第二十二話「真祖覚醒」3
第三章 崩壊する揺り籠
城が、悲鳴を上げていた。
久遠灯と真祖ヴィクトル・ノスフェラトゥ。二つの絶対的な力が衝突した余波は、物理的な破壊を超え、空間そのものを歪曲させていた。黒曜石で築かれた堅牢な玉座の間は、まるで紙細工のように引き裂かれ、天井が崩落し、夜空が露わになる。
「……ハァ、ハァ……ッ!」
灯は、瓦礫の上で踏ん張った。 背中から噴き出す真紅の翼が、荒ぶる魔力の奔流を制御しようと脈打っている。
彼女の体内では今、三つの異なる「血」が衝突し、融合しようとしていた。 生まれながらに宿す、聖なる「天帝の血」。1000年前にレオンハルトから与えられた、魔なる「父の血」。 そして今、ヴィクトルから奪い取った、原初の「真祖の血」。
聖、魔、そして虚無。 本来なら混ざり合うはずのない三つの因子が、灯という器の中で化学反応を起こし、血管を焼き切ろうとする激痛を生んでいる。だが、その痛みこそが、彼女が今、神の領域に足を踏み入れている証拠だった。
「……しぶといな、雑種」
ヴィクトルが、塵一つ付いていない指先を振るう。 それだけで、空間が鎌いたちのように裂け、灯の足元の床が消滅する。
「おっと……!」
灯は跳躍し、空中に足場を作って着地する。血の魔力で空気を固める技術。だが、着地した瞬間に膝が折れそうになる。 消耗が激しい。この形態は、長くは持たない。
「終わりだ」
ヴィクトルが、無慈悲に手をかざす。虚無の波動が、灯を押しつぶそうと迫る。
その時。
ズドガアァァァァン!!
ヴィクトルの側面、崩れかけた壁が外側から粉砕された。土煙と共に飛び込んできたのは、青白い雷光を纏った砲弾。
「灯! 無茶苦茶しやがって!!」
辰巳響だ。彼女は雷を纏った拳で、ヴィクトルの虚無の波動を強引に殴り飛ばした。バチバチと火花が散り、対消滅する。
「響……!?」
「一人で行くなって言っただろ、このバカリーダー!」
響に続いて、瓦礫の向こうから次々と影が現れる。
「灯さん! 援護します!」
天羽祈が、杖を掲げて滑り込む。 彼女が展開した灰色の結界が、降り注ぐ落石を弾き返す。
「まったく……。世話が焼けるわね」
白雪美流愛が、ワイヤーを使って天井の梁から舞い降りた。その左右には、双子の亞莉愛と華琉愛がナイフを構えて着地する。
「お姉様、足場が悪いです。掃除しましょうか」
「ええ。……邪魔な石ころは片付けなさい」
「空間座標、固定。……これより、火力支援を開始する」
崩れた壁の穴から、鉄鏡花がガトリングガンの銃口を覗かせた。 その背後には、巨大な盾を構えたチャーリー・Sが控えている。
「へっ。……水臭ぇことすんなよ、灯」
チャーリーがニヤリと笑う。
リコリス・バロック、そして協力者たち。傷だらけの魔女たちが、地獄の底まで追いかけてきたのだ。
「……お前ら」
灯は、こみ上げる熱いものを飲み込んだ。 「巻き込みたくない」と置いてきたはずの家族。だが、彼女たちはそんな理屈などお構いなしに、壁をぶち破って来てくれた。
「遅くなって悪かったな、灯!」
響が、灯の隣に並ぶ。
「勝手に行くんじゃないわよ! ……あとで説教だからね!」
美流愛が、灯の背中を守る位置につく。
全員が揃った。 絶望的な戦力差など関係ない。 ここに全員がいるという事実だけが、灯に無限の力を与えてくれる。
「……騒がしいな」
ヴィクトルは、集まった有象無象を見渡し、退屈そうに嘆息した。 その瞳には、彼らへの興味など微塵もない。 羽虫が増えた程度にしか感じていない。
「私はただ、静寂が欲しいのだ。……なぜ、貴様らはそうまでして『生』にしがみつく?」
ヴィクトルが、虚空に手を掲げた。
「五月蝿い。……世界ごと、消えてなくなればいい」
ゴゴゴゴゴゴゴ……!!
城が、大地が、空が震えた。ヴィクトルの頭上。 夜空の月を覆い隠すように、巨大な球体が出現した。
それは、光を吸い込む漆黒の闇。 重力を歪め、時間を狂わせ、存在そのものを「無」へと還元する、虚無のブラックホール。
『黒い太陽』。
「……なっ!?」
鏡花の警報アラートが絶叫する。
「エネルギー質量、測定不能! ……あれは、物質を消滅させる特異点だ! この城だけでなく、ノクタルニア全土……いや、ユーガリア大陸ごと飲み込むつもりか!?」
「本気かよ……」
響が空を見上げて絶句する。あれは魔法でも超能力でもない。「終わり」という概念そのものの具現化だ。吸い込まれれば、魂さえ残らない。
彼は悪意で動いているのではない。永すぎる生に倦み疲れ、死ぬことさえ許されない絶望の果てに、自分を含む全てを「無」へ帰そうとしているのだ。 世界を道連れにした、壮大な自殺。
「……灯さん、逃げてください!」
瓦礫の陰で震えていたエミル・ノスフェラトゥが叫んだ。
「あの方は……父様は、もう止まりません! 寂しすぎて、虚しすぎて……全てを壊して眠るおつもりなんです!」
エミルの悲痛な叫びが、広間に木霊する。
「死にたがりかよ」
灯が、一歩前に出た。その背中から生えた真紅の翼が、黒い太陽の重力に抗って羽ばたく。
「……贅沢な悩みだな」
灯は、M500を捨てた。 今は、己の拳と牙だけが武器だ。 彼女は振り返り、仲間たちを見た。 恐怖に震える祈。覚悟を決めた美流愛。闘志を燃やす響。冷静に計算する鏡花。 そして、彼女たちを守ろうとするチャーリーや双子。
彼女たちの瞳に映っているのは、「生きたい」という強烈な意志だ。明日も不味いコーヒーを飲み、くだらない話で笑い合い、泥だらけになって生きる。 その「当たり前」を守るための、譲れない光。
「全員でかかるぞ!」
灯が叫んだ。 その声は、真祖の威圧さえも跳ね返す、命の咆哮だった。
「あのジジイに……永遠の安眠(お仕置き)をくれてやる!」
「おうよ!!」
全員が呼応する。 響が雷を呼び、リーリンの風を纏う。 美流愛と双子がワイヤーを展開し、死角へと走る。祈が全魔力を込めて結界を張り、鏡花が全火器のロックを解除する。玄武が氷の盾を構え、前線を支える。
「……来い、子供たちよ」
ヴィクトルが、黒い太陽を降下させた。全てを飲み込む闇が、彼女たちに迫る。
「うぉおおおおおおッ!!」
灯が地を蹴った。 真紅の翼が流星のように軌跡を描き、虚無の中心へと突っ込んでいく。
神話の終わり。 そして、人間たちの夜明けを懸けた、最後の喧嘩が始まった。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




