第10話:悪役モブ皇子、裏ボス王女との生活を始める
翌朝から、シャルロッテとの共同生活が始まった。
今日の朝食は昨日の肉を使ったスープだ。
鰹節を一緒に入れたところかなり深い味わいになり、さっぱりとした塩味が肉の上質な脂を引き立てる、と俺は思うのだが彼女はどうだろうか。
「昨晩の醤油もよかったですが、今日の味付けもまた大変に美味ですね。味わいが軽いのに深いと言いますか……身体に染み入る風味がたまりません。どことなく海を感じる香りもまた心が安らぎます」
「……ありがとうございます!」
昨日に続き和風料理を褒めてくれた。
自分の好きなものを好きになってくれるととても嬉しい。
「昨日は眠れましたか?」
「ええ、おかげさまでぐっすり眠れました。今はもう疲れなんて感じていません」
そう話すシャルロッテは顔色がよく、目の下に薄っすらとあった隈も今は消えていた。
心なしか白い長髪も昨日より強く輝いており、俺はホッとひと息つく。
「元気になられたみたいでよかったです。何か必要な物があれば言ってください。すぐにスキルで作りますから」
「ありがとうございます。ところで、なぜあなたはそんなに私に気遣ってくれるのですか?」
「結婚相手、だからでしょうか」
「……そうですか」
シャルロッテは皿に視線を戻す。
どこか硬い雰囲気のまま食事は終わった。
これからどうするかという話だが、俺は昨晩寝ながら考えた計画をシャルロッテに伝える。
「ここで暮らしていくには、やはり衣食住をきちんと成立させることが重要だと思います。衣と住は確保できているとして、まずは食の拡充を行いたい次第です」
「魔物の肉ばかりでは健康に悪いですものね」
「できれば野菜とか確保したいのですが、種の手配が難しいです」
「ええ、そうですね。何も役に立つ物を持っておらず申し訳ありません」
「い、いや、シャルロッテ嬢が謝る必要はありませんよ!」
見渡す限り植物は枯れ木ばかりで、食用の作物の類いは確認できない。
俺のスキルで種などの食べ物を生み出せるか思案したが、さすがに無理なようだ。
何でもアリになってしまうからだろう。
それならばと、ある和風アイテムを生成することに決めた。
「【和風工匠】!」
俺の手が持つのは、がっしりとした作りの鍬だった。
――――――
・名前:御祓鍬
・等級:神話級(SSSランク)
・能力:①穢れたる地を祓い清めむ(汚染された土壌を浄化する)
②大地に実りの力を与ふ(土壌に作物成長の効力をもたらす)
――――――
家の中は安全だが、一歩外に出ると相変わらず息苦しさを覚える。
いずれにせよ、瘴気に汚染された土壌は浄化しなければならない。
出現した〔御祓鍬〕をシャルロッテは興味深そうに見る。
「そんな物まで生み出せるのですね」
「瘴気の浸透した土壌を浄化できる鍬です。さっそく使ってみましょう」
サクッと土に振り下ろした瞬間。
土を覆っていた黒い靄が、1m四方もたちまち消え去ってしまった。
「やった! シャルロッテ嬢、土が浄化されましたよ! これで自由に動け……なんだっ!?」
「ハルト氏、後ろに下がってください!」
突然、地面から大量の植物が生えてきた。
慌てて一歩下がって退避する。
植物は次から次へと育ち、あっという間に1m四方の作物畑に変わってしまった。
シャルロッテは「いったい何が起きたのでしょう……」と呟き、俺も彼女と同じ心境だ。
この現象について思案するうち、一つの結論に辿り着いた。
「きっと、土の中に魔物や風で運ばれたいろんな種が埋まっていたんです。それらが〔御祓鍬〕の効力で一気に成長したのでしょう」
「なるほど……その理屈は筋が通っています。ハルト氏のおかげで瘴気から解放されたわけですね……ちょっと待ってください。これはもしかして、ルシェトマトではありませんか?」
シャルロッテは足下付近の赤い実を指す。
みずみずしい赤色が美しいそれに、俺は衝撃を受けてしまった。
Sランクの作物――ルシェトマト。
生息地が限られた貴重な作物で、一口食べるだけで全身が潤わされる。
原作ゲームでは食後の一定時間自動的に体力が回復される仕様があり、主人公の冒険を大いに助けてくれたものだ。
これを磨り潰して作ったトマトジュースはエリクサーにも匹敵する高値で取引され、主人公の冒険が手厚くサポートされた。
ゲームのレア素材を実際に触れるなんてとても不思議で嬉しい体験だ。
「大変です、ハルト氏。ルシェトマトどころではありません」
「えっ……すご……」
作物は他にも育っており、一つずつ確認するたびに俺は驚きと高揚を覚えた。
煎じたお茶を飲むと魔力が全回復する魔快草、集めた陽光で闇夜を照らす木の実――灯果、豊かな風味と味わいが薬の効能を格段に上昇するエルドリーフなどなど……。
最低でもAランクという最高級の作物ばかりだった。
シャルロッテは淡々としつつ驚きを口にする。
「こうして間近で見ていると、この世界の常識が崩れていくのを実感します。あまりにも衝撃的な出来事が続いているので。あなたは……本当に規格外の男性ですね」
「そこまで褒めてもらえるとなんだか照れてしまいます。土壌に種が埋まっていてくれたおかげですね。俺は何もしていません」
「謙遜はしないでください。彼らを苦しめていた瘴気を浄化し、ここまで芽吹かせたのはハルト氏でしょう」
「……それもそうですね」
推しキャラにすごいと言われ大変に嬉しい。
頑張ってよかったと思う俺に、シャルロッテは凜とした顔で頼んだ。
「お手数かけますが、私の分も〔御祓鍬〕を作ってくれないでしょうか。全てあなたに頼りっぱなしになるつもりはありません」
「わかりました。今生成します」
スキルを使って追加の〔御祓鍬〕を作る。
まだ一日ほどだが、シャルロッテと一緒に過ごして彼女がどのような人間なのか少しずつわかってきた。
原作ゲームと同じ、いやそれ以上に芯がしっかりした自立心のある女性だ。
手分けして開拓することになり、俺は東側、シャルロッテは西側に移動した。
まずは本邸の玄関前、およそ10m四方を二人で耕してみる。
〔御祓鍬〕を振り下ろしては瘴気が浄化されていく。
もちろん全ての土に種が埋まっていることはなく、作物が育ったのは他にも三区画くらいだった。
数時間ほども黙々と作業すると、一通り耕し終わった。
合流したシャルロッテにタオルを渡す。
「お疲れ様でした。鍬捌きがお上手ですね」
「ありがとうございます。ハルト氏こそ慣れてらっしゃるようで」
「実は、FIRE後に農業しながら暮らすのが夢でしてね。仕事の合間を縫って農業研修に参加することもあったので、そのときの経験が活かされているのかと……」
「FIRE? ハルト氏は炎も出せるのですか?」
「ああいや、炎を出すくらいの勢いで人生という畑を耕してきたという意味です」
うっかり前世の話を滲ませてしまった。
シャルロッテは頭の上に?マークが浮かんでいるが、どうにか誤魔化せたと思う。
彼女は浄化が完了した区画を静かに眺める。
「帝国と王国の固有種が入り混じる光景は、間に位置する立地ならではですね」
「ええ、魔物や風の影響でしょう」
「いつか……両国の人々がこんな光景みたいに仲良くなれたらと願うばかりです」
「……俺も願って止みません」
作物たちは各々の出自に関係なく寄り添って育つ。
彼らにとって国境や国際情勢など関係ないのだとよくわかる光景だった。
俺とシャルロッテの間はどうだろうか。
やはり、まだ境界……いや距離は感じる。
隣にいるが、まだ完全には通じ合っていないというか。
もっと近くに感じたいと思う。
少しずつでも仲良くなっていこうと、俺は改めて決意を固めるのだった。
□□□
五日ほども経つと、俺は魔物討伐をしてシャルロッテは作物畑の管理及び拡張という役割分担が自ずと決まった。
肉の他に野菜も確保できるようになったので、食生活はずいぶんと豊かになった。
少しずつ会話も増えてきた気がする。
シャルロッテは植物好きという話通りに知識が豊富らしく、作物が互いの成長を促進するような植え方をしてくれた。
区画も整理され、どこに何がどれくらい育っているのか一目でわかる。
彼女はノートにもわかりやすくまとめてくれ、畑の拡張について相談するのが日課になった。
「灯果は保存に気をつければ長期間保存しても灯りとして使えます。北西の一角に新しい畑を作ろうと思いますが、ハルト氏はどう思いますか?」
「賛成です。多すぎて困る作物ではありませんしね。拡張するときは一緒にやりましょう」
成熟した作物から種を回収し、その種を撒くとすぐに成熟し……と無限ループみたいな感じで栽培は順調だ。
屋敷周辺の警備として、神話級(SSSランク)のからくり人形をいくつか作った。
いずれも成人男性くらいの大きさで、領地開拓の強力な味方だ。
刀や弓などで武装した鎧武者タイプと〔御祓鋤〕を携えた農民タイプだ。
エネルギーは無補給で良いという高性能が素晴らしい。
いずれもリアル過ぎると怖いのでほどほどにデフォルメしてある。
いつの間にかすっかり仲良くなったシャルロッテは彼らを優しく撫でる。
「このからくり人形たちも働き者で助かります」
「みんなシャルロッテ嬢のことが好きなんですよ」
そのままお昼休憩となり、幾ばくか増えた会話をし、淡々と食事が終わる。
この後は一時間ほど休憩した後、それぞれの作業を行う予定だ。
休憩の間、シャルロッテが何をしているかはわからない。
皿洗いを片付けたら自室に戻ってしまうだろう。
衣食住はとりあえず成立したものの、なんだか味気ない生活を送っている気がする。
娯楽がないのがその原因じゃないかと俺は考えていた。
「では、私は自室にいますので何かありましたら呼んでください」
シャルロッテは静々と歩を進める。
きっと、このまま淡々とした生活を過ごしても平穏な毎日にはなるだろう。
でも、もっと仲良くなるにはきっかけが必要だと思う。
二人で遊べる何か良い娯楽がないか考えると、和風の"あれ"が脳裏に浮かんだ。
頭脳ゲームが好きという裏設定がある彼女は楽しんでくれるかもしれない。
「あの、シャルロッテ嬢。ちょっとお尋ねしたいことがあるのですが」
「はい、なんでしょう」
「ここで過ごす毎日はどうですか? いや、こんな環境で衣食住が確保されているだけでも感謝すべきとは思いますが、娯楽がまったくないのもどうなのかなと」
「……そうですね。まぁ、強いて言えば時間を持て余してしまうことはそれなりにありますかね。おかげさまで作業自体は効率良く進めていられますので」
シャルロッテも退屈さを感じているらしいとわかり、俺はやや緊張しながら提案してみる。
「だったら、俺と一緒に将棋でもしませんか?」
「? ショーギ、とはなんですか?」
「二人用の戦略型ボードゲームです。いろんな種類の駒を使い、相手の王を追い詰めることを目的とします」
「へぇ……そんなゲームがあるのですか。いいですね、ぜひやってみたいです」
好感触でよかった!
「【和風工匠】!」
――――――
・名前:初心者将棋セット
・等級:神話級(SSSランク)
・能力:壊れることなし(決して壊れない)
――――――
足つきの将棋盤と説明書のセットを生成する。
シャルロッテは熱心に説明を聞いたり説明書を読んだりして、すぐに基本的なルールを把握してしまった。
「私はこの持ち駒という仕組みが非常に興味深く感じます。戦術の幅が広がりますね」
「そこに目をつけるとはさすがです。じゃあ、さっそく始めましょうか」
「「……よろしくおねがいします」」
将棋盤を前に丁寧に礼を交わす。
実は、将棋が趣味の俺はアプリで七段まで到達したことがある!
自分でいうのも何だが、アマの中では相当の上位勢だ。
これはシャルロッテと仲良くなるきっかけのゲーム。
とはいえ、勝負は勝負。
彼女には悪いが勝たせてもらおうか。
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