表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リコリス・ディープ・ニルヴァーナ  作者: ネオもろこし
久遠の涅槃(ディープ・ニルヴァーナ)編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

67/78

第二十三話「混血の牙」1

第一章 黒い太陽の下で


『ノスフェラトゥ城』の最上階、玉座の間。 かつて吸血鬼の王が世界の夜を統べていたこの場所は、今や物理法則が崩壊した「世界の終わり」の様相を呈していた。


 天井は吹き飛び、壁は溶解し、剥き出しになった夜空には、月さえも畏怖して隠れるほどの、巨大な『黒い太陽(ブラック・サン)』が鎮座している。 それは天体ではない。空間そのものを削り取り、「無」へと還元する虚無の穴。 絶対的な重力場が、城の残骸を、大気を、そして光さえも吸い込んでいく。


 パラパラ……と、乾いた音が響く。 巻き上げられた瓦礫が、黒い太陽に触れた瞬間、塵となって消滅する音だ。 破壊ではない。消失。 そこに存在したという事実ごと、歴史から削除されていく。


 その暴虐の中心。崩れかけた玉座の前に、一人の青年が佇んでいた。


 真祖 ヴィクトル・ノスフェラトゥ。


 覚醒し、全盛期の美貌を取り戻した彼は、襲い来る魔女たちの猛攻を意に介することなく、ただ静かに空を見上げていた。彼の身体を覆う不可視のオーラが、あらゆる干渉を拒絶している。 彼が指を振れば、空間が裂ける。 彼が息を吐けば、時間が凍る。


「……美しい」


 ヴィクトルが、陶酔したように呟いた。 その瞳には、目の前で必死に抗う灯たちの姿など映っていない。彼が見ているのは、自分自身が生み出した「終焉」という名の芸術だけだ。


「全てが消えれば、痛みもない。退屈もない。……孤独さえも、無意味になる」


 数千年の時を生き、神に近い力を持ちながら、死ぬことさえ許されなかった王。彼が求めたのは、世界を道連れにした、安らかなる「無」への帰還だった。


「ふざけんな! まだタピオカが飲みてぇんだよ!」


 辰巳響(たつみ ひびき)の絶叫が、虚無の静寂を切り裂いた。彼女は大地を踏みしめ、全身の龍脈をスパークさせる。虹海のリーリンから送られてくる無尽蔵の魔力。それをすべて雷撃に変換し、黒い太陽へと解き放つ。


 ドガァァァァァン!!


 数億ボルトの蒼雷が、虚無の球体を直撃する。だが、雷光は表面で歪み、まるでブラックホールに吸い込まれるように消滅した。熱量も、衝撃も、全てが「無」に変換される。


「なっ……!? 本気の一撃だぞ!?」


「物理攻撃、およびエネルギー攻撃、共に効果なし!」


 鉄鏡花(くろがね きょうか)が、悲鳴のような警告を発する。 彼女は残った右腕のパイルバンカーを連射し、さらに背中のサブアームからレーザーを掃射するが、ヴィクトルの半径5メートル以内に近づくことさえできない。 放たれた杭は錆びつき、レーザーは屈折して雲を焼くだけだ。


「邪魔よッ!!」


 白雪美流愛(しらゆき みるあ)が、空間を舞う。 双子の亞莉愛(アリア)華琉愛(カルア)と共に、三位一体の波状攻撃を仕掛ける。無数のワイヤーがヴィクトルの四肢を狙い、ナイフが死角を突く。だが、ヴィクトルは視線だけでそれを迎撃した。


 オォン……。


 重力が反転する。美流愛たちは地面に叩きつけられ、ワイヤーは千切れ飛んだ。


「ぐぅっ……!」


「お姉様!」


「ダメです……! 結界が持ちません!」


 天羽祈(あもう いのり)が、膝をついて叫ぶ。 彼女が展開した『灰色の領域』――異能を中和するはずの結界でさえ、ヴィクトルの圧倒的な「個」の出力には押し負けていた。防御障壁にヒビが入り、ガラスが割れるような音を立てて砕け散っていく。


 全員が、満身創痍だった。 それでも、彼女たちが立っていられるのは、前衛でたった一人、死の暴風を受け止めている存在がいるからだ。


「……オラァァァッ!!」


 久遠灯(くおん あかり)。 彼女は、真紅の翼を広げ、単身でヴィクトルに突っ込んでいた。覚醒した、三つの血が混じり合う最強の形態。 彼女の爪が、ヴィクトルの虚無のオーラを引き裂こうと火花を散らす。


 だが。


「……くそっ……! まだ、足りねえのかよ!」


 灯の攻撃は、ヴィクトルの肌に届かない。 あと数センチ。 その距離が、無限の深淵のように遠い。


 それどころか、灯の身体からは、悲痛なきしみ音が響いていた。バチバチと、皮膚が内側から爆ぜる。 血管が浮き上がり、目から血の涙が流れる。


「が、あぁぁぁぁッ!!」


 灯が絶叫する。 それは、ヴィクトルによる攻撃の痛みではない。 彼女自身の内部で起きている、拒絶反応の激痛だ。


 彼女の体内で、三つの異なる「血」が暴走を始めていた。


 聖と、魔と、虚無。 本来なら決して混ざり合うことのない三つの因子が、灯というひとつの器の中で覇権を争い、互いを喰らい合っている。それは、彼女の遺伝子情報をズタズタに引き裂き、細胞レベルで崩壊させる「自滅」へのカウントダウンだった。


「灯! もうやめろ! お前の体が持たねえ!」


 響が叫ぶ。 だが、灯は止まらない。止まれない。ここで引けば、ヴィクトルの虚無が世界を覆い尽くす。仲間たちが、家族が、消えてしまう。


「うる、せえ……!」


 灯は、血反吐を吐きながら、それでも拳を振るった。右腕が崩壊し、即座に再生する。 その再生速度すら、血の暴走によって異常な熱を帯びている。


「私は……負けねえ……!」


 彼女は、ヴィクトルの瞳を睨みつけた。 その瞳にあるのは、数千年の孤独が生んだ「死への憧れ」。 ふざけるな。死にたいなら、一人で勝手に死ね。私の大事な日常を巻き込むな。


「……意地汚いな、雑種」


 ヴィクトルが、初めて灯を「敵」として認識し、眉をひそめた。


「その身は既に崩壊している。……なぜ、そこまでして『生』に固執する?」


「決まってんだろ……!」


 灯は、崩れかけた翼を無理やり羽ばたかせ、ヴィクトルの懐へ飛び込んだ。 全身から血を噴き出しながら、彼女は笑った。泥臭く、生き汚く、そして誰よりも人間らしく。


「生きてなきゃ……不味いコーヒーも、煙草の味も……わかんねえだろうがッ!!」


 灯の拳と、ヴィクトルの虚無が激突する。 閃光。 その輝きは、世界の終わりを告げる黒い太陽の下で、唯一の希望のように瞬いていた。

自分が読みたい物語を書いています。

可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。

(制作に関してAIを利用しています)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ