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リコリス・ディープ・ニルヴァーナ  作者: ネオもろこし
久遠の涅槃(ディープ・ニルヴァーナ)編

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第二十三話「混血の牙」3

第三章 刹那の輝き


「……見えた」


 久遠灯くおん あかりは、真祖ヴィクトル・ノスフェラトゥの胸の奥深くに、微かな光の点を見出した。それは、彼が纏う圧倒的な「虚無のオーラ」の隙間に存在する、魂の(コア)。永遠の生に倦み疲れ、死にたいと願う、あまりに人間的で脆弱な渇望の源。


「……消えろ、雑種」


 ヴィクトルが、天に掲げた手を振り下ろした。上空の『黒い太陽(ブラック・サン)』が、重力加速度に従って落下を始める。 音もなく迫る、絶対的な闇。触れれば、存在ごと消滅する。 城が、空気が、光さえもが飲み込まれていく。


「……灯さん!」


「逃げて!」


 仲間たちの悲鳴が響く。だが、灯は一歩も退かなかった。退くわけにはいかない。ここで逃げれば、私の「生」は、この虚無に飲み込まれて終わる。泥水をすすり、血を流し、不味い飯を食って繋いできた命が、無意味なものになってしまう。


「……消えねえよ」


 灯は、低く唸った。 真紅の瞳が、黒い太陽を真っ直ぐに見据える。


「私たちは、泥だらけになっても、しぶとく残るんだよ!」


 灯は右拳を引き絞った。 その拳には、仲間全員から託された魔力と、天帝の神気、吸血鬼の呪い、そして彼女自身が1000年間積み上げてきた「意地」が凝縮されていた。七色の光が、拳の周りで渦を巻く。


「……見せてやる。これが、刹那を生きる者たちの輝きだ!」


 灯が踏み込んだ。 地面が爆発し、彼女の身体は光の矢となって虚無の中心へと突き進む。 黒い太陽の重力が、彼女の四肢を引き裂こうとする。 皮膚が裂け、肉が焼ける。だが、再生能力がそれを上回り、さらに加速する。


「貫けぇぇぇぇッ!!」


 灯の拳が、ヴィクトルの胸板を捉えた。


「リコリス・インパクトッ!!」


 ドゴォォォォン!!


 閃光。 灯の一撃が、黒い太陽を内側から貫通し、ヴィクトルの肉体を直撃した。虚無のオーラが霧散し、絶対的だった防御壁がガラスのように砕け散る。衝撃波が城を揺るがし、天井の瓦礫を吹き飛ばした。


「が、はっ……!?」


 ヴィクトルが、大きく吹き飛んだ。彼は玉座に激突し、そのまま壁にめり込んで止まった。その胸には、灯の拳によって穿たれた、大きな風穴が開いていた。


 黒い太陽が、主を失って収縮し、やがて音もなく消滅した。 静寂が戻る。 瓦礫の山となった玉座の間で、ヴィクトルは血を吐きながら、天井の穴から見える月を見上げていた。


「……あぁ」


 ヴィクトルが、震える手で自分の胸に触れた。再生能力が働いていない。灯の一撃に含まれていた「調律」の力が、彼の不死性を一時的に無効化しているのだ。 傷口から、温かい血が流れ出ている。


「……痛いな」


 彼は、まるで初めて体験する感覚を味わうように、呟いた。


「数千年ぶりに……痛みを感じた。……生きている、心地がする」


「……満足かよ、ジジイ」


 灯が、荒い息を吐きながら近づく。彼女もまた、片膝をつきそうなほど消耗していた。虹色の翼は消え、元のボロボロの姿に戻っている。


 ヴィクトルは、灯を見上げた。 その瞳には、先ほどまでの虚無の色はない。あるのは、長い悪夢から解放されたような、穏やかで満足げな光だった。


「……見事だ、娘よ」


 彼は、血に濡れた唇で微笑んだ。


「お前の『生への執着』が……私の『死への渇望』を上回った。……敗北だ」


 ヴィクトルは、残った最後の魔力を解放した。それは攻撃のためではない。崩壊しかけていた城の構造を、強制的に安定させるための修復術式。 彼が眠りにつけば、この城も、ノクタルニアという国の結界も揺らぐ。 それを防ぐための、王としての最後の責務。


「……少し、眠るとしよう」


 ヴィクトルの目が、ゆっくりと閉じていく。それは死ではない。 だが、退屈な日常から逃れるための、深くて長い休息。


「次は……もっと騒がしい夢を……見られそうだ」


 彼の意識が、深い眠りの淵へと沈んでいく。真祖という重荷を下ろし、ただの「ヴィクトル」として微睡むための安息。 いつかまた目覚めるその時まで、彼はこの玉座で夢を見続けるだろう。


「……あばよ。いい夢見ろよ」


 灯は、眠りについた王に背を向けた。


 その一部始終を、瓦礫の影から見つめる女がいた。 ベルベット・ミラー。 彼女は、ヴィクトルの一撃で重傷を負いながらも、執念で意識を保っていた。その真紅の瞳が、眠りについた真祖を凝視している。


「……死なないのね」


 ベルベットが、悔しげに唇を噛んだ。あれだけの攻撃を受けたのだ。 天帝、始祖、真祖、そして魔天子の力が融合した、奇跡の一撃。胸に風穴を開けられ、(コア)を砕かれたはずなのに。 それでも、ヴィクトルは「死」には至らなかった。 ただ、眠っただけ。数百年もすれば、また何事もなかったかのように目覚めるだろう。


「やはり……偽物の毒じゃ、ダメなのよ」


 ベルベットは悟った。 灯の力は凄まじかったが、それはあくまで「力」だ。不死という概念を殺すには、同じ「概念」が必要なのだ。


「予言は絶対だわ。……真祖を殺せるのは、『救世主(メシア)』の血だけ」


 彼女は、よろめきながら立ち上がった。隣では、朱 焔陽(朱雀)もまた、傷ついた体を引きずり起こしていた。


「行くわよ、イェン」


「どこへだ?」


「東よ」


 ベルベットは、東の空――遥か彼方にある島国の方角を睨みつけた。ハルマゲドンで感じた、あの「孵化」の気配。 本物のメシアが産声を上げた場所。


「私の勘が言っているの。……そこで『本物』が生まれたと」


 彼女は、灯たちに気づかれないように、闇の中へと消えていく。その瞳には、まだ野心の炎が燃え盛っていた。諦めない。 いつか必ず、あの化石の首を獲るために。


「……勝った、のか?」


 灯は、拳を握りしめたまま呟いた。その手は、泥と血で汚れていたが、温かかった。


「灯!」


「灯さん!」


 瓦礫の向こうから、仲間たちが駆け寄ってくる。響、美流愛、鏡花、祈、双子、エミル、チャーリー。 全員ボロボロだが、その顔は晴れやかだった。 生きて、また会えた喜び。


 灯は、へなへなと座り込んだ。緊張の糸が切れ、全身の力が抜けていく。 祈が駆け寄り、治癒魔法をかける。美流愛が肩を貸し、響が背中を叩く。


「……帰ろうぜ。不味いコーヒーが飲みてえ」


 灯の言葉に、全員が笑った。 泥臭くて、騒がしくて、愛おしい日常が、また始まる。


 だが。


 まだ終わっていなかった。


 遠く、尖塔の上。 夜風に銀髪をなびかせ、全ての顛末を見届けていた男がいた。レオンハルト・ヴァルプルギス。


 彼は、ワイングラスを傾け、静かに拍手を送っていた。 パチ、パチ、パチ。 乾いた音が、夜空に響く。


「素晴らしい」


 レオンハルトは、愉悦に満ちた笑みを浮かべた。その瞳は、灯を――自らの手で育て上げ、そして自らを超えた「娘」を、熱っぽく見つめていた。


「よくぞここまで育った。……それでこそ、私が愛した悲劇だ」


 彼はグラスをあおり、空になった器を放り投げた。


「では、続きを始めようか、灯。……私とお前の、最後のダンスを」

自分が読みたい物語を書いています。

可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。

(制作に関してAIを利用しています)

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