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第14話:どうせなら始末してしまいたい(Side:アデラード①)

 シャルロッテが大魔境に送られてから二週間ほどが過ぎ、私のざわついた心はようやく落ち着いた気がする。

 最近は金髪になった彼女の姿が目にチラついており、夜も寝付けない日が多かった。

 華やかな自室の窓に寄り、大魔境の方角を見る。

 王宮から見えるはずもないが、シャルロッテが苦しむ様が容易に思い浮かんだ。

 例の肖像画は処分したし、本人は遠く離れた大魔境にいる。

 私の美貌を脅かす存在は消え心配事もなくなった。


 幾分か軽くなった心で日課を始める。

 それは、毎日のように飛び込んでくる縁談写真を選定すること。

 国内の有名貴族の令息、大商人の息子、諸外国の王子などなど……。

 両手で抱えきれないほどの写真を前にすると、自分の美しさが証明される気分で非常に高揚した。


 私はもう十八歳なのでそろそろ結婚を考えなければならない。

 とはいえ、誰かの妻になると縁談は来なくなる。

 楽しみが減ってしまうのは残念なので、あれこれと言い訳をつけては躱しているところだった。

 お父様は昔から私に甘い故、そのような態度が許されている。


 お父様が私を愛する理由は見た目の美しさだと、幼少期の家庭教師がこっそりと教えてくれた。

 美しさを磨くことは何よりも良いことだとも教わり、私はそのように過ごしてきた。

 あの家庭教師はもういないが、実際にその通りだったのだから正しい教えだったわね。


「失礼いたします」


 写真を眺めては品定めするうち、扉が静かにノックされた。

 返答したら、茶髪を団子状にまとめた地味なメイドが入ってくる。

 たしか……アンナと言ったかしら。

 元々シャルロッテを担当していたメイドだったけど、追い出してからは私の担当に引き入れた。

 前々から有能な仕事ぶりに目をつけていて、いつか自分の侍女にしたいと思っていた。

 アンナは静々と近寄るとお茶の準備を始める。

 午後からは面倒な公務があることを思い出し、私は他人に聞こえるように不満を口にした。

「お父様ったら私にばかり仕事を頼まないでほしいわ。ただでさえ私に仕事が集中しているというにのにね」

「はい。アデラード様の気苦労を考えると私も胸が痛くなります」


 アンナは眉一つ動かさず、至極淡々とした表情で答える。


 胸が痛くなるだなんて、そんなことはまったくないのでしょう?


 この愛想のなさだけは玉に瑕で、時たま小さな苛立ちを覚えた。

 仮に彼女がシャルロッテだった場合は厳しく対応しただろうけど、今そうした態度を取ると外聞に影響が出るわね。

 そもそもたかがメイドには別に何も期待していないので、私も無言でお茶を飲むに留めた。

 茶葉の芳醇な香りが広がり、豊かな渋みの裏からわずかな甘みが顔を出す。

 サンフィオーレ王国が誇る最高峰の茶葉をさらに一段階上の格に引き上げた。

 やっぱり、お茶の淹れ方に関しては王宮でも一、二を争う腕前ね。

 この技能があるだけでも愛想のなさは見逃してもいいと判断できた。


「お代わりを貰えるかしら?」

「かしこまりました」


 アンナが持つティーポットが陽光に煌めく。

 白磁でできたそれは金色の装飾で彩られる。

 普段なら特段なんとも思わないはずだ、ふとカップを持ち上げる私の手が止まった。

 消失したはずの嫌な焦燥感がぶり返すのはなぜ?

 お茶ごと喉の奥に押し込む私に、アンナが相変わらず淡々としつつも羨望の混じる声をかけた。


「アデラード様の御髪はまるで黄金のように美しくて羨ましいです。私も染めることができればいいのですが……」


 髪を、染める。

 先ほどから脳裏を過り出した長い白髪の女。

 今はもうその顔もはっきりと思い浮かんだ。


 もし、シャルロッテが金髪に染めることを思いついたら……。


 私の美貌など簡単に超えてしまうだろう。

 嫌な胸騒ぎで心臓の辺りが重くなる。

 私は長女だから、当然の如く王位継承権序列第1位だ。

 シャルロッテのスキルは何もできない【無】。

 現時点では、あの女がお父様や世間に認められることはない。

 そう、現時点では……。

 スキルの価値を上回る美貌を手にした場合、私の未来に影響が出るかもしれない。

 なぜなら、私が実感しているように女は美しさが全てだ。


 絶世の美女と聞いたら、たとえ【無】スキルでも結婚したいと申し出る男はいると考えた方がいい。

 手元の縁談写真が、急に私の敵に見えてきた。

 仮にシャルロッテが金髪になった後、彼女に対する私の仕打ちをこの男たちに知られたら、みな私を糾弾するはずだ。

 男はいつだって美しい者の味方をするもの。

 これまでは私の方が美しかったから、シャルロッテが何を言っても"姉に対する僻み"としか認識されないと安心していた。


 現在、シャルロッテはムーングランツ帝国の第三皇子と婚姻関係にある。

 法律上は夫がいるわけだけど、金髪になったあの女の顔を見たらどの男も手に入れたいと考えるに決まっている。

 そもそも、大魔境での結婚生活がうまくいってない可能性は高い。

 環境は劣悪だし、相手は敵国の皇子だ。

 むしろ、男たちは"俺が救い出す"と使命感に燃える危険さえあった。

 

 国内外の有力貴族やそれに類する男と婚約を結び直す力があると気づいたら、お父様からの評価も一変するかもしれない。

 ムーングランツ帝国に敵対する国の王子と結婚し、同盟関係が締結できるかも……とか。

 万が一に、【無】の王女と周囲から蔑まれ、私も一緒に蔑んできたシャルロッテが女王になったらどうなる。


 ……私はあの女の下につくことになるじゃないの?

 

 それだけは許せない。

 何があってもそんな未来は潰す必要がある。

 でも、どうすれば……そうだ。

 いっそのこと、この機会に始末してしまえばいい。

 シャルロッテが消え去れば、私の嫌な焦燥感も今度こそ完全に消えるかもしれない。

 そうに違いないと思い、私は決めた。


「アデラード様、どちらに?」

「あなたには関係ないわ」


 私は足音荒く自室を出る。

 向かう先は王宮の一角にある塔――双牙封塔だ。



 □□□



 双牙封塔に到着した私を見て、警備の騎士たちは表情が険しくなった。


「アデラード様……魔物たちを使う日が来たのですか?」

「まぁ、そんなところね」


 端的に答えると、彼らは硬い雰囲気で顔を見合わせた。

 この塔には王族だけが使役できる二体の極めて強力な魔物――通称、厄災が封じられている。

 ムーングランツ帝国に対する秘密裏の戦力だ。

 表向きは休戦協定を結びつつ、裏では魔物を使った奇襲を仕掛ける……と、勝手に深読みしたのだと推測された。


 騎士たちを塔から遠ざけ、私だけ中に入る。

 天辺まで吹き抜けの空間が現れ、ひやりとした冷気が私を包んだ。

 目の前に控える巨大な魔物を前にすると、さすがに緊張感を覚える。

 二匹とも私を見ても暴れることはなく、不気味な視線で見下ろすだけだが相当の威圧感があった。


 悪魔のような角と翼が生え五つの目を持った魔物は、人間のトラウマを抉り精神を蝕む――心喰らい。

 顔は全て口で構成され強靱な膂力と伝播する猛毒であらゆる命を奪う不気味な人型魔物――腐毒鬼。

 ともにSランクの魔物だ。

 大昔、王国を破滅に導きかけたことから厄災と称された。

 古い資料を思い出した私の額には脂汗が滲む。

 

 王国は当時も他国と大規模な戦争を行っていたが、どこからか来たこの二匹が乱入した瞬間、終息した。

 他国の前線部隊は次々と謎の自死を遂げ、生き残った者たちは猛毒に血を吐いて死に追い込まれたからだ。

 心喰らいの精神攻撃を防ぐ手立ては存在せず、腐毒鬼の毒を癒す方法もまた存在しない。

 この二匹と対峙した瞬間、死の運命が決定した。

 被害の波は我が王国も襲い、わずか七日で人口の三分の一が死に至らしめられたと記される。

 当時の全兵力と最先端の魔法技術を用い封印に成功し、以来、王宮の一部で外に出る日を待っていた。

 二匹の胸元に埋め込まれた球体が服従の魔導具で、彼らの命と直結している。

 殺されるなんてあり得ないと自分に言い聞かせても、緊張感で呼吸は浅くなった。


 シャルロッテをただ殺してしまうのはもったいない。

 これだけ私に不快な思いをさせたのだから、どうせなら精神的にいたぶり相当の地獄を味わわせながら始末したかった。


 私は今一度精神を整え、二匹の球体に魔力を送った。

 王族の魔力で操る仕組みであり、上書きすることはできない。

 よって、シャルロッテに操作される心配もないのだ。


「陽が昇る国の姫の名において命ずる。大魔境に行き、我が妹シャルロッテを始末しなさい」


 魔物たちがわずかに頷くと、塔の上部に明るくて巨大な魔法陣――転送魔法陣が出現した。

 二匹は即座に飛び込み姿を消す。

 静けさと暗さが戻る塔の中、私は自分に言い聞かせるように呟く。 


「これでもう大丈夫……これで大丈夫なの」


 自分の美貌が守られた気持ちになって安心する。

 厄災魔物の解放はすぐにでもお父様の耳に届くだろうけど、きっと誤魔化せる。

 

 私は誰よりも美しいのだから。

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