第二十三話「混血の牙」1
第一章 黒い太陽の下で
『ノスフェラトゥ城』の最上階、玉座の間。 かつて吸血鬼の王が世界の夜を統べていたこの場所は、今や物理法則が崩壊した「世界の終わり」の様相を呈していた。
天井は吹き飛び、壁は溶解し、剥き出しになった夜空には、月さえも畏怖して隠れるほどの、巨大な『黒い太陽』が鎮座している。 それは天体ではない。空間そのものを削り取り、「無」へと還元する虚無の穴。 絶対的な重力場が、城の残骸を、大気を、そして光さえも吸い込んでいく。
パラパラ……と、乾いた音が響く。 巻き上げられた瓦礫が、黒い太陽に触れた瞬間、塵となって消滅する音だ。 破壊ではない。消失。 そこに存在したという事実ごと、歴史から削除されていく。
その暴虐の中心。崩れかけた玉座の前に、一人の青年が佇んでいた。
真祖 ヴィクトル・ノスフェラトゥ。
覚醒し、全盛期の美貌を取り戻した彼は、襲い来る魔女たちの猛攻を意に介することなく、ただ静かに空を見上げていた。彼の身体を覆う不可視のオーラが、あらゆる干渉を拒絶している。 彼が指を振れば、空間が裂ける。 彼が息を吐けば、時間が凍る。
「……美しい」
ヴィクトルが、陶酔したように呟いた。 その瞳には、目の前で必死に抗う灯たちの姿など映っていない。彼が見ているのは、自分自身が生み出した「終焉」という名の芸術だけだ。
「全てが消えれば、痛みもない。退屈もない。……孤独さえも、無意味になる」
数千年の時を生き、神に近い力を持ちながら、死ぬことさえ許されなかった王。彼が求めたのは、世界を道連れにした、安らかなる「無」への帰還だった。
「ふざけんな! まだタピオカが飲みてぇんだよ!」
辰巳響の絶叫が、虚無の静寂を切り裂いた。彼女は大地を踏みしめ、全身の龍脈をスパークさせる。虹海のリーリンから送られてくる無尽蔵の魔力。それをすべて雷撃に変換し、黒い太陽へと解き放つ。
ドガァァァァァン!!
数億ボルトの蒼雷が、虚無の球体を直撃する。だが、雷光は表面で歪み、まるでブラックホールに吸い込まれるように消滅した。熱量も、衝撃も、全てが「無」に変換される。
「なっ……!? 本気の一撃だぞ!?」
「物理攻撃、およびエネルギー攻撃、共に効果なし!」
鉄鏡花が、悲鳴のような警告を発する。 彼女は残った右腕のパイルバンカーを連射し、さらに背中のサブアームからレーザーを掃射するが、ヴィクトルの半径5メートル以内に近づくことさえできない。 放たれた杭は錆びつき、レーザーは屈折して雲を焼くだけだ。
「邪魔よッ!!」
白雪美流愛が、空間を舞う。 双子の亞莉愛と華琉愛と共に、三位一体の波状攻撃を仕掛ける。無数のワイヤーがヴィクトルの四肢を狙い、ナイフが死角を突く。だが、ヴィクトルは視線だけでそれを迎撃した。
オォン……。
重力が反転する。美流愛たちは地面に叩きつけられ、ワイヤーは千切れ飛んだ。
「ぐぅっ……!」
「お姉様!」
「ダメです……! 結界が持ちません!」
天羽祈が、膝をついて叫ぶ。 彼女が展開した『灰色の領域』――異能を中和するはずの結界でさえ、ヴィクトルの圧倒的な「個」の出力には押し負けていた。防御障壁にヒビが入り、ガラスが割れるような音を立てて砕け散っていく。
全員が、満身創痍だった。 それでも、彼女たちが立っていられるのは、前衛でたった一人、死の暴風を受け止めている存在がいるからだ。
「……オラァァァッ!!」
久遠灯。 彼女は、真紅の翼を広げ、単身でヴィクトルに突っ込んでいた。覚醒した、三つの血が混じり合う最強の形態。 彼女の爪が、ヴィクトルの虚無のオーラを引き裂こうと火花を散らす。
だが。
「……くそっ……! まだ、足りねえのかよ!」
灯の攻撃は、ヴィクトルの肌に届かない。 あと数センチ。 その距離が、無限の深淵のように遠い。
それどころか、灯の身体からは、悲痛なきしみ音が響いていた。バチバチと、皮膚が内側から爆ぜる。 血管が浮き上がり、目から血の涙が流れる。
「が、あぁぁぁぁッ!!」
灯が絶叫する。 それは、ヴィクトルによる攻撃の痛みではない。 彼女自身の内部で起きている、拒絶反応の激痛だ。
彼女の体内で、三つの異なる「血」が暴走を始めていた。
聖と、魔と、虚無。 本来なら決して混ざり合うことのない三つの因子が、灯というひとつの器の中で覇権を争い、互いを喰らい合っている。それは、彼女の遺伝子情報をズタズタに引き裂き、細胞レベルで崩壊させる「自滅」へのカウントダウンだった。
「灯! もうやめろ! お前の体が持たねえ!」
響が叫ぶ。 だが、灯は止まらない。止まれない。ここで引けば、ヴィクトルの虚無が世界を覆い尽くす。仲間たちが、家族が、消えてしまう。
「うる、せえ……!」
灯は、血反吐を吐きながら、それでも拳を振るった。右腕が崩壊し、即座に再生する。 その再生速度すら、血の暴走によって異常な熱を帯びている。
「私は……負けねえ……!」
彼女は、ヴィクトルの瞳を睨みつけた。 その瞳にあるのは、数千年の孤独が生んだ「死への憧れ」。 ふざけるな。死にたいなら、一人で勝手に死ね。私の大事な日常を巻き込むな。
「……意地汚いな、雑種」
ヴィクトルが、初めて灯を「敵」として認識し、眉をひそめた。
「その身は既に崩壊している。……なぜ、そこまでして『生』に固執する?」
「決まってんだろ……!」
灯は、崩れかけた翼を無理やり羽ばたかせ、ヴィクトルの懐へ飛び込んだ。 全身から血を噴き出しながら、彼女は笑った。泥臭く、生き汚く、そして誰よりも人間らしく。
「生きてなきゃ……不味いコーヒーも、煙草の味も……わかんねえだろうがッ!!」
灯の拳と、ヴィクトルの虚無が激突する。 閃光。 その輝きは、世界の終わりを告げる黒い太陽の下で、唯一の希望のように瞬いていた。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




