第十五話「神と魔王の降臨」2
第二章 奪い合う者たち
「素晴らしい……! これぞ、私が求めた景色だ!」
崩れ落ちる大聖堂の瓦礫の下で、ヴァレリオ・アストリア枢機卿は、狂気的な恍惚に浸っていた。頭上には、黄金の装甲を纏った天使王メタリオンが、無機質な太陽のごとく浮遊している。その翼から放たれる光は、触れるもの全てを――石も、木も、人の肉体さえも――美しい砂上の塵へと還元していく。それは破壊ではない。 徹底的な「漂白」であり、神の定めた秩序への強制的な書き換えだった。
「神よ! 不浄なる異端どもを焼き払いたまえ! この地上を、貴方様の光で満たしたまえ!」
ヴァレリオは両手を掲げ、涙ながらに叫んだ。 彼の信仰において、個人の命など塵芥に等しい。重要なのは「種」としての純潔さと、神の庭の静寂を取り戻すことのみ。目の前で信徒たちが光に焼かれ、消滅していく様さえも、彼には美しい「昇天」に見えていた。彼の瞳は、現実の惨劇を映していない。ただ、脳内に描かれた理想郷の幻影だけを見ている。
「クカカカ……! 気取ったことを言うねえ、枢機卿」
対する闇の淵からは、『深紅の預言者』ルーファス・アザリエルの嘲笑が響いた。彼の背後には、腐肉と蝿の群れで構成された魔王アヴァゼブブが、山のようにそびえ立っている。魔王の体から滴り落ちる黒い粘液は、地面を溶かし、そこからボコボコと新たな異形――蛆虫のような悪魔たちを生み出し続けていた。
「秩序? 浄化? ……つまらないな。世界はもっと、ドロドロに混ざり合ってこそ美しいのだよ」
ルーファスは、深紅の法衣をなびかせ、指揮棒のように手を振った。 彼の美学は「混沌」だ。 形あるものを崩し、境界を曖昧にし、全ての生命を原初のスープへと還すこと。 彼にとって、ヴァレリオの掲げる秩序は、退屈な窒息死に過ぎなかった。
「喰らい尽くせ、魔王よ! 天使の羽を毟り取り、その潔癖な光を絶望で汚してやるがいい!」
「ギシャアアアアアッ!!」
アヴァゼブブが咆哮し、口から膨大な瘴気のブレスを吐き出した。 メタリオンは無言のまま大剣を振り下ろし、光の斬撃を放つ。
ズドオォォォォォォン!!
光と闇が正面から衝突した。 衝撃波がアストエルの市街地を薙ぎ払い、建物が紙細工のように吹き飛ぶ。 熱風と冷気、聖歌と絶叫が入り混じる、混沌の嵐。
「……どっちも、五月蝿えんだよォッ!!」
その嵐を切り裂いて、一発の銃声が轟いた。 爆心地へと突っ込んできたのは、泥と血にまみれた久遠灯だった。
「灯さん! 左翼、悪魔軍が来ます!」
「蹴散らせ!」
灯はM500を乱射し、立ち塞がるキメラの頭部を次々と粉砕する。彼女の視線は、ただ一点。祭壇の上で磔にされ、二つの巨大な力に晒されている天羽祈だけに向けられていた。
「祈! 今助けるぞ!」
灯が叫ぶ。 だが、その声は轟音にかき消される。祈はうなだれ、意識を失いかけている。
「させるかよ! ……雷轟ッ!」
辰巳響が、灯の進路を塞ぐ瓦礫を雷撃で吹き飛ばす。
「道は作った! 行け!」
「シスターズ、援護を!」
「はい、お姉様!」
白雪美流愛と双子が、ワイヤーを張り巡らせて足場を作る。 彼女たちは崩落する天井の岩塊を足場に、舞うように跳躍し、天使の尖兵たちを切り刻む。
だが、敵は強大すぎた。 メタリオンが無機質な仮面を灯に向けた瞬間、灯の全身に凄まじい重力がのしかかった。
「ガッ……!」
風圧だけで、灯の身体が吹き飛ばされる。 左腕が、肩からごっそりと消し飛んでいた。再生能力が追いつかないほどの、高密度の破壊エネルギー。
ルシウス・クロウリーが、灯を庇うように前に出る。 彼は十字架を展開し、聖銀の杭を構えた。だが、その矛先は天使ではなく、足元から湧き出してきたアヴァゼブブの触手に向けられた。
「退け、悪魔! ……ここは貴様らの来る場所ではない!」
ルシウスが杭を撃ち込むが、アヴァゼブブの体は不定形の泥だ。穴が開いても瞬時に塞がり、逆に触手がルシウスの足を絡め取る。腐食性のガスが、彼の法衣を焦がしていく。
「くっ……! 物理法則が、通用しない……!」
後方で解析を行っていた鉄鏡花が、悲鳴のような声を上げた。 彼女の義眼には、見たこともないエラーコードが羅列されている。
「空間座標が歪んでいる! 時間軸もデタラメだ! ……ここは既に、現世の理が適用されない『異界』と化している!」
神と魔王。 二つの特異点が顕現したことで、アストエルという都市そのものが、次元の狭間へと崩落し始めていたのだ。 人間や吸血鬼が、どれほど足掻こうとも届かない、絶対的な隔絶。 その中心で、祈だけが取り残されている。
その混乱の極みにある戦場を、崩れかけた大聖堂の梁の上から見下ろす影があった。
真紅のチャイナドレスを風になびかせ、優雅に煙管をくゆらせる女。ベルベット・ミラー。
彼女は、眼下で繰り広げられる死闘には目もくれず、ただ祭壇の上の祈だけを凝視していた。
祈は、十字架に磔にされたまま、光と闇の奔流に晒されている。右半身は天使の光に焼かれ、左半身は悪魔の瘴気に蝕まれている。彼女の精神は、二つの強大な力の干渉を受け、引き裂かれる寸前だった。
「……いいわ。すごくいい」
ベルベットは、真紅の唇を舌で舐めた。 その瞳には、冷酷な計算と、ある仮説を検証しようとする狂気が宿っている。
彼女の真の目的は、ハルマゲドンの勝敗などではない。天使が勝とうが、悪魔が勝とうが、どうでもいい。 重要なのは、この極限状況そのものだ。
古来よりの伝承。
『世界が終わりを迎える時、混沌の中から救世主が現れる』
多くの者は、メシアが空から降ってくるものだと思っている。 だが、ベルベットの解釈は違っていた。
(メシアとは、外部から来るものではない……と、私は踏んでいるの)
彼女は、煙管の煙を吹きかけながら、心の中で自説を反芻する。
(神にも悪魔にもなれない、矛盾を抱えた魂――『禁忌の鍵(祈)』。……それが極限のストレスに晒され、砕け散った時。その破片の中から、既存の枠組みを超越した『何か』が孵化するのではないかしら?)
それこそが、不死なる真祖ヴィクトル・ノスフェラトゥを殺すことができる唯一の毒――『メシアの血』を持つ存在なのではないか。 彼女はそう仮定し、この舞台を整えたのだ。
祈をH.L.O.H.に渡し、ルーファスをけしかけ、この地獄を作り上げた。すべては、祈という卵を割るため。
「まだよ。……まだ足りない」
ベルベットは、震える祈を見つめ、愛おしそうに囁いた。
「もっと絶望しなさい。……仲間が傷つく姿を見て、自分の無力さを呪いなさい」
眼下では、灯が血を流し、響が倒れ、美流愛が叫んでいる。その光景が、祈の心を追い詰めていく。
(さあ、泣きなさい。叫びなさい。……貴女の絶望が、神を殺す毒になる)
彼女は待っていた。祈という少女が壊れ、その中から世界を終わらせる怪物が産声を上げる、その瞬間を。 それが自分の妄想か、それとも真実か。答えが出るのは、もうすぐだ。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




