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リコリス・ディープ・ニルヴァーナ  作者: ネオもろこし
久遠の涅槃(ディープ・ニルヴァーナ)編

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第二十四話「夜の継承者」2

第二章 千年の孤独、一瞬の愛


 瓦礫の山と化した玉座の間で、二つの影が交錯する。超音速の打撃戦。 だが、それは単なる殺し合いには見えなかった。月光の下、互いの血飛沫を浴びながら踊る姿は、あまりに息が合うがゆえに、情熱的なタンゴのようにも映る。


「……ッ、らぁ!!」


 久遠灯(くおん あかり)の拳が、レオンハルトのガードをこじ開け、その胸板を打つ。 肋骨が砕ける感触。 だが、レオンハルトは表情一つ変えず、カウンターの蹴りを灯の脇腹に叩き込む。


「ぐぅッ……!」


 灯が吹き飛ぶ。 彼女は空中で翼を広げ、強引に制動をかけると、再び弾丸のように突っ込んだ。 何度殴られても、何度骨を砕かれても、彼女の瞳から闘志が消えることはない。


「……飽きないな、お前は」


 レオンハルトが、口元の血を指先で拭いながら笑った。その笑みは、どこまでも優雅で、そして空虚だった。


「なぜだかわかるか? 灯」


 彼は、攻撃の手を緩めることなく、語りかけてきた。まるで、暖炉の前で昔話をする父親のように。


「なぜ私が、1000年前に数多いる人間の中から……『お前』を選んだのか」


「……ああん? たまたまだろ」


 灯が爪を振るう。 レオンハルトはそれを紙一重で躱し、灯の腕を掴んで投げ飛ばす。


「違うな。……私は、退屈していたのだ」


 レオンハルトの声が、広間に朗々と響く。


「父であるヴィクトルの虚無も、妹であるベルベットの野心も……私には底が知れていた。永遠という時間は、あまりに長く、変化がない。世界はすべて予定調和の喜劇に過ぎなかった」


 彼は、1000年以上の時を生きる吸血鬼の当主。 富も、名声も、力も、望むものは全て手に入る。だが、手に入れた瞬間に、それらは色あせたガラクタへと変わる。 渇き。血への渇望ではなく、魂を満たす「未知」への飢え。彼は、自身の心という器が、常に空っぽであることに耐えられなくなっていた。


「私は求めていたのだ。……この退屈な牢獄の中で、私の予想を裏切り、心を震わせてくれる『悲劇』を」


 レオンハルトの瞳が、灯を射抜く。


「そこにお前が現れた。……天帝の血を引き、神として祀られながら、泥にまみれた人間として生きようとする愚かな娘」


 聖なる血を持ちながら、俗世の愛に溺れる矛盾。最も高貴で、最も汚れた魂。


「ゾクゾクしたよ。……これは、極上の『酒』になると確信した」


「……酒だと?」


「そうだ。だから私は、お前に呪いを与えた。……愛する男を毒で殺し、絶望を与え、吸血鬼という化け物に堕とした」


 レオンハルトは、恍惚とした表情で両手を広げた。


「見たかったのだよ。……聖女が魔女に堕ち、愛が憎悪に変わり、それでもなお地べたを這いずり回る様を。……その苦悶と葛藤こそが、私の空っぽのグラスを満たす、唯一の美酒だったのだ!」


「……ふざけんな」


 灯の足元で、黒曜石の床が爆ぜた。 怒り。 純粋で、混じりけのない憤怒が、彼女のオーラを爆発的に膨張させる。


「私の人生は……(あまね)との時間は! アンタの暇つぶしじゃねえんだよッ!!」


 灯が消える。 神速の踏み込み。 レオンハルトが反応するよりも速く、彼女の拳がその顔面を捉えた。


 バゴォォォン!!


 美しい銀髪が乱れ、レオンハルトがたたらを踏む。鼻骨が砕け、鮮血が舞う。 だが、彼は笑っていた。痛みを感じているはずなのに、その顔は、心底嬉しそうに歪んでいた。


「……そうだ」


 彼は、血に濡れた唇を舐めた。


「怒れ、灯。憎め。……その感情こそが、永遠を生きるための燃料だ。お前が人間臭く足掻けば足掻くほど、その輝きは増す」


 レオンハルトは、灯の猛攻を受けながら、その身に刻まれる痛みを分析していた。重い。かつては羽虫のようにあしらえた娘の拳が、今は鉄槌のように響く。


 彼女の体内では、四つの血が混ざり合っている。天帝の「聖」。 ヴァルプルギスの「魔」。真祖の「虚無」。 そして、魔天子の「調律」。


 本来なら、器が耐えきれずに自壊するはずの矛盾した力。だが、灯はそれをねじ伏せ、従えている。 いや、従えているのではない。 彼女の持つ強烈な「生への執着」と「他者との絆」が、ばらばらな血を縫い合わせ、一つの新しい生命体へと進化させているのだ。


(……見事だ)


 レオンハルトは、心の中で喝采を送った。


 彼は知っている。 真祖ヴィクトルの血を取り込み、適合することは、ヴィクトルに最も近い自分にさえ不可能な偉業であることを。彼はかつて、(ヴィクトル)を超えようとした。 だが、その虚無の深淵に触れ、己の器の限界を悟ったのだ。 自分は、ヴィクトルのコピーでしかない。 永遠に、親を超えることはできない。 その絶望が、彼を退屈な遊戯へと駆り立てていた。


 だが、目の前の娘は違った。 彼女は、コピーではない。 聖も魔も飲み込み、泥の中で育った、唯一無二の「雑種(バロック)」。


「……お前は、私を超えた」


 レオンハルトは、唐突に攻撃の手を緩めた。彼は両手を広げ、灯の拳を、胸板で受け止める体勢を取った。 無防備な姿。


「な……!?」


 灯が、寸前で拳を止める。


「なんのつもりだ」


「終わりにするのだよ、灯」


 レオンハルトは、穏やかに微笑んだ。その瞳からは、狂気も、嘲りも消えていた。 あるのは、成長した我が子を見る、父親の目。


「私は疲れた。……1000年の退屈と、終わらない夜に」


 彼は、自分の心臓を指差した。


「さあ、殺せ。……親殺し(パトリサイド)こそが、吸血鬼が成体になるための最後の儀式だ」


「……は?」


「お前が私を殺し、その血と力を奪うことで……『ヴァルプルギス』の血脈は完成する。お前が、新たな当主となるのだ」


 それが、彼の真意だった。 彼は、灯を甚振っていたのではない。試していたのだ。自分を殺せるほどに強く、美しく育つかどうかを。 そして、自分の全てを託せる器になるかどうかを。


「ふざけるな……!」


 灯の手が震える。殺意が消えたわけではない。だが、この男の勝手な言い分が、どうしようもなく腹立たしい。


「アンタは……最初から、死ぬつもりで……!」


「死ぬ? 違うな」


 レオンハルトは、首を横に振った。


「継承だ。……私の魂は、お前の中で生き続ける。お前という『最高の物語』の一部となってな」


 彼は一歩、灯に近づいた。 その切っ先が、灯の喉元に触れる距離。


「拒絶は許さん。……これは、私が私自身のために用意した、最高のエンディングなのだから」


 傲慢で、身勝手で、そして悲しいほどに純粋な愛。彼は、自分の手で作り上げた最高傑作によって、この退屈な生に幕を下ろすことを、至上の喜びとしていた。


 灯は、拳を握りしめた。爪が掌を裂き、血が滴る。


「……勝手なことばっか言ってんじゃねえよ、クソ親父」


 灯は、真っ直ぐにレオンハルトを見据えた。


「アンタのくれた永遠なんていらねえ。……私は、神にも王にもならねえ」


 灯の背後で、七色の翼が輝きを増す。


「私は……仲間(こいつら)と一緒に、泥だらけになって、シワだらけになって……人間みたいに老いて死ぬんだよ!!」


 それは、吸血鬼の宿命に対する、最大の反逆。永遠の否定。


 灯は、拳を振り上げた。だが、それは相手を殺すための拳ではない。このふざけた運命を、そして親の歪んだ愛を、全力でぶん殴るための拳だった。


「覚悟しやがれ!!」


 灯が踏み込む。レオンハルトは、満足げに目を閉じた。その顔には、1000年で初めて浮かべる、安らかな笑みがあった。

自分が読みたい物語を書いています。

可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。

(制作に関してAIを利用しています)

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