表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リコリス・ディープ・ニルヴァーナ  作者: ネオもろこし
久遠の涅槃(ディープ・ニルヴァーナ)編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

70/78

第二十四話「夜の継承者」1

第一章 月下の円舞曲(ワルツ)


 世界を飲み込もうとしていた『黒い太陽(ブラック・サン)』が、音もなく収縮し、虚空へと消滅した。 後に残されたのは、奇跡的な均衡で崩壊を免れた古城の残骸と、張り詰めた静寂だけだった。


 天井が吹き飛び、剥き出しになった夜空には、凍てつくような蒼白い満月が浮かんでいる。その冷徹な光が、瓦礫の山と化した玉座の間を照らし出していた。 玉座には、深い眠りについた真祖ヴィクトル・ノスフェラトゥが沈んでいる。 彼の放っていた絶望的な虚無は鳴りを潜め、今はただ、朽ちかけた彫像のような静謐さだけが漂っていた。


 その祭壇の下。月光がスポットライトのように降り注ぐ瓦礫のステージで、二つの影が対峙していた。


 一人は、久遠灯(くおん あかり)。背中には、血が結晶化した真紅の翼。 瞳は鮮血の赤を超え、神性すら感じさせる黄金色へと変貌している。彼女の体内では今、四つの異なる血が混ざり合い、奇跡的な融合を果たしている。生まれながらに宿す、聖なる「天帝の血」。1000年前にレオンハルトから与えられた、魔なる「(ヴァルプルギス)の血」。 ヴィクトルから奪い取った、原初の「真祖(ノスフェラトゥ)の血」。そして、それら相反する力を繋ぎ止め、調律している「魔天子(セラシファ)の血」。


 聖、魔、虚無、そして調律。 すべての因果を飲み込んだ「第四の吸血鬼」。 全身から立ち昇るオーラは、大気を焦がし、空間を歪ませている。


 そして、もう一人。尖塔から音もなく舞い降りた、銀髪の男。 レオンハルト・ヴァルプルギス(玲王)。 灯を吸血鬼へと変え、1000年の孤独を与えた「親」であり、ヴァルプルギス家の当主。


「……ふぅ」


 レオンハルトは、纏っていた漆黒のロングコートを脱ぎ、無造作に瓦礫の上へと放り捨てた。その下には、貴族的なシャツとベスト。 彼はカフスボタンを外し、袖をまくり上げながら、玉座で眠るヴィクトルを一瞥した。


「さて。……邪魔者(ヴィクトル)は寝た」


 彼は、心底せいせいしたというように、優雅に腕を広げた。


「あの御方が目覚めている間は、少々窮屈でね。……世界が壊れる音で、愛の語らいも聞こえやしない」


 レオンハルトの視線が、灯に戻る。 その瞳は、獲物を見る捕食者のものであり、同時に、手塩にかけた芸術品を愛でる収集家のそれだった。


「ここからは、親子の水入らずといこうか。……灯」


 灯は、金色の瞳を細めた。 体内で渦巻く莫大なエネルギーが、血管を焼き切ろうとする激痛。だが、その痛みさえも、今の彼女には心地よい燃料だった。


「ああ。……終わらせようぜ、クソ親父」


 灯が構える。 銃はいらない。 この男との決着に、文明の利器など無粋だ。己の爪と、牙と、拳だけでいい。


「ククッ。……反抗期が長すぎる娘だ」


 レオンハルトが笑った。 その瞬間、世界の色が変わった。


 シュッ。


 音が消えた。レオンハルトの姿が、月光に溶けるように掻き消える。 残像すら残さない、純粋な神速の移動。 吸血鬼の身体能力の極致。


 だが、灯の黄金の瞳は、その軌跡を捉えていた。


「そこだッ!!」


 灯は、迷わず右拳を振り抜いた。 何もない空間。 しかし、そこには確かにレオンハルトが存在していた。


 ドォォォン!!


 拳と拳が衝突した。物理的な打撃音が、爆発音のように響き渡る。 接触点から球状の衝撃波が発生し、周囲の瓦礫を粉塵に変えて吹き飛ばした。


「……ッ!」


 灯の足元の石畳が、クモの巣状にひび割れ、陥没する。 レオンハルトは、灯の拳を受け止めたまま、涼しい顔で微笑んでいた。


「重くなったな。……1000年分の怨念か?」


「愛情だよ。……受け止めろ!」


 灯は、交差させた腕を振りほどき、追撃を放つ。爪撃。 真紅の軌跡が空を裂く。レオンハルトはそれを、紙一重で回避する。頬に一筋、赤い線が走る。


「手出し無用だ!」


 灯が叫んだ。 その背後で、辰巳響(たつみ ひびき)が雷を呼び、白雪美流愛(しらゆき みるあ)がワイヤーを構えていた。二人は、灯の加勢に入ろうとしていたのだ。


「灯! 一人じゃ無理だ!」


「援護させなさい! 相手は始祖クラスよ!」


「来るなッ!!」


 灯の咆哮が、二人を釘付けにする。 彼女は、レオンハルトから視線を外さずに言い放った。


「これは……私のケジメだ」


 1000年前。 (あまね)を失い、人であることを捨てたあの日から、灯はずっとこの男の影を追ってきた。憎しみ、恐れ、そしてどこかで救いを求めていた。その歪な感情の総決算。 他人が介入する余地など、1ミリもない。


「私たちの手で倒しても意味がねぇ。……私が、こいつを超えなきゃ、私の夜は明けないんだよ!」


 灯の背中の翼が、激しく羽ばたく。魔力が噴出し、彼女を加速させる。


「……わかった」


 響が、拳を下ろした。 美流愛も、悔しげに唇を噛みながらワイヤーを収める。彼女たちは理解したのだ。 これは戦闘ではない。儀式だ。


「ククッ……。良い仲間を持ったな」


 レオンハルトが、愉しげに目を細める。


「だが、甘い。……その甘さが、お前の牙を鈍らせる」


 レオンハルトが踏み込む。 今度は、受け身ではない。 彼から放たれる殺気が、物理的な圧力となって灯を襲う。


「教育的指導だ。……歯を食いしばれ」


 ズガガガガッ!!


 超高速の連打。拳、蹴り、手刀。 あらゆる攻撃が、見えない弾丸となって灯に叩き込まれる。 魔術も、小細工もない。 純粋な力と技術(スキル)の暴力。


 灯は防戦一方になる。 ガードした腕の骨が砕け、再生し、また砕ける。 脇腹を蹴られ、内臓が破裂する。 だが、灯は倒れない。血を吐きながら、それでも食らいつく。


「が、あぁぁッ!!」


「どうした! その程度か! 真祖の血を取り込んでおきながら、私一人の首も獲れんのか!」


 レオンハルトの蹴りが、灯の顎を捉え、宙に蹴り上げる。灯は空中で体勢を立て直し、翼を使って急降下した。 重力と加速を乗せた、踵落とし。


「黙ってろ、老害ッ!!」


 ドゴォォン!!


 レオンハルトが片手で受け止める。 だが、その足元の床が崩落した。 二人は絡み合ったまま、下の階層へと落下していく。


 瓦礫と塵の中、互いの血飛沫が月光に輝く。爪で裂き、拳で殴り、牙で食らう。 それは、あまりに野蛮で、そして悲しいほどに美しい、吸血鬼同士の最後のダンスだった。

自分が読みたい物語を書いています。

可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。

(制作に関してAIを利用しています)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ