第二十五話「長い旅の終わり、始まりのコーヒー」2
第二章 魔都の点心と再会
聖地アストエルを後にした『鉄の馬車・マークIII』は、進路を東へと変えた。 広大なユーガリア大陸を横断する、長い長い帰路。 荒野を抜け、山脈を越え、数週間が経過した頃。 地平線の向こうに、懐かしくも毒々しい極彩色の光が見えてきた。
魔都・虹海。
かつて『黙示録の赤竜』によって火の海となった下層スラム『澱河』は、以前よりもさらに猥雑で、逞しい活気に満ちていた。 瓦礫は建材として再利用され、無秩序な増築が繰り返されている。 ドブ色の運河にはネオンが反射し、屋台からはスパイシーな煙が立ち込めている。 それは、どんな絶望からも蘇る、雑草のような生命力の輝きだった。
私たちは、迷路のような路地を抜け、思い出の場所へと向かった。
「……やってるか?」
辰巳響が、恐る恐る暖簾をくぐる。 そこには、真新しく再建された屋台と、大繁盛する客たちの姿があった。
「いらっしゃい! ……ああっ! 響ちゃん!」
蒸籠の湯気の中から、元気な声が弾けた。看板娘として働く李 小蓮だ。 彼女は接客も忘れて飛び出し、響に抱きついた。
「響ちゃん! 灯さん! みんな!」
「おっと……。元気そうで何よりだ」
響は、照れくさそうにシャオを受け止める。 その身体は温かく、もう兵器としての冷たさは微塵もない。
「騒がしいわね。営業妨害よ」
店の奥から、呆れたような声が響く。用心棒として腕組みをして立っていたのは、王 麗琳だった。 彼女は青いチャイナドレスを着こなし、その背後には目に見えない威圧感――龍のオーラを漂わせている。スラムの荒くれ者たちが、彼女の前では借りてきた猫のように大人しいのも頷ける。
「よお、二代目。……板についてきたじゃねぇか」
「貴女こそ。……少しはマシな顔になったわね」
リーリンはふっと笑い、席を空けさせた。
屋台で、再会の宴が開かれた。 テーブルには山のような点心と、チェン爺特製の『七色龍珠』が並べられる。
「食え食え! ……戦勝祝いだ!」
陳 幽寂(チェン爺)が、巨大な蒸籠を運んでくる。 響は、遠慮なく肉まんに齧り付き、虹色に光るタピオカを流し込んだ。
「うめぇ! ……やっぱじっちゃんの飯は最高だぜ!」
響が頬を膨らませて笑う。 その様子を見つめながら、リーリンが静かに口を開いた。
「……本当に、帰るの?」
彼女の声には、少しの寂しさと、確認するような響きがあった。
「ここなら、貴女を崇める信徒は山ほどいるわよ。……私と一緒に、この大陸を統べることだってできる」
新生・青龍となったリーリンは、この街の守護者として確固たる地位を築いていた。 響がいれば、二人でアジアの裏社会を支配することも、あるいは新たな神話を作ることも容易いだろう。 それは、かつて響が失った「神としての栄光」を取り戻す道でもある。
だが、響は肉まんを飲み下し、首を横に振った。
「いらねぇよ」
即答だった。
「アタシは……東帝都のドブ川がお似合いだ」
「ドブ川……?」
「ああ。それに……」
響は、西の方角――海を越えた先にある、曇天の空を思い浮かべた。 その瞳は、遠い故郷を恋焦がれるような熱を帯びていた。
「ここにはねぇんだよ。……『死舞谷』のタピオカがな」
「……タピオカなら、じっちゃんのがあるじゃない。成分も効能も、こっちの方が遥かに上よ」
「じっちゃんのは薬膳だろ? 元気にはなるけど……違うんだよ」
響は、空になった器を置いて力説する。
「体に悪そうな色のシロップと、安いミルクティーの味。……あいつをプラスチックのカップで飲みながら、美咲たちとダラダラする放課後が……アタシにとっての『神様』なんだよ」
力も、崇拝もいらない。 ただ、あの安っぽくて愛おしい日常があれば、それでいい。 それが、長い旅の果てに響が見つけた答えだった。
「……そう」
リーリンは、呆れたように、けれど満足げに微笑んだ。 この東の龍は、どこまでも自由で、俗っぽくて、そして強い。
「達者でね、相棒。……向こうでガス欠になったら、いつでも呼びなさい」
「おう。……またな、二代目」
二人は拳を合わせた。 言葉は少なくとも、魂は繋がっている。
「あ、そうだ。……これ、持ってけ」
帰り際、チェン爺が響に一枚の紙切れを渡した。そこには、複雑な漢方薬の調合比率と、タピオカの製法が記されていた。
「特製『七色龍珠』のレシピだ。……向こうのタピオカ屋に作らせれば、少しは燃費も良くなるだろう」
「じっちゃん……! サンキュ! これでアタシは無敵だ!」
響はレシピを宝物のように懐にしまった。
港。出港の時が迫っていた。ここまで運転手を務めてくれたチャーリー・Sが、軍用輸送車のキーを久遠灯に投げ渡した。
「俺はここに残る」
チャーリーは、サングラスをかけ直しながら言った。
「青龍と白虎だけじゃ、この大陸は広すぎるからな。……北の守りが手薄になっちゃ、バランスが悪い」
彼は、行方不明だった四神の最後の一柱として、再びこの地を守る覚悟を決めたのだ。軽薄な態度は変わらないが、その背中には神獣としての威厳が漂っていた。
「楽しかったぜ、魔女の旅団。……あっちでも元気にやれよ」
「アンタもな、亀野郎。……たまには遊びに来いよ」
灯たちは、彼に敬礼し、船上の人となった。 汽笛が鳴る。
岸壁では、リーリン、シャオ、チェン爺、そしてチャーリーが手を振っている。 四神は、それぞれの場所で世界を支える。 そして灯たちは、自分たちの場所へと帰っていく。
船が動き出す。 虹色の霧が薄れ、東帝都への航路が開けていく。 長い旅の終わりが、近づいていた。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




