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リコリス・ディープ・ニルヴァーナ  作者: ネオもろこし
久遠の涅槃(ディープ・ニルヴァーナ)編

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第二十六話「ディープ・ニルヴァーナ」2

第二章 万事屋リコリス・バロック


 神宿(シンジュク)の路地裏。 雑居ビルの屋上に、かつてルシウス・クロウリーのガトリングガンによってハチの巣にされ、半壊したはずのプレハブ小屋が、以前よりも凶悪な面構えで鎮座していた。


 廃材のトタン板、航空機のジュラルミン、そして正体不明の電子機器。それらをパッチワークのように継ぎ接ぎして再建されたその外観は、探偵事務所というよりは、スラムに築かれた違法要塞に近い。設計・施工担当は、もちろん鉄鏡花(くろがね きょうか)だ。入り口に掲げられた看板には、ペンキの垂れた文字でこう書かれている。


『万事屋 リコリス・バロック』。


 ガチャリ、と重厚なロックが解除され、ドアが開いた。


「ただいまー! 見てください、今日の配信、同接数が過去最高ですよぉ!」


 天羽祈(あもう いのり)が、スマホの画面を見せびらかしながら飛び込んでくる。かつてのコンカフェ『しゅがーぽいずん』はもうない。だが、彼女は「堕天使しふぁ」としてのキャラクターを活かし、動画配信者として新たな居場所を確立していた。画面越しに届ける彼女の不器用な笑顔は、疲れた現代人の心を癒やすカルト的な人気を博しているのだ。


「あー、クソッ! バイト代引かれやがった!」


 続いて入ってきたのは、不機嫌そうに制服のリボンを緩める辰巳響(たつみ ひびき)だ。 彼女はドカッとソファに座り込み、足を投げ出す。


「つまみ食いした分を引いただけだって店長が言いやがる。……ケチくせえ店だぜ」


「響、あんたが在庫のタピオカを飲んでいるのが原因でしょ?」


 白雪美流愛(しらゆき みるあ)が、呆れ顔で手鏡を覗き込む。その背後では、双子の亞莉愛(アリア)華琉愛(カルア)が、脚立を使って照明の位置を調整していた。


「次のPV撮影、ここの屋上を使わせてもらうわね。……『戦火のあとのティータイム』ってコンセプトよ」


「お姉様、逆光が尊いです! 天使!」


「スモーク焚きますか? それとも爆破しますか?」


 喧騒。混沌。 そして、生活の熱気。


 部屋の奥。 書類とガラクタが積み上げられたデスクの向こうに、その女はいた。足を机の上に投げ出し、愛用の「わかば」を吹かしている久遠灯(くおん あかり)


「……うるせえな。帰ってきたなら、コーヒー淹れろ」


 灯は、煙の向こうから気だるげに命じた。


「成分分析完了。……今日の豆は、致死量ギリギリの苦味だ」


 鏡花が、修理中の義手から火花を散らしながら、ビーカーに入った黒い液体を差し出す。いつもの、泥水のようなコーヒー。


「上等だ」


 灯が一口啜り、顔をしかめた時だった。


 コン、コン。


 控えめなノックの音が、鉄扉を叩いた。


「……開いてるぞ」


 灯が声をかけると、ドアが恐る恐る開いた。 入ってきたのは、場違いな男だった。 金髪に、安っぽいホスト風のスーツを着た若者。顔色は悪く、目の下には濃い隈を作っている。 彼は、室内の異様なメンツ――武装した少女やサイボーグ――を見て一瞬怯んだが、意を決したように踏み込んできた。


「あー……ここ、探し物見つけてくれるって、マジっすか?」


 チャラついた口調だが、その声は切羽詰まっていた。 震える手が、彼が追い詰められていることを物語っている。


 灯は身を起こし、サングラスをずらして男を見据えた。


「ああ。……だが、ウチは高いぞ? それなりの覚悟はできてるんだろうな」


「……金なら、なんとかなります。だから、頼んます」


 男は、ポケットから一枚の写真を取り出し、デスクの上に置いた。 それは、使い古された茶色の革財布の写真だった。


「これ……落としちまって。金はどうでもいいんすけど……」


 男は言葉を詰まらせ、俯いた。


「中に、田舎の母ちゃんから貰った手紙が入ってて……。……死ぬ前にくれた、最後の手紙なんすよ」


 男はバツが悪そうに頭をかいた。都会の絵の具に染まりきれない、純朴な横顔。


 一瞬の静寂が降りた。 世界を揺るがした魔女たちへの依頼が、ホストの落とし物探し。あまりの落差に、全員が顔を見合わせる。


「……兄ちゃん」


 響が呆れたように口を開きかける。 だが、灯はそれを手で制し、ニヤリと笑った。その笑顔は、1000万ドルの報酬を提示された時よりも、ずっと楽しそうだった。 彼女は知っている。世界を救うことよりも、たった一通の手紙を守ることの方が、時には重い意味を持つことを。


「いいぜ。引き受けてやる」


「マ、マジっすか!?」


 男が顔を上げる。


「……あ、でも、今持ち合わせなくて……。これ、前金代わりになんねースか?」


 男は、コンビニの袋をドンとデスクに置いた。中に入っていたのは、煙草「わかば」の1カートン。


「……へへ。アンタ、それ吸ってるみたいだから」


 全員が絶句した。 神と悪魔の戦争を生き残り、世界の命運を賭けた戦いをした報酬が、安煙草ワンカートン。


「「「安っ!!」」」


 響たちが同時にツッコミを入れる。 鏡花でさえ、計算機を落としそうになった。


 だが、灯はその箱を愛おしそうに撫で、ビニールを破って一本取り出した。 口に咥え、ジッポで火をつける。


「……上等だ」


 紫煙が立ち昇る。肺を満たす、安っぽくて、苦くて、そして最高に美味い煙。


「商談成立だ。……最高の『前金』は頂いた」


 灯は立ち上がり、ボロボロのコートを羽織った。 その背中は、1000年の重荷を下ろし、軽やかだった。


「総員、出動だ! ……ターゲットは茶色の革財布! 神宿のドブ川をさらってでも見つけ出すぞ!」


 灯の号令に、6人の魔女たちが弾かれたように動く。


「了解! ……衛星(サテライト)ハッキング開始! 落下予測地点を算出する!」 鏡花がキーボードを叩く。


「ドブ川なら任せろ! アタシの庭だ! 流れを逆流させてでも見つけてやる!」 響が窓から飛び出す。


「双子、路地裏を封鎖しなさい! 猫一匹通すな! 目撃情報を洗うわよ!」 美流愛がドレスを翻す。


「占います! ……あっちの方角に、微かな『想い』の色が見えます!」 祈が杖を振る。


 たかが財布一つに、世界を揺るがした能力者たちが、全力を注ぎ込む。 過剰で、非効率で、そして最高に馬鹿げた大捜索。


 笑い声が、狭い事務所に満ちる。 血と硝煙の匂いは消えた。 ここにあるのは、泥臭くて、騒がしくて、最高に贅沢な日常だけ。


 硝子の街に、今日もサイレンと笑い声が響く。彼女たちの物語は、終わらない夜の中で、どこまでも続いていく。

自分が読みたい物語を書いています。

可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。

(制作に関してAIを利用しています)

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