第十三話「アストエル聖魔戦争(ハルマゲドン)、開幕」2
第二章 四神再戦
戦場は、もはや人間の領域を超えていた。地上では悪魔の軍勢と騎士団が肉を削り合い、天空からは天使の王が冷徹な眼差しで死を宣告している。 その混沌の渦中、アストエルの中央広場に、もう一つの災厄が舞い降りようとしていた。
上空の雲が、赤く染まる。 夕焼けではない。大気そのものが発火し、燃え上がっているのだ。
「……来るぞ」
チャーリー・S――玄武が、サングラスを外して空を睨んだ。 彼の周囲だけ、空気が凍りつき、霜が降りている。熱波と冷気がぶつかり合い、白い蒸気が立ち昇る。
ヒュオオオオオオッ!!
旋回していた炎の鳥が、急降下を開始した。朱 焔陽。四神の一柱、朱雀。かつて大陸の空を護っていた守護神は、いまや堕ちた炎となって、地上の全てを灰燼に帰そうとしていた。
「雑魚どもが。……まとめて消し炭になれ」
焔陽の声が、爆音と共に降り注ぐ。 彼が広げた翼から、無数の火球が放たれた。 それは雨のように降り注ぎ、触れるもの全てを瞬時に蒸発させる、超高温のナパーム弾だ。逃げ惑う信徒も、戦う騎士も、区別なく焼き払われる。
「熱っ……!」
磔にされた天羽祈に、火球の一つが迫る。結界も、今の彼女には展開できない。死の熱が、彼女の白い肌を焦がそうとした、その瞬間。
ドガァァァァァン!!
蒼い雷撃が、火球を空中で迎撃し、粉砕した。同時に、祈の周囲に分厚い氷の壁が出現し、爆風と熱波を完全に遮断する。
「……ッ、またアンタかよ! この焼き鳥野郎!」
辰巳響が、瓦礫を蹴って飛び出した。彼女の全身には、バチバチと青白い稲妻が走っている。 その隣には、チャラついたアロハシャツを脱ぎ捨て、漆黒の鎧(水流)を纏ったチャーリーが立っていた。
「やれやれ、派手に燃やしやがって。……火消しは骨が折れるぜ」
チャーリーが、氷の盾を構える。かつての盟友。大陸の均衡を支え合った、南の朱雀と、北の玄武。 時を経て、彼らは敵として対峙していた。
焔陽は、空中にとどまったまま、冷ややかに二人を見下ろした。 その黄金の瞳には、かつての仲間に対する情など欠片もない。 あるのは、地を這う者への侮蔑と、圧倒的な力への自惚れだけだ。
「玄武か。……相変わらず、陰気な亀だ」
焔陽が嘲笑う。
「そして東洋の龍。……貴様らごときが、我の炎を止められると思っているのか?」
「止めるんじゃねえよ」
響が、拳を握りしめた。 爪が食い込み、血が滲む。 虹海での屈辱。大切な仲間を傷つけられた怒り。 それら全てを、拳という一点に込める。
「叩き落とすんだよ! ……その高い空から、泥の地面にな!」
「身の程を知れ!」
焔陽が翼を大きく広げた。 周囲の酸素が一気に燃焼し、真空が生じる。次の瞬間、彼の全身が太陽のような輝きを放った。
『紅蓮焦土』
彼を中心に、全方位へ向けて熱線が放射される。 それは回避不可能な、光速の熱攻撃。 広場の石畳が融解し、マグマのように波打つ。
「チッ……! 『絶海氷壁』!」
チャーリーが前に出て、両腕を交差させる。 絶対零度の凍気が、炎の津波を受け止める。ジュウウウウッ!! 凄まじい水蒸気が発生し、視界を奪う。だが、氷壁は瞬く間に削られ、薄くなっていく。
「ぐぅ……ッ! 出力が違いすぎる!」
チャーリーが膝をつきかける。 相性は悪くない。水は火を消す。だが、焔陽の火力は異常だった。 ベルベットから供給される「贄の血」と、戦場に満ちる膨大な殺気を燃料にして、その炎は無限に膨れ上がっている。守りに徹すればジリ貧だ。
「チャーリー!」
響が雷撃で援護しようとするが、熱波が電気の伝導を阻害する。空気が乾燥しすぎて、雷が走らない。 環境そのものが、朱雀の支配下にある。
「ハハハハ! どうした、這いつくばる者たちよ!」
焔陽が高笑いする。
「爬虫類と亀風情が……空の王者たる我に勝てると思うか!」
彼は音速で空を駆ける。残像すら残さぬスピードで、死角から炎の爪を振るう。 響は反応できない。 防御も攻撃も、すべてが後手に回る。圧倒的な「空」というアドバンテージ。
「くそっ……! 届かねぇ……!」
響が歯噛みする。 彼女は本来、水を司る龍だ。空を飛ぶことはできるが、それは水蒸気に乗っての滑空に近い。自在に空を支配する鳥の機動力には敵わない。 風が必要だ。 あの時のような、空を翔けるための風が。
「終わりだ。……灰になれ」
焔陽が、頭上から急降下してくる。 その全身が、巨大な炎の槍となって、響を貫こうとする。避けられない。 防げない。
その時。
ヒュオオオオオオ……ッ!
一陣の風が、戦場を吹き抜けた。 熱波を切り裂き、淀んだ空気を浄化する、清冽な青い風。 それは、西からではなく、遥か東――虹海の彼方から届いたものだった。
「……あ?」
響の身体が、青い光に包まれた。重力が消える。 見えない翼が生えたかのように、身体がふわりと軽くなる。
『……届いた?』
脳内に、懐かしい声が響いた。 凛とした、けれどどこか心配そうな、相棒の声。
「……聞こえるぜ、リーリン」
響は、ニヤリと笑った。 遥か東、魔都・虹海。 そこで空を見上げ、祈りを捧げている王 麗琳の姿が、ありありと目に浮かんだ。
『血の交換』。 二人が交わした盟約のパスを通じて、膨大なエネルギーが流れ込んでくる。 それは単なる魔力ではない。リーリンが操る「風」の属性が付与された、龍の息吹。
「……遅えよ、二代目。待ちくたびれたぜ」
響の全身から、青白い雷と、エメラルドグリーンの風が同時に噴き出した。 風が雷を呼び、雷が風を加速させる。あの奇跡の融合が、一人で再現される。
『……無茶しないで。私の魔力、全部持っていっていいから』
「おうよ! 遠慮なく使わせてもらう!」
響は、大地を蹴った。爆発的な加速。 風を纏った龍は、重力の枷を断ち切り、弾丸となって空へ舞い上がった。
「なっ……!?」
焔陽が驚愕に目を見開く。地面を這いつくばっていたはずの龍が、一瞬にして自分の高さまで到達したのだ。
「行くぞ、チャーリー! アタシが突っ込むから、アンタは盾になれ!」
響が叫ぶ。
「人使いの荒い嬢ちゃんだ! ……だが、嫌いじゃねぇ!」
チャーリーが呼応する。彼は残った氷を全て集約し、響の進路上の熱波を凍結させた。 炎の壁に、一瞬だけ開いた氷のトンネル。その中を、響は光速で駆け抜ける。
「オラァァァッ!!」
響の拳に、風と雷が収束する。 リーリンの風が、空気抵抗をゼロにし、響の雷が、破壊力を極限まで高める。 それは、二匹の龍の魂が込められた、必殺の一撃。
「馬鹿な……! 我が炎を……!」
焔陽が防御しようと翼を閉じる。 だが、遅い。
ドゴォォォォォォン!!
響の拳が、朱雀の顔面を捉えた。炎の結界ごと、その美しい顔を歪ませ、砕く。因縁の殴打。 裏切り者への、そして自らの弱さへの、決別の鉄拳。
「ガ、アアアアアッ!?」
焔陽の巨体が、きりもみ回転しながら墜落していく。 流星のように尾を引きながら、彼は広場の中央へと激突した。
ズズズゥゥゥン!!
大地が揺れ、巨大なクレーターが生まれた。土煙の中に、朱雀の炎が燻っている。
響は、空中で一回転し、華麗に着地した。拳から立ち昇る煙をふっと吹き、ニカっと笑う。
「……へっ。焼き鳥一丁、上がりだ」
空の覇権は、龍の手に落ちた。だが、戦いはまだ終わらない。祈はまだ、祭壇の上で震えている。
「行くぞ! ……次は、あの勘違い野郎だ!」
響は、クレーターを背にして走り出した。 その背中には、遠き友の風が、優しく寄り添っていた。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




