第十四話「背中合わせの聖戦」1
第一章 神の不在証明
聖地アストエルの大聖堂広場は、神話の時代の終焉を描いた宗教画のように、荘厳かつ惨憺たる有様を呈していた。
上空で繰り広げられた龍と朱雀の激突。その余波で墜落した巨鳥の衝撃は、広場の石畳を粉々に砕き、舞い上がった土煙と爆風が、祈りを捧げていた信徒たちを木の葉のように吹き飛ばした。 瓦礫が降り注ぐ中、炎が生き物のように這い回り、白亜の回廊を黒く焦がしていく。
その混沌の中心。爆心地に近い噴水の残骸――かつては聖水を湛え、天使の彫像が微笑んでいた場所で、二つの影が対峙していた。
一人は、泥と血にまみれた黒いコートの女、久遠灯。もう一人は、傷一つない白銀の法衣と漆黒のロングコートを纏った男、ルシウス・クロウリー。
「……隙だらけだぞ、神父様」
灯が、ひしゃげたM500の銃口を向けながら挑発する。彼女の肩で息をするたびに、肺の奥から鉄錆のような音が漏れる。 満身創痍。吸血鬼としての再生能力を持ってしても、連戦による消耗は隠しきれない。 だが、その瞳に宿る琥珀色の光だけは、決して衰えることなく、眼前の強敵を射抜いていた。
「……貴様こそ」
ルシウスは、身の丈ほどもある巨大な十字架――対魔兵装『ゴルゴダ』を片手で構え、冷徹に応じた。彼の碧眼は、灯の肉体的な損傷ではなく、その魂の在り処を見定めているようだった。
「足が震えているぞ。……不浄な血が、聖地の空気に拒絶反応を起こしているのか?」
「ハッ、笑わせるな。……武者震いだよ。アンタみたいな石頭をブチのめせると思ったら、ゾクゾクしてきやがってな」
灯は血の混じった唾を吐き捨て、一歩踏み出した。 ルシウスの眉がピクリと動く。 彼の周囲には、不可視の聖域が展開されている。いかなる魔術も、異能も無効化する絶対的な拒絶の領域。 灯がそこへ踏み込めば、彼女の肉体を構成する吸血鬼の因子は灼かれ、灰となるだろう。
だが、灯は止まらない。彼女の武器は、魔力ではない。1000年かけて磨き上げた、泥臭い「暴力」と「意地」だ。
「異端を滅ぼすのに、慈悲も隙も不要だ」
ルシウスが、機械的な動作でガトリングガンの銃口を向ける。回転を始める銃身。 死の旋律が奏でられようとした、その刹那。
ズズズズズ……!!
地響きが、二人の間の空気を割った。爆発ではない。もっと粘着質で、生理的な嫌悪感を催すような、何かが「這い出してくる」音。
「……なんだ?」
灯が視線を横に走らせる。 広場の東側。 『黙示録の四騎士』による砲撃で崩れ落ちた城壁の瓦礫の山が、内側から盛り上がっていた。石塊が崩れ落ち、土煙が舞う。 その向こうから漂ってきたのは、戦場の硝煙や血の臭いではない。腐った果実と、ホルマリン漬けの死体が混ざり合ったような、濃厚な瘴気だった。
ドス黒い霧が、蛇のように地を這い、広場へと流れ込んでくる。その霧の中から、歪なシルエットが浮かび上がった。
全身を防護服のような分厚い装甲で覆い、背中には巨大なタンクを背負った小柄な騎士。 顔面を覆うガスマスクの奥から、くぐもった笑い声が漏れている。
『黙示録の四騎士』の一体、『疫病の騎士』。
「ヒャハハ……! 見つけた、見つけたぞぉ……」
ラヴィアスの声は、壊れたラジオのノイズのように不快だった。彼は、戦場のど真ん中――灯とルシウスが対峙するその直線上へと、よろめきながら侵攻してきた。
「……邪魔だ」
ルシウスが、冷ややかに告げる。彼にとって、魔女も悪魔も等しく排除すべき「敵」でしかない。銃口が、灯からラヴィアスへと向けられる。
だが、ラヴィアスは怯むどころか、歓喜に震えるように両手を広げた。
「ああ、素晴らしい! ここには極上の『素材』がたくさんある!」
彼は、逃げ惑う人々、傷ついた騎士団、そして瓦礫の下で震える子供たちを見回した。
「聖なる血も、汚れた血も、罪人の血も! ……全部腐らせて、ドロドロに溶かして、一つになれぇぇぇッ!!」
ラヴィアスが、背中のタンクに繋がれたバルブを全開にした。プシューッ!! 耳をつんざく排気音と共に、タンクから毒々しい緑色のガスが噴出した。 それは単なる毒ガスではない。 ドクター・メイが悪意を持って培養した、肉体を溶解させ、遺伝子構造を書き換えるナノマシンの雲。
「風よ!」
灯が叫び、コートで口元を覆う。だが、ガスは風に乗るよりも速く、生き物のように拡散した。比重の重いそのガスは、地面を這うように広がり、逃げ遅れた者たちの足元を包み込んでいく。
「ぐ、あぁぁぁッ!?」
最初に悲鳴を上げたのは、H.L.O.H.の精鋭である聖槍騎士団の兵士たちだった。 彼らの纏う聖銀の甲冑が、ガスに触れた瞬間にジュウジュウと音を立てて腐食を始めたのだ。 聖なる加護など意味をなさない。物理的な分解。 装甲が溶け落ち、中の肉体が外気に晒される。
「熱い! 肌が、溶ける……!」
「助けてくれ! 目が、目があぁぁッ!」
喉をかきむしり、のたうち回る兵士たち。彼らの皮膚が水膨れのようにただれ、肉が骨から剥離していく。 その光景は、戦場というよりは、巨大な溶解槽の中に放り込まれた実験動物のようだった。
「ヒャハハハハ! いいぞ、いい音だ! 溶けろ、混ざれ、腐り落ちろ!」
ラヴィアスが狂喜乱舞する。彼はさらにガスを噴出させ、範囲を拡大していく。その毒牙は、戦う者たちだけではなく、無防備な弱者たちへと向けられた。
広場の隅。 崩れた回廊の陰に、シスター・ノアに守られた孤児たちの集団がいた。彼らは身を寄せ合い、震えながら嵐が過ぎ去るのを待っていた。だが、緑色の死神は、容赦なく彼らの足元へと忍び寄る。
「……ママ……!」
「痛いよぉ……息が、できないよぉ……」
幼い子供たちが、咳き込み、涙を流す。吸い込んだ少量のガスが、小さな肺胞を焼き尽くしていく。
「いけません……! 皆、息を止めて!」
ノアが叫び、子供たちを自身の修道服で覆い隠そうとする。だが、彼女自身もまた、ガスを吸い込み、喀血した。盲目の聖女が、血の泡を吹いて崩れ落ちる。
「……ッ!!」
その光景を見たルシウスの表情が、凍りついた。彼が背負う十字架が、ガシャリと音を立てて揺れる。 彼の碧眼に映っているのは、排除すべき「異端」の姿ではない。 彼が神に誓い、守ると決めた「迷える子羊」たちが、無慈悲に屠殺されていく地獄絵図だ。
「……貴様……!」
ルシウスの殺気が、灯からラヴィアスへと完全に移行した。 だが、距離がある。 ガトリングガンでラヴィアスを撃ち抜くことは可能だ。しかし、それでは既に散布されたガスは止まらない。風向きは悪い。 このままでは、広場にいる数千人の避難民が、数分以内に全滅する。
聖地は、毒の沼へと沈もうとしていた。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




