第二十二話「真祖覚醒」2
第二章 混血の牙
尖塔のテラス。 黒曜石の床が砕け散り、瓦礫が雨のように降り注ぐ中、二つの影が激突していた。
「……ハァ、ハァ……ッ!」
久遠灯は、肩で息をしながらM500の狙いを定めた。だが、引き金を引くよりも速く、銀色の閃光が彼女の目前に迫る。レオンハルト・ヴァルプルギスの手刀だ。灯はかろうじて身を捻るが、コートの袖が切り裂かれ、二の腕から鮮血が飛沫を上げた。
「遅い。……迷いがあるな、灯」
レオンハルトは、攻撃の手を緩めないまま、優雅に微笑んだ。 汗ひとつかいていない。 灯が死に物狂いで繰り出す爪撃も、銃撃も、彼はまるでダンスのパートナーをリードするかのようにあしらっている。
「1000年だぞ? ……あの夜、私が与えた血を、お前はまだ使いこなせていないのか」
「……うるせえ、クソ親父!」
灯は、再生能力で傷を塞ぎながら、再び踏み込んだ。 『血の晩餐』で霧を作り、死角から拳を叩き込む。 だが、レオンハルトは振り返りもせず、その拳を掌で受け止めた。
パァン!!
衝撃波が広がる。 受け止められた灯の拳が、ミシミシと悲鳴を上げた。
「悪くない。……だが、軽い」
レオンハルトは、退屈そうに嘆息した。
「お前の力は、所詮は私の『分け前』に過ぎない。……オリジナルを超えることなど、理屈の上であり得ないのだよ」
圧倒的な「格」の差。 灯は歯噛みする。このままでは勝てない。この男を超えるには、この男とは違う「何か」が必要だ。
その時だった。
ドクン。
城全体が、脈打った。 それは物理的な振動ではない。大気中の魔素が一瞬にして凍りつき、そして爆発的に膨張するような、魂への重圧。
灯とレオンハルトの動きが同時に止まった。二人の視線が、同じ方向――背後にそびえる「玉座の間」の扉へと吸い寄せられる。
「……目覚めたか」
レオンハルトが、愉しげに口元を歪めた。その瞳に宿るのは、畏敬と、そして待ち望んでいた狂気。
「ヴィクトル様が……眠りから醒めた」
「……なんだ、この気配は」
灯は、全身の毛が逆立つのを感じた。死の予感。 いや、死そのものが形を持ってそこに在るような、絶対的な虚無感。
「行け、灯」
レオンハルトは、灯を解放し、扉の方角を顎でしゃくった。
「お前が求める『力』は、あの扉の向こうにある。……毒杯をあおる覚悟があるならな」
彼は、戦いを放棄したわけではない。より面白い結末を見るために、舞台を譲ったのだ。
灯は、レオンハルトを一瞥し、そして走り出した。罠かもしれない。だが、行くしかない。本能が告げている。あそこに、全ての決着があると。
灯は、玉座の間の巨大な扉に体当たりをした。魔力で強化された脚力が、重厚な黒曜石の扉を蹴破る。
ドゴォォォォン!!
扉が弾け飛び、灯は広間へと転がり込んだ。 舞い上がる粉塵。 硝煙の向こうから、彼女が見たものは。
「……嘘だろ」
崩れ落ちた玉座。 血の海に沈む、ベルベット・ミラーと朱 焔陽(朱雀)の姿だった。 あの大陸最強クラスの二人が、虫けらのように転がされている。
そして、その中心。 月明かりの下に立つ、神々しいまでの美貌を持った青年――覚醒した真祖ヴィクトル・ノスフェラトゥ。
「……灯さん! 逃げてください!」
瓦礫の陰から、エミル・ノスフェラトゥが悲鳴を上げた。彼は恐怖で腰を抜かしながらも、灯に警告を発し続けている。
「あの方は……ヴィクトル様は、もうかつての慈悲深い王ではありません! ……ただの、歩く『虚無』です!」
「逃げろだと?」
灯は、M500を構え直した。その手は震えていない。目の前の存在が放つプレッシャーは、レオンハルトの比ではない。近づくだけで細胞が死滅しそうなほどのオーラ。
だが、灯は笑った。 ニヤリと、不敵に。
「冗談じゃねえ。……やっと会えたんだ」
灯は、ヴィクトルを見据えた。 この男の血こそが、レオンハルトを超えるための、唯一の鍵。そして、この地獄のような運命を終わらせるための、最後のピース。
「へっ。……寝起きにしちゃあ、顔色がいいじゃねえか、ジジイ」
灯は挑発し、引き金を引いた。
ズドン! ズドン! ズドン!
大口径マグナム弾が、ヴィクトルの眉間、心臓、喉元を正確に狙う。
だが。
ジュッ。
弾丸は、ヴィクトルの身体に触れる数センチ手前で、灰となって霧散した。 物理的な防御壁ではない。 彼の身体を覆う「虚無のオーラ」が、接近する物質の時間を加速させ、風化させているのだ。
「……邪魔だ」
ヴィクトルは、灯を見ることさえしなかった。ただ、指先を軽く振っただけ。
ゴオォォォッ!!
不可視の衝撃波が、灯を襲う。 灯は咄嗟に腕をクロスさせ、防御の構えを取る。だが、それは防御にならなかった。小石のように吹き飛ばされ、壁に激突する。
「ぐぁっ……!!」
全身の骨がきしむ。 再生能力が追いつかない。傷口が腐食し、壊死していく感覚。 これが、真祖の力。生物としての格が、あまりに違いすぎる。
「……足りないな」
ヴィクトルが、呟いた。彼は、自分の乾きを癒やす何かを探すように、虚空を見つめている。数千年の眠りから覚めた身体は、猛烈な飢餓感に支配されていた。
「私の渇きを癒やすには……もっと、濃密な『命』が必要だ」
彼の視線が、ふと灯を捉えた。 瓦礫の中で血を流す、小さな吸血鬼。 だが、その血の匂いは、他の眷属とは違っていた。 天帝の血と、吸血鬼の血。 その希少なハイブリッドに、初めて興味を示したのだ。
シュッ。
ヴィクトルが、空間転移したかのように灯の目の前に現れた。 彼は、灯の首を片手で掴み上げた。
「が、ぁ……ッ!」
足が浮く。 首を締め上げられる苦痛と共に、生命力が急速に吸い取られていく。死の感触。 指先から冷たくなり、意識が遠のいていく。
だが。 灯は、その瞬間を待っていた。逃げるのではなく、近づく瞬間を。
「……いただきだッ!!」
灯は、右手の爪を立て、ヴィクトルの胸を貫こうとした。しかし。彼女の指先が、ヴィクトルの「虚無のオーラ」に触れた瞬間。
ボロボロ……ッ。
「な……!?」
灯の右腕が、指先から急速に乾燥し、ひび割れ、砂となって崩れ落ちた。 痛みはない。ただ、存在そのものが風化し、肩口まで消滅してしまったのだ。再生する間もなく、右腕が「無」に還る。
「無駄だ。……私に触れるものは、全て土に還る」
ヴィクトルが冷ややかに告げる。だが、灯の瞳から光は消えていなかった。
「……腕の一本くらい、くれてやるよ!」
灯は、残った左手でヴィクトルの腕を掴み、強引に引き寄せた。そして、大きく口を開き、ヴィクトルの首筋に喰らいついた。
ガブリッ!!
「……ほう?」
ヴィクトルが眉をひそめる。彼の皮膚はダイヤモンドよりも硬いはずだ。 だが、灯の牙は、1000年の執念と、天帝の神気によって強化されていた。皮膚が裂け、一滴、二滴と、真紅の血が溢れ出す。
灯は、それを貪欲に啜った。
真祖の血。 全ての吸血鬼の源流にして、猛毒。
ドクンッ!!
灯の心臓が、破裂しそうなほど激しく跳ねた。 喉が焼ける。 胃袋が沸騰する。血管の中を、溶岩が駆け巡るような激痛。 遺伝子情報が書き換えられ、魂の器が砕け散る感覚。
「ガァァァァァァッ!!!」
灯が絶叫した。 許容量を超えたエネルギーが、彼女の肉体を内側から破壊し、そして再構築していく。
彼女の中に流れる、三つの血。 生まれながらに持つ、聖なる「天帝の血」。レオンハルトから与えられた、魔なる「父の血」。 そして今、取り込んだ「真祖の血」。
本来なら混ざり合うはずのない、三つの異なる因子が、灯という器の中で衝突し、融合し、未知の化学反応を起こした。
バリバリバリッ!!
灯の背中の服が裂け、そこから真紅の翼が噴き出した。それはコウモリの翼でも、鳥の翼でもない。血そのものが結晶化したような、美しくも禍々しい刃の翼。
瞳の色が変わる。 鮮血の赤から、神々しい金色へ。失われていた右手が、血の粒子を集めて瞬時に再生する。
「……はぁ、はぁ……」
灯は、ヴィクトルの拘束を振りほどき、着地した。全身から立ち昇るオーラが、ヴィクトルの虚無のオーラと拮抗し、スパークを散らす。
「……これなら、どうだ!」
灯が踏み込む。速い。 先ほどまでの動きとは比較にならない神速。彼女は右の拳に、三つの血の力を収束させた。
「オラァッ!!」
灯の拳が、ヴィクトルの頬を捉えた。
ドゴッ!!
鈍い音が響く。ヴィクトルの顔が横を向き、その身体が数歩、後退した。
「……ほう」
ヴィクトルは、口元を拭った。 指先に、赤い血が付いている。 数千年ぶりに流した、自らの血。 彼は、それを舐め取り、ニヤリと笑った。
「……面白い」
真祖の瞳に、初めて「感情」の光が宿る。退屈な神が、対等な敵を見つけた歓喜。
「遊んでやろう、混血。……その命が燃え尽きるまで」
ヴィクトルの全身から、漆黒の闇が噴き出す。灯もまた、真紅の翼を広げ、咆哮した。
城が震える。 最強の吸血鬼同士の、次元を超えた殺し合いが始まる。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




