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リコリス・ディープ・ニルヴァーナ  作者: ネオもろこし
久遠の涅槃(ディープ・ニルヴァーナ)編

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第二十六話「ディープ・ニルヴァーナ」3

第三章 覚醒するメシア


 その夜。 若者の街、死舞谷(シブヤ)。 昼間の喧騒が嘘のように、夜の谷底は冷たい雨に沈んでいた。スクランブル交差点を行き交う傘の花は疎らで、濡れたアスファルトが巨大ビジョンの光を乱反射させている。


 ビジョンには、緊急ニュースのテロップが流れていた。 アナウンサーの声は、無機質で、どこか他人事のように響く。


『――昨夜未明、死舞谷の路地裏で男性の変死体が見つかりました。遺体には目立った外傷がなく、体内の血液が全て抜かれていたとのことです。警察は、連続猟奇殺人事件として捜査を進めており……』


 通行人たちは、そのニュースを一瞥もしない。「吸血鬼」という単語は伏せられているが、裏の事情に通じる者ならば、それが何を意味するかを知っている。夜の住人による、食料調達。 この街に潜む捕食者が、また一人、人間を食い殺したのだ。


 だが。


 今回の事件は、いつもとは結末が違った。


 ビジョンの光が届かない、路地裏の最深部。 腐った生ゴミと、雨の臭いが充満する暗がりに、一人の少女が立っていた。


 制服のスカートを雨に濡らし、ローファーを泥で汚した少女。


 美咲(みさき)


 正体を知られながらも辰巳響(たつみ ひびき)を友達として守り、人間の盾となって重機に立ち向かった、あの気弱で優しい図書委員。 ごく普通の、明るい女子高生だったはずの少女。


 彼女は今、呆然と足元を見下ろしていた。


 そこには、ニュースで報じられたばかりの「犯人」が転がっていた。屈強な大男。口元を他人の血で汚した、下級吸血鬼。彼は、昨夜の獲物だけでは飽き足らず、新たな獲物――通りがかった美咲に襲いかかったのだ。 その鋭利な牙が、美咲の細い腕に突き立てられた、その瞬間に。


 男は、悲鳴を上げることさえできずに「灰」になった。


 物理的な破壊ではない。 聖なる炎に焼かれたわけでもない。ただ、美咲の血液を口にした瞬間、吸血鬼という存在を構成する因果律が崩壊し、砂の城のようにサラサラと崩れ落ちたのだ。捕食者が、最強の猛毒を飲まされ、被捕食者に逆転された瞬間。


「……あ……」


 美咲は、自分の左腕を押さえた。 噛まれた傷口から、血が流れている。だが、その血は赤ではなかった。


 月光を吸い込んだような、冷たく、美しい銀色。


 アスファルトに滴り落ちた銀の雫が、ジュッと音を立ててコンクリートを浄化していく。それは、アストエルの大聖堂で天羽祈(あもう いのり)が覚醒しかけ、吸血鬼ベルベット・ミラーが1000年の時をかけて探し求めていたもの。不死なる真祖ヴィクトル・ノスフェラトゥに、唯一「死」を与えることができる猛毒。


救世主(メシア)の血』。


 なぜ、彼女なのか。 理由は、いくつもの偶然と必然が重なり合った結果だ。響という龍神との濃厚な接触。 響を守るために浴びた大量の龍脈エネルギー。 そして、アストエルで起きたハルマゲドンの余波が、世界中の霊的バランスを崩し、彼女の中に眠っていた因子を強制的に発芽させたのだ。


 彼女は、後天的に覚醒した「本物」だった。祈のような「調律者」ではない。世界をリセットし、古い種族(吸血鬼や妖怪)を駆逐するために生まれた、システムとしての聖なる捕食者。


「……響、ちゃん」


 美咲は、虚ろな瞳で夜空を見上げた。 雨が、彼女の眼鏡を濡らす。 その口元には、吸血鬼が崩壊する際に飛び散った赤い血が、口紅のように残っていた。彼女は無意識に、それを舌で舐め取った。


 鉄の味。そして、暴力的なまでの「力の味」。


 ドクン。


 彼女の心臓が、今までとは違うリズムで脈打ち始めた。 それは、友人を想う温かい鼓動ではない。 底知れぬ空洞が、何かを求めて鳴らす飢餓の音。


 彼女の中に芽生えたのは、世界を救う正義か。 それとも、全てを喰らい尽くす捕食者の本能か。


 美咲は、ゆっくりと口を開いた。その瞳には、純粋で、だからこそ狂気的な親愛の情が揺らめいていた。


「……私」


 雨音が強くなる。雷鳴が、遠くで轟いた。 それは、かつて響が彼女を守るために鳴らした音。 だが今は、彼女の変貌を祝福するファンファーレのように聞こえた。


「……一緒にタピオカ、飲みたいな」


 硝子の街に、ピキリと亀裂が走る音がした。 それは、やっと取り戻した日常が、内側から壊れ始める音。


 物語は終わらない。 深い深いニルヴァーナの底で、次の「地獄」が、大口を開けて彼女たちを待っている。

自分が読みたい物語を書いています。

可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。

(制作に関してAIを利用しています)

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