第二十一話「虚無の玉座」2
第二章 血の舞踏会、鉄の咆哮
視界が暗転し、世界が裏返るような浮遊感に襲われた直後。 私たちの足裏は、硬く冷たい感触を捉えた。
目を開けると、そこは目が眩むほどの光に満ちた空間だった。
「……ここは?」
白雪美流愛は、瞬きをして周囲を見渡した。 天井からは、無数のクリスタルガラスで飾られた巨大なシャンデリアが吊り下げられ、蝋燭の炎が揺らめいている。床は鏡のように磨き上げられた黒大理石。 壁面は金箔と深紅のベルベットで装飾され、等間隔に置かれた彫像が静かにこちらを見下ろしている。
大舞踏室。 かつて吸血鬼の貴族たちが、夜ごとの饗宴に興じたであろう場所。 だが、今のここには音楽もなければ、グラスが触れ合う音もない。 あるのは、張り詰めた弦のような緊張感と、鼻につくほどの薔薇の香油の匂いだけ。
「お姉様! ご無事ですか!?」
「怪我はありませんか!?」
左右から、白雪亞莉愛と白雪華琉愛が駆け寄ってくる。 二人とも無事だ。ドレスに新たな汚れはない。
「ええ、平気よ。……それより、歓迎の準備は万端みたいね」
美流愛は、扇子を開いて口元を隠し、広間の奥を見据えた。
カツン、カツン、カツン。
広間の四方にある扉が同時に開き、整然とした足音が響き渡った。 現れたのは、メイド服や執事服に身を包んだ集団だった。 数にして、優に三百は超えているだろう。
彼らは一様に、陶器のように白くなめらかな肌と、ガラス玉のような瞳を持っていた。美しい。だが、その美しさはあまりに均整が取れすぎていて、不気味だった。 瞬き一つせず、呼吸による肩の上下動もなく、ただプログラムされた軌道を滑るように移動してくる。
自動人形。
真祖ヴィクトル・ノスフェラトゥの眠りを守るために作られた、魂なき使用人たち。 その手には、銀の盆やワインボトルではなく、本来の用途とは異なる凶器が握られていた。
「……排除シマス」
先頭に立つメイド型オートマタが、無機質な合成音声を発した。口元の関節がカチカチと動く。
「……排除シマス。……掃除ノ、時間デス」
その言葉を合図に、三百体の人形が一斉に動き出した。 個体差のない、完璧に同期した動き。 一糸乱れぬマスゲームのように、包囲網が縮まってくる。
「……気に入らないわね」
美流愛は、ドレスの裾を翻し、太腿のホルスターから改造ペンライトを引き抜いた。 ジャキッ、と音を立てて、青白い光刃が展開される。 彼女の瞳に、絶対零度の冷たい怒りが宿る。
「お姉様?」
「顔も、動きも、思考も……全部同じ。完璧すぎて、ヘドが出るわ」
美流愛の脳裏に、忌まわしい過去がフラッシュバックする。 暗殺組織『鳥籠機関』での日々。 検体番号で呼ばれ、個性を剥奪され、ただ効率的に人を殺すためだけに調整された自分たち。 目の前の人形たちは、かつての自分の姿そのものだ。 命令に疑いを持たず、死ぬまで働き続ける、悲しき消耗品。
「あなたたちには、決定的に足りないものがあるわ」
美流愛は、ワイヤーを射出する構えを取った。
「教えてあげる。……可愛さっていうのはね、愛嬌の中にこそ宿るのよ!」
「行きますわよ、お姉様!」
「殺戮の時間です! どちらが綺麗に片付けられるか、勝負です!」
双子が呼応する。 二人は手を繋ぎ、広間の中央へと躍り出た。
「『真愛幻影』、展開!」
空間が歪む。 ピンク色の霧が立ち込め、そこから無数の「白雪美流愛」が湧き出した。 歌う美流愛、ポーズを決める美流愛、ウインクする美流愛。数十人のアイドルが、舞踏室を埋め尽くす。
「ターゲット、多数。……照準、定まりマセン」
「エラー。エラー。……ドレガ本物デスカ」
オートマタたちの統率が乱れる。彼女たちの論理回路は、非合理な「増殖」を処理しきれず、混乱に陥った。 チェーンソーが空を切り、ナイフが幻影を突き抜ける。同士討ちが始まり、火花とオイルが飛び散る。
その隙間を縫って、本物の美流愛が舞う。
「アンコールは無しよ!」
美流愛は、シャンデリアの鎖にワイヤーを引っかけ、ターザンのように宙を飛んだ。 遠心力を利用した加速。 彼女の身体は銀色の弾丸となり、人形の群れを貫通する。
シュッ、シュッ、シュッ!!
ワイヤーが閃くたびに、オートマタの首が物理的に切断され、宙を舞う。陶器の頭部が床に落ちて砕け、中の歯車が散乱する。それは、破壊という名のダンスだった。
「リズムに乗りなさい! ……貴女たちの歯車、狂わせてあげる!」
美流愛は着地と同時に回転し、周囲の敵を薙ぎ払う。 完璧な秩序が、泥臭い人間の情熱によって、次々と破壊されていく。オイルの雨の中で、美流愛は誰よりも輝いていた。
一方、転移の闇を抜けた辰巳響と鉄鏡花が放り出されたのは、静謐にして広大な空間だった。
天井が見えないほど高く積み上げられた、巨大な本棚の迷宮。 無限回廊のように続くその場所は、城の「大書庫」だった。数千年の歴史を刻んだ魔導書、禁書、歴史書の山。埃とインクの匂いが充満し、足音さえも紙の束に吸い込まれて消える。
「……なんだよ、ここ。出口どこだよ」
響が、苛立たしげに本棚を蹴った。ドスッ、という鈍い音。 本が数冊落ちてくる。彼女にとって、文字の羅列ほど退屈なものはない。
「静かにしろ、響。……知識の墓場を荒らすな」
鏡花は、落ちた本を拾い上げ、丁寧に棚に戻した。彼女の義眼は、この空間の特異性を解析しようと試みているが、魔力干渉が強すぎて正常に機能しない。
「……警戒しろ。何かがいる」
鏡花が警告した瞬間。 通路の奥、闇の中から重厚な足音が響いてきた。
ズシン、ズシン、ズシン。
床石が震えるほどの重量感。 本棚が揺れ、本が雪崩のように落ちてくる。
現れたのは、巨神だった。 身長5メートル。 全身が、城壁と同じ黒曜石で構成された岩石の巨人。表面にはルーン文字が刻まれ、関節の隙間からは青い魔力が蒸気のように噴き出している。
古代の魔術によって命を吹き込まれた、知識の守護者。黒曜石のゴーレム。
「……デカっ」
響が口を開ける。 ゴーレムは、侵入者を認めると、感情のない赤い目を光らせた。
「グオオオオオッ!!」
咆哮と共に、丸太のような腕が振り下ろされる。
「避けろ!」
鏡花が響を突き飛ばす。 直後、響がいた場所の本棚が、粉々に粉砕された。紙片が舞い散る中、ゴーレムは止まらない。 次の一撃が、横薙ぎに迫る。
「うっせぇな! アタシが相手だ!」
響は、舞い上がる紙吹雪の中で踏ん張った。右拳に雷気を集中させる。 タピオカのカロリーと、リーリンの龍脈エネルギーをフル稼働。
「黒焦げになりやがれッ!!」
響が放った蒼雷が、ゴーレムの胸板を直撃した。数億ボルトの衝撃。
だが。
バチィッ!!
雷撃は、ゴーレムの表面で拡散し、霧散してしまった。 黒曜石の絶縁体としての性質と、刻まれた強力な対魔術防御が、電気を完全に遮断したのだ。表面がわずかに焦げただけ。
「……硬ぇ! 雷が通じねぇぞ!」
響が驚愕する。 彼女の最強の矛が、通用しない。
「グオッ!」
ゴーレムが、嘲笑うかのように前進してくる。 その一歩一歩が、死の宣告だ。
「構造解析……。スキャン完了」
鏡花が、サブアームを使って本棚の上へと退避しながら叫んだ。彼女の義眼には、ゴーレムの内部構造が透視図として表示されている。
「弱点は、胸部中央にある核のみ! ……だが、装甲厚が3メートルを超えている。通常の火力では貫通不可能だ!」
「3メートル!? ……戦車の装甲より分厚いじゃねぇか!」
響が叫びながら、バックステップで攻撃をかわす。殴っても、焼いても、壊れない壁。 どうすればいい。
「どうすんだよ、鏡花! アタシの攻撃じゃ、傷一つつかねぇぞ!」
鏡花は、空中で身をひるがえし、響の隣に着地した。 その表情は、いつもの無機質なものではなく、狂気的な科学者の熱を帯びていた。 彼女は、自らの右腕――パイルバンカーを見つめた。
「……物理演算で粉砕する」
「は?」
「私のパイルバンカーは、電気エネルギーを運動エネルギーに変換する機構を備えている。……だが、私の内蔵バッテリーでは出力が足りない」
鏡花は、響の方を向いた。
「響。私に、お前の最大電圧を流せ」
「はあ!? 死ぬぞ! アンタの回路が焼き切れちまう!」
響が拒絶する。 サイボーグに高圧電流を流すなど、自殺行為だ。
「私のボディは対電仕様にカスタムしてある。……数秒なら耐えられる」
鏡花は、右腕を変形させた。装甲がスライドし、巨大なタングステン鋼の杭が露出する。 接続ポートが開き、放電現象を起こしている。
「その莫大なエネルギーを、すべて『物理的な衝撃』に変換し、一点に打ち込む。……それしか、あの装甲を貫く方法はない」
ゴーレムが、巨大な両手を振り上げた。次の一撃で、この通路ごと圧殺するつもりだ。迷っている時間はない。
「……チッ、知らねぇぞ!」
響は覚悟を決めた。彼女は、鏡花の背中に両手を叩きつけた。
「壊れても文句言うなよ! ……いっけぇぇぇッ!!」
バリバリバリバリッ!!
響の全身から、青龍の如き雷光が奔流となって鏡花へと注ぎ込まれる。 鏡花の身体が、激しく発光した。 冷却ファンが悲鳴を上げ、関節部から火花が散る。 視界が警告色に染まる。だが、鏡花は笑った。
「エネルギー充填率、400%突破。……臨界点到達」
鏡花の右腕が、青白く輝く。 杭が、音速を超えて振動を始めた。彼女は、地面を蹴った。ロケットブースターが点火し、彼女を弾丸として射出する。
「科学の鉄槌を……味わえ!」
ゴーレムの懐へ。 振り下ろされる拳を潜り抜け、その胸板のど真ん中へ。
ズドオォォォォン!!
雷光を纏った杭が、黒曜石の装甲に突き刺さった。一瞬の静止。 そして、衝撃波が炸裂した。
物理法則を超えた運動エネルギーが、3メートルの岩盤を貫通し、その奥にある核を粉砕する。
ビキキキキッ……ドガァァン!!
ゴーレムの胸部に風穴が開き、背中側へと突き抜けた。 巨人が、ゆっくりと崩れ落ちる。 岩石の雨が降る中、鏡花は着地した。 右腕からは黒煙が上がり、完全に機能を停止していたが、その勝利は揺るぎないものだった。
「……ふん。質量×速度=破壊力。……単純な計算式だ」
鏡花が眼鏡の位置を直す(レンズは割れているが)。響がへたり込みながら、ニカっと笑った。
「……へっ。やるじゃねぇか、鉄屑」
科学と神の力。 そして、二人の信頼が生んだ一撃が、絶対的な守護者を粉砕した。 迷宮の奥へと続く扉が、静かに開かれる。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




