第十五話「神と魔王の降臨」3
第三章 聖女の慟哭
「選びなさい、娘よ」
ヴァレリオ・アストリアの声が、瓦礫の山となった大聖堂に響き渡った。彼の背後には、黄金の巨神――天使王メタリオンが、無機質な仮面を祈に向けている。その手には、都市を灰にするほどの熱量を秘めた光が収束していた。
「光となって消え、この穢れた世界を浄化する礎となるか」
「クカカカ……! つまらないねえ」
対極からは、ルーファス・アザリエルが嘲笑う。 彼の背後には、腐臭を撒き散らす肉の山――魔王アヴァゼブブが、無数の複眼で祈を凝視している。その手からは、万物を腐食させる瘴気が滴り落ちている。
「闇となって混ざり、混沌の母となるか。……どちらでもいい。貴女の血が、世界を変えるのだ」
二つの巨大な手が、同時に祈へと伸ばされた。右からは、焼き尽くす光の掌。左からは、飲み込み腐らせる闇の爪。
逃げ場はない。祈は、十字架の上でガタガタと震えた。
「……いや……」
どちらも嫌だ。 私は、浄化されたくない。私は、堕落したくない。 ただ、みんなと一緒に、不味いご飯を食べて、笑っていたいだけなのに。
「……灯さん……!」
祈は、助けを求めて視線を彷徨わせた。 いつもなら、必ず助けてくれた。どんなに絶望的な状況でも、泥だらけになって駆けつけてくれた、黒いコートの背中。
だが。
「……ッ、ぐぅ……」
視界の端。 瓦礫の下で、久遠灯が血の海に沈んでいた。左腕がない。 メタリオンの一撃を受け、肩から先が消滅している。 再生能力が追いつかず、傷口から湯気のような煙を上げているだけだ。
「灯……さん……?」
その向こうでは、辰巳響が白目を剥いて倒れている。 白雪美流愛が、折れた足を引きずりながら双子を庇っている。 鉄鏡花の義手が砕け散り、火花を散らしている。 ルシウス・クロウリーでさえ、十字架を支えに膝をつき、動けない。
全滅。 圧倒的な「神」と「魔王」の力の前に、リコリス・バロックは為す術もなく蹂躙されていた。
「……あ……」
祈の瞳から、光が消えた。誰も、助けに来られない。 私のせいで、みんな死ぬ。 私がここにいるから。私が「禁忌の子」だから。
(なら……いらない)
祈の心が、音を立てて砕け散った。こんな運命なら、いらない。 こんな力なら、いらない。 私なんて、生まれてこなければよかった。
絶望が、彼女の魂を塗り潰そうとした。
その時。
『――あなたは、どちらでもない』
脳裏に、懐かしい声が響いた。それは、幼い頃に聞いたシスター・ノアの声。そして、記憶の底に眠る、顔も覚えていない両親の声。
『天使でもなく、悪魔でもなく……だからこそ、あなたは誰よりも自由よ』
自由。 それは孤独の別名だと思っていた。どこにも属せない、半端者の烙印だと思っていた。
けれど。
『不味いな。……だが、これが生きている味だ』
灯の声が蘇る。腐った鍋をつつき合い、泥だらけで笑い合った日々。種族も、生まれも、背負う業も違う者たちが、ただ「一緒にいたい」という理由だけで寄り添う場所。
(あそこには……私の居場所があった)
天使の潔癖さも、悪魔の奔放さも関係ない。ただの「天羽祈」として、泣いて、笑って、生きていい場所。
「……誰も」
祈が、顔を上げた。 虚ろだった瞳に、小さな、しかし決して消えない灯火が宿る。
「誰も……助けてくれないの?」
メタリオンの手が、祈の顔を覆おうとする。アヴァゼブブの指が、祈の足に触れようとする。
神も悪魔も、私を見ていない。私を「道具」として、「鍵」としてしか見ていない。私の痛みも、小さな願いも、誰の目にも映らない。
(なら……私が)
祈の心臓が、早鐘を打つ。右目の青。左目の赤。 相反する二つの色が、激しく明滅し、混じり合う。
(私が……みんなを、守るんだ!)
カッ!!
祈のオッドアイから、かつてない輝きが放たれた。それは青でも赤でもない。全ての色を飲み込み、全ての色を反射する、混沌と調和の「灰色」の光。
「……ううん。違う」
祈の声が、戦場の轟音を切り裂いて響いた。それは、弱々しい少女の声ではない。 運命を拒絶し、世界を肯定する、魔女の産声。
「私は……天使じゃない! 悪魔でもない!」
バリバリバリッ!!
祈を縛り付けていた鎖が、内側からの圧力で弾け飛んだ。 彼女の背中から、翼が噴き出す。右には黒い皮膜の翼。左には白い羽毛の翼。 だが、それらは瞬く間に融合し、巨大な灰色の翼となって天を覆った。
「私は……!」
祈は、空中で両手を広げた。 その掌から放たれる光が、迫りくる神と魔王の手を押し返す。
「私は……リコリス・バロックだッ!!」
ドォォォォォォン!!
祈の覚醒。 彼女を中心にして、灰色の衝撃波が球状に広がった。それは物理的な破壊力ではない。「強制調律」の波動。
メタリオンの放つ神聖な光と、アヴァゼブブの放つ暗黒の瘴気。 その両方が、祈の波動に触れた瞬間に中和され、霧散していく。絶対的な秩序も、無尽蔵の混沌も。「人間」という、あやふやで、矛盾だらけで、愛おしいノイズの前では、形を保てない。
「な、なんだ……この力は!?」
「バカな……! 神と悪魔の力を、同時に相殺しただと!?」
ヴァレリオとルーファスが、驚愕に目を見開く。彼らの常識にはない、第三の力。 神も悪魔も選ばない。 ただ、自分たちだけの「居場所」を守るための、最強の拒絶顕現。
祈は、灰色の翼をはためかせ、戦場を見下ろした。その瞳は、もう迷っていない。大切な家族を守るために。彼女は今、本当の「魔女」になったのだ。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




