第二十話「禁断の杯」1
第一章 夜明け前の逃亡者
ノクタルニアの森。 軍用輸送車を改造した移動要塞――『鉄の馬車・マークIII』の荷台は、死者の寝息のような静寂に包まれていた。 H.L.O.H.の無骨な軍用車をベースに、鏡花が虹海とアストエルの技術を融合させて組み上げた、三代目の相棒。 その強固な装甲の内側で、戦士たちは泥のように眠っている。
白雪美流愛は、双子を抱き枕にして丸まっている。辰巳響は、いびきをかいて大の字だ。 鉄鏡花は、座ったままスリープモードに入っている。 天羽祈は、悪夢にうなされるように体を小さくしていた。
その中で一人、久遠灯だけが目を覚ましていた。彼女は、胸ポケットからくしゃくしゃになった「わかば」の空箱を取り出し、裏面に黒いペンを走らせた。
『先に行く。待ってろ』
文字は乱雑で、短い。 多くを語れば、きっと彼女たちは追いかけてくる。だから、これだけでいい。
灯は、書き置きをテーブルの上に置いた。そして、眠る仲間たちの顔を一人ひとり、網膜に焼き付けるように見つめた。
(……あばよ。いい子にしてな)
灯は、音もなく荷台を降りた。 夜気は冷たく、霧が肌にまとわりつく。
「……灯さん」
外には、エミル・ノスフェラトゥが待っていた。彼は、不安げに灯を見上げ、震える声で問うた。
「……本当に、いいんですか? ……皆さんに、黙ったままで」
「ああ」
灯は、短く答えた。その瞳は、霧の向こうにある城を見据えている。
「これ以上、あいつらを私の『家族喧嘩』に巻き込むわけにはいかない」
レオンハルトとの因縁。 そして、真祖ヴィクトルへの挑戦。それは、吸血鬼としての灯自身の問題だ。これ以上、仲間を傷つけたくない。失いたくない。 その想いが、彼女を孤独な道へと走らせる。
「行こう、エミル。……案内しろ」
灯とエミルは、霧の深い森へと消えていく。 それは、1000年前、愛する周を置いて一人で生きることを決めた夜と、同じ選択だった。彼女はまだ、自分の弱さを信じきれていなかった。
翌朝。 森に差し込む微かな光が、美流愛の瞼を打った。
「……ん……」
彼女は体を起こし、隣で寝息を立てる双子の頭を撫でた。そして、何気なくテーブルを見た瞬間、彼女の動きが止まった。
そこには、見慣れた「わかば」の空箱と、殴り書きされた文字があった。
『先に行く。待ってろ』
「……は?」
美流愛の手が震える。 怒りが、沸点を超えて脳髄を駆け巡る。彼女は、紙箱を握りつぶした。
「ふざけないでよ……! あのバカ!」
美流愛の怒号が、静かな朝の森に響き渡った。
「あ、お姉様!? 何事ですか!?」
「敵襲ですか!?」
双子が飛び起きる。 響も、鏡花も、祈も、何事かと目を覚ます。
「灯がいないわ! ……これを見て!」
美流愛が、握りつぶした箱を投げつける。それを拾った鏡花が、内容を読み上げ、溜息をついた。
「……単独行動か。灯の行動パターンから予測済みだ。……だが、非合理的だな」
鏡花は、冷静に分析する。
「真祖との接触、および戦闘を想定しているのなら、単独での生存確率は限りなくゼロに近い」
「ゼロとかどうでもいいんだよ!」
響が、壁を殴りつけた。マークIIIの強固な装甲板が、大きく凹む。
「あの野郎……! 『借りなんて作らねえ』とか言っといて、一番デカい借りを作ってんじゃねぇか!」
「灯さん……どうして……」
祈が、泣き出しそうになる。 彼女たちは知っている。 灯が、自分たちを守るために一人で行ったことを。だが、その優しさが、今は一番許せなかった。 仲間外れにされたこと。信じてもらえなかったこと。
「追いかけるわよ!」
美流愛が叫んだ。彼女は、ボロボロのドレスの裾をまくり上げ、ナイフをベルトに差した。
「勝手に死ぬなんて許さない。……連れ戻して、土下座させてやるわ!」
「待ってください」
祈が、魔眼を開いた。オッドアイが輝き、森に残された灯の気配を追う。
「……見えます。灯さんの魂の色……すごく、悲しくて、濃い色が……」
祈は、城の方角を指差した。
「あっちです! ……城の方へ向かっています!」
「よし、乗れ!」
チャーリー・Sが、運転席に飛び乗り、エンジンを吹かした。彼は、ニヤリと笑ってサングラスをかけた。
「へっ、世話の焼けるリーダーだ。……お前ら、振り落とされるなよ!」
三代目『鉄の馬車』が、猛然と発進する。 初代よりも頑丈で、二代目よりも速い、最強の移動要塞。 泥を巻き上げ、木々をなぎ倒し、一直線に城を目指す。 そのスピードは、怒りの量に比例して加速していく。
待ってろ、久遠灯。 あんたが作った家族は、あんたが思っているよりもずっと、しつこくて、お節介なんだよ。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




