第12話:長兄、馬鹿にしていた悪役モブ皇子に火龍を斬られたことに強い焦りを感じる(Side:ミカエル①)
「ミカエル兄さん、もう少しゆっくり歩いてください。ついていくのが大変です」
「うるせえ、黙ってろ」
弟のモルガンを連れて、宮殿の地下室に向かう。
ハルトを大魔境に送った転送魔法陣の刻まれたあの部屋だ。
確かめなければならないことがある。
あいつが大魔境に行ってから、俺の日常には靄がかかった。
王族じゃないと食えない美味い飯を食っても、たくさんの美しい女と遊んでも、平民出の使用人どもを虐めても、何をしても気分が晴れない。
常に心のどこかに重い感覚があり、毎日がまったく楽しくなかった。
こんな不愉快な日々を過ごすのは生まれて初めてだ。
原因はわかっている。
――ハルトに火龍を真っ二つに斬られた。
地下室で戦ったときの光景が目に焼き付いているのだ。
魔法を斬る武器など聞いたことすらないし、俺が使ったのはSランクの魔法だぞ!
あり得ない。
信じてなるものか。
しかし、たしかに俺のSランク魔法はあいつに斬られて消滅した。
「……ちくしょう!」
苛立ちを吐き出すと、後ろを歩くモルガンの驚く気配が伝わった。
あの戦いは王族しか入れない、宮殿の地下室で行った。
周りに誰もいなかったことも確認している。
もし、ハルトとの戦いが父上に知られたら……俺にとってかなりまずい状況になり得た。
下手したら、帝位継承権に影響が出るかもしれない。
Sランク魔法を斬られた件は、俺自身の体調不良や調子が悪いという理由をつければ問題ない。
実際にそうだったのだから。
問題は、ハルト自身に有用性があると父上が思うことだ。
魔法を斬る剣を生み出せるスキルなど、この世の常識を破る能力と言って差し支えない。
仮に量産されたら、父上のあいつに対する評価は一変するだろう。
ハルトは特別な存在でも何でもない、ただの庶子皇子だと確かめる必要がある。
ジリジリとした怒りや焦燥感を覚えながら歩いていると、いつの間にか地下室に着いていた。
中に入ると冷たい空気が全身に張り付いた。
当然の如く、今日も他には誰もいない。
ふと気配を感じたような気がするが、入り口は硬く閉ざしたので誰にも俺たちの声は聞こえないはずだ。
さっそく、俺はモルガンに命じる。
「おい、魔法を斬る剣を作れ」
「え……? ちょっと待ってください。何を言っているのですか。そんな剣は作れませんよ」
「なんでだよ」
「なぜって、そんな剣は存在しないからです。剣はおろか、他の武器でも不可能です。魔法を打ち消すには魔法を当てるしかありません。【賢者】スキルを持つミカエル兄さんならよくご存じでしょう」
「……ちっ」
モルガンの言うことは正論だし、この世の常識として知られている。
だからこそ、ハルトは常識破りではないと証明する必要があった。
「じゃあ、Sランクの剣でいい。さっさと作れ」
「わ、わかりました」
モルガンは肩から提げた貴重な魔導具――収納ボックスからいくつものレア素材を取り出す。
こいつのスキルは【錬金術師】。
どんな素材からもAランク以上のアイテムを生み出せる、クラフト系における最高峰の能力だ。
素材を床に並べたモルガンは、目を閉じて集中する。
「【錬成】!」
床に現れたロングソードから漂う魔力は高濃度で、室内の空気が張り詰める。
少しでも魔法や冒険に携わっていれば、調べなくともSランクの武器だとわかった。
ハルトの生み出した謎の剣よりは威圧感がかなり弱い気がしたが、気のせいだと首を振って打ち消す。
「Sランクの剣を作りましたよ。でも、だいぶ貴重な素材を使ってしまいました。父上にバレたらどうなることか……」
「黙ってりゃバレねえって。それに、素材なんてまた集めりゃいいだろ。早く立ち位置につけ」
モルガンと距離を取る。
ちょうど、ハルトと対峙したときと同じだ。
「今からお前に《火龍》を撃つ。その剣で斬ってみろ」
「はい!? どういうことですか!」
「言う通りにしろってことだ」
俺はあのときの光景を焼き払うように魔力を込めた。
「《火龍》!」
「ミカエル兄さん!」
「ははは、斬らなきゃ火炙りになるぞ!」
迫り来る攻撃にモルガンは覚悟を決めたようだ。
力の抜けた構えで剣を振り上げた。
振り下ろされる寸前、《火龍》に込めた魔力を極限まで弱める。
最低のEランクレベルだ。
ここまで弱めたら簡単に斬れるだろう。
ましてや、モルガンが持つのはSランクの剣だ。
こいつも俺の魔法を斬ることができれば、あの戦いでハルトに《火龍》を斬られたのは俺の調子が悪かったから……と説明がつく。
少なくとも、ハルトの有用性はなくなるはずだ。
「うわああっ、熱い! ミカエル兄さん、火を消してください!」
「はぁ!?」
予想に反して、《火龍》はモルガンに直撃した。
たしかに剣で斬られるのを見た。
だが、すり抜けるだけで消滅までは至らなかったらしい。
慌てて水魔法を使って火を消した。
所々焦げたモルガンは荒い息を吐く。
「ミカエル兄さん、これでわかったでしょう。魔法を斬る武器なんてこの世にないんです。そんなわかりきったことを確かめるために僕を燃やしたんですか?」
「……黙れ」
モルガンが弱めた《火龍》を斬れなかった以上、ハルトの力は常識破りだと逆に証明されてしまった。
俺の身体に流れる皇族の血は神聖なものだ。
平民の血が混じったハルトの方が優秀だなんて……認めてなるものか。
怒りが再燃する俺は"とある可能性"に気づき、血の気が凍った。
もしあいつが皇帝になったら……。
立場が完全に逆転する。
ハルトが上で俺が下。
今までの行いを"皇帝の命"としてやり返される可能性がある。
いや、何よりそんな境遇を俺自身が耐えられない。
「……ちくしょう! ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!」
「ミカエル兄さん、どこに行くんですか!? 謝ってくださいよ!」
俺は勢いよく地上に向かう扉を開けた。
ハルトはこの世で唯一、魔法を斬れる剣を生み出す力がある。
さらに悪いことに、あいつのスキルはクラフト系だと考えて間違いはない。
同じくらい、もしかしたらそれ以上に有用なアイテムを生み出せる可能性があった。
父上に知られないようにしなければ。
少なくとも、俺の本気の《火龍》がいとも簡単に斬られて消滅したことは隠し通す必要がある。
帝位継承権第一位を守るために。
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