第十二話「地下都市の晩餐」2
第二章 深紅の預言者
黒いローブを纏った案内人に導かれ、私たちは地下都市ヴァルハドキアの最深部へと足を踏み入れた。そこは、混沌とした市街地とは一線を画す、静謐で、そして冒涜的なほどに豪奢な空間だった。
岩盤をくり抜いて造られた巨大な宮殿。 天井はドーム状に高く、鍾乳石のシャンデリアが無数の魔石によって煌めいている。壁面には、聖書の一節を反転させたような冒涜的な壁画が極彩色で描かれ、床には深紅の絨毯が敷き詰められていた。 空気は重く、香木と、熟れすぎた果実の腐臭が混じり合ったような甘い匂いが漂っている。
「……趣味が悪いわね」
白雪美流愛が、不快そうに鼻を鳴らした。 彼女のドレスは泥と血で汚れているが、その背筋はピンと伸びている。ここは敵地だ。一瞬でも気を抜けば、骨の髄までしゃぶり尽くされる。
通されたのは、長大なテーブルが置かれた晩餐の間だった。 そこには、飢えた難民たちが犇めく地上の惨状を嘲笑うかのように、山海の珍味と美酒が並べられていた。
そして、その上座。一段高い玉座のような椅子に、その男は座っていた。
深紅の法衣を纏い、長い銀髪をリボンで束ねた美青年。肌は陶器のように白く、その顔には慈愛と残虐性が同居した、不思議な笑みが張り付いている。両目は閉じられている。盲目ではない。 あまりに強大な魔眼を持つが故に、普段は己の視界を封じているのだという噂だ。
魔術結社『黄昏の黙示録団』総帥。 『深紅の預言者』ルーファス・アザリエル。
「ようこそ、東の魔女たち。……ヴァルハドキアへ」
ルーファスは、座ったまま優雅に両手を広げた。その声は、鈴の音のように美しく、そして毒のように甘い。
「遠路はるばる、ご苦労だったね。……チャーリーから話は聞いているよ」
彼の傍らには、見知った顔があった。『四騎士』との戦闘後、逃亡したマッドサイエンティスト、ドクター・メイだ。 彼女は新しい白衣に着替えていたが、その表情は苦虫を噛み潰したように険しい。 私たちを見るなり、その瞳に殺意の炎が宿る。
「……よくものこのこと。私の『四騎士』を壊しておいて、生きて帰れると思ってるの?」
メイが指を鳴らそうとする。 即座に、私の背後で双子のアリアとカルアがナイフを構え、辰巳響が拳を握る。一触即発。 だが、ルーファスは閉じた目のまま、扇子でメイの手を軽く制した。
「よさないか、メイ。……彼女たちは客だ」
「ですが、閣下! こいつらは……!」
「メイから聞いているよ。君たちが、私の可愛い『騎士たち』を退けたとね」
ルーファスは、敵意ではなく、純粋な好奇心と称賛を含んだ声で言った。
「素晴らしい。……ドクター・メイの最高傑作を、真正面から粉砕するとは。神が作った理を、暴力と知恵でねじ伏せるその『歪み』。……実に私好みだ」
彼は、手元のワイングラスを手に取り、揺らした。 赤黒い液体が、血のように波打つ。
「さあ、掛けたまえ。……まずは食事でもしながら、世界の終わりについて語り合おうじゃないか」
「……世辞はいい」
久遠灯は、勧められた椅子には座らなかった。彼女は、泥だらけのブーツで深紅の絨毯を踏みしめ、テーブルの端まで歩み寄る。そして、愛用のS&W M500を、ガンッ! とテーブルに叩きつけた。 銀食器が震え、ワインがこぼれる。無作法極まりない振る舞い。 だが、それが灯の、そして私たちの流儀だ。
「飯は間に合ってる。……取引だ、ルーファス」
灯は、サングラスの奥の瞳を鋭く光らせ、悪魔の王を見下ろした。
「取引? ……ほう、面白い」
ルーファスは、口元の笑みを深めた。
「命乞いではなく、取引か。……我々の喉元にナイフを突きつけられている状況で、よく言えるものだ」
周囲の影から、護衛の黒魔術師たちが姿を現す。杖を構え、詠唱の準備をしている。だが、灯は動じない。
「アンタらも、余裕ぶってる場合じゃねえだろ」
灯は、懐から一枚のデータチップを取り出し、テーブルに滑らせた。鉄鏡花が解析した、H.L.O.H.の作戦データだ。
「H.L.O.H.のヴァレリオは、祈を使って『最終浄化』を行う気だ。……儀式の準備は、もう最終段階に入っている」
「……」
ルーファスの眉が、ピクリと動く。
「『最終浄化』が発動すれば、天界の門が開き、天使の王が降臨する。……そうなれば、地上は聖なる光で焼き尽くされる。人間は救済されるかもしれんが……お前ら闇の住人は、細胞の一つ残らず消滅だ」
灯は、挑発するように鼻で笑った。
「ハルマゲドンを起こす前に、一方的に掃除されちまうってわけだ。……悔しかねえのか? 『黙示録』の著者気取りのアンタとしてはよ」
ルーファスは沈黙した。彼はチップを手に取り、指先で弄ぶ。 その沈黙は、計算の時間だ。
「……ほう」
やがて、彼は静かに口を開いた。
「君たちの情報は正確だ。……ヴァレリオの老害め、焦りおって」
彼はグラスのワインを一気に飲み干した。
「で? ……君たちは、私にどうしろと?」
「共闘だ」
灯は即答した。
「私たちが、城壁の結界を内側から破壊する。……その隙に、お前らが総攻撃をかけろ」
「……なんだと?」
メイが驚愕の声を上げる。
「正気なの!? 私たちに、H.L.O.H.の盾になれと言うの!?」
「ウィンウィンの関係だろ?」
灯は悪びれもせず言った。
「アンタらは、難攻不落の城壁に風穴を開けてもらえる。……私たちは、アンタらという『大軍勢』の混乱に乗じて、祈を奪還する。……H.L.O.H.を潰す、千載一遇のチャンスだぞ」
それは、毒を以て毒を制す、危険な賭けだった。悪魔を利用して神の軍勢を叩く。失敗すれば、両方から挟み撃ちにされて終わる。
ルーファスは、閉じたままの瞼を指でなぞった。計算。打算。そして愉悦。 彼の脳内で、数千のシミュレーションが走る。
「……いいだろう」
彼は、パンッと手を叩いた。
「共通の敵を倒すために、一時休戦といこうか。……君たちのその蛮勇に免じて、手を貸してあげよう」
「閣下!」
「よい、メイ。……最高のショーには、予期せぬキャストが必要なのだよ」
同盟成立。 灯は、ホッと息をつくこともなく、睨みつけたままだった。
鏡花が、灯の背後で小さく耳打ちする。
(……灯。注意しろ。奴の心拍数、発汗、声紋……すべてが『欺瞞』を示している)
鏡花の解析アイは、ルーファスの仮面の下にある、ドス黒い本性を読み取っていた。
(こいつの狙いは、H.L.O.H.の壊滅だけじゃない。……混乱に乗じて祈を奪い、自らの手で『大崩壊』を起こす気だ。……我々を捨て駒にして、漁夫の利を得るつもりだぞ)
灯もまた、それを肌で感じ取っていた。この男から漂うのは、烏丸と同じ、底知れない悪意の匂いだ。 手を組んだ瞬間に、背中から刺してくるタイプの手合い。
だからこそ、灯は釘を刺す。
「いいか、ルーファス」
灯は、テーブルの上のM500を手に取り、銃口をルーファスの鼻先に突きつけた。護衛たちが色めき立つが、ルーファスは微笑んだままだ。
「勘違いすんなよ。……私たちは、アンタらの仲間になったわけじゃない」
灯の指が、トリガーにかかる。
「祈を助けるためなら、悪魔の手だって借りる。……だがな」
灯の声が、地獄の底まで響くようなドスを帯びる。
「もし、祈に指一本でも触れてみろ。……あるいは、約束を違えて裏切ってみろ」
カチリ。 ハンマーを起こす音。
「その閉じた目……二度と開かねえように、鉛玉ブチ込んでやるからな」
ルーファスは、銃口を向けられたまま、愉しげに笑った。 その笑顔は、蛇が獲物を飲み込む前の、恍惚とした表情に似ていた。
「フフッ……。肝に銘じておこう」
彼は、空のグラスを掲げた。
「乾杯しようか。……破滅へと向かう、我々の短い友情に」
灯はグラスを取らなかった。 冷ややかな一瞥をくれ、M500をホルスターに収める。
「友情なんて結構だ。……ビジネスパートナーで十分だろ」
灯は背を向け、仲間たちに目配せをした。交渉は成立した。長居は無用だ。 さっさと地上へ戻り、作戦の準備に取り掛かる必要がある。
「行くぞ、野郎ども」
灯が歩き出そうとした、その時だった。
「おっと。……待ちたまえ」
背後から、ルーファスの声が響いた。先ほどまでの甘い響きではない。冷徹な、試験官のような声色。
「一つ、言い忘れていた」
「……あ?」
灯が振り返る。 ルーファスは、グラスをテーブルに置き、優雅に指を鳴らした。
パチン。
乾いた音が、広大な神殿に反響する。
「同盟を結ぶには、互いの信頼が必要だ。……だが、私はまだ君たちを信用していない」
「……何が言いたい」
「証明してくれたまえよ。君たちが、H.L.O.H.を相手に戦えるだけの『価値』ある駒だということを」
ゴゴゴゴゴ……!!
地響きが起こった。灯たちが立っている床――深紅の絨毯が敷かれた石畳が、突如として振動し始めたのだ。
「なっ……!?」
「床が……抜ける!?」
白雪美流愛が叫ぶ。 足元の床が、巨大な落とし穴のようにスライドして開いていく。その下には、底知れない暗闇が口を開けていた。
「おもてなしの続きだ。……私の可愛いペットたちが、お客様の『味見』をしたがっているようでね」
ルーファスの哄笑が遠ざかっていく。
「落ちろ」
その言葉と共に、足場が完全に消滅した。
「うわあああああっ!!」
「クソ野郎がぁぁぁッ!!」
灯たちの悲鳴が、縦穴の中へと吸い込まれていく。 晩餐会は終わりだ。ここからは、悪魔が仕組んだ死の舞踏会。
灯たちの身体は、地下都市のさらに深層――血と暴力が支配する闘技場へと、真っ逆さまに堕ちていった。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




