第13話:悪役モブ皇子、裏ボス王女と少しずつ仲良くなってきた
昼食後にシャルロッテと将棋をするのが日課になって、あっという間に一週間が過ぎた。
日に日に強くなっており、アプリの最高位――九段の相手と戦っている気分だ。
強い相手と戦うのは楽しい。
……楽しいのだけどずっと負けているというのも思うところはある。
なので気分転換と俺の別軸の強さの証明も兼ねて、今は囲碁で戦っているわけだが……。
「……負けました」
敗北を喫した。
俺が。
ちょうど十局を過ぎると強さが格段に上昇するのはなぜなんだ。
いつぞやと同じ衝撃を感じる中、シャルロッテは「ありがとうございました」と頭を下げる。
どんなときでも礼節を忘れない彼女が素敵だ。
「囲碁も将棋も、もはや完全に俺の実力を超えられてしまいましたね。弱くてすみません。俺以外に相手がいればいいんですが……退屈でつまらないでしょう」
現状、領民はまだ一人もいないし、旅人の類いが訪れたこともない。
いつも同じ相手では飽きてしまうんじゃなかろうか、というのが目下の不安だ。
からくり人形の棋士でも生成しようかと思う俺に、彼女は首を横に振った。
「謝らないでください。あなたのことは弱いと思っていませんし、つまらないとも思っていません。将棋も囲碁も……あなたとするから楽しいのですよ」
「……ありがとうございます、シャルロッテ嬢!」
シャルロッテはにこりと微笑む。
俺と遊ぶのが楽しいと言ってくれてとても嬉しい!
もっと戦法を磨いて、戦い甲斐のある男になろうと決心する。
そう思う俺に、彼女はやや緊張した表情で切り出した。
「あなたは、他にも日本の文化が感じられる遊びなどをご存じですか? できれば、身体を動かすタイプの遊びがいいのですが……」
シャルロッテの方からこういったお願いを頼まれるのは初めてだ。
提案するのは毎回俺だった。
関係性の微妙な変化を感じるのは不遜だろうか。と思いつつ提案する。
「そうですねぇ……でしたら、蹴鞠とかどうですか? 鞠を蹴り合う勝敗のない遊びで、地面に当たらないようにするんです。勝敗の代わりに回数とか姿勢の美しさを競い合います」
「そのような球戯があるのですか。やってみたいです」
とのことなので、【和風工匠】スキルで浅葱色の鞠を生成した。
これも神話級で決して壊れない能力を持つ。
ネットで学んだ前世を思い出しながら、何回か鞠を蹴る。
「コツは4つありまして、姿勢、足の使い方、呼吸、リズムの4つです。特に姿勢が重要でして、背筋を伸ばして上半身を揺らさないように注意してください。"優雅さ"が一番重要なので、体感の安定性を意識する形です」
「なるほど……覚えることが多くて難しいですね」
などと言いつつも、シャルロッテは要領よく基本を習得した。
非常に優雅に蹴っては鞠が美しく蹴り上がる。
彼女はどうしてこんなにスペックが高いのだ。
……そうか、裏ボス王女だからだ。
俺は納得し、二人でぽんぽんと鞠を蹴る。
互いの母国は戦争中で、俺たちがいるのはその間に挟まれた土地。
そういった国際情勢も忘れてしまうような長閑な時間だった。
シャルロッテは蹴った鞠を視線で追いながら、どこか詩でも歌うような軽やかな声で言う。
「勝敗がない遊びは初めてやりますがとても面白いですね。一体感や調和を感じます」
「まさしく蹴鞠の楽しさはそれです。シャルロッテ嬢は豊かな感性をお持ちで羨ましいです」
「ハルト氏こそ、これほど素敵な遊びを知っているなんて素敵な感性です。今は、少しでも長く続けられるように頑張ります」
彼女の小さな笑顔が少しずつ増えてきたのは、きっと気のせいではないだろう。
少し長めの休憩は終わり、二人で畑仕事をする。
いつもはシャルロッテが一人で担当するが、今日は収穫量が多いので俺も作業するのだ。
彼女は枝から切り取ったルシェトマトを、俺が背負った籠に丁寧に入れる。
「手伝っていただきありがとうございます。ハルト氏も忙しいでしょうに」
「いやいや、やらせていただきますよ。そもそも俺の畑でもありますしね。一応、役割分担されていますけど気にしないでください」
「そうですか。ハルト氏はお優しいですね」
「あなたほどではないですよ」
「? どういうことですか?」
シャルロッテは疑問符の浮かんだ顔で俺を見た。
彼女は不遇な境遇にありながら、裏で孤児院を経営し親を失った子どもたちの生活を支えている。
故に、俺は誰よりも優しい女性だと感じているのだが、孤児院の情報を知る者はいない設定だ。
この場で伝えると不信感を抱かれる可能性もあったので、俺はまた別の主たる理由を伝えた。
「俺なんかと一緒に過ごしてくれるからです」
素直な気持ちだった。
俺には前世があって中身はアラサーなのだが、正直シャルロッテの方が人間性は高い気がする。
自分の時間やお金を使って孤児院を経営することなんてできるわけもないし、考えることすらないだろう。
ゲームの設定でも、俺は名前すら出てこないモブ皇子でシャルロッテは裏ボス王女だ。
中身もガワもまるで差がある。
だから、近くにいてくれるだけで俺はただただ嬉しかったのだ。
シャルロッテは無言でルシェトマトを切り取ると、俺にそっと差し出した。
「ハルト氏は私より立場や能力低い人間だと、私が一度でも言いましたか?」
「い、いえ、言ってないです」
「だったら、自分からそんな言葉を口にする必要はないと考えます」
「そう、ですね。すみ……」
ません、と続けようとしたところで、シャルロッテの忠言を思い出した。
俺は彼女に笑顔を向ける。
「シャルロッテ嬢の視線や仕草などに俺は優しさを感じています」
「……あなたの気持ちは伝わりました。素直に嬉しいです」
作業が再開された。
シャルロッテが作物を収穫し、俺が籠で回収する。
こういう作業のときも距離感というか触れ合い方が、なんだか徐々に変化している気がした。
初対面の頃は何をするときもどこかよそよそしくて警戒を感じるような、心理的な距離を取られていた。
作物などを受け渡す際も緊張感や拒絶感を覚えていたが、今はもうそんなある種の刺々しさは感じない。
俺たちの間を漂う空気もずいぶんと柔らかくなったのを実感する。
収穫作業は順調に終わり、シャルロッテはぐ~っと腕を伸ばす。
「これで終わりましたね。手伝っていただいたおかげですぐに終わってしまいました」
「では、俺は魔物討伐に行ってきます」
「えっ、今日はお休みになられては? 畑仕事も手伝ってもらいましたし疲れているのでは……」
「いえ、大丈夫です。今晩の新鮮な肉も欲しいですし、屋敷の防衛のためにもなりますから。あなたには安全に楽しく暮らしてほしいんです」
「……ありがとうございます」
シャルロッテはどこか力の抜けた顔で礼を言う。
元々、大魔境には数多くの魔物が棲む。
屋敷は俺やからくり人形が警備しているが、元より危険は少ない方がいい。
そろそろ新しい素材も入手したいところだ。
屋敷を離れていく俺は、この後シャルロッテとの心の距離が一気に縮まることをまだ知らないのであった。
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