャルロッテを硬く抱き締める。

 華奢で柔らかい身体は彼女が本物の人間だと示す。


 ああ、本当に大好きな人と結ばれたんだな……。


 幸せで見上げる空は、ずいぶんと青く爽やかで美しかった。

お忙しい中読んでいただきありがとうございます!


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