第二十話「禁断の杯」3
第三章 合流、そして
もうもうと立ち込める粉塵。 崩れた石壁の向こうから、闇に慣れた目を焼くほどの強烈なヘッドライトが差し込んだ。 そして、腹の底に響く重低音。 それは、地獄の底から這い上がってきた猛獣の咆哮に似た、エンジンの駆動音だった。
「……なッ!?」
ベルベット・ミラーが目を見開く。土煙を切り裂いて飛び込んできたのは、泥だらけの巨大な鉄塊――『鉄の馬車・マークIII』だった。H.L.O.H.の軍用車をベースに、鉄鏡花が虹海の技術と執念で改造し上げた、移動要塞。それが、断崖絶壁を駆け上がり、城壁を物理的に粉砕して乱入してきたのだ。
キキィィィッ!!
タイヤが石床を削り、火花を散らして急停車する。その勢いのまま、ルーフのサンルーフが弾け飛んだ。
「お待たせしましたー!!」
飛び出したのは、辰巳響だった。彼女の全身には、バチバチと青白い雷光が迸っている。 東帝都を離れてもなお、王 麗琳とのパスを通じて供給される無限の龍脈エネルギー。枯渇を知らない雷帝が、戦場に降り立つ。
「アタシのダチを……いじめてんじゃねぇぞ、ガラクタどもッ!!」
バリバリバリッ!!
響が放った雷撃が、放射状に広がり、密集していた『アンデッド騎士団』をまとめて吹き飛ばした。鎧の継ぎ目から放電し、魔術回路を焼き切られた騎士たちが、糸の切れた人形のようにガシャンガシャンと崩れ落ちる。
「シスターズ、展開!」
「「はい!お姉様!」」
砕けた窓から、三つの白い影が舞い込んだ。 白雪美流愛と、双子の亞莉愛、華琉愛。 彼女たちはワイヤーを天井の梁に固定し、振り子の要領で戦場を滑空する。
「邪魔よ!」
美流愛のワイヤーが、騎士たちの首を次々と刎ねていく。 双子のククリナイフが、関節部を正確に破壊する。 美しい舞踏のような殺戮。 ドレスは泥だらけだが、その動きには一点の曇りもない。
「掃射開始。……識別信号確認。灯、およびエミル以外は全て標的だ」
装甲車の屋根に設置された重機関銃座が旋回する。操作しているのは、車内の鏡花だ。彼女はシステムをリンクさせ、精密射撃で敵を釘付けにする。
「結界、展開します!」
最後に、助手席から天羽祈が飛び出した。彼女は灯とエミルの前に滑り込み、杖を掲げる。 灰色の光――『祈りの魔天子』の片鱗を見せる防御障壁が、残党の攻撃を弾き返す。
一瞬にして、戦場の優劣が逆転した。 圧倒的な火力と、嵐のような勢い。リコリス・バロックの本隊が、灯を追いかけて地獄の底までやってきたのだ。
騎士団の残骸が転がる大広間に、静寂が戻った。エンジンのアイドリング音だけが、荒い呼吸のように響いている。
久遠灯は、M500を下ろし、呆然と立ち尽くしていた。助かった。 だが、それ以上に、彼女の胸を占めていたのは、気まずさと、そしてどうしようもない温かさだった。 置いてきたはずの家族が、泥だらけになって迎えに来てくれた。
「……お前ら」
灯が口を開きかけた、その時。美流愛が、瓦礫を踏みしめて大股で歩み寄ってきた。 その美しい顔は、泥と煤で汚れ、そして鬼のような形相で怒っていた。
「……ッ」
灯が身構える暇もなかった。美流愛の手が閃く。
パシッ!!
乾いた音が、広間に響き渡った。 平手打ち。 灯の頬が、赤く腫れ上がる。吸血鬼の動体視力を持つ灯が、反応すらできないほど、それは感情の乗った一撃だった。
「……勝手に行くな!」
美流愛が叫んだ。 その瞳には、大粒の涙が溜まっていた。 殺し屋として、アイドルとして、常に完璧な仮面を被り続けてきた彼女が、顔をくしゃくしゃにして泣いていた。
「『借りなんて作らねえ』って言ったじゃない! 『家族』だって言ったじゃない! ……なのに、なんで一人で死のうとするのよ!」
美流愛は、灯の胸倉を掴み、揺さぶった。
「私たちが……どれだけ心配したか、わかってるの!? あんたがいなくなったら、誰が不味いコーヒーを淹れるのよ! 誰が私たちの帰る場所を守るのよ!」
「……美流愛」
「バカ! 大バカ者! ……吸血鬼のくせに、カッコつけてんじゃないわよ!」
灯は、ジンジンと熱を持つ頬に手を当て、そして苦笑した。痛みがある。 1000年の孤独の中で麻痺していたはずの痛みが、今は心地よい。殴られた頬の熱さが、自分が「独りではない」ことを教えてくれる。
「……痛ぇな。吸血鬼より力が強いんじゃないか?」
「当たり前よ。……怒ってるんだから」
美流愛は、鼻をすすりながら、灯の手を強く握りしめた。 その手は震えていた。 失うことへの恐怖。かつて組織で「個」を奪われた彼女にとって、灯という存在は、初めて手に入れた「自分を肯定してくれる他者」だったのだ。 もう二度と、大切な人を理不尽に奪われたくない。
灯は、仲間たちの顔を見回した。
響は、腕組みをしてふんぞり返りながらも、目尻を赤くしている。
「ったく。手のかかるリーダーだぜ」
鏡花は、眼鏡の位置を直しながら、わざとらしく視線を逸らした。
「非合理的だが……結果オーライだ」
祈は、へなへなと座り込み、双子に慰められながら号泣している。
「うわぁぁん! 灯さぁぁん!」
運転席のチャーリーが、やれやれと肩をすくめる。
全員が、怒り、そして安堵していた。 灯が生きていたことに。 また会えたことに。
「……下らないお遊戯ね」
瓦礫の上から、冷ややかな声が水を差した。 ベルベット・ミラーだ。 彼女は優雅に脚を組み、興味なさそうに爪を眺めている。 その隣で、朱 焔陽も退屈そうにあくびをした。
「戦場において、情など不要なノイズだ。……そんな甘い考えで、真祖に挑むつもりか?」
「うるせえ」
灯は、美流愛の手を握り返し、ベルベットを睨みつけた。その瞳には、かつてないほどの力が漲っていた。
「これがウチの流儀だ。……文句があるなら、ここから消えな」
そして、灯は美流愛に向き直った。 その瞳には、もう迷いはない。
「……悪かった。謝る」
灯は、深く頭を下げた。プライドの高い吸血鬼が、人間の少女に頭を下げる。それは、屈服ではない。 信頼と、愛情の証。
「もう、置いていかねえよ。……地獄の底まで、付き合わせる」
「……最初から、そう言いなさいよ」
美流愛は、涙を拭い、ニカっと笑った。その笑顔は、夜明けの太陽のように眩しかった。 彼女は、灯の背中をバンと叩く。
「行きましょう、灯さん。……パパに説教しに」
「ああ」
全員が揃った。 リコリス・バロックと、一時的な協力者たち。 目指すは最上階、玉座の間。 数千年の時を生きる真祖ヴィクトル・ノスフェラトゥと、それを守るレオンハルト・ヴァルプルギスが待つ、最後の決戦の地へ。
灯は歩き出した。 その背中には、もう孤独の影はない。7人の魔女たちの足音が、古城の静寂を打ち砕いていく。 不揃いで、騒がしくて、そして何よりも力強い行進が、夜の終わりを告げていた。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




