第十二話「地下都市の晩餐」3
第三章 玄武、覚醒
私たちの悲鳴は、底知れない闇の中へと吸い込まれていった。落下の浮遊感。 内臓がせり上がるような感覚。だが、それは一瞬だった。
ドスゥン!!
重い着地音と共に、私たちは広大な空間に投げ出された。 土煙が舞い上がる。咳き込みながら身を起こした私は、周囲の異様な光景に息を呑んだ。
そこは、古代ローマのコロッセオを模した、巨大な地下闘技場だった。すり鉢状の観客席は天然の岩盤を削り出して作られており、その最上段――遥か頭上のテラス席から、ルーファス・アザリエルとドクター・メイが、ワイングラスを片手に見下ろしている。
「ようこそ、私の箱庭へ」
ルーファスの声が、スピーカーを通して反響する。
「ここは『黄昏の黙示録団』が誇る、実験生物たちの処分場だ。……失敗作どもが、最後の晩餐を求めて彷徨う場所さ」
「……悪趣味な」
久遠灯が、M500を構えながら吐き捨てた。 彼女の視線の先。 闘技場の四方に設置された鉄格子が、不気味な駆動音を立てて上がり始めていた。
「グルルル……」
「キシャアアアッ!!」
暗がりから響く、獣の唸り声。 腐った肉の臭いと、血の臭いが漂ってくる。現れたのは、異形の群れだった。 ライオンの胴体に鷲の翼を持つグリフォン。 巨大な蠍の尾を持つ猛犬。あるいは、複数の生物を継ぎ接ぎして無理やり命を吹き込まれた、名前すら持たない肉塊たち。 ドクター・メイが作り出し、そして「失敗」の烙印を押して廃棄した、悲しき怪物たち。
その数、百以上。 飢えた獣の群れが、新鮮な肉の匂いを嗅ぎつけ、涎を垂らして殺到してくる。
「同盟の前に、君たちの『価値』を証明してもらおうか」
ルーファスの冷ややかな哄笑が、天井から降ってくる。
「四騎士を退けたのが、まぐれでないことをね。……もしここで喰い殺されるようなら、H.L.O.H.との戦力差など埋めようがない」
これはテストだ。 使えない駒なら、ここで餌にする。使える駒なら、使い潰すまで利用する。どちらに転んでも、彼にとっては損のない遊戯。
「上等だ……! やるぞ、野郎ども!」
灯が叫び、引き金を引いた。 轟音と共に、先頭のキメラの頭部が弾け飛ぶ。
「了解。……殲滅シークエンス、起動」
鉄鏡花が、サブアームを展開してガトリングガンを掃射する。 白雪美流愛と双子が、ワイヤーとナイフで肉薄する。
だが。
「……くっ!」
辰巳響の動きが鈍い。彼女は拳に雷を纏わせようとするが、バチバチという小さな火花が散るだけで、いつものような高出力の稲妻が発生しない。
「な、なんでだ……!?」
響が焦りの声を上げる。 彼女の顔色は、先ほどまでの生気が嘘のように青ざめていた。
「環境が……悪すぎる」
鏡花が、キメラを蹴り飛ばしながら分析する。
「この地下空間は、極端に乾燥している。……地下水脈からも切り離され、大気中の水分も魔術的に排除されているようだ」
水がない。 それは、水神である響にとって致命的だった。電気を通す媒体がなく、大地の龍脈とも接続できない。 さらに、地下特有の淀んだ瘴気が、彼女の呼吸器を蝕み、体力を急速に削り取っていく。
「はぁ、はぁ……! 力が……入らねぇ……!」
響が膝をつく。 そこへ、巨大な獅子のキメラが襲いかかった。鋼鉄のような爪が、響の無防備な背中を切り裂こうとする。
「響!!」
灯が叫び、駆け寄ろうとする。だが、別のキメラの群れに行く手を阻まれ、間に合わない。 ここには今、防御を一手に引き受けていた天羽祈がいない。 彼女がいないという欠落が、守りの薄さとして露呈する。
「……クソッ!」
響は腕をクロスさせ、防御態勢を取る。死の予感。 雷が出ない。回避が間に合わない。
その時だった。
ヒュンッ!
風を切る音と共に、観客席から一つの影が飛び降りてきた。
ドスゥン!!
重い着地音。 舞い上がる砂塵。 響とキメラの間に、一人の男が立っていた。派手なアロハシャツを着崩した、東洋人の青年。
チャーリー・S。
彼は、振り下ろされたキメラの爪を、片手で受け止めていた。素手で。数トンの圧力を、顔色一つ変えずに。
「……やれやれ。見てらんねぇな」
チャーリーは、サングラスを外し、懐にしまった。 その瞳は、普段の軽薄さとはかけ離れた、深海のように静かで冷徹な光を宿していた。
「アンタ……なんで……」
響が呆然と見上げる。チャーリーは、ニヤリと笑った。
「言ったろ? 俺は観察者だって。……だが、主役が舞台に上がる前に潰れちまうのは、脚本として面白くねぇ」
彼は、アロハシャツを脱ぎ捨てた。 露わになったのは、鋼のように鍛え上げられた肉体。 そして、その背中に刻まれた、巨大な刺青。
亀と、それに絡みつく蛇。古来より「北」を司るとされる、伝説の聖獣の紋章。
「水がないなら、作ればいい」
チャーリーが、大地を強く踏み鳴らした。
ズズズズズ……!!
地響きが起こる。乾燥しきっていた闘技場の地面が、ひび割れ、隆起した。 その裂け目から、突如として大量の水が噴き出したのだ。
ゴオォォォォッ!!
それはただの水ではない。光さえも凍りつかせるような、絶対零度の冷気を纏った「重水」。 地下深くに眠る水脈を、彼自身の魔力で無理やり呼び覚まし、具現化させた聖なる水。
「水神・玄武……推して参る!」
チャーリーの姿が変わる。 噴き出した水流が彼の身体にまとわりつき、漆黒の鎧へと変化していく。両腕には氷の甲羅を模した盾が形成され、その周囲を蛇のような水流が鎌首をもたげて旋回する。
行方不明だった四神の一柱。 北の守護神、玄 冷淵。 その真の姿が、今ここに顕現した。
「アンタ、まさか……!」
響が驚愕に目を見開く。感じていた「同族の気配」。それは、同じ「神格」を持つ者としての共鳴だったのだ。
「グルァァァッ!!」
キメラたちが、新たな脅威に反応して殺到する。数百の爪と牙が、玄武を八つ裂きにしようと迫る。
だが、玄武は動じない。彼は、氷の盾を構え、ただ一言、紡いだ。
「『絶海氷壁』」
パキィィィィィン!!
空気が凍結する音が響いた。玄武を中心に、ドーム状の氷の結界が爆発的に展開される。触れたものを瞬時に氷像へと変える、絶対防御の領域。
飛びかかってきたキメラたちが、空中で静止した。爪が、牙が、肉体が、一瞬にして氷の彫刻へと変わり、自重に耐えきれずに砕け散る。
圧倒的な防御力。 そして、戦場そのものを支配する環境制御能力。それは、響の「破壊」とは対極にある、「守護」と「停滞」の神の力。
高みの見物をしていたルーファスも、その光景を見てワイングラスを止めた。 閉じていた瞼が、微かに動く。
「……ほう。まさか、あのはぐれ道士が玄武だったとはね」
彼は、満足げに頷いた。
「合格だ。……これなら、ヴァレリオの『聖槍』とも渡り合えるだろう」
ルーファスが指を鳴らすと、闘技場の床が再び振動し、リフトとなって上昇を始めた。 残りのキメラたちは、恐怖に駆られて闇の奥へと逃げ去っていく。
地上への帰還。 朝日が差し込む神殿の中庭で、チャーリーは変身を解き、再びアロハシャツを羽織った。
「よう、東洋の龍の嬢ちゃん。……遅くなって悪かったな」
彼は、バツが悪そうに頭をかき、響に近づいた。
「俺は逃げたんじゃねぇ。……青龍が封印され、朱雀が裏切ったあの日。俺は悟ったんだ。正面から戦っても勝ち目はないってな」
チャーリーは、遠い空を見つめた。
「だから俺は、身を隠し、世界中を回って情報を集めていた。……この『最悪の予言』を覆すための、たった一つの勝機を探してな」
彼は、響の頭をポンと叩いた。 その手は、大きくて、冷たくて、そして頼もしかった。
「背中は俺が守る。……だからお前は、前だけ見て暴れろ」
かつてバラバラになった四神。 その最後の一柱が、最強の盾として今ここに帰還した。
灯は、新たな頼もしい味方を得て、ニヤリと笑った。そして、利用できる悪魔との毒入りの握手を交わし、踵を返す。
「行くぞ、野郎ども」
目指すは、聖地アストエルの中心。祈が囚われている大聖堂。
「……聖地を火の海にしてやる」
次なる戦場は、ハルマゲドンの中心地。天使と悪魔、そして魔女たちの戦争が、幕を開けようとしていた。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




