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リコリス・ディープ・ニルヴァーナ  作者: ネオもろこし
聖魔の調律(カオス・チューニング)編

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第十四話「背中合わせの聖戦」2

第二章 裏切りの聖戦


 ルシウスの碧眼が揺れた。 彼の心臓が、早鐘を打つ。


(……守らなければ)


 彼の脳裏に、幼き日に誓った言葉が蘇る。『私は剣となる。弱きを助け、悪を挫くための、神の剣に』 目の前にいるのは「悪(魔女)」だ。 だが、背後にいるのは「守るべき羊(市民)」だ。 魔女を殺すために、羊を見殺しにするのか? 否。 それは、騎士道に反する。


 ルシウスは、久遠灯(くおん あかり)に向けていた銃口を下げた。今は、一刻の猶予もない。彼自身の力では、広範囲に広がる毒ガスを止めることは不可能だ。 だが、唯一、彼らを救う手段がある。


 大聖堂を覆っている「絶対浄化結界」。あらゆる不浄を弾き、聖域を守護する神の盾。 あの結界の範囲を広場全体に拡張すれば、ナノマシンガスを中和し、市民を守ることができる。 だが、その権限を持つのはただ一人。


 ルシウスは、震える指で耳元の通信機に触れた。戦闘中の越権行為。指揮系統への介入。 処罰は免れない。だが、躊躇っている時間はない。


「……長官! 応答してください! 執行官クロウリーです!」


 ルシウスは叫んだ。 ノイズの向こうから、静かな声が返ってくる。


『……何だ、ルシウス。魔女の首は獲ったか?』


 ヴァレリオ・アストリア枢機卿。 儀式の最中であるはずの彼の声は、戦場の喧騒が嘘のように平坦だった。


「戦闘中です! ……ですが、緊急事態が発生しました! 敵の新型兵器により、広場に猛毒ガスが散布されています!」


 ルシウスは、目の前で溶けていく部下の惨状から目を逸らさずに訴えた。


「騎士団の被害甚大! ……このままでは、避難している一般市民まで全滅します!」


『……それで?』


 返ってきたのは、あまりに素っ気ない言葉だった。ルシウスは、自分の耳を疑った。


「……は?」


『それが、どうしたと聞いている』


 ヴァレリオの声には、驚きも、焦りも、憐憫さえもなかった。


「救援を要請します! 大聖堂の浄化結界を、広場全域に拡張してください! ……今ならまだ、市民を救えます!」


 ルシウスは必死に食い下がった。プライドも、階級も捨てて、ただ一人の人間として懇願した。


 だが。


 通信機の向こうから聞こえてきたのは、冷酷な宣告だった。


『却下だ』


「……長官?」


『捨て置け、ルシウス。……儀式は佳境だ。結界の出力は、全て「天界の門」の維持と、降臨される王の座のために回す必要がある。……リソースを割く余裕はない』


「な……ッ!?」


 ルシウスの思考が停止した。 リソース? 数千人の命を、ただの数字(リソース)として切り捨てるというのか?


「ですが、長官! 市民が……罪のない子供たちが死んでしまいます! 我々は、彼らを守るために剣を取ったのでは……!」


『勘違いをするな』


 ヴァレリオの声が、氷点下まで冷え込んだ。


『我々の使命は、人類の救済だ。……「個」の生存ではない。「種」としての浄化だ』


『彼らの死は、聖なる礎となる。……異端との聖戦において命を落とすなど、信徒として最高の名誉ではないか。彼らは殉教者として称えられ、天国へ召されるだろう』


「殉教……だと?」


 ルシウスは、倒れ伏すシスター・ノアを見た。彼女は血を吐きながら、それでも子供たちを抱きしめていた。彼女は死を望んでなどいない。子供たちも、天国へ行きたいわけではない。ただ、明日を生きたいだけだ。 それを、勝手に「名誉」と定義し、切り捨てる。 それが、神の代行者の言葉か。


『それよりも、ルシウス。……貴様は目の前の魔女を殺せ。それが貴様の使命だ。……神を失望させるなよ』


 プツッ。


 通信が、一方的に切断された。 電子音だけが、虚しく響く。


 ルシウスは、インカムを握りしめたまま立ち尽くした。足元が崩れ去るような感覚。彼が信じ、剣を振るい、血にまみれて守ってきた「正義」。それが今、ガラガラと音を立てて瓦解していく。


 神は、救わない。組織は、守らない。ただ、システムを維持するためだけに、弱者を踏み台にする。それが、H.L.O.H.の真実だったのか。


「……ヒャハハハハ! どうした神父様? お祈りの時間かァ?」


 ラヴィアスの嘲笑が響く。 緑色の霧が、ルシウスの足元まで迫っていた。彼は動けなかった。 背負った十字架の重みが、鉛のように彼を縛り付けていた。絶望と、無力感。


「死ねぇ! みんな仲良く、グズグズに溶けちまえ!」


 ラヴィアスが、両手を広げた。 毒ガスの濃度が増し、孤児たちを飲み込もうとする。


(……終わりだ)


 ルシウスが、目を閉じかけた、その時だった。


 バッ!!


 黒い影が、風を切った。ボロボロのコートを翻し、一人の女が動いた。


 久遠灯。 彼女は、ルシウスへの攻撃を止め、彼に背中を向けた。そして、躊躇なく、毒ガスの奔流へと突っ込んでいったのだ。


「なっ……貴様、何を!?」


 ルシウスが叫ぶ。 自殺行為だ。吸血鬼といえど、不死身ではない。ナノマシンを含んだ溶解ガスを浴びれば、細胞再生が追いつかずに消滅するかもしれない。


「見りゃわかんだろ!」


 灯は、ガスの中で立ち止まった。孤児たちの目の前。 死神と、幼き命たちの間に、仁王立ちで割って入る。


「……クソったれな毒を、止めるんだよ!」


 ガリッ!!


 灯は、自らの左手首を、鋭い犬歯で噛み切った。鮮血が噴き出す。


「『血の晩餐(ブラッディ・ディナー)』ッ!!」


 彼女の身体から、爆発的に血の霧が噴出した。 赤黒い霧が、竜巻のように広がり、迫りくる緑色の毒ガスと衝突する。吸血鬼の細胞を含んだ霧は、ナノマシンを捕食し、凝固させ、無力化していく。 中和。 だが、それは灯自身の肉体を削り、消費する行為でもあった。


「ぐゥッ……!」


 灯が呻く。皮膚が焼ける音がする。毒ガスが彼女の肌を溶かし、再生能力がそれを修復する。破壊と再生の無限ループ。激痛が神経を焼き切る。 煙を上げる体からは、肉の焦げる臭いが漂う。


 それでも、彼女は一歩も引かない。 背中の孤児たちに、毒を一滴たりとも通さないために、自らを壁として固定する。


「……なぜだ」


 ルシウスは、その光景に釘付けになった。魔女。 神に背き、血を啜る不浄の怪物。 そう教えられ、そう信じてきた。 人類の敵。排除すべき悪。


 だが、今目の前で、命を懸けて弱者を守っているのは誰だ?神の使いである自分か?それとも、排除すべき魔女か?


「おい神父! 呆けてる暇があったら手を貸せ!」


 灯が、血を吐きながら叫んだ。 その顔は半分ほどただれ、骨が見えている。 だが、残った右目は、ルシウスを真っ直ぐに射抜いていた。


「お前の神様は……子供を見殺しにしろって言ったのかよ!?」


 その言葉が、ルシウスの魂を貫いた。雷に打たれたような衝撃。


 神の意志? 組織の命令? そんなものはどうでもいい。目の前で子供が泣いている。誰かが、それを守ろうとして傷ついている。 それを見捨てるのが、お前の正義か? お前が誓った騎士道か?


「……否!」


 ルシウスは吼えた。 迷いは消えた。あるのは、燃えるような憤怒と、確固たる使命感だけ。


「私の正義は……神の名において、弱きを挫くことではないッ!!」


 彼は、地面を蹴った。 背負った十字架を構え、毒の霧の中へと跳躍する。


「……加勢するぞ、吸血鬼!」


 ルシウスは、灯の隣に降り立った。巨大な十字架を盾にし、残りのガスを受け止める。聖遺物の光が、灯の負担を和らげる。


「……へっ。遅せえんだよ、神父様」


 灯が、再生した顔でニヤリと笑った。 あり得ないタッグ。 最強のエクソシストと、最強の吸血鬼。 敵対するはずの二人が、今、背中を預け合った。

自分が読みたい物語を書いています。

可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。

(制作に関してAIを利用しています)

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