第十七話「神々のいない灰色の夜明け」1
第一章 偶像の崩壊
聖地アストエル。 光と闇が物理的質量を持って衝突し、空間そのものが悲鳴を上げていた大聖堂広場は、今、奇妙な静謐に包まれていた。
その中心に、天羽 祈が浮遊している。彼女が掲げた杖の先端から放たれるのは、まばゆい黄金でもなければ、深淵の漆黒でもない。 全ての色を混ぜ合わせ、彩度を奪い去った後に残る、重く、鈍い「灰色」の光だった。
その光は、久遠灯たちの武器に宿り、鉛のような皮膜となって覆っていた。 それは神聖な加護ではない。祝福でも、呪いでもない。 神性や魔性といった「超常の理」を、強制的に「物理現象」という泥濘へと引きずり下ろす、絶対的な拒絶の輝きだ。
「……すげぇ」
辰巳響が、自らの手に宿る雷を見つめて呟く。 いつもなら暴れ回るプラズマが、今は静かなる奔流となって制御されている。神の雷ではない。ただの電気エネルギーとしての純粋な質量。
広場の上空では、二つの巨星が揺らいでいた。神の威光を失いかけ、輪郭がノイズのように乱れる天使王メタリオン。瘴気を中和され、構成する腐肉が崩れ落ちつつある魔王アヴァゼブブ。 かつては絶対的だった二体の超越存在が、今はただの巨大なエネルギーの塊として、祈の展開する「灰色の領域」の中で溺れていた。
灯は、M500のグリップをきしむほど強く握りしめた。 左腕はない。 肩口から先が消し飛び、止血帯で無理やり縛った断面からは、再生の蒸気が立ち昇っている。失血による眩暈。焼けるような痛み。だが、彼女の唇は三日月のように吊り上がっていた。
「……道は開いた」
灯が、腹の底から声を絞り出す。
「撃てぇぇぇぇッ!!」
その号令は、神話の終わりを告げる号砲だった。 リコリス・バロックが突撃する。瓦礫を蹴り、泥を跳ね上げ、神と悪魔の足元へと肉薄する。 それは、地を這う者たちによる、空の座への反逆。
「馬鹿な……! 馬鹿な馬鹿な馬鹿なァッ!!」
崩れかけた祭壇の前で、ヴァレリオ・アストリア枢機卿が絶叫していた。彼の端正な顔は、恐怖と困惑で醜く歪んでいる。 彼が信じ、生涯を捧げ、全てを犠牲にして呼び出した神が、たかが「人間」の小娘によって否定されている。その事実が、彼の精神を根底から破壊していた。
「神の光が……絶対の正義が、薄汚れた魔女ごときに屈するなど、あり得ないッ!!」
ヴァレリオは、手にした儀式用の短剣――聖遺物『ロンギヌスの欠片』を振りかざした。 古代より伝わる、神の子の脇腹を貫いたとされる聖なる刃。いかなる邪悪も触れただけで消滅させる、最強の対魔兵装。
「死ね! 穢れた血よ、神罰を受けろ!」
彼は、亡者のような形相で灯に襲いかかった。 もはや剣技も何もない。ただの錯乱した暴力。灯は、それを避けることさえしなかった。
ガシッ。
鈍い音が響く。 灯は、振り下ろされた聖遺物の刃を、残った右手の素手で受け止めていた。
「な……ッ!?」
ヴァレリオが目を見開く。吸血鬼が聖遺物に触れれば、その手は炭化し、灰になるはずだ。 だが、灯の手は焼け焦げるどころか、血の一滴さえ流していない。
ジュッ、と嫌な音がして、聖遺物の輝きが急速に失われていく。祈の灰色の加護が、聖遺物に宿る「魔女特効」という概念を、完全に無効化しているのだ。それはもう、ただの古びた鉄屑に過ぎない。
「……アンタの神様は、随分と脆いな」
灯は、冷徹に告げた。その瞳には、憐憫すら浮かんでいる。
「奇跡がなきゃ戦えないような奴に、私たちは倒せない」
灯の手が、ヴァレリオの胸倉を掴み上げる。190センチの巨躯が、軽々と宙に浮く。
「見せてやるよ。……これが、地べたを這いずり回ってきた人間の喧嘩だ」
ドゴッ!!
灯の拳が、ヴァレリオの顔面を捉えた。 鼻骨が砕け、歯が飛び散る音。神聖な法衣が泥にまみれ、枢機卿は無様に地面を転がった。信仰という鎧を剥がされた彼は、ただの無力で、脆弱な老人に過ぎなかった。
一方、光の届かぬ闇の淵では。
「素晴らしい! 素晴らしいよ! これぞ未知! これぞカオス!」
ルーファス・アザリエルは、狂喜の声を上げていた。彼の操る黒魔術が霧散し、配下の悪魔たちが塵に還っていく様を見ても、彼は絶望していなかった。むしろ、その予測不能な事態に、研究者としての、そして破滅愛好家としての血をたぎらせていた。
「予定調和の終末など退屈だ! ……そう、世界はこうでなくては!」
ルーファスは、崩壊しつつある魔王アヴァゼブブの足元へと走った。そして、あろうことか魔王から剥がれ落ちた巨大な肉片を、自らの体に取り込み始めたのだ。
「融合だ! この混沌を、我が身で味わい尽くす!」
ズズズズズ……!
ルーファスの体が膨張する。 赤い法衣が裂け、腐肉と機械が混じり合った、醜悪な肉の巨人へと変貌していく。 理性と狂気が混濁した、制御不能の怪物。
「キリがないわね……。鏡花、解析は!?」
白雪美流愛が、ワイヤーで巨人の足を封じながら叫ぶ。 双子の亞莉愛と華琉愛が、肉塊の腕を斬り落とすが、断面からは即座に新たな肉が盛り上がり、再生してしまう。 無限増殖。灰色の領域内であっても、物理的な質量保存の法則を無視した暴走までは止められない。
「……完了した」
瓦礫の陰で、鉄鏡花が顔を上げた。 彼女の義眼は、オーバーヒート寸前の熱を持ち、赤く発光している。 左腕の義手は半壊し、コードが火花を散らしているが、彼女は構わずに残った右腕のデバイスを操作した。
「あの肉塊は、崩壊するアヴァゼブブのエネルギーを無理やり繋ぎ止めているだけだ。……不安定極まりない」
鏡花は、義手の出力を最大に設定する。冷却ファンが悲鳴を上げ、腕全体が白熱する。
「祈の『調律』の波動……その逆位相のエネルギーを、核に直接ぶつければ、対消滅を起こせる」
彼女は、ターゲットスコープを巨人の胸部――そこに埋もれたルーファスの狂った笑顔に合わせた。
「理論上、消滅確率は100パーセントだ」
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




