第15話:裏ボス王女、悪役モブ皇子に恩返ししたいと贈り物を探す(Side:シャルロッテ④)
ハルト氏を見送った私は、一人畑の作物を眺める。
瘴気に侵された、人の住めない荒れ地として有名な大魔境。
ここがそうだと誰が信じるだろうか。
目の前の畑には多種多様の貴重な作物が実り、私の後ろには素朴で安心感のある平屋が聳える。
まだ開拓は屋敷の周囲に留まっているが、私はすでに王宮よりこの場所が好きになっていた。
十六年間過ごした王宮より、二週間ほどしか過ごしていない大魔境での生活の方が、私の人生では色濃く感じられる。
作物たちを眺めるうちに、先ほどのハルト氏との会話が思い出された。
――俺なんかと過ごしてくれるから。
それは私が言うべきセリフだ。
長い白髪が不気味で何もできない【無】の王女、シャルロッテ。
そのような私を妻にしたら、彼の人生に傷がつくのではないか?
ただでさえ厳しい大魔境での生活がさらに苦しくなるのではないか?
そういった後ろ向きな考えがいつまでも私の頭を支配していた。
ハルト氏には自分を卑下するなと偉そうなことを言ったが、私こそ自分を卑下しているではないかと苦笑する。
ハルト氏には、出会ってからずいぶんとよくしてもらった。
素朴で安心感の溢れる家に住まわせてもらい、温かいお風呂も用意してくれ、おいしい食事を食べさせてくれ、将棋や囲碁、蹴鞠といった独特のゲームでも遊んでくれた。
私は今、王宮にいた頃とは比べものにならないほど安心して、楽しく、豊かに暮らせている。
何より……生きる自信を取り戻せてきた。
生きたい、死にたくないと思えるようになってきた。
ハルト氏は心優しく、そして強い善人だ。
お父様や姉たちとはまったく違う。
自意識過剰かもしれないが、日頃の言動から私に対する気遣いや優しさが感じられる。
わざわざ離れで就寝することもそうだし、何をするにしても私が不快に感じぬよう配慮してくれているようだ。
私が今まで出会った人間の中で、ハルト氏みたいな存在は一人もいなかった。
拒絶することはなく、逆に温かく迎え入れてくれる。
このまま彼と暮らせば、きっと私は幸せになれるだろう。
……少しばかり火照った頬を爽やかな風が冷やす。
ようやく、私の人生に光が差し始めた気がする。
ハルト氏が私をどのように思っているのかが最も重要だ。
気持ちを一方的に押しつけることだけは避けたい。
今までの態度などから嫌われてはいないと感じていた。
ただ、わかるのはそれだけだ。
その先の感情は靄がかかっているように見えない。
このような悩みを抱けるだけでも私は嬉しかった。
王宮では私を嫌う人間しかおらず、どう思われているか悩む必要さえなかったから。
恩を返したいが渡せる物が何もない。
王族として貴重な物品でも持っていれば感謝の印として渡せたかもしれないが、あいにくとそういった物は所持さえ許されなかった。
ハルト氏は何が欲しいのだろうか……。
二週間ほどともに過ごして、彼は遠い日本の文化が好きなのだとわかった。
中でも、桜模様が浮かぶ美しい黒刀――〔幻夢〕を甚く気に入っているらしく、丁寧に磨いたり話しかけたりする光景をよく見た。
どうにかしてそのような武器を用意したい。
しばし考えた私は素材集めを思いついた。
ハルト氏のスキルはクラフト系だ。
あまり見かけぬ貴重な素材を渡せば、日本のアイテムを生み出すのに一役買えるかもしれない。
剣や刀の類いの素材を考えると単純に鉱石が思い浮かんだので、ひとまずは鉱石に焦点を合わせる。
こんな簡単なことしかできない歯がゆさを感じながらも、私は歩を進めた。
屋敷を離れる私に気づいた警備のからくり人形たちが後を追ってきた。
「すぐ戻るからついて来なくて大丈夫だわ、ありがとう」
そう伝えると人形たちは頷き、それぞれの持ち場に戻る。
元よりあまり遠くに行くつもりはなかったし、できることなら自分だけの力で見つけたいと私は思っていたから。
いや、思ってしまっていたと私は後から気づくことになる。
□□□
瘴気に汚染された大魔境の浄化は屋敷を中心として、円を広げるように進んでいた。
それを担当するのは主にからくり人形で、ハルト氏が量産した〔御祓鋤〕を振るっては浄化する。
土を耕すと地中の種が芽吹いて育つことがあり、そういった作物が見つかると屋敷の近くの畑に移動した。
点在していると管理に余計な手間がかかるし、魔物を下手に引き寄せる可能性もある……というハルト氏の尤もな意見による。
よって、私が歩いているのは作物などは生えていないが柔らかい土の上だ。
現在もからくり人形による浄化が少しずつ進んでいる。
ここでも自分の力で見つけたい、という気持ちが強く出たため、遭遇するたび同行を断った。
地面を注視していると、土の一部に赤い欠片を見つけた。
掘り起こした手の平大のそれを図鑑の知識と照らし合わせる。
通常、このような荒れ地は最下級であるEランクの【ノマル石】が多いが……。
「Sランクの【煌炎鉱石】……っ!?」
透き通るような赤色が非常に美しいと同時に、大変貴重な鉱石で持つ手が震える。
自然界に漂う微弱な炎属性の魔力が、偶然結晶化した極めて稀有な鉱石だ。
これを加工した杖は魔法の心得がない者にも炎魔法の道を拓く。
磨くと太陽が燃えるように煌めく性質もあり、宝石としての需要も高い。
反面、その供給量は非常に少なく王宮の宝物庫にもあるかどうかさえわからない。
緊張しながら汚れを拭き取ると、内部に濃い赤色の堆積物が見えた。
炎属性の魔力が結晶化するときに発生する澱で、【煌炎鉱石】だと証明する最も重要な特徴だ。
「見つけた……ハルト氏への贈り物を……」
大切に持ち帰り、綺麗に磨いてから渡したい。
私は【煌炎鉱石】をそっと胸に当てた。
こうすれば少しでも気持ちが籠もる気がしたから。
他にも探してみようと立ち上がったとき。
遙か上空に膨大な魔力を感じた。
命の危機だと直感で察する。
屋敷の方角に駆け出そうとするも、二匹の巨大な魔物が私の進路を塞いだ。
彼らの周囲だけ昼間の明るさが感じられず、私はその正体に驚きが隠せない。
「心喰らいに腐毒鬼……」
Sランク魔物の中でも頭一つ抜けた強さを持つ魔物――厄災の二匹だ。
サンフィオーレ王国が内密に所持する魔物がどうしてここに……。
理由は不明なものの、非常に悪い状況だった。
ここから屋敷は見えない。
いつの間にか、かなりの距離を歩いてきたらしい。
普段の私なら、ここまで屋敷を離れなかったはずだ。
さらに悪いことに高揚していたためか疲れも感じなかった。
贈り物を探しつつも警戒は怠らなかっただろう。
不甲斐なさに唇を噛む。
周りが見えていなかったのには理由がある。
ハルト氏との関係が嬉しく……浮かれてしまっていた。
彼と過ごす毎日は楽しくて、安らかで、私の心を癒すに十分過ぎた。
物心ついてから初めて体験する日々が、何よりも大事な人生の時間になっていた。
警戒する中、魔物たちの胸元に埋め込まれた球体に視線が向く。
久しぶりに見た複雑な紋様が浮かんでいた。
「あれは……アデラード姉さんの魔力紋……?」
個人が持つ指紋のような魔力の紋様。
以前、王宮の儀式で見たのと同じだから間違いはない。
瞬間に私は理解した。
長姉は私を殺すため厄災の二匹を放ったのだと。
そこまでするかと、思わず笑いが零れた。
余計な刺激を与えぬよう立ち回ってきたつもりだったが、どこかに気に入らない点があったらしい。
過激な姉を持ったものだ。
私は全力で魔力を集め、心喰らいの頭に放つ。
「《魔弾》!」
渾身の一撃は爆発音を轟かせるが、煙が掃けると無傷の心喰らいが現れた。
悔しさに唇を噛む。
私の【無】スキルでは力不足でしかない。
厄災魔物を倒すことなど……不可能だ。
瞬きをした直後、目の前にはいるはずのない者たちがいた。
「お父様、お姉様方……っ!」
お父様、長姉、次姉、私を婚約破棄した男たち……。
今までの人生で虐げてきた者が虚像となって現れる。
彼らの後方に控えた心喰らいの五つ目が怪しく光っていた。
精神攻撃を受けているのだと身体も心も硬くなる。
これを防いだり打ち消す手立てはこの世に存在しない。
自死するまで心を蝕まれる他ない。
「お前のような娘は我が王族の恥だ。気味が悪いだけで役立たずの王女でしかない」
現実世界のようにお父様がまず侮辱を発し、長姉と次姉がそれに続く。
「まだ生きていたの? 早く死んでちょうだいな」
「あなたの不気味さは環境が変わっても変わないわね。ある意味感心するわ」
私を婚約破棄した男たちも、似たような侮辱を私に投げつける。
「君の老婆を思わせる白髪を見てから、僕は寝付けが悪くなってね。責任を取ってくれないかい?」
「きっと君はいつまでも一人で生きるのだろうね。まぁ、せいぜい頑張ってくれたまえ」
精神世界でも現実と同じなのはどこか面白さを感じる光景だった。
虚像は焦燥感や不安を煽るようにゆっくりと私に歩み寄る。
以前の私なら抵抗する気さえなかったかもしれない。
でも、今の私は違う。
足に力を入れ、真正面から虚像に向き合った。
「私は諦めない。生きて……彼とともに暮らしたい!」
胸の奥から力が溢れてくる。
心の中に光り輝く存在が――ハルト氏がいるから。
虚像なんかに負ける気はしなかった。
《魔弾》を撃とうと魔力を集中したとき、突然腐毒鬼が沈黙を破った。
『ギシャアアッ!』
大きな口から毒の雨が放たれた。
触れたら骨の髄まで即座に浸透し、全身の内臓を破壊する毒だ。
絶対に喰らってはいけない。
この毒は伝播する。
私が汚染源になった場合、ハルト氏に危害が及んでしまう。
それだけは避けるべきだったのに……。
《魔弾》では全てを防ぐことは無理だ。
死を覚悟し、申し訳なさを感じた直後。
『ギィッ!?』
どこからか放たれた衝撃波が、毒の雨を完全に吹き飛ばしてしまった。
誰の攻撃なのか、今はもうわかる。
「お怪我はありませんか、シャルロッテ嬢」
やはり、あなたは来てくれた。
私を守るように立つハルト・ムーングランツの背中は、それこそ太陽のように光り輝いていた。
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