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リコリス・ディープ・ニルヴァーナ  作者: ネオもろこし
久遠の涅槃(ディープ・ニルヴァーナ)編

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第二十話「禁断の杯」2

第二章 呉越同舟


 断崖の頂。 天空を突き刺すようにそびえ立つ『ノスフェラトゥ城』は、まるで巨大な化石化した怪物のようだった。その直下、波が打ち付ける岩場の影に、小さな洞窟の入り口があった。古びた地下水路への侵入口。 かつてエミル・ノスフェラトゥが、城から追放される際に通った、忘れられた逃走ルートだ。


 久遠灯(くおん あかり)とエミルは、汚水に腰まで浸かりながら進んでいた。 ヘドロの臭気と、淀んだ空気が肌にまとわりつく。


「……灯さん。本当に、真祖の血を飲むつもりですか?」


 エミルが、震える声で問いかけた。彼は懐中電灯の明かりで先を照らしながら、何度も灯の顔を窺っている。


「成功率はゼロに近い。……それは、自殺するのと同じです」


「ああ。わかってるよ」


 灯は、無表情で答えた。


「だが、レオンハルトをぶっ殺すには、化け物になるしかねぇ」


 彼女の脳裏には、この間、味わった完全なる敗北の記憶が焼き付いている。指一本触れさせてもらえなかった屈辱。 そして何より、仲間を守れなかった自分の無力さ。 それを埋めるためなら、命など安いチップだ。


「……覚悟は、できているんですね」


 エミルは小さく頷き、前を向いた。 二人が進む先に、微かな光が見えてきた。地下水路の出口。城の地下牢へと繋がる扉だ。


 その時。前方の闇から、異質な気配が漂ってきた。


「……ッ!」


 灯が足を止め、M500を構える。敵か。警備兵か。 だが、現れたのは予想外の人物だった。


「あら。……奇遇ね、お姉さん」


 闇の中から、紫煙と共に現れたのは、泥だらけのドレスを纏った美女だった。真紅のチャイナドレス。黒い革ジャン。ベルベット・ミラー。 彼女は、地下水路の汚泥に足を浸しながらも、まるで王宮の回廊を歩くように優雅に煙管を燻らせている。


 そして、その背後には、巨大な炎の翼を閉じた男――朱 焔陽(ジュー・イェンヤン)が控えていた。


「ベルベット……! 朱雀……! なぜここに」


 灯が驚愕する。 彼らは、アストエルでの戦いの後、姿を消していたはずだ。まさか、先回りしていたとは。


「目的は同じよ。……ヴィクトルの首。違うかしら?」


 ベルベットは、ニヤリと笑った。 その瞳には、灯への敵意はない。あるのは、同じ獲物を狙う狩人の共感と、利用価値を見極める冷徹さだけだ。


「私は、あの化石を殺して王になる。……貴女は、レオンハルトを殺して自由になる。利害は一致しているわ」


 彼女は、灯の隣にいるエミルを一瞥した。


「それに……案内役(エミル)がいるなら好都合だわ。この城は迷宮よ。正面から入れば、私の『荊棘』でも骨が折れる」


「……ふざけんな」


 灯は銃口を下ろさなかった。 こいつらは、祈を誘拐し、仲間を傷つけた敵だ。 ここで殺し合ってもおかしくない。


 だが、灯は銃を下ろした。今は、感情よりも目的が優先だ。真祖の元へ辿り着くためには、どんな手でも使う。 たとえそれが、悪魔との握手だとしても。


「……いいぜ。だが、背中は預けねえぞ」


「フフッ。それでこそ、私の可愛い妹だわ」


 最悪の呉越同舟。吸血鬼の姉妹(灯とベルベット)、堕ちた神(朱雀)、そして落ちこぼれ(エミル)。 奇妙な一行は、城の深層へと足を踏み入れた。


 城の内部は、異様な空間だった。 物理法則がねじ曲がっている。 螺旋階段が途中で途切れ、天井が床になり、壁から廊下が伸びている。エッシャーの騙し絵のような魔術迷宮。


「……空間転移の術式か。厄介だな」


 焔陽が、炎を灯して周囲を照らす。 その光が、廊下の奥に潜む「番人」たちの姿を浮かび上がらせた。


 ガシャリ、ガシャリ。


 金属音が響く。 壁から、床から、天井から。 無数の甲冑騎士が現れた。 中身は空洞。動かしているのは、強力な呪いと、死者の怨念。


『アンデッド騎士団』。


 真祖ヴィクトルを守るためだけに永遠に戦い続ける、魂なき衛兵たち。その数は、百や二百ではない。 城全体が、兵器庫となっているのだ。


「……邪魔よ!」


 ベルベットが、煙管を一閃させた。 固有能力『赫き荊棘(クリムゾン・ソーン)』。 血の鞭がうねり、騎士たちを薙ぎ払う。甲冑がひしゃげ、バラバラに砕け散る。


「燃え尽きろ」


 焔陽が指を鳴らす。 朱雀の炎が走り、騎士たちを融解させる。だが、倒しても倒しても、次から次へと湧いてくる。 無限の兵隊。


「……チッ。キリがねえな」


 久遠灯(くおん あかり)は、空になったM500のシリンダーを弾き出し、最後のスピードローダーを装填した。 手元が狂いそうになるほどの疲労。 吸血鬼としての再生能力も、度重なる戦闘と、この城に充満する濃密な「死の気配」によって阻害され、傷の治りが遅くなっている。


 周囲を埋め尽くすのは、黒鉄の甲冑を纏った『アンデッド騎士団』。中身のない空洞の鎧。 だが、その深淵には真祖ヴィクトルへの絶対的な忠誠と、侵入者を排除する殺戮のプログラムだけが詰め込まれている。 倒しても、砕いても、彼らは見えない糸に引かれるように立ち上がり、錆びついた剣を振りかざす。その数、数百。壁を埋め尽くす黒い波。


「……灯さん、後ろ!」


 エミル・ノスフェラトゥが悲鳴を上げる。 灯の背後から、槍を持った騎士が音もなく肉薄していた。 反応が遅れる。


(……しまっ)


 ズンッ!!


 槍が突き出される寸前、深紅の鞭が空気を裂いた。ベルベット・ミラーの『赫き荊棘(クリムゾン・ソーン)』だ。 鋼鉄の鎧が紙細工のように切断され、騎士が崩れ落ちる。


「ボサッとしてるんじゃないわよ、灯」


 ベルベットは、優雅に煙管をくゆらせながら、灯の背中を守る位置に立った。その横では、朱 焔陽(ジュー・イェンヤン)が指を鳴らし、広範囲の騎士を炎で包み込んでいる。


「勘違いしないでね。貴女に死なれると、私の計画(シナリオ)が狂うだけよ」


「……へいへい。相変わらず口の減らねえ姉さんだ」


 灯は軽口を叩き返すが、状況は好転しない。 出口である巨大な扉は、重厚な魔術結界によって封鎖されている。 完全包囲。袋の鼠。


「……ここまでかよ」


 灯の脳裏に、最悪の結末がよぎる。真祖の血を飲むどころか、その御前に辿り着くことさえできず、名もなき兵隊の群れに飲み込まれて終わるのか。 書き置きを残して置いてきた、仲間たちの顔が浮かぶ。 怒っているだろうか。泣いているだろうか。


(……すまん。あばよ)


 灯が覚悟を決め、最後の特攻を仕掛けようとした、その瞬間だった。


 ドガァァァァァァン!!


 大広間の壁が、外部から爆破された。

自分が読みたい物語を書いています。

可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。

(制作に関してAIを利用しています)

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